「……どうしてこうなった…」

唐突に夏。
目の前には女。
知らない相手。
そしてその前に対峙する少女。

空は曇天。
人の気配のない街並み。
ちかちかと点滅する街灯。

地面にはひび割れ。
半径数十キロ規模のひび割れ。
きっと最初はなかった。
何故ならそれは、俺が倒れていた地点から広がっていたのだから。





時刻はつい数十分ほど前に遡る。








俺はその時、大学の補講の帰りだった。
クリスマスシーズン迫る12月。寒い帰路を友人と一緒に歩いていた。
何でもない日常風景の一部。ただそれだけだったんだ。
……目の前に、アレが現れるまでは。


「…なぁ星史朗(せいしろう)、あれ……なんだ?」
「へ?」

これからの進路のことだとか、就職のことだとか。そんな未来をぼんやり考えていたら、突然の友人の声に気付いて顔を上げた。
続いて彼の指差す方向を見てみれば、一瞬それが何かよく分からなかった。
目にかかるほどの長い前髪を掻き分けてよくよく見る。

それは、空にいびつに開いた横に長い裂け目だった。
やっぱりなんだかよく分からなかった。いや、裂け目っていうのは一目で分かる。
どうしてそんなものが空なんて形を持たない場所に開いてるのか。その現象に、現実=当然の脳味噌が追い付かなかっただけ。

「……裂け目?」
「いやそれは見りゃわかる」
「何であんなとこにあいてんの?」
「分かんないから聞いたのに、俺に聞かれても」

友人と阿呆丸出しの会話をする。俺だって分かんないよ、何であんなとこに裂け目?
何でそれがあるのか分からないけれど、何故だろう、いやな予感がした。
「………にげ…」
俺達は個々から逃げなければならない。そんな根も葉もない勘を根拠に友人の手を引いた。

そしてそれと同時に、中から何かが現れた。


「……ひっ!」
友人が短い悲鳴を上げた。

出てきたそれは、人か何かの、手。
せわしなく動いては、何かを手探りで探しているといった感じだった。

「逃げよう!あれに捕まっちゃ駄目だ!」
叫んで握った手を引っ張った。混乱する友人を連れて、逃走を、






「……逃げちゃ駄目だよぉ」





「ひぃ!」
突然目の前に現れた人影。いや違う、これは、これはきっと――――――――

「人間は、殲滅」
「【水城様】の、意のままに」

裂け目の合間の手が伸びて、友人の逆の手をつかんだ。
その力は思った以上に強く、俺は友人の手を、放してしまった。

「あっ…碧生(あおい)!」
「わあああああああぁ………」

空間に引きずり込まれて、居なくなってしまった友人。
そして事態は、それだけではとどまらない。

「ほら、君も♪」
「わぁっ!!」
楽しそうに愉しそうに語尾に音符を付けるくらい嬉しそうに、目の前にいた「彼女」は俺の背中を押した。
裂け目は途端に凄まじい吸引力で、俺自身をも食べてしまった。





これが、数十分前の出来事。




それから俺は、気付くとこの町のひび割れのど真ん中にいた。
多分、上から降ってきた俺。死んでないのが不思議なくらい派手に広がった皹。
近くに友人の姿は、ない。
そして何より……コート姿の俺は、汗をかく程度に暑い。

「あっつ!!」
何でだろう、ついさっきまでくそ寒くなかったっけ。
何この蒸し暑さ。まるで梅雨入りした時のようだ。
とりあえずコートを脱ぐ。幾分かマシになったけどそれでも暑い。一体何℃あるんだ。
そしてここは、どこなんだ。

歩いていた筈の帰路とは似ても似つかない街並み。例えるならファッション街の中心地と住宅地の合間くらいの差がある。
少なくとも、こんな場所日常ではほとんど通らない。
そして何より、思い返すつい数分前の出来事。
あの裂け目に吸い込まれた後、俺は一体どうなった?

暫く考えてみたものの、答えは出て来なかった。
当たり前だ、だってその時俺は間違いなく気絶していただろうから。
諦めて顔を上げ、序に重い腰も上げてあたりを見回した。本当に、何処だろうこの場所は。
何もかもが物語の世界のようで、まるで現実ですらないみたいだけれど…。

(…ん?)

