fate short story



星の果て



「…愚か者!」

 レイシフトの帰還とともに管制室に響き渡ったギルガメッシュ王の怒号に、スタッフはぴたりと動きを止める。一切の話し声が消えるとしんとした静寂の中で、機械のモーター音だけが無機質に鳴っていた。
叱られた当人であるマスター、名字名前はいつも通り少しツンとした強気な眼差しで英雄王を睨む様に見上げる。彼女は藤丸立香とは対照的にレイシフト適性は並だが、魔力量が潤沢なうえに、頭脳明晰な才女である。

「ちゃんと勝ったわ、ギルガメッシュ」

静寂を破った名前の声は落ち着いており、自身のサーヴァントに挑む様に大きな目を一度瞬く。

「結果論ではない。貴様が死ねば終わりだと何故分からん」
「スキルも宝具もきちんとチャージ時間は頭に入ってるし、最善を選んだと思う」
「相手にはランサーが一騎いたであろう、アーチャーばかりのこちらとでは相性の不利はどう響くか分からん。味方が撃ち漏らしておれば、戦場に走り出ていた貴様の命を危うくしたぞ」
「…撃ち漏らしなんてしないわ。みんな強いもの」
「過信するな…貴様の悪癖だ」

目線だけで人を殺しそうなギルガメッシュの赤い瞳に睨まれ、名前は不満げに視線を外す。

「分かった、気を付ける」

全く納得していないだろうことは、その表情を見れば明らかである。
ギルガメッシュが金色の粒子を残して霊体化すると、ようやく周りのスタッフは息の仕方を思い出したかのようにひそひそと話し始めた。向けられる視線を居心地悪く感じながら、名前は同じくレイシフトしていたエウリュアレとロビンに一声かけると、まっすぐに顔をあげて管制室を出て行った。

「不器用な子」
「頼りにはなるんだがな。マスターは自信家だからね〜王様の心配も分かりますよ」

女神と狩人はしゃんと伸びた彼女の背中を心配気に見送った。プライドの高い彼女は同情や哀れみを最も嫌う。面と向かって叱責出来るのは、同じようにプライドの高い英雄王くらいのものだった。


休息もそこそこに、名前は訓練用のシミュレーターで今日の編成と同じ条件での出撃を繰り返す。

「エウリュアレの魅了と男性特攻だから、彼女はこっちの相手をしてもらう、ロビンの宝具チャージまであと2撃は必要…ギルガメッシュは…」

「我にはこちらと当てよ」

ぶつぶつと声に出しながら一人でシミュレーターに乗っていると、現実世界の身体を揺すられて音響が遮断される。先ほどの一悶着を感じさせないギルガメッシュの態度に、名前も普段通り答える。

「ランサー相手に耐えうるは我のみのはずだが」
「…ギルガメッシュはアタッカー。先手で攻めたいからこっち」
「たわけ、守備を疎かにするなど貴様には百万年早いわ。慢心は王にのみ許される」

勝てばいい、名前の選ぶ戦術は最も効率的な勝利を掴む様な指揮が多い。特攻型とも言えるだろう。今まで彼女の導く答えで間違ったことはない。それでもいつかその足元を掬われるのではないかと、心配しているのは何も出撃するサーヴァントだけではない。スタッフも、同じマスターの藤丸も皆、彼女の強さが持つ危うさを気にしていた。

「…私がロビンの側では?」
「それではこちらが手薄になろう」

ギルガメッシュだけは、その欠点を憚らずに指摘する。名前は自身の非を正面から認めることはないが、それでもこの王からの言葉を無視することはない。口元に指先を当てると彼の助言を元にもう一度作戦を組み直す。

「正面はエウリュアレに任せて…背後から…いや、違う。ギルガメッシュを正面から当てればいいのか…」

シミュレーターの狭い個室の中で名前の隣に腰を下ろしたギルガメッシュは、じっと彼女の導く答えを待つ。黒い瞳は一点を見つめて動かない。頭の中では何通りも先読みを繰り返しているのだろう。

「そうだ、よくよく考えよ。勝ち方にこだわるのは悪いとは言わぬが、盤石の布陣で臨むのが将というもの。戦術も戦略も多く学べばそれだけ選択肢が増える」

優秀なキャスターを召喚できれば、それこそ彼女の見本となるのだろうが今はそこまでのリソースがない。ましてやこちらの召喚に応えるかどうかも分からない相手に任せるくらいならば、ギルガメッシュはまだ大人とは呼べないこのマスターの相談役となることも構わなかった。

「最善とは何も効率だけではない」
「それは違う」

思考を中断されたことよりも、ギルガメッシュの言葉に対しての僅かな苛立ちを眉間に現した名前は、ぱっと隣の王に視線を映す。

真っ直ぐな彼女の目線がギルガメッシュは嫌いではなかった。意志の強さも、その振る舞いも一つの哲学の元に一貫しており、だからこそ名前を自身のマスターと認めているのだ。

「最善は、早く、強く、相手を殲滅すること。私は死にさえしなければなんでもいい。こんなふざけた世界を早く終わらせたいの」

言い聞かせるように淡々と言葉にした名前は、ギルガメッシュの赤い瞳を覗き込む様に見つめ、話は終わりだと言う様にふいと視線を逸らす。

「ならば貴様が選ばぬ選択を我が選ぶのみだ」
「…それは私の指揮に従わないという意味?」
「万全の策を持って臨むのであれば、我を好きに使うがいい。だがそうでないのならば、敵の殲滅よりもマスターの人命を優先する」

当たり前であろう?と付け加えると、名前はもう一度眉間に皺を刻んだ顔でギルガメッシュを見つめる。

「…私のサーヴァントで貴方が一番強いって分かっているよね?」
「知らぬはずがあるまい。我は人類最古の王、ギルガメッシュ。だが世界を救う以前に、人の子一人救えぬようでは英雄王の名は語れまい」

顎に手を当てたまましばらく考え込む名前の頭にぽんと手を置く。珍しく理知的な丸い瞳を柔らかくにじませた名前は、困った様に小さく首を振る。

「ギルガメッシュ、私は救わなくてもいいんだよ。世界を救うのが英雄だ」

彼女の中では自分自身もサーヴァントも等しく一つの駒なのだろう。気負いや決意などではなく、それが彼女の生き方から出た言葉だとギルガメッシュは理解する。理解はしながらも、その身をもっと大事にしろと月並みの言葉を言いたくなった。

「愚か者」

ギルガメッシュを見つめていた黒い瞳は、それでいいと言う様に薄い瞼に隠されてしまった。

return