白い結婚
恋のようなときめきがあるのではないかと、ほんの少しも期待がなかったかと言えば嘘になる。結婚というものに、子供じみた理想のようなものを持っていたのだ。甘やかな言葉を交わし合い、お互いを何よりも慈しむ、そんな世の中にありふれた、それでいて特別な関係を夫となる人と築くのだと、そんな御伽話を私は信じていた。
会わせたい人がいる、という父の言葉を深く考えもせずに、二つ返事でついて行ったホテルのラウンジは、普段友人や母や姉たちと行く華やかな店内とは異なり、重厚なインテリアにシックな照明の空間はビジネスマンばかりが目立つ。女性客ももちろんいるのだが、皆スーツを身に纏い自信に溢れた笑みを浮かべている。仕事というものを、大学卒業して以来していない私はこの空間で異質に思えた。白いコットンのワンピースは場違いだったかもしれない。
「ギルガメッシュ、久しいね」
「ほう、息災のようだな」
なんとなく居心地が悪く感じ、先を歩く父の革靴の踵を目で追っているとその歩みがピタリと止まった。珍しく弾んだ声でソファ席の男性に呼びかける父は、そのまま立ち上がった長身の男性と軽く抱擁を交わす。肩越しに赤い瞳と一瞬だけ目が合った。
「名前、ほらこっちにおいで」
立ち止まったままの私を父の声が呼ぶ。白昼夢から覚めるような心地で、目を瞬いて口角を僅かに引き上げると促されるまま父の隣に腰を下ろす。正三角形を描くように向かいに座った金髪の男性は、その時ようやく薄らと顔に笑みを浮かべた。足音のしないよく教育された店員に、コーヒーを注文した父が姿勢を戻すまでの数十秒、遠慮のない視線が私を上から下まで見ていた。
「ギル、私の娘の名前だよ」
「はじめまして」
軽く会釈をして、彼の纏う品の良いスーツの襟元に視点を留める。
企業家の父を持つと、こういった場面は幼い頃から何度もある。ホームパーティーを開いた時などはずっとこの状態だ。当たり障りなく、父の顔を立てて「いい子」でじっとしていること。姉も私も大人しい性格で、父にとってはそれが女の子らしいということであり、都合も良かったようだ。
「ふむ。なるほどな、自慢の娘というのも分かる」
笑っていても目の奥が笑わない人だ。赤い瞳も整った顔立ちも美しいからこそ怜悧に感じる。
「もう一人いるんだが、もう結婚して家を出てしまってね」
「奥方と二人であの家に住むのは寂しかろう。無理をせずともいいのだぞ?」
「それはそうだが、いつまでも私の手元に置いておくわけにもいかない。まして君が結婚相手を探しているというのならね」
結婚、というキーワードはこの一年で聞き飽きていた。
姉が結婚してしまうと両親の私を見る目が少し変わった。友人と出かけるだけでも次男の彼やスポーツ選手の彼はダメだなど、母からのチェックが厳しくなり憂鬱に感じていたのだが、まさかこうもあからさまに結婚相手として男性を紹介されるとは思っていなかった。
「パパ…」
彼が嫌だとか、好きな人がいるとか、そういう明確な理由はなかったが、このまま話を進められるのかと思うと何故か今すぐ逃げ出したかった。縋るように呼んだ声をかき消すように、低い声が響いた。
「この後時間はあるのか?」
逃げたかったはずなのに、赤い瞳に正面から見つめられると、うまく言葉が出てこなかった。
「その顔では今日のことは聞かされていなかったのか」
父と別れ、会ったばかりの彼と場所を変えて昼食を取ることとなった。格式張ったお店でなかったことは幸いだ。案内された奥のテーブルは人目に付きにくく、ゆっくりと話すにはちょうど良く、相手がこの男でなければ、もう少しリラックスして食事を楽しむこともできたかもしれない。
「すみません」
「別に怒っているわけではない。お前の狸親父には我も何度か裏をかかれたことがある」