遠くに何者かの影が見えた。
此方に近づいてきているようだった。
誰だろう、この辺に住んでる人かな。

薄闇で見えなかった顔は、頼りなく光る街灯にぼんやりと照らし出される。

2本の三つ編みが混じった大層長いロングヘアー。カラーリングはどぎついショッキングピンク。
モノトーンのふりふりエプロンミニスカワンピース、アシンメトリータイツ、ブーツ。
ハートの髪飾りと左目に眼帯をした女の子。

一言で女の子、と言い表そうとした俺の言葉は、飛んできた手によって遮られた。


「いったぁああああ!!!」
「あ、ごめん間違えた」

悲鳴を上げた直後に降ってきた理不尽な一言。

「いや間違ってない」
「いたっ!」
またはたかれた。
「これで良しと」
「よくない!」
「うるさい」
「いたい!」

またはたかれ(ry

「なんなんだよもう!」
「お前こそなんだよ」
「いや君こそなんだよ!」
「だって男って決めつけるから」
「……へっ」

「ぼくは男だけど女の子なの。安易に決めつけないで」
「えっ…ああ、ごめ、…え?」
納得しかけて押し留まる。

「…え?いや女の子だよね」
「違う!」
「いたっ!!」
結局最後にまたはたかれた。


昔から、勘が良いと言われていた。

だから、何となく気が付いた。
結局、もういい加減はたかれるのが嫌だから言わなかったけれど。
多分彼女は、性同一障碍か何かと男勝りを勘違いしている…のだと、思う。
多分だけど。


「まぁいいや、【先生】のところに持って行こうこの拾い物」
「えっ、あ、ち、ちょっと待って!」

突然意味の分からないことを呟かれて腕を掴まれて、あわてて待ったの声をかける。

「何よ」
「何よじゃなくて!先生って?ここは?一体全体何が、」
「…は?なんなのお前」
彼女?はばつの悪そうな顔で此方を見てくる。
ピンク色のガラス玉みたいな大きな目は、まるで人じゃ無いようで…。

「……えっと…」
「ていうか何お前、人間?」
僕の手を暫くむぎゅむぎゅしてきたかと思うと、彼女は一言、そう言った。
「…え、あ、そう、だけど」
「何で人間が此処にいんの。帰れよ」
「…帰れって…」
そんなこと言われても。そもそもここはどこなんだよ。

「此処は六部計(ろくぶけい)。人間の住む現実の、次元的裏側」
場所の説明をどうにか求めた時、帰ってきた返事はそれだった。

「何にも知らない人間……お前、もしかして気持ち悪い喋り方する連中に捕まったとか?」
「え?……あ、ハイ」
思い返せば確かにいた。語尾の気持ち悪い女の子。片言じみた言葉で話す手。


「あの馬鹿の娯楽の被害者か。めんどくさい」
「あの馬鹿…?」
彼女は何かを察したようで嫌そうな顔を向けてきた。いやそんな顔されても。
っていうか馬鹿って、誰。

「馬鹿は馬鹿だよ。ぼくがこの世で一番相手にしたくない…」
「……ちょっとぉ」
「!」

聞き覚えのある声がして振り返った。
そこには噂をすれば何とやら、先刻の、あの子。

「何であんたが此処にいるわけ?」
「……」
「その子…私のエサなんですけど」
「……【水城(みずき)】に献上するための、だろ」

「水城?って、そう言えばさっきも」
あの不気味な片手が言っていた、単調なその名前。

「そう。あの人に命じられて人間を二人捕まえた…それなのに、【陽花(はるか)】は結局あいつを何処かに落としちゃうし、私は私で探してみればあんたなんかと出会っちゃうし!嗚呼なんてついてないのかしら!とりあえず――――その子から離れてよ」
「えっ!?落と…」
聞き捨てならない単語が聞こえ、思わず聞き返そうとすると、
「だそうだけど」
「えぇ!?」
彼女は大して興味もなさそうにこっちに話を振ってくる。俺に判断を求められても困るんですが!

「無様に死ぬか先生の実験台にされるかどっちか選べ」
「どっちも嫌なんですけど!!」
「我儘だな」
「どっちにしても死亡フラグじゃないかぁ!!!」

なんか全然話が見えてこないけど、一つだけ確かなことがある。
どちらにしても、大凡の確率で殺される!!





