fate short story



Y617



 名前が何度も鏡を見ては左右に少し首を傾ける様子を、ギルガメッシュはベッドに寝そべったまま横目で見ていた。
広くはないカルデアのマイルームの中でお互いが動く気配は、他のものに目を向けていても視界に映るものだ。カチャカチャと金属とプラスチックの擦れる音が響き、ジーっと化粧ポーチのチャックを閉めた名前が上機嫌に鼻歌を歌うので、ギルガメッシュは読んでいた資料から顔を上げる。
「機嫌がいいな」
「うん、新しいものって嬉しくないですか?」
首を回してこちらをチラリと見る名前はいつもはしていない化粧を薄く施したようで、ほんの少し雰囲気が違うように感じる。子供のくせに色気付いているなと思いながらも、口には出さずに指先を動かして彼女を呼ぶ。カルデアの白い制服を着た名前は、スカートの裾を揺らしてとことことギルガメッシュの元までやって来ると、こちらを上から覗き込むようにして首を傾げる。

「王様、なにが違うかわかりますか?」
ふっくらとした頬も、上向きにカールした睫毛が並ぶぱっちりとした目元も、特段変わったところはない。たまに化粧をする時の彼女のそれとの違いはないが、なにやら新しい化粧品を手に入れたようではあるので、もう少し無言でその顔を眺める。
「…唇か。ふむ、貴様の肌に馴染む良い色を選んでいる」
「そう! 分かってくれて嬉しいです」
悪くない、と濡れたような艶やかな質感の唇を目で追う。作り物めいた赤ではない、人間の血を薄めた様な色合いは名前の唇をいつもよりも色っぽくしている。

「屈め」
寝具の上から動かずに名前に命じれば大人しくギルガメッシュ との距離を詰める。その腕をさらに引き寄せて唇に口付ける。ふに、と触れるだけの短いキスは名前の顔色を真っ赤にするには十分だった様だ。

「お、王様。急に、なにを」
「なに、とは? 男によく見られたいから化粧などしておるのであろう? 唇に紅をさすは、口づけを強請っているのと同じであろうが」
「そういう、わけじゃ…」
「何が不満だ……おい、貴様この紅はなんだ、不味い」
話しているうちに先ほどの口付けでギルガメッシュの唇に移ったのだろう、名前が塗っている口紅を舐めてしまったらしい。口の中に広がる薬品めいた苦味に思わず眉を寄せる。
「あ、確かに…ちょっと苦い」
ぺろりと自身の唇を舐めた名前も、同じ様に眉を寄せる。
「…次からは赤い果実でも塗っておけ」
「それってジャムですよね」
名前は苦笑いを浮かべて、嫌ですと首を振った。


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