幸せって何なんだろう。
人間は、どうして幸せを求めるんだろう。
誰かにとっての幸せが世界の幸せとは限らないのに、人は何故、それを手に入れようともがくんだろう。
人間って、何なんだろう。
誰かとの幸せを、どうしてそんなにも欲しがるんだろう。
相手は、たかが人間なのに。
手に入れたところで、最後には壊れてしまうのに……。
そんなことを考え始めたのは、12歳の頃。
生を終える、ほんの少し前の話。
僕の住む町に、サーカスの一団が訪れたと聞いて、お兄ちゃん達に連れて行ってもらいました。
きらきら光る、まるで夢を見ているような舞台。
その中でも一段と目立つ、道化師さんととあることからお友達になりました。
化粧の下の顔は普通の人と変わらない、寧ろ整った部類に入るだろう顔立ち。
今となってはあまり見かけない、本当に本当に、優しい性格。
悩みも何も、一気に飛ばしてくれそうな、明るく楽しい人柄。
僅かに接するだけで、それが伝わってきて、僕は嬉しくなったものです。
ずっと昔、お父さんとお母さんが行方不明になってからというもの、2人のお兄ちゃん達は揃って僕を甘やかしてくれたけれど、
その顔にはいつも、それとなく翳が付きまとっていたから。
こんな風に、芯から明るく出来る人を、僕は見たことがなかったのです。
とてもとても、憧れでした。
もっともっと、深く深く、関わり合えたらという思いすら、生まれていました。
ずっとずっと、傍にいてほしいと、願いさえしていました。
だけど、それは叶わないと知っていました。
だって、彼らは旅の一団です。ずっと1つの町に留まるなど、有り得ないことでした。
しかしそんなある日、僕を、僕の環境をがらりと変える出来事が起こりました。
僕は、町で出会った素行の悪そうな数人の男の人達に、捕まって監禁されかけたのです。
一人で、御遣いに出かけた帰りがけのことでした。
強い力に抑え込まれて、怖くなって、泣き叫びました。
無我夢中で助けを乞いました。
聞こえる、嘲るような彼らの笑い声。
身体中を這い回る数本の手に、気持ち悪さを感じずにはいられなかったのです。
抵抗しようと体を動かそうとしましたが、抑えられて動けず、叩かれたりして、気を失ってしまいました。
気付けば、自宅のベッドに寝かされていました。
お兄ちゃん達が、泣きそうな顔でこちらを覗き込んでいました。
僕が目を開けると、心底安心したような表情をして、僕を抱きしめようとしてくれました。
だけど。
僕は反射的に、それを拒否してしまったのです。
知ってるはずの手が、怖くて。
もう何時間前の出来事かも分からない記憶が、フラッシュバックしてきたのです。
お兄ちゃん達は、少し驚いたような顔をしていましたが、すぐに平静に戻ったのか、ほんの少し黙り込んだのち、
どれだけでもいい、時間をかけて、元に戻していこう。そう、言ってくれました。
少し落ち着いて、リビングへ出ると、あの道化師さんがソファに座っていました。
僕に気付いていなかったようで、僕が少し距離を置いて隣に座ると、はっとしたように僕を見て、心配してくれました。
僕は、まず自分が平気なこと、そして、お兄ちゃん達とのやりとりのことを説明しました。
お兄ちゃん達曰く、僕を家に連れてきてくれたのは道化師さんだったそうです。
詳しいことは聞きませんでしたが、どうやらサーカス団の中でトラブルがあったらしく、道化師さんは皆のところへ暫く戻れないと、参っているようでした。
なんとなく、それは正しい事実ではないことも、感じ取っていました。
もっと、大変なことが、彼の周りで起きているのだろうと。
だけど、それを言うこともしませんでした。
―嬉しい。
そんな不謹慎なことを平気で考えてしまうほどには、僕は彼に依存してしまっていたのです。
それから暫く、道化師さんの見てきたものを色々教えてもらいました。
自分の町以外の場所のお話は、とても新鮮で、僕は夢中で話に聞き入っていました。
道化師さんの気が済むまで、家で匿うことも約束しました。
だけど、それからその顔を見るたびに、己の罪悪感が膨らんでいることに気付きました。
以前見た、奥底からの笑顔はそこにはありません。
辛さをひた隠しにしようとする、作られた笑顔。
僕が見飽きてきたものが、その顔に湛えられてるのを見て。
僕は、いつの間にか苦しさを感じるようになっていたのです。
ある時こっそり、理由をつけて外へ出ました。
街道を通って、サーカス団のテントのある大通りに出て、
そこにいた、別の道化師さんに声をかけて、思い切って尋ねてみたのです。
彼の笑顔が作り物に変わった日の、真実を。
聞くと、道化師のおじさんはこっそり教えてくれました。
―彼は人殺しだ、と。