「狸…どちらかというと狐のような」
「似たようなものであろう。騙す側というのは愉快だが、実の娘にもそうとはな」
きっと彼も騙す側の人間だ。人を動かす側と言えば聞こえがよくなるだろう。掌の上で意のままに操る姿を容易に想像できた。
スープを飲んだ口元を抑えてからそっと、伺うように前に座る男を見る。また襟元に視線を留め、この食事の行き着く先について考えていた。
ギルと呼んでいいと最初に言った美しい男は、父と同じ企業家だった。この国よりも途上国にいることの方が多いという。インフラ関係の仕事だ、とざっくりした説明で自分の簡単な自己紹介を終えると次は私だというように、赤い目が物言わぬ圧をかけてくる。
「貴方みたいな人でも、結婚したいと思うんですね」
なんでも思い通りになりそうなこの男でも、人並みの制度に嵌った価値観があるのかと意外に思い、そのまま口にしてしまった。
「したいわけでもしたくないわけでもないが、都合が良いことも多い。それに選べるとなれば有益な相手を選ぶものだろう」
明確に言い切った彼の言葉は、真っ直ぐ過ぎて少し痛い。そういうものだという割り切りがはっきりと感じられて、そこには私の考える結婚というものが入り込む隙間もない。
「私は、貴方の役にたつのですか」
「どうだろうな」
運ばれてきたメインの肉料理に手をつける彼に倣って、シルバーのナイフとフォークを動かす。小さく切って口に入れ視線を上げると、こちらに注がれる値踏みするような視線とぱちりと目があった。噛んでいたお肉をどうしたものか悩みながら、ゆっくりと咀嚼する。居心地が悪い。
「ようやくこちらを見たな」
「…見ていなかったわけではないです」
「よくやっているのであろう、見ているフリをして一人考え事か」
「そういうわけでは」
「次はするな」
ぴしゃりと言い切られたことよりも、次があるのかという疑問が一番に湧き上がる。彼にとって有益な相手として認められたのだろうか。そんな価値が自分にあるようには思えない。彼の隣にはあのラウンジにいたような自信を持った美女が似合うだろう。勝気で才能豊かな、自分の意見がきちんと言える、そんな人が。
「絵に描いたようにお嬢様だな。友人は皆金持ちばかり、面子も幼稚舎から一緒であろう」
「そう、ですね。私は働いてもいませんし、人間関係は変化が少ないです」
「働きたかったのか?」
「どうでしょうか。自分でもあまり分かりません」
返事に困って曖昧な笑みを浮かべる。ふん、と嘲るように静かに鼻を鳴らした彼が零した吐息まじりの小さな一言を、聞き取ってしまった。
「つまらんな」
散々な昼食会については報告するまでもなく、父の耳に入るだろうと思っていた。しかし数日後、にこやかな父に結婚の話を進めてもいいかと再度確認された。つまらないと言い切ったギルガメッシュを思い出し、間違いではないのだろうかと訝しむ。
「名前がどうしても嫌なら断ってもいいんだよ」
優しげな笑みを浮かべた父は、そう言いながらも断るという選択肢を私に選ばせることはないだろう。明確に良いという理由もないが、嫌という理由もない。そんな合理的な判断で、私は美しくも冷たい男と結婚することになったのだ。
彼の手配したスタッフ主導の元、豪勢な結婚式を上げた。急な結婚に友人は驚いていたが、相手を見て皆口々に良かったね、と言う。お金も地位もあり、見目の美しい彼の妻になることは、私の所属する社会においていい「あがり方」だろう。
彼の隣で幸せそうに笑みを浮かべながら、でもここには打算や妥協と利害関係しかないのだと、誰かに言ってしまいたかった。
「しばらく中東に行く。名前はここですきにしていると良い」
結婚式を終え、生まれ育った家から彼の住む市街地のペントハウスに移り住んだ。荷物をハウスキーパーと一緒に片付けていると、端末を片手に難しそうな表情をしたギルガメッシュがそう告げる。
