fate short story



悪戯とお菓子



「名前!」
「まぁ、ギル…どうされたのです」

朝ごはんを食べに行こうとカルデアの廊下を歩いていると、少年のまだ高い声で名を呼ばれ後ろから腰の辺りに軽い衝撃とともに、小さなギルガメッシュ王が抱きついていきた。
まさかここカルデアには三人ものギルガメッシュ王が現界しているなど、想像を遥かに超える事態だったが、いずれの王も名前にとっては大切な存在だ。
特に、この幼い容貌のギルガメッシュは、名前の母性本能をくすぐる可愛らしい容姿と聖人君子が如くしっかりした性格で、ついつい身分を忘れてその体を抱き上げてしまいたくなるのだ。

「見てください。どうですか?」

名前の前に周ると、いつもとは違うゴシック調でまとめられた洋装の上に黒いマントを羽織った姿を披露してくれた。ちょうど今、マスターがイベントだと言って忙しなくしていることは知っていたので、そのことと関係があるのだろうと思い当たる。
「お似合いです。ギルも、はろうぃんイベントの特攻サーヴァントですものね」
「はい。おかげでマスターのレイシフトにずっと付き合わされていました。彼は限度を知りませんから……困ったものです」
「マスターは欲望に忠実ですものね……」

やれやれと言う様に首を振るギルガメッシュが身に纏う黒をベースにした礼装は、銀や金のチェーンやチャームがついておりマントの中は真っ赤になっている。いつもの活発な少年の姿よりも、大人っぽくそして恐ろしげで、どことなく冷たい印象を受ける。名前が見ていることに気づいたギルガメッシュが、にこりと可愛らしい笑みを浮かべると、きらりと鋭い牙が見えた。

「ギル…?なにやら牙の様なものが見えましたが…」
「あれ、言ってませんでしたか?僕は今ドラキュラ、吸血鬼の仮装をしてるんです」
「仮装なのですか。それにしても何故、吸血鬼なのです?」
「名前もしかして、ハロウィンを分かってませんか?そう言えば普段着のままですね」
「えと、実はあまり……昨夜からエミヤがお菓子を作り続けているので、そのお手伝いをしていました。お菓子を作る日がはろうぃん?ではないのですか?」

現界時の知識を参照してもあまり詳しくは分からず、後世の祭りであることくらいしか分かっていない。とにかく忙しそうなカルデアのキッチン担当から手伝いえを頼まれ、このお菓子がその「ハロウィン」なるもので必要だと言うことを聞かされたのだった。名前の返事にギルガメッシュは珍しく焦った表情で、ぎゅっと名前の手を握る。

「名前、今から僕の言う通りにしてください」

いつになく真剣な顔で、よく知る赤い瞳に見つめられ名前はひとまず縦に首を振るのだった。



「ギル、これでいいのでしょうか」
「はい!とても可愛いですよ、名前」

あれから小さな手に腕を引かれ、駆け足でダヴィンチの工房に駆け込めば既にたくさんのサーヴァントで溢れていた。道中でハロウィンがどういったイベントなのか説明してくれたギルによると、本来は死者の魂と共に現世に現れる悪霊や魔物から身を守るために、仮装をするというものだったそうだ。しかし今では宗教的な意味合いは薄れ、しかもここは様々な時代、国の英霊が集まるカルデアである。特異点で発生しているハロウィンイベントに合わせて皆それぞれ好きな装いをしているそうだ。
そして今日はその当日であり、スタッフからサーヴァントまで今日はみんなお祭りモードということらしい。ダヴィンチが名前に手渡した衣装をギルガメッシュがチェックして、何度か押し問答を繰り返した後、ようやく今名前が身に付けている仮装に決まった。

「ふふふ、ギルとお揃いですね」
「えぇ、名前も僕と同じ吸血鬼ですよ。これならスカートも長いですし、露出も少ないのでいいでしょう。きっとアーチャーの僕なんかが選んだらもっと際どい服を着せられてましたよ」
「まぁ…王のお好みには合わせたいとは思いますが…」
「いいえ、聞かなくていいです。後、今日は絶対にお菓子を切らさないようにしてくださいね」
「わかりました、王の命に従いますわ」