あの日、気絶した僕を外へ運び出す道化師さんの姿を、一人の婦人が目撃したそうです。
更に、その直後、僕が監禁されたその場所に、僕を襲った男の人達の死骸が転がっているのが見つかり、
嘘か本当かはっきりしないまま、彼が殺したのだという噂が広まっていったのだと。
その時の僕のショックと言ったら、相当なもので。
あの煌めくばかりの笑顔を奪ったのは、他ならぬ僕だったのだと、
世界を碌に知らない、無知で弱い、僕だったのだと、
それからのことは、よく覚えていません。
気が付くと、僕は家に戻っていて、眠りこけた道化師さんを膝枕しているという状況でした。
お兄ちゃん達が、廊下で揉めている声が聞こえた気もするけど、それよりも先刻聞いた話ばかりが脳裏を掠めていました。
なにもかも、僕のせいだったのです。
自分の身すら護ることの出来ない、弱い弱い僕のせいで。
そうだ、考えてみれば、お父さんたちが居なくなって、お兄ちゃん達の笑顔が嘘になったことも、きっと、きっと僕が……。
堪えきれなくなって、やがて涙が零れ落ちていることに、少ししてから気が付きました。
涙は目だけに留まらず、言葉となって口から漏れ出しました。
顔を抑えた手は、あっという間にぐしゃぐしゃに濡れて、
不意に、抱き締められました。
温かい手に、優しい匂いに、大きな身体に……。
男の人が怖かったはずなのに、その時の僕は不思議と落ち着いていられたのです。
…そう。
道化師さんは、とても素敵な人。
僕を助けてくれた、強い人。
僕のせいで不幸になっても、僕を責めなかった、優しい人。
なんて酷いことでしょう。
僕を責めず、人々は寄って集って彼を排除しようとしたのです。
ああ、神様はどうして、僕を糾弾してくれないのでしょう。
どうして、優しい善人を、殺そうとするのでしょう。
どうして、正しくないと皆に伝えてくれないのでしょう。
そんな神様なんて、
イラナイ。
ねぇ、道化師さん。
見て。
僕、こんなに強くなったよ。
ねぇ、お兄ちゃん。
見て。
沢山のコバンザメが、真っ赤になって転がってるよ。
ねぇ、お兄ちゃん。
見て。
僕、もう独りで、歩けるようになったよ。
ねぇ、−−−。
見て。
貴方の愛した人間は、こんなにも、 脆い。
ごめんね。
本当は死にたくなんかなかったけど。
でも、僕が居たら誰も幸せになれないんだって。
だから。
先に行って、待ってるね。
ずっとずっと、待ってるね。
でもね、
『 』
―――?
なぁに? 「日向さん」。
何を考えてたのかって?
何でもないよ。
?
じゃあなんで泣いてるのって…泣いてる? 僕、泣いてないよ?
だって、日向さんも、お兄ちゃん達もいて、誰も僕達を責める人間は此処にはいなくて、
幸せだから。
『あの世界』にいた頃よりも、ずっと、ずっと。
そういう日向さんこそ、泣いてるよ?
ううん、だって、日向さんが泣いてること、僕、分かるもん。
泣かないで、日向さんは何も悪くないから、ね?
…、お兄ちゃん、いつから見てたの?
……それって、最初からってことだよね?
ううん、お兄ちゃん達が悪いわけでもないんだよ、だから、そんなに落ち込まないで。
誰も、悪くないんだよ。そうでしょう?
だってあれは―――――――――――――――死にたがりな僕の、自分勝手な贖罪だったんだから。
道化師のふりをするのは
やめてほしいのです
あなたは やさしすぎる人だから
見ていて つらいのです
気がつかないふりをして
あなたを笑ってみせるのは
とても つらいのです
未知人形ユキの呟き
よし、拙宅ではこれをろりろり虐殺事件と名付けよう(待てこら
ろりは兎に角道化師さんやお兄ちゃんズを苦しめた自分が憎くて憎くて理由をつけて他者による自殺を図ろうとします。
コバンザメ=道化師さんを非難した人々の中で、最初に抹殺されたろりを襲ったモブ連中と同じくろりに手を出そうとした残念な方々。
ろりは正当防衛だと理由をつけたり悲しむ様相を見せつけることによって公務員な大人たちに庇われます。
でもそれが徐々に過剰なものになっていって、
悪いものが取りついているんだと判断した聖人によってなんやかんやで最期を迎えます。(
勿論すべて計算ずくです(キリッ
因みに道化師さんは何度かろりを止めようとしましたがろりは聞きませんでした。
でも殺すことは出来ない。
何故なら過保護すぎるお兄ちゃん共(特に次男)が黙ってないし第一TOMODACHIだから!((((((
それとろりの男性恐怖症ですが、道化師さんが平気になった直後にお兄ちゃんズからも受け付けられるようになりました
それ以外にはまぁ、一部除いてですが大体は例外なく未だに少し抵抗があるようです
詩引用:夢色道化師/永田萌