「分かりました。戻りは…」
「また連絡する。買い物はこのカードを使えばいい、現金は今渡しておく。足りなければ連絡を」
「はい」
無造作に渡されたシンプルなクラッチバックは重く、一体いくら入っているのかと唖然とする。そうしている間に背を向けて出て行こうとする彼の背中を追いかける。
「ギル。あの、いってらっしゃい」
扉の前で振り返ったギルガメッシュは眉を寄せたまま、あぁ、と短く答えるとすぐに出て行ってしまった。
それから数日もすると引越しの荷物も片付き、一人で住むには広すぎる家で手持ち無沙汰になってしまった。食事も一人ならばとスーパーマーケットに買い物に行って自分で作ったが、それでも時間はたくさんある。クリーニングは人を雇っているので、決まった曜日に同じスタッフがやってくる。年配の女性は働き者だが、移民らしく、最低限のコミニケーションしか取れなかった。この状態で友人に会うのは、根掘り葉掘り聞かれてしまいそうで気が進まない。仕方がなくリビングの大きな画面で映画を観るか、図書館に通って本を読んだりして過ごすしかなかった。そういった時間が嫌いなわけではないのだが、思い描いていた結婚生活とかけ離れていることは明白だった。
スマートフォンに届いた連絡では、ギルガメッシュはあと一週間は帰ってこれないようだった。忙しいと言っていたし、こういう生活になるとなんとなくは分かっていた。結婚したと言っても、交わした言葉も少なく、触れられたのもエスコートの際に手を握られたり、結婚式で誓いのキスをしただけではないだろうか。新婚と言ってもベッドを共にしたこともない。この先もすることもないのかもしれない。
「女としても見られてないのかな」
零した言葉は、ラブコメディ映画の主人公しか聞いていなかった。
深夜、コンコンと寝室のドアをノックする音で目を覚ます。
「…起きているか?」
聞き間違いかと思いながら、スプリングの効いたベッドからそろりと床に足を下ろす。裸足のままそっとドアノブを回すと、スーツ姿のギルガメッシュが扉のすぐ前に立っていた。帰ってきたばかりなのだろう、彼の顔は疲れが目立っていた。
「おかえりなさい」
寝起きの掠れた声でも聞き取れたのだろう。出発したときと同様に妙な顔であぁ、と応えた彼の顔を見上げると照明が眩しくて目を瞬く。指先で目を擦りながらダイニングキッチンに向かう。
「なにか温かいものを淹れますね」
時計を見ると深夜を回ったところだった。明日の夜帰ると聞いていたが、予定が早まったのだろう。アイランド型のキッチンの端に凭れ掛かる用に立つギルガメッシュは、こちらを不思議そうに見ている。
「我の家にいる気がせんな」
「私がいると?」
「あぁ。人の家を覗いている気分だ」
おかしかったのか、口元を抑えて小さく笑った彼につられて私も笑ってしまった。
「私も人の家を貸りて暮らしているみたいでした。でもどこに何があるか少しは覚えましたよ」
ほら、と戸棚からティーカップを取り出すと沸騰したお湯を注ぎ温める。紅茶のティーバッグをポットに入れてそちらにも二人分のお湯を注ぐ。白い湯気が立ち上ると様子を二人無言で眺めていると、この妙な生活が日常となりつつあることをふと感じる。
「…金を使わなかったのか?」
「お買い物はしました」
「しておらんだろう」
「いえ、週に2、3回スーパーマーケットで食料品を買いました」
「あのたかだか数十ドルの買い物だけということか?」
訝しむ彼に頷くとため息を吐かれた。
「女というのは金のかかる生き物だと思っていた」
「買い物はすきですよ。お洋服を選ぶのも、とてもすきです。でも一人で着飾っても楽しくありません。誰かに見て欲しいから装うのです」
ティーバッグを取り出したポットから二つのカップに紅茶を注いで、彼の前に置く。
