「リジー・ボーデン 斧を取り 母親40回滅多打ち」
「おい馬鹿」
「我に返って目が覚めて 父親41回滅多打ち…」
「僕の眼帯返せ馬鹿」

「……何のことかな?」
「と ぼ け ん な。何時の間に盗ったレベルで隠せるのお前くらいだろうが」
「おやおや…信用のないことで。ククッ」
「お前が今まで信用の出来る行いをしてたらきっと変わってたろうな。全部」
「……残念ながら、今回ばかりは何も知らないよ」
「……本当にか」
「認めたくはないけどさ…全く以て面白くない」
「お前あとでシメるから覚えとけよ」

突然の来訪者は、至極不機嫌そうな顔で行ってしまった。

「ゆっくりしていけばいいのに……だぁれが殺した? クック・ロビン……そぉれは私と」
「――――――天ッ秤テメェェェェェェェェェェェ!!!」

歌い出して間もなく、大声を張り上げて来訪者が戻ってきたようだ。
部屋の鍵を開け放し、誰も知らないだろう部屋の抜け穴を通り、悠々と脱出する。






「……」
「……」



すると何故だか、抜けた先に「来訪者」が仁王立ちしていた。

「…参ったな。なんで僕より先に来てるのさ」
「お前の手口なんざお見通しだ。大方部屋に抜け穴でも用意してんだろうが」
よく分かるものだ。そう思う。
これはやはり、持った因縁の為せる技だろうか。

「…ふーん。で、何か用?」
言うや否や、目の前に垂れ下がったピンクの眼帯。
「淫夢魔サンが持ってたんだよ」
「あ、そう。見つかって良かったじゃない」



―ビキリ。

「…お前が盗んで渡したんだろうがこのキツネ秤野郎がぁぁぁぁぁぁっ!!!」



ボッ。

音を立てて通路に噴き出した、真っ赤な炎。
「……奈落の炎(アビス・ブレイズ)……また殺る気かい? いつもと同じ結果に終わりそうだけど」
「お前がそのまま焼かれてくれれば結果も変わる。と言うわけで死ね」
「それは無理な相談だね」

来訪者の願い出を丁重に一笑し、操るのは青い炎。
色の違う、だが同じ奈落の炎だ。
威力はまるで同等、使い手の心構えによって優劣が分かれるところだが、彼は僕に対してだけは理性より激情が先行するらしく、大体は僕の勝利に終わる。
理由は2つ。1つは毎度のことだが、僕が前もって仕掛けた悪戯による冷静な判断の喪失。
そしてもう一つは―――遠い過去からの、黒々とした因縁、と言うやつだ。



―それは、僕ら2人の亀裂の序章。
忌むべき、2人の思い出―










僕らは、いつも2人だった。
いつも隣には、彼がいた。
いつも隣には、僕がいた。

煉獄山の上層で、天国間近まで来た罪人を監視する番人。それが、僕ら「兄弟」の役目だった。

失態を犯して僕が叱られれば、聡明な兄さんがさり気なく僕を庇ってくれた。
逆に兄さんが怒られれば、僕が隣に居て兄さんを励ました。

僕らは、いつも一緒だった。
たとえどれだけ周囲から「非難されても」「迫害されても」、兄さんが隣に居れば何も怖くなかった。


僕ら2人は、親と呼べる者がいない。
親が居たなんて――――認めない。
―あんな化け物が、僕たちの親だなんて、僕は絶対認めない。


「それ」は、人間どころか煉獄の民でさえ己の目を疑いたくなるほどの、醜い何か。
言葉で表せないような、滅茶苦茶でどろどろで汚らしい巨大な見た目と、それに反比例する流暢な口調、腐乱臭。
性と云うものを持たず、単細胞生物のように独自に生殖運動をし、隠れた口で「煉獄の民」だけを狙い、殺し、貪り喰らう。
あれのせいで、兄さんは幼い頃記憶を失い、他の兄弟や従妹と呼べる者達は皆、あれに喰われて死んだ。
僕はその時、あれに捕まった兄さんを助けようと必死だった。
最終的に、何処からか投げ込まれた爆薬らしいものに助けられたが、誰が助けてくれたかは未だに謎のままだ。
同じところに居て、あの日を覚えている者はもう、僕とその誰か以外にはいない。
そこに居た民の全員が、虐殺されて死んでしまったから。
(勿論その場に居たのが煉獄の民全員かと言われるとそうではないけれど)

本能に貪欲なあれに対する憎悪は、消せない。
だから、覚えている。
兄さんを喰らおうとした、あれの愚行を。
其処までに深い憎しみを忘れるなど、出来るわけがなかったのだ。