「…じゃあ、ぼくの椅子になれよ」






何か不穏な単語を聞いた気がした。
「いや…言ってる意味が、よく」
「ぼくの椅子になったら助けてやってもいいよ」

恐る恐る顔を見る。
その顔は、大層愉快とばかりに歪んでいる…。

「3秒で決めろ。死ぬか実験台か椅子か3つにひとつ」
「椅子になります!!!!!」
3回聞いて諦めた。
逃げ場のないこの場所で、未開の地で、前2択のように明らか殺されるわけではなさそうな時点で、最早それしか選択肢はなかった。





―――――――こうして、今この現状に俺はいる。


「よく言った」
そして性同一障碍勘違い少女は俺の襟首を勢いよく掴んで踏み出し――――一転、踵を返して、逃げ出した。
…あれ?

「え?なに?逃げるの?」
「当たり前じゃん、めんどくさい」
彼女が威張る。そこ威張るとこじゃなくないですか。

「…とは言っても」
「逃がすわけないでしょぉ」
「やっぱりな」
「ひぃぃ!!」
瞬時に追いついた、敵。だと、思う。
もう誰が味方なのかよく分からないけど…。
あえて言うなら、この少女は…。

「大体、あんた何様よ?」
「何様でもありませんけど」
「その割には、妹だからってあの人に優遇されてるわよね。…ムカつく」

なんだろうこのドロドロした会話。

「君の気持ちは知らないけど、あんな馬鹿兄貴やめといたほうが身のためだよ」
「…知った気になってんじゃないわよ」

瞬間、ドカンと音がして彼女は横壁に叩きつけられていた。


「わっ!!!」
襟首を掴まれていた俺は、その勢いで地面に落ちて頭を打った。

「……知った気も何も、あんだけ一方的に追い回されたら嫌でも覚える」
一方、叩きつけられておきながら大した怪我もなく起き上がってくる彼女。
頑丈すぎやしませんか。血の一滴も流れてないって。

「どうでもいいよ。早くお婿さんに貰ってあげたら」
「あんたのせいでそんな簡単にいかないのよ。バカじゃないの?」
「だからってそれをぼくに言われても困る」
「そんなこと、言われなくても知ってるわ。…単に気に食わないのよ、勇真(ゆうま)」

勇真。
どうやらそれが、彼女、この少女の、名前のようだった。


「じゃああえて言ってやろう」
勇真、は暫く考えるそぶりをして、すっと右手を付き出した。




「そんな面倒な鬱憤はあのストーカー馬鹿兄貴に直接ぶつけとけ、馬鹿ロイド」




勇真の姿がふっと消え、気付けば近くの壁へ。
その手はつい先刻とは逆に、敵である少女の頭をめり込ませていた。

えええええええ!?
どういう腕力!?

「がッ…」
「ぼくにそんなめんどくさい案件を押し付けるな。さもなくば破滅しろ」

…言葉も出ない。
一体今の一瞬で何が起きたんだろうかと思案するくらいには。
彼女は、いったいどんな運動神経をしているんだろう。
まるで人間味を持っていないような感じがした。

ただただ呆然としてその様子を眺めている。
と、不意にそちらから何かが飛んできて頭に当たった。

「いてっ」
拾ったそれは何か小さなものだった。


「……螺子?」
小さな小さな螺子だ。なんでこんな……待てよ。…螺子?

ごしごしと目をこすり、髪を掻き分け遠くの二人をじっと見つめる。
…勇真に押さえつけられている少女の腕。その隙間から、一瞬火花が飛んだように見えた。


小さな螺子。
少女の身体にはじける火花。

昔から、勘が良いと言われていた。
つまり、その勘を信じるならば、これは……。




立ち上がって確認しに行こうとしたその時、かの少女の身体はボン、という音と共に爆発した。
真っ赤な紅焔。ばらばらと散らばる小さな何か。
それもまた、螺子や配線の欠片といった無機物たち。