「そういうものか」
そう言って紅茶を飲んだ彼の顔色は少しだけ良くなっていた。
それからもギルガメッシュは忙しそうにしていた。帰国したかと思えば会議だ、新規事業の立ち上げだ、と朝から晩まで駆け回っていた。会社から家に送り届けてくれる体格の良い運転手や、付き添ってきてくれる秘書だという中性的なエルキドゥさんや、美人のシドゥリさんとよく顔を合わすようになった。
今日も満身創痍で帰宅したギルガメッシュを寝室に運んでくれたエルキドゥにお礼を言うと、彼はにっこりと笑って構わないと言ってくれた。
「前なら繁忙期はわざわざ家に帰ろうとすらしなかったんだ。名前さんのおかげで、ギルが文化的な生活を取り戻してくれて良かったよ」
じゃあまた明日迎えに来るよ、と出ていく後ろ姿を見送って、自身も寝衣に着替える。身支度をしてからギルガメッシュの寝室をそっと覗く。一緒に住み始めてからも、家を空けることの多い彼とは同じ部屋では眠らない。もう3ヶ月は経っていたけれど、未だに私たちはプラトニックな関係だった。
そっとベッドのそばに行くと、すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえる。暗がりの中でもその胸が呼吸に合わせて上下する様を見て安心する。ワーカホリックであることは、疑いようもなく、目の下に浮かぶ隈をそっと撫でてから部屋を出る。
「おやすみなさい」
働いた経験がない私が、この結婚生活においてなにができるかと言えば、彼の身の回りの世話くらいだった。いつも同じ落ち着いた態度で彼を迎えて、送り出して、体を気遣うくらいの、些細なことしかできなかった。そんな関係を続けていると、ギルガメッシュのことを初めて会った時ほど冷たいとは思わなくなった。自身もまだ若く、彼の会社もまだまだ新しい。そんな会社の社員のことを時々聞かせてくれる。エルキドゥさんに窘められた話や、マーリンさんの突飛なアイデアなど、意欲的な同僚に囲まれていることが良く分かった。彼らに慕われているだろうことも、ギルガメッシュが彼らを頼りにしていることも、そしてこれだけの時間と情熱を注ぐ彼の仕事への熱意も十分に伝わった。
「いってらっしゃい」
「なるべく早く戻る。寒くなったからあまり外に出るなよ、風邪を引くな」
「はい。ギルもね」
また今日も出張だとスーツケースを片手に出て行った背中を見送っていると、前よりも寂しいと思うようになっていた。一週間もすれば帰ってくるのだが、離れていることが辛く感じる。
彼にとっては都合が良かったからしたのがこの結婚だろう。
でも私は、もうそういった合理的な考えとは違うところでギルガメッシュを求めていた。
「名前さん、社長はまだ戻れないそうで…お荷物を預かっています」
帰国の予定を延長せざるをえないほど、現地の打ち合わせが難航していると連絡があってから、数日するとシドゥリさんが申し訳なさそうにやってきた。彼女は今回の出張には同行しなかったようだ。
「これは、その何なんでしょうか」
次々に運び込まれるラッピングされた箱の数を途中で数えるのを止めて、シドゥリさんに尋ねる。彼女は口元を覆う薄いベールの内側でクスクスと小さく笑う。
「奥様へのお詫びだそうですよ」
リビングにクリスマスの前日かのように積み上がったプレゼントの山を見ながら、そう言えば最初の頃「女は金がかかる」なんて言っていたことを思い出した。
「別にいいのに…」
「女性の心は男性には理解できません。奥様からありがとう、と一言差し上げればご満足なさいます」
「帰ってきてくれたら、それだけで良いんですけどね」
「まぁ!そちらのお言葉の方が社長には効果が高そうです」