ともあれ、あんな化け物から、どうして人の形を模した生き物が出来るだろうか。
納得出来ない。出来たとしても認めない。
奥深い闇の中、紅い緋い朱塗りの檻に投げ込まれた、禁忌のもの。
あれが居た事実すら、認めたくはない。
僕の家族は、そう呼べる者は兄さんだけだ。兄さんさえいれば、それでいいんだ。

歪な家庭環境に生まれ育った為か、何時の間にやらそんな閉鎖的感情を持つようになっていた幼き日の僕。
―そんなある日、変化は唐突に訪れたのだ。








「やぁ」


その日は偶々、兄さんとは別々の層の担当に配置されていた。
退屈でたまらなかった僕の前に現れた、一人の男。
金の髪、そばかす。それだけでも十分印象に残るが、その、温かい声のトーンに不釣り合いな紫の鋭い目は特に。

男には、罪人特有の「印」が見当たらず、見えるところにないということは罪人ではないのだろうか。そう思った。
何か用かと聞いてみると、男は笑顔でこう言った。
「ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど、良い?」
持ち場を無断で離れることに躊躇したりもしたが、本当に困っているのだと予想外に粘られたので渋々了解した。
善意とかじゃない。単に断っても粘られ続けるのでは仕事に支障が出そうだと思っただけだ。
だけど、そのOKを聞いた瞬間の男の表情が―――――――


「本当? 有難う、嬉しいよ」

それは、幾ら望んでも手に入らなかったもの。
周囲から疎まれ蔑まれてきた僕らが、ずっと願い続けた思い。
…嬉しくなった。

そして、僕は男に言われた内容を淡々とこなした。
精々10分程度の作業だったけれど、一度その場を離れていた男が戻ってきて、再度礼を言われた時は思わず笑顔になったものだ。

立ち去っていく男に、手を振って見送った僕。
あまりにも無知だった、僕。


業務終了後、兄さんと待ち合わせて、2人で帰った。
男の話をすると、兄さんは「良かったね」と言って笑ってくれた。
僕も、笑顔で「うん」と返した。




―その日。
「外からの異物」に、煉獄の管理下であった筈の罪人の魂を大量に奪われたという報告が入った。





男は、ちょくちょく煉獄に顔を出すようになった。
僕は会う度、男の「手伝い」をするようになった。
最初に貰った、「有難う」の言葉が、嬉しかった。
長い間欲したその情を、更に欲しがった。
兄さんから以外の「愛情」の欠如していた過去の記憶は、僕をそれほどまでに貪欲にしてしまっていたのだ。

そしてその度に、監視するべき魂達が次々と奪われていった。

なんとなく、分かっていた。
その男が、「外からの異物」そのものだったことに。
だけど、何も言わなかった。何かをすることもなく、大人しくしていた。
漸く手に入れた温もりを、手放したくなかった。






そうして。

全てが、音を立てて狂い始めた。


















―ねぇ、その人と付き合うの、やめた方がいいよ。

男の話をしていたら、不意に兄さんがそう言い出した。
「この間、それらしい人僕も見かけたけど、何か嫌な感じだったし…それに、最近皆大騒ぎしてるよ、魂の盗難事件が相次いでるって」
でも、あの人がそれに関わってるっていう確証はないよ?
「…確かにそれはそうだけど…でも、その人の話聞くようになってから起こり始めた気がするし、用心するに越したことってないよ」

兄さんと意見が合わないのは、初めてのことだった。
僕は、兄さんと何とか意見を合わせようと、自分の意見を包み隠さず答えた上で説得を試みた。
…だけど、同意を得られることはなかった。


少し、煩わしくなった。


気付けば、それはいつの間にか口論へと発展していた。
数日の間、ずっと揉めていた。
兄さんが、泣きそうな顔で反論を繰り返す。
僕も泣きそうになって、それでも更に反論を重ねた。

ただ、分かってほしかっただけなのに。





「…もう、いい」

暫くすると、兄さんは諦めたような、拗ねたような、怒ったような声で、そう言った。


「そんなに言うなら、好きにすればいいじゃない。僕、どうなっても知らないから」



…それは、本当に初めての、兄さんからの「拒絶」だった。
僕は必死に兄さんを止めようとしたけど、その為には自分の意見を曲げなければいけないことも、分かっていた。
しかし、折れなければ本当に、兄さんはどこかへ行ってしまう。そんな絶望に襲われた。


嫌だ、行かないでよ兄さん。
僕を見捨てないでよ、兄さん。
…僕を、置いてイカナイデ………



そして僕は、立ち去ろうとする兄さんを抱き締め、そのまま床へと押し倒した。
驚いた表情の兄さんを組み敷いて、そのまま犯した。
誕生日の「ひと月しか違わない」、それでも兄さんを、凌辱した。
泣きながら「やめて」と叫ぶその声を、無視して。


