fate short story



世界の片隅で微睡むべきもの



マスター、と呼ばれると笑って愛想よく返事をしなくてはいけない、ともはや脊髄反射で頬が上がる。

レイシフトに同行できるサーヴァントには限りがあるし属性や相性で特異点によってはメンバーをずっと変えられないこともある。人理修復という使命の為、呼び出しに応じてくれたサーヴァントはだんだんその数を増やしていったがやはり全員平等に出撃させる事も出来なかったしドクターと相談しながらメンバーを決めていたけれどレベル差は開いてしまうばかりであった。
もちろんそんなことに文句を言うような者はいない。何しろ彼らの方が私たちカルデアの人員より年齢も経験も上のマシュ風に言うのなのば「先輩」なのだ。

それでもレイシフトからカルデアに帰った時は残ってくれていたサーヴァント、その中でも特に見た目の幼い者たちからの可愛らしい呼び掛けにはなるべく応えたかった。

マスターとの契約というよりもカルデアとして契約しているのだから心身共に共鳴するようなことは起こり得なかった。それでも彼らはマスターをカルデアを代表してサーヴァントに語りかけた存在のように思ってくれているのか、ほとんど全てのサーヴァントたちが好意的に接してくれる。
ほとんど、だけど。


「雑種」

はい、と引き上がった頬が声の主を理解すると同時に引きつり、筋肉の不可思議な動きがそのまま半笑いのような表情を作ってしまった。

ギルガメッシュ王は決して私をマスターとは呼ばないし、なんならサーヴァントという名称もお気に召していない様である。キャスターのクラスの賢王でまだよかったよ、とドクターはこっそり言っていたけれど私にとっては十分手を焼く相手である。

「そのような不愉快な顔で我を見るでないわ。笑っているつもりか?」
「…ごめんなさい」
どんな顔しちゃんたんだろうか、と頬を両手で押さえながらギルガメッシュ王を見上げると眉間に薄くシワが寄っている。彼は取り繕うということをしない。それでいてそのルビーの様な美しい赤い双眼でどこまでも遠くを見通すのだから敵わない。

「レイシフトから帰ったと思えばフラフラ他の英霊と長々と戯れおって…」
「もしかして…なにか急ぎの用事でしたか?」
現界や魔力供給に異常でもあったのだろうかと彼の全身に目を走らせる。さらさらの金の髪も、長い手足も、右手の鎧もいつも通りの様で安心するも、なんだろうかと頭を捻ると鋭い舌打ちが飛んでた。
「行くぞ」
どこに?と聞いても良いのか分からず背を向けて歩き出してしまった王様の後ろを慌てて追いかける。半透明のベールの様な生地が歩くとふわりと棚引く様子が優雅である。その白い布を追いかけるように小走りで付いていくと自身の私室に到着した。

「マイルーム…?」
「なにをまごまごしている、さっさと入らぬか」
「へ、わっ!」

入れっていうか、ここもともと私の部屋ですと言いたかったけれど大きな手に魔術礼装の上から腕を引かれて機械音と共の部屋に転がるように入るとそのままぽいと荷物でも投げるようにベッドに放り込まれる。抗議の声を上げる前にブランケットをかけられるとそのまま背中に男性の硬い胸板とお腹の前に大きな手が回る。
これは添い寝されているのだろう、かの賢王にそんなことをさせていいのだろうか。いや、彼の方からこの状況を作ったのだからいいのか、いやしかし。そんな思考を遮るように言葉をかけられる。

「体調管理も貴様の務めだぞ…空になるまで何をやっている」
「…魔力ないのそんなに分かりましたか?おかしいな誰にも言われなかったのに」

後ろから聞こえる低い声と温い体温が急速に眠りを運んでくる。何日も徹夜したような倦怠感が一気に襲ってきて先ほどまでの自分が如何に高揚感だけで活動していたのかよく分かる。肌を触れ合わせるとパスの通りも良くなるうえに物理的に魔力が行来するようで、ギルガメッシュ王の潤沢な魔力に触れると彼の波長に沈むような心地がする。