片目を瞑って秘密を打ち明けるように口元を片手で隠したシドゥリさんの言葉に頷く。私の言葉でギルガメッシュが喜んでくれるのかは分からないが、思いを言葉にして伝えることはどんな関係においても必要だ。
出張中にスマートフォンに届くギルガメッシュからの連絡の中には、時折現地の写真も送られてきた。景色や、建設途中の彼の事業、そしてその晩の夕食などだ。睡眠を削ることに慣れきっているギルガメッシュに寝ているのか、食べているのか、と私が毎度心配になって聞くからだろう。私も同じように今晩の夕食の写真を送ると、料理をするのなら帰ったら作って欲しい、と遠回しに返事が来た。それを嬉しく思いながら了承の返事を送ってから、そっと画面を撫でる。文字すらも愛おしく思い始める自身の心ごと抱きしめるように、手の中の彼からの言葉の詰まったスマートフォンの画面をそっと両手で握り締めた。
「…まだ着かないのかな」
ようやく帰国の日を迎え、早朝からそわそわと外の様子を何度も覗いていた。最上階のこの家からは、道路を走る車も行き交う人もおもちゃのように見える。金髪の男を見つけるたびに、彼だろうかとじっと目を凝らす。スーッと滑るように玄関口に止まった黒塗りのセダンに見覚えがあり、おでこがガラスにつきそうになりながら注視していると背の高い男が降りてきた。こちらを見上げるように一度顔を上げた男の仕草に、ギルガメッシュだと確信する。堪らなくなって駆けるように玄関から飛び出すと、エレベータに乗り込む。途中で何人か乗り込んで来る度に、早く地上まで行きたいのに、と歯痒く感じた。チン、とベルの音とともに扉が開き、最後にエレベータから降りるとドアマンの開けた扉からギルガメッシュが入ってくるところだった。
「ギル」
「名前?おい、そんな薄着で外に出るなと言ったであろう。見ているだけで寒そうだ」
暖かな部屋の中で過ごしていたので、上着もなく長袖のワンピース一枚の私の格好にギルはすぐに羽織っていたジャケットを肩にかけてくれた。顔を見たらそれだけで、言葉をなくしてしまった。それでも彼は何か分かってくれたのか肩を抱いたまま、今し方降りたばかりのエレベータに乗り込む。後ろで荷物を持っていたエルキドゥさんは、したり顔で昼食後に行くよ、と踵を返してエントランスから出て行った。
エレベータのドアが閉まると同時に、正面からギルガメッシュに抱きしめられた。背の高い彼の腕の中では、シャツの白しか視界に入らない。後頭部と腰に回された大きな手が遠慮がちに、抱き寄せてくれていた。こちらからも彼の背中に両手を回すと、確かめるように強くしっかりと抱きしめてくれた。
「私はつまらないのでしょう」
「そうだな。簡単に手に入ってしまって、つまらんな」
体を少し離し、首を伸ばして彼を見上げると、冷たい唇がそっと押し当てられた。誓いのキスしかしてなかったことを思い出して、これが彼とのちゃんとした最初のキスだと思うと喜びで胸が苦しかった。
「だがその心まで欲しくなるとは思わなかった」
「ギル…」
ベルの音がして最上階に着くと、身を屈めたギルガメッシュの手が背中と脚に回り、そのまま軽々と体を抱き上げられた。高くなった視界で彼の首に縋るように腕を回すと、至近距離に美しい赤い瞳があった。
「エルキドゥの気が利けばいいのだが」
「きっと、気を利かせてティータイム頃になるんじゃないでしょうか」
ゆらりとギルガメッシュの歩みに合わせて揺られながら、彼の首筋に頬擦りをするように顔を埋める。コロンの匂いを吸い込むと、ほうと一つ吐息が零れた。
都合が良いのだとは知っている。合理的に選ばれたことも知っている。
けれどどうか死が二人を分かつまで愛し、慈しみ合っていけたなら、きっとこの結婚は幸せな結婚だろう。
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