長いスカートを両手で摘んで、幼いギルガメッシュに礼をする。
普段の衣服とは違う、中世的なフリルのついたワンピースは体を捻るとふわりと裾がはためく。胸元は少し開いているものの、足元をすっぽりと覆い隠す長いスカートは歩くたびにひらひらと揺れて、名前の心も浮き立っていた。ワンピースは濃い赤色で、それもギルガメッシュの瞳の色を煮詰めたようで、とても気に入ったのだった。ボルドーのリップを塗って、吸血鬼らしく尖った牙をつけるとメイクも相まってそれらしくなる。

「名前、では僕が一番ですよ!トリックオアトリート」

こてんと首を傾げるギルガメッシュのあざといポーズに、名前は抱きしめたくなる衝動をなんとか耐える。昨夜エミヤと作ったお菓子を詰め込んだ袋から、チョコレートを取り出すとその掌に置いて膝を折って目線を合わせる。

「トリートでお願いします」
「いいでしょう。…誰にもトリックなんてさせてはダメですよ?」
「はい、ギルの教えてくださった通りに致しますわ」

その答えに満足したようで、ギルガメッシュは名前の頬にちゅと口付けた。

「僕はまたマスターに付き合ってレイシフトしてきます。困ったらキャスターの僕に。アーチャーの方もレイシフト中ですから」

手を振って管制室の方向へ去っていく小さな背中を見送り、口付けられた頬を指先で抑える。どのギルガメッシュもやはり愛おしい存在に変わりはないと、名前は一人頬を緩めるのだった。


珍しい洋装に心をふわふわと浮き立たせているのは名前だけではないようだ。カルデアこども組のハイテンションな襲来を受けて、一人づつ用意したお菓子を配っていると、その後ろからよく知る顔が見えた。

「「トリックオアトリート!」」
「イシュタル様、エレシュキガル様」

美しい二人の女神は、お揃いの黒い悪魔の姿で名前の前に現れた。小さな角が頭から生えており、黒一色になった礼装は普段よりも更に露出が多く、官能的とも言える格好だ。

「さぁ名前、その美味しそうなクッキーを私にも渡しなさい」
「ごめんなさい、名前。頂けるかしら、とってもいい匂いがするのだわ」

対照的な女神の言葉に名前はにこりと微笑み返す。

「もちろんです。トリートですわ」
「あんたのお菓子、あの弓兵と作ったやつなんでしょう?絶対美味しいじゃない!」
「あぁ!食べたかったのだわ!名前ありがとう」

嬉しそうに笑う二人に両側からぎゅうと抱きしめられる。名前は生前ならば卒倒しそうな状況だったが、カルデアの生活が馴染んだ今は女神様にも落ち着いて対応できる。ギルにしたように、スカートを軽く持ち上げて礼をすると、お返しだと二人からもキャンディをもらった。


その後も出会ったサーヴァントやスタッフにお菓子を配り歩き、だんだんと中身が少なくなってきた。
ふと敬愛して止まない英雄王の霊気を感じると、目の前に霊体化を解いたギルガメッシュが姿を現した。不敵な笑みを浮かべて、幼いギルガメッシュと同じ吸血鬼の衣装に身を包んだ王は名前の手を掴むとそのまま口元に持っていく。

「ギルガメッシュ王?」
「名前も吸血鬼なのだな、幼き我の審美眼は流石よな」
「えぇ、王と同じ種族ですわね」
「血を求めて彷徨う獣など癪だったが、どうだ?この我もなかなか良いであろう?」