「たわけ…我を誰と心得る。今はさっさと寝ろ…明日も任務があるのであろう」

ありがとうございます、と答えたつもりだったけれど落ちてくる瞼に抗うこともできず視界が暗くなるとそこでぷつりと意識が途切れた。


それから、王様は度々レイシフトからの帰還を見計っては部屋を訪れるようになった。マスターとして未熟な私の魔力不足を目敏く見つけてはその身に纏う力を注いでくれる。言い方は高圧的で刺々しくとも、その声はいつも落ち着いた海のようで、嫌な感じはしなかった。何度も何度も側で眠ってしまうと、王様を見ると体が睡眠モードに入るようになってしまったようでふにゃんと力が抜けてしまうのだった。


「ちょっとマスター?」
「うん?」
食堂でご飯を食べていると向かいの席に金星の女神がどしんと座る。華奢な体でよくそんな音がするなぁと思いながらどうしたのだろうかと首を傾ける。

「最近あいつとつるみ過ぎだわ!」

イシュタルの言葉にごふっと食事が喉に詰まる。なんだ?と寄ってくるサーヴァントたちに大丈夫、と笑みを向けてから目の前の美しい女神に顔を戻す。
「えっと、ギルガメッシュ王のことであってます?」
「そうよ…あいつここんとこずっと機嫌いいんだけど、なんだろうと思えばマスターの魔力半分あいつのでしょ!足りないなら言いなさいよ!私だってあんたのことなら少しくらい手を貸してあげるわよ…あーっ腹が立つ!」
ご機嫌の悪いイシュタルにありがとう、と言いながら自身の手を何気なく見る。
そうか、英霊たちの中には誰の魔力か分かる者もいるのか。特にやましいことなど何もないけれど少し恥ずかしいのはどうしてだろうか。色っぽいことなど何もないのだ。堂々としていればいいのに指摘されるとどうも悪いことをしたような気持ちになる。

「まぁ、私の魔力量が少ないのが一番の問題なのは変わらないか…」
「そりゃあいくらカルデアが契約代行の形式を取ってても、ここにいるサーヴァントはみんなマスターの魔力を多かれ少なかれ使ってんだから慢性的に減ってくんでしょ。あれだけ毎日レイシフトしてたら回復も追いつかないわよ」
「うーん、だからこそ最低限の供給が出来なきゃだめというか…。ドクターに相談したいけどただでさえ忙しそうだし気がひけるんですよね」
「じゃあとりあえず今日のところは私があげるわ」
返事をする前に彼女の滑らかな白い手が令呪の上に重なるとぼんやりと暖くなる。ありがとう、とお礼を言うと彼女は照れたように早口に感謝しなさいよねとツンデレっぷりを発揮する。その様子に綺麗で素晴らしい神性を持つ女神が身近に感じられて可愛いく思えてしまうのだった。
そのまま他のサーヴァントたちも混ざり軽口を聞きながら食事を終えて部屋に戻る。
シャワーを浴びると左手の皮膚が火傷のように少しひりついた感じがした。それでも目視ではなんの外傷もないので気のせいだろうと思い、そのままにして浴室を出る。
そろそろ寝ようとベッドに座るとタイミングよく入るぞ、と声がすると同時に今日もギルガメッシュ王がやって来た。