「…言ってよ、僕が好きだって……僕しか要らないって言ってよ! 兄さん!!」

聞こえていないのか抵抗してるのか、兄さんは何も返してはくれなかった。
それに苛ついて、更に手酷く抱いた。
女のように嬌声を上げる兄さんは、とても可愛らしかった。





僅かなことで入った亀裂は完全な裂け目となり、僕らを引き離した。









それから、僕らはお互いに関わり合わなくなった。
気まずさ、後ろめたさといった感情に邪魔されて、兄さんに声をかけ辛かった。
兄さんはずっと怒っていたようで、目を合わせてもくれなかった。
不意に目が合うと、あからさまに不機嫌そうな表情をして、そっぽを向く始末。
分かり切っていたことだ、自業自得だと自分を諦めさせた。
…幸運にも、あんなことがあって尚、お互い離れることだけはしなかった。それだけが、唯一の救いだった。

…そしていつか、そんな生活が自然と定着していった。
喋らないことが、日常になっていた。

煉獄側の警戒は日に日に厳しくなり、それに比例して男も姿を現さなくなった。
兄さんは、相変わらず僕に話しかけてくれない。
周囲の目も、いつもと変わらない。

孤独になった僕は少しずつ、歪んだ性格を形成するようになった。
誰かに弱みを知られたくないが故の、それは偽りの仮面のようだった。
それも、徐々に僕の「平常」になっていた。


そして、


煉獄の民は、己らの持ち物を奪った「敵」の正体を漸く知る。


















それは、「外れた者」と呼ばれる、魂の強奪者達。
その行いは本当に悪魔のようで、人の魂を誘惑し、堕落させ、それを見て喜びを覚える。そういう存在だった。
堕落した魂達はそのまま弄ばれ、捨てられ、喰われて天への道を永久に閉ざされる。
―――あの「化け物」と同様、魂を喰らう醜い存在に。

あれとは少し違い、それは「罪人の魂」だけを狙い、喰らう。
男は、その化け物を飼い馴らす「外れた者」という一族の末裔だったというのだ。




「外れた者」は、煉獄始まって以来の仇敵。昔から煉獄と魂を巡り争ってきた者達だ。
僕はその末裔に、手を貸した。知らなかったで済む問題ではない。
…僕は、赦されないことをした。
だけど、それを知った時に後悔があったかと言われれば、答えはNoだ。

―忌むべき煉獄を餌にするあれを、閉じ込めるだけで殺してくれない。
あれを忘れさせてくれない煉獄という存在が、憎らしかった。

どうして殺してくれないか。それも大凡分かっている。
「外れた者」達の飼う「化け物」の存在を危惧しているからだろう。
さしずめ、少し手を加えて彼らへの対抗兵器にでもする、といったところか。
言葉が通じるなら、強ち不可能でもないのかもしれない。



…だったら、もういい。
そんな危険で下らない場所、僕には要らないよ。
男の共謀者として囚われた時、僕はそう思った。


「煉獄の業」による処刑が決まった時も、不思議と涙は出なかった。

―その代わりとでもいうかのように、泣いていたのは、兄さんだった。

行かないでと、僕を呼ぶ泣き声と、
取り押さえられて尚、此方へ伸ばそうとする右手と、
涙でぐちゃぐちゃの、綺麗な顔。

嗚呼、やっぱり兄さんは優しいね。
そして、どうしようもなく泣き虫だ。
ごめんね。
出来の悪い弟で、ごめんね。
せめて今は、絶対に泣かないよ。だから、安心して。兄さん。

今はまだ、こんな頼りない弟だけど。
…いずれ、迎えに来るからさ。
だから、少しの間待ってて。
ちゃんと連れ出してあげるから。
君にはこんな場所、似合わないから。

「…はは、何その顔。僕に犯されて怒ってたんじゃないの?」
「…っく…ふえ…行かないで…死んじゃ、やだよぉ…ッ」

ごめんね。
そんなにも、泣かせてしまってごめんね。
大丈夫、怖くないよ。
君の為に、「お土産」を置いていくからね。
君を連れ攫うその日まで、僕を覚えてくれてたら、それで十分だから。