「…廃棄場(てんごく)で、【月虹(げっこう)】によろしくな」

小さく聞こえたそれは、何処か淋しげな音色をしていた。









***








てくてく、てくてくと道を歩く。
ゆらゆら揺れるピンク色の髪の毛。

「……さっすが勇真。僕の愛しい、愛しい妹!嫁!未来の妻!!」

その後ろ姿だけにカメラの焦点を当て、嬉々とした声を上げる青年。
「やっぱり俺にとっての唯一無二は、可愛いお前だけだよ」

恍惚とした声音とほんのり赤い頬を見て、傍にいた女は青年へと冷ややかな視線を浴びせていた。

「懲りない奴。そんなんだから勇真に嫌われるのよ」
「はは、美穂(みほ)は冗談がきついなぁ。あの勇真がこの俺のどこを嫌ってるっていうんだい?」
「そういう人の話を聞かないポジティブすぎるストーカーじみた気持ち悪さでしょ」

一言一句丁寧に要点を突き付けると、いっそ清々しいほどに無言になる。
ご都合主義も大したものだ―――女、美穂は小さくため息をついた。
「破壊」された彼女……千晶(ちあき)のように、美穂もまた、目の前の青年に恋をしていた時期もあった。
しかし、この気色悪い愛し方を察した瞬間にその夢も醒めた。
見捨てるレベルとまでは行かないにしろ、とてもじゃないが恋人には無理、といったところだろうか。
ましてや相手はあの勇真だ。この男のように対象を絶対的「妹」扱いする者などはその時点で最早話にならない。
しかし、女の半分とは大体どこの世界でもそんなものだ。この顔でさえなければこの男に引っかかる女などいなかったろうが。

青年を形容するならばそう。

残念なイケメン、というやつなのだ。


そしてそんな残念に奇しくも捕まった女が、この世界には溢れるほどいることも知っている。
背後で先程から頭を垂れている少女……陽花のように。


「…水城様…その…」
「ああ、何だいたの」

無関心をそのまま口にする。美穂にとってはそれも慣れたものだ。
この男はいつだってどうでもいいのだ。妹と、最低限の他。以外のことは。

「人間を落としてきたんだってね」
「は、はい……すみません…」
「また「ゴミ掃除」のやり直しか。面倒だなぁ…ま、いいよ」
「、」


「―次は、もっと有能な玩具を選ぶからさ」

青年はパソコンのエンターキーを叩く。
ボン、と音がし、陽花は蒼炎に包まれ燃えてなくなってしまった。


陽花が、また千晶が、敬愛し崇拝にも似た感情を向ける対象―――――――冷めた目で散らばった残骸を見下す青年。
「妹」愛が爆発し、いびつな形でその姿を追いかける「兄」。




青年・水城の愛情は、果てしなく強欲で、一方的で、悍ましい。
それを知っているものが、この六部計だけでも何人ほどいるのかを、美穂は知らない。

「早く会いたいなぁ、勇真も照れてないで偶には家に帰ってくればいいのに。そしたら沢山甘やかしてあげられるのに」
「犯し放題の間違いじゃないの」

まぁアンドロイドに犯すだの抱くだの言った単語は無縁なのだが、おそらく似たようなことを考えているのだろうか。

何故ならば、無言。

美穂は知っている。無言とは最上級の肯定だということを。


「……さて、千晶が始末しそこなったゴミ…次はどうやって掃除してやろうかな」
パソコンモニターに映るカメラの映像が、僅かに後方へ移動する。
勇真の背後を慌ててついていく人間。

「揃って使えない奴らだったなぁ、ゴミ掃除の一つも出来やしないなんて。まぁ、千晶の場合は可愛い勇真が割り込んでたから無理もないか」

「……余計なことをするなぁ」
「お兄ちゃんは哀しいよ、勇真。お前は俺の言うことだけを聞いていればいいのに」
「……」




だから帰ってこないんでしょ、という言葉もまた、無言の空気の中に溶けて消えて行った。






***








勇真についていき、辿り着いたのは町はずれの小さな劇場だった。


「……あの、勇真さん…で、良いんですよね」
「は?何で知ってんの」
「いやその…さっきの女の子が」
「…そういや言ってたな」
まぁいいや、と一言呟き、勇真はその扉を開いた。

「あの…」
「聞きたいことがあんなら中で言え、椅子」
「ひぃ」

っていうかまず、勝手に上がり込んでるんですけどいいんですか。

「良いんだよ、ぼくここに住んでるから」
「あ、はぁ」
それを聞いて少し安心する。
つまりここが、勇真の家だということで…。



「、勇真さん」
中にはいると、小さな少女がとことこと此方に寄ってきた。

「おかえりなさい…外は、」
「ああうん、大丈夫。この椅子が落ちてただけだったから」
「?」
彼女は首をこてん、と傾げて俺を見た。

「だれ?」
「ぼくの椅子」
「ハイ」
事実なので返す言葉もございません。
「イス?」
「まぁ、一応…」
「顔引きつってんぞ。まぁ、こんなんだから。人間だけど特に害もない草食動物野郎だから大丈夫」
「ふぅん…」
少女の、勇真以上に大きく黄色い目。やはり、ガラス玉のような綺麗な目。