「こんばんは、王様」
「ふん、少しはましな顔になったな」

ちゃんと笑えていたようで、ギルガメッシュ王は口元に笑みを浮かべいた。今夜もやはりここで寝るつもりのようで早く入れと目線で促される。これが人間の男女であったなら、色っぽさもあったのだろうなと思いながらマスターとサーヴァントという不可思議な関係を改めて特殊だと思う。いつも通り私が壁側に寝転ぶとその背後に王様が寝そべる気配がする。お腹に回った腕は特に何をするでもなく、いつもそこにあったのだが今日は様子が違う。
「…名前、これはなんだ」
「ん…?」
慣れきってしまったせいで彼の魔力を心地よく睡眠導入剤のように感じていたのにぎゅっと左手を掴まれて目を開く。眠りの淵から引き上げられて目を擦って首を回すと思いの外近くに赤い瞳がある。
「貴様、他から魔力をもらったな」
「あ、イシュタルさんが夕食の時に…」
不味かったのかなんて聞くまでもなく、これまでの穏やかな彼らしくない怒りに満ちた目線に真上から見下ろされる。いつのまにか私を押し倒すような体勢になっていたギルガメッシュ王の下で恐怖に瞬く。
「よくもまぁそうも厚顔でいられるものよな。少量だったからいいものを…神性を侮るなよ、貴様ら人は二つの神を受け入れる器ではないわ」

どういうことか理解する前に顎を固定されるとギルガメッシュ王の顔が近づきそのまま口付けられる。くぐもった声で抗議するもぬるりと唇に彼の舌が這う感覚にぞわりと背筋が泡立つ。そのまま口内に侵入した長い舌が魔力とともに奥まで差し込まれると生理的に涙が出た。何度か息継ぎのように唇が離れるも再び粘膜を擦り合わすように蹂躙されるとどんどん体の力が抜けてしまい、くたりとベッドに沈んでしまった。

「あの女もまこと学ばんな…だが名前、貴様も貴様よ。我と床を共にしておきながら他から貰うでないわ。悪くすればその身の内で魔力同士が衝突していたぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくだい、床って言っても添い寝じゃないですか。私、王様となにもしてないですよね?いや今キスされたことを除いてですけど……っていうか、キス…!」

酸素を取り込んだ脳が高速で状況を飲み込んでいくと、さっきまでの唇の感触が蘇り羞恥で心音が早まり胸が痛いくらいだ。ギルガメッシュ王はもう怒ってはいなさそうだったが依然として体の上にのし掛かり手首を掴んだまま全く退いてくれそうにない。重くはないがこれでは逃げられないではないか。

「名前の魔力不足を補うのための手段であったが我も男の身体を持っているのだぞ?それくらいの欲はあるであろうが…まぁ経験もない未熟な貴様では分からぬか」

「へっ」

思いも寄らない告白に心音が耳元で鳴っているのではないかと思うほど大きな音を立てる。では私だけが彼らサーヴァントのことをきちんと理解していなかったのか。
「なに、我とて弱った女を虐げる趣味などないわ。名前の魔力が安定するまでは添い寝で良いと思っていたが…気が変わったわ」
「いやいや、私慢性的に魔力不足なので…!」

ぶんぶんと首を横にふると、ギルガメッシュ王はつまらなさそうに鼻を鳴らしてごろりといつもの定位置に体を戻してブランケットを掛け直してくれた。先ほどの性的な接触など無かったかのように穏やかな態度だがこちらはまだ動揺が続いて顔も真っ赤になっていることだろう。

「今日は何もしない、早く寝ないと明日に響くぞ…それにどうせそのうち名前から我を求めることになるのだ」

後ろから聞こえる声に、それは彼の千里眼なのだろうかと聞きたくなる。いつもより少し強めに抱き寄せられた体はすっかりギルガメッシュ王の魔力の波長を心地よく受け入れており、先ほど口内から注がれたことも相待って中も外も彼の存在を感じてしまう。
安心毛布のように思っていたのに、今夜のキスを知ってしまってはもう彼を雲の上の存在のような英霊とは思えないではないか。

それでも体は素直なもので、ギルガメッシュ王の魔力は眠りのスイッチになってしまっているようで私のもやもやした思考を霞のように散らし、眠りに落ちてしまうのだった。


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