「…バイバイ、兄さん。……………僕の自慢の、弱虫な君」

これから得る「悦楽」に歪みそうになる口元を隠すように、僕は兄さんに背を向けた。
兄さんの絶叫を、しっかり耳に焼き付けて。
業の中、伸びるその手を掴んで、

そして、僕は「正しい盤」の上に立った。










「さよなら、兄さん。…狂気に侵されて、また会おう」



















――――それから数年して、頃合いを見て僕は兄さんをこの「カルコサ」へと呼び寄せた。
「カルコサ」の所有者である「消えた魔女の子」曰く、この場所には"ある条件"を満たさないと入れないとのことで、
時折、「夢人」の監視の届かないルートを使って兄さんの夢に潜り込み、それとなく誘導した。
全てを知っていたわけでもないが、兄さんに想い人が出来たというのは知っていたから、それを調べ上げた上で色々ふっかけてみたら、案外簡単に釣れた。
―「彼」を利用したら、兄さんは思いの外予想通りに動いてくれ、「カルコサ」も兄さんを認めた、ということだ。

それを聞いてからの兄さんは「生きてんなら早く言え馬鹿!!」とキレて益々僕を嫌悪するようになったりしたけど(勿論その時半泣きだったのは言うまでもない)、そこは仮面上の性格で適当に躱しておいた。
すると最早名前を呼ぶのも煩わしいと判断したのか、会う度僕のことを「天秤」(此処での通称)呼ばわりするようになった。
でもまぁ、それも悪くない。
生きて目の届く場所にいてくれれば、僕は安心していられるから。
そう思うと、急にもどかしくなって兄さんを抱き締めた。
「わっ」
「はは、可愛いなぁ兄さんは」
「はッ!? お前に可愛いとか言われたくないってか気持ち悪い! はなせーっ! バカーッ!!」
「これは酷い」

飛んでくる紅い火の玉を、青い炎で中和しながら、何となくキスしてみた。

「んッ」
「…ふふ、大好きだよ兄さん」
「死に晒せ」
「何だよ、キスなんて今更なくせに。昔だって散々「くたばれレイプ魔!!!」」

兄さんは、もう何も心配しなくていいからさ。
嘘吐きで怖い「パパ」はもう何処にも居ない。
初めから居なかったんだ。僕らの親なんか。
僕らの親を騙った汚い化け物は、『彼』の「犬」に食べてもらったから、安心していいよ。

「! おっと」
「あっ…シェフ…」
「……"ユウマ"に触るな……!!」
「…は、流石嫉妬の「憑代」。そのユウマの実弟でも容赦なしか」
「……本人じゃないなら兄弟だろうが所詮は他人だ。関係ない」
「ふぅん…そう。まぁいいや、安心してよ。兄さんに君がいるように、僕には僕の憑代が居るんだからさ」
「……」



「…ああ、そろそろ約束の時間だね。じゃ、僕は帰るよ」
「! 待てこら僕の眼帯…」
「あっはは、それじゃあね、兄さん!」


さて、急いで帰ろう。
『彼』を怒らせると後が怖いからなぁ。

―あの日、僕を「業」の中から救ってくれた「共謀者」。
偽物の「パパ」を殺してくれた「恩人」。
そして、強欲の「憑代」である『彼』を裏切らないように―――――――。








「消して 映した 欲張りで 飾る私を 誰か灰に返して」













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ヤンデレの話の裏側、どういうわけだか弟設定になっちゃった青い天秤さんのお話でした。
天秤さんが胡散臭くなった理由というのはつまりこういうことです^^
そしてヤンデレが夢だと思ってたのは夢じゃないというあるある事象

で、外れた者、というのはまぁ今更ですがJMS(正しくはJMSら鼠一家)でござーい
実は幼い頃の2人を助けたのも…?

彼、の違いは括弧で識別してくだされ


そういえばあれなシーンの話になりますが、
ヤンデレの時は天秤さんが嫌がらせだと言ってましたが、今回は一切出てきてません
これは、出てきてないだけです←
当時の彼は、自分しか要らないって言ってほしかった。
でも、兄はそれを返してくれなかったから、苛ついてついそういう単語が出てしまった。
実質本当にそういう意図でやってたんではないです
誰にでも間違いはある。それだけの話です(キリッ





つーかあれ、これってじぇむぼいでもしぇふぼいでもなくただのboy×boyじゃn…(撲殺
カネオ様すいません本当に(白目

JMSはJMSでも、実は大人JMSだったりする
ので 「少年」ではなく「男」表記。




因みに

最初の2人のやりとりのモデルは、ぶっちゃけ首!!のノミ虫と天使ですすいませんwwww
実は喧嘩してる時点で通りかかった夢人さんが「またやってんの?懲りないね」とか呟いてたのは皆には内緒だよ!


アビスブレイズというのは実は某ゲームに実際に登場してる拙者お気に入りの技でござる(
天秤さん曰く「偽物のパパ」のイメージは某改造猫くろたん最終巻に出てきたよく分からん化け物だったりします←




作業BGM→sm12264707/sm17404667/sm11809611
なんか途中常時寝そうになって2回ほど曲替えました(((



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