ギルガメッシュの口元から覗く鋭い牙が指先を掠める。陰のあるダークな雰囲気の王の姿が、普段とは違っていて名前は薄らと頬を染めた。

「王は、いつでも素晴らしいです」
「そうであろう!雑種の周回にはもう飽きた。名前、我の相手をせよ」
「もう、マスターを困らせてはいけませんわ」

いくら立香が欲望に忠実でも、彼はマスターだ。召集には応じるべきだろう。

「少しだけだ、せっかく名前が着飾っているのだ。愛でるのは我の特権であろう」
「…お気に召しましたか?」
「あぁ。……長い裾で見えない分、唆られるものがある。にしても、胸元が空き過ぎではないか?乳が見えそうではないか」
「お、王!こんな往来で止めてくださいませ」

ぴらりと胸元のレースの装飾を指先で引っ張るギルガメッシュを名前が赤い顔で嗜める。

「我の前でなら良いが、雑種共に見せてやる必要はないだろう」
「これでも皆様に比べれば、控えめな方かと…」
「ダヴィンチめ…趣味に走りよったな。しかし血を吸っては名前の体に傷がつくからな、我のものと印をつけておいてやろう」
「王…?」

人の悪い笑みを浮かべる王に嫌な予感がして一歩後ろに下がるが、絡めとられた右手を引かれ鼻先が触れ合いそうなほど距離が縮まる。赤い瞳がふいに下にそらされると、かぷりと首筋を噛まれてしまった。鈍い痛みの後に肌を舐めていく舌の感覚に背筋がぶるりと震える。

「もう……恥ずかしいです。それにこれはトリックです。王にはお菓子は差し上げられませんからね」
「なっ…!?我に菓子を献上できぬとはどういう理由だ!?」
「トリックオアトリートですもの。王はトリックをなさったので、トリートはなしです」

首筋を抑えてお菓子の袋を胸元に引き寄せると、ギルガメッシュは難しい顔で腕を組んだまま黙り込んだ。ちょうどその時、管制室から周回の呼び出しが入り、ギルガメッシュはムスッとしたままマスターの元に戻ることとなった。

「名前……我の悪戯がこの程度と思うなよ?戻ったら覚悟せよ」

不穏な言葉を最後に霊体化した英雄王の本気の悪戯とはどんなものだろうか。名前は遊びでも本気になる彼の性格をよく知っている。レイシフトから戻った彼をどうやって落ち着けようか、きっと無理だろうなと一人で苦笑いを浮かべるのだった。



今日はまだ賢王様に会えていなかったので、名前は私室に戻る前に、彼の居室に寄ることにした。ドアをノックするも返事はなく、また徹夜でカルデアの体制改善やシステムの開発に没頭しているのだろうかと心配になってきた。どうしようかとドアの前でうろうろとしていると後ろからぽんと肩を叩かれた。

「名前か?何をしている」
「ギルガメッシュ王…!」

疲れた顔で現れたキャスターのギルガメッシュに肩を抱かれ、そのまま彼の居室に入る。ほぼ全てのサーヴァントとスタッフがハロウィンパーティーの仮装をしている中、彼は普段の威厳ある礼装のままだった。

「お疲れの様ですね」
「今回の祭りの攻略と雑種の持ち帰るアイテムの統計をとらせていたのだが、雑種めがまたも取り憑かれたかの様に召喚システムを回し始めよって…まぁよい。それより今日は名前も仮装を着せられたか」
「幼い王が選んでくださったのです」

くるりと賢王の前で回ると、名前は牙が見える様に薄く唇を開く。

「ふむ、なかなか良いな。…首のそれは若い我の仕業か?」

指摘された箇所を掌で押さえると、やれやれという様にギルガメッシュは頭を抱えた。

「我慢のきかぬ男よな。まぁあれも我なのだから仕方がないのだが」
「ふふふ、私には英雄王も賢王様も同じようにかけがえのない方ですよ?」

名前の言葉にギルガメッシュは、満足そうに頷いた。二人並んで腰掛けた寝台の上で、ギルガメッシュは名前の衣装の装飾を手遊びの如く触っていく。英雄王とはまた違う、成熟した男性の色気があり、名前は二人きりでこの王のそばにいるといつもうっとりと見惚れてしまうのだった。