「人間の椅子さん、?わたしは、夕紀(ゆき)っていうの。よろしくね」
「あ、はい。皐原(さはら)星史朗って言います…よろしく、」
「えっお前そんな名前だったの」
「勇真さんが椅子って言うからでしょ!!」
「お前にそんな大層な名前いらないよ。僕(しもべ)で十分。お前これから僕な。決定」
「椅子の次は僕!?」
「ふふ…」

くすくすと失笑を洩らす夕紀。…少し恥ずかしいです…。

「ところであのビビりは?」
「へ?」

「?彩希(さいき)さんは、さっきまで、舞台の上に…」
「逃げたな」
「えっ」
「まぁ良いやビビりだから。ほっとけ、日が暮れたら嫌でも帰ってくる」
「はぁ…」
「あー疲れた。座る」

劇場の座席に座り込み、一息つくと勇真は俺の方を見た。
「で、何よ」
「え?」
「入る時。何か聞いてきたろ」
「あ…そうだ」

恐る恐る近くの席に腰を下ろすと、俺は先刻からずっと気にしていた「違和感」のことを勇真に聞いた。

―あの螺子。そして火花。
彼女だけ、という可能性があるかもしれないが、それにしてはこの、勇真の頑丈っぷり。
そして何より、いやというほど目につく彼女の顔に伝う一本線。
それはつまり…。


「…勇真さんが、俺を人間かと聞いてきたこともそうなんですけど…もしかして、この世界に「人間」は、」
「……」

なんだその事か、なんて言って勇真は俺の方を見る。
「この世界に人間はいないよ」

殆どね。勇真はそう続けて言った。


「ここはね、人間の世界…現実の裏側。人を見立てた機械の生きる【世界】。六部計はその一部」
「ごくわずかだけど人間もいるよ。ぼくら【アンドロイド】を作り出した研究員。【先生】もまたその一人」
「人間は昔は、きっともっといた。研究員たちに忠実に命を実行し、その中で好き勝手やってるぼくの馬鹿兄貴に殺されるまでは」


「…兄貴って、さっきあの子が言ってた、」
「そう。水城はね、人間っていうやつが大嫌いなの。見下してんの。ぼくも若干そうだけど、それ以上に」

「お前がこっちの世界に来たのは、あの子が関わってた時点で兄貴の悪趣味な「命令」が原因。ともなると既にお前がこっちに来てる事は兄貴にもばれてる。今後はその危険も含めた上で現実に帰る方法を見つけなきゃいけない」
「うへぇ……」

つい先刻の情景がよみがえってくる。
あれが日常になるのかと思うといささか気が重い…しかしこのまま此処にいても同じだしな……。
それに……。


「…あの、」
「何よ」
「こっちの世界にくる時、俺の友人も先に来たはずなんですけど…あいつを捜すことは、」
「ふぅん、まぁお前次第だな」
「うぅ、やっぱりか…」
「そりゃそうだよ。お前がほんとに助けたいなら捜すしかない。無事かどうかは知らないけどな」
「うっ……」

図星を突かれてさらに沈んでいると、何故かすぐ隣に座っていた夕紀が頭を撫でてくれた。
「…大丈夫」
「…うん」
「…昔、同じように迷い込んで、ちゃんと帰れた人も、いたから。大丈夫」
「…そうなの?」
「うん」
ちょっぴり元気が出た。

「つーか、生身の人間である以上は生きるか死ぬかどっちかだろ。悩む前に動け」
「ハイ」

…そう、何だかんだ言って結果的にそうなんだ。
現実の世界に、沢山の忘れ物もしてきた。
中途半端に終わるより、ちゃんと帰って、「毎日」の続きを全うするまでは……

きっと、死んでも死にきれない。




だから俺は、帰らなくちゃ。
巻き込まれた友人を引っ張って。





失くした日常の続きを、この目で。















(つづかない)

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