「名前とならば雑種の祭りに付き合っても良かったか」

誰に聞かせるでもなく、独り言のように呟かれたギルガメッシュの言葉に名前は逡巡する。少し恥ずかしいと感じながら、今日何度も掛けられた言葉を今度は自分から口にする。

「…トリックオアトリート」

きょとんと不意を突かれたように目を瞬いたギルガメッシュの反応に、名前は羞恥に頬を真っ赤に染める。ハロウィンらしさを味わっていただこうと思って言ってみたはいいものの、王はそういうつもりではなかったのだろう。

「お、お忘れください。王にもハロウィンを楽しんでいただきたかったのですが、このような遊びに付き合うのはお嫌いですよね」

取り繕うように言葉を並べ、落ち着かない手で自身の髪を掴む。ギルガメッシュから距離を取る様に体を引くと、それを遮る様に甲冑のない左手に体ごと引き寄せられた。

「自分から言っておいて逃げようとするな」
「で、ですが…その」
「生憎だが菓子の用意などしておらんが、『飴』が欲しいのならば存分にやろう」
「あめもお菓子ではないですか…?」

抱き寄せられた姿勢のまま頬や髪にくすぐる様な口づけをもらい、彼の言う『飴』が何であるかをようやく理解した。先ほどまでの疲労感の滲んだ表情は消え失せ、にやにやと楽しそうな顔で押し倒されてしまった。

「よもや要らぬなどとは言うなよ?」

ねっとりと絡みつく様な指先の動きに皮膚が泡立つ。英雄王がつけた痕と反対側の首筋に、ちりっとした痛みとともに鬱血痕が付けられる。
このままでは本当に一晩、いやそれ以上離してもらえないだろう。その後の英雄王との血を見る様な争いを想像し、名前は意を決してギルガメッシュの肩を押してその上に倒れる様に被さった。

「…ウルクの頃よりも積極的になったものよな。我を押し倒すとは」
「その、不敬はお許しください…お菓子がないのでしたら、私が王に悪戯をいたします!」
「ふむ、名前の悪戯か……よい。特に赦す」

さぁなんでもしてみせよと、寝台に寝転がるギルガメッシュに名前は自分から言っておきながらこれもこれで失敗だったのではと思い始める。自分が仕掛ける側であるはずなのに、王の方が余裕そうである。何をするかも決めていなかったが、自身の礼装が目に入りもうこれしかないと、羞恥心を押し殺して髪を耳にかける。

「で、では…王の血をくださいませ!」

かぷり、と力を入れずに王の肩口に噛みつくふりをする。吸血鬼らしい尖った牙に肌が当たる感覚がしてすぐに口を離すと、恐る恐るギルガメッシュの反応を伺う。金糸の前髪で、赤い瞳が見えず怒らせてしまっただろうかと、落ち着かない。そもそもこの体勢も落ち着かないのだ。敬愛するギルガメッシュに馬乗りになる様なこの姿勢も早くやめたい。

「もう一度だ」
「え?」

ぐるぐると羞恥心から逃げる様に思考を続けていた名前は、ギルガメッシュの言葉に首を傾げる。

「もう一度だと言っている。今度はちゃんと我に見える様にゆっくりだ」
「こ、こうですか?」

上半身を起こしたギルガメッシュの両肩に手をおいて、言われるがまま噛むふりをする。

「…恥ずかしそうにしながらも本能のまま男の血を求める吸血鬼か、良いではないか。その恥じらった表情で牙を立てる魔性の者になら、この我の血を分けてやるのも悪くはない」

ご満悦な様子の王に、名前はなんとか危機は脱したとほっと息を吐く。

いつもなら絶対に出来ない様なことも、この仮装の力を借りれば案外出来てしまうものだ。恥ずかしいけれど、ギルガメッシュが喜んでくれるのならば、また着ることになってもいいかと名前は思うのだった。



リクエスト箱より 「ギルギルハッピーセット2」
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