正しき【人】の立ち入ることを禁じられた、霊魂の牢獄・「道化領域」。
その中でも、「蘇生された死体(アンデッド)」―――――領域の主に寵愛されたヒトカタは、主に貰った自分の部屋で、大きなベッドに転がり読書に耽っていた。

ヒトカタの名前は、ユキ。
アンノウンと呼ばれる、「憂鬱」の大罪人―――――――――――――





同じく横に転がった小さな猫と兎もまた、アンノウンを挟んでその手の本を共に眺める。
玩具に宿ったものは、アンノウンの双子の兄達。
かつて弟が生涯を終えたその場所で、彼らもまた生を終えた。
領域の主との契約に応じ、弟を見守り続ける対価として、己らの肉体を差し出した。
―そうしてでも、彼らはユキの傍に居続けたかったのだ。

「……」
やがて飽きたのか満足したのか、ユキは読んでいた本を閉じ、起き上がった。
ベッドから降りて、本棚へと本を戻す。
それから、読んでいたものと入れ替えに、今度は一つ上の段にあった緑色の本を取り出した。



それは、少し滑稽な道化のお話。

世界各地を旅して回る、面白可笑しいピエロのお話。

それを読む度に、ユキは一つの思い出の世界を脳裏に浮かべるのだ。
今はもう、そこにしか存在しない町。
自分自身が受けた涙の記憶と、
最早過ぎてしまった惨たらしい悲劇。
…大好きな、主の苦しみを。

ぼろ、と涙が零れ落ちた。
兄達が、それを慰める。
ユキは、有難う、そう呟いて、ごしごしと涙を拭う。

それから、ユキは物語の続きに目を通す。
何度も読み返しているので、既に結末は知っているのだが。

「……」
主役である道化は、最期には自殺してしまうらしい描写があった。
大分ぼかしてはあるが、何となく分かった。
ユキの想い人である彼は、最初から生きてなどいなかったが。やはり、少し重ねてしまった。

少しして読み終えて、本を閉じるとユキに目には本の背表紙が映る。
「、」
描かれたのは、一丁の銃。
絵本らしく単純構造ではあったが、恐らくは道化が最後に使用したものだろう。
「…まぐ…」
ぽつりと、そう呟く。
大罪人が潜む場所、「カルコサ」を思い出す。
そこに集った者のうちの一人である、色欲の大罪人・裏切淫夢魔。
彼に聞いた話では、大罪人には各々に定められた道具――――「魔具」があるという話。
それは現世の至る所に散らばっており、よくは分からないが早く取り戻さないと大変なことになってしまうのだそうだ。

ユキの部屋の、小物棚の上…布が敷かれたその更に上にちょこんと乗せられ飾られている、少し洒落た小物入れ。それが、憂鬱の魔具、だ。
主の部屋に長く保管されていたそれは、主がユキに手渡してくれたもの。―――ユキの、宝物。

大罪人としての、完全なる束縛。しかしそれでもユキは幸せだった。
主が、自分を必要としてくれている。それこそが、外へ出る術を失ったユキにとっての、何よりの至福だったのだから。

―ともあれ、ユキは本の背表紙に描かれたそれが、主…人外道化こと日向の背負う【憤怒】の大罪の魔具ではないか。そう密かに睨んでいた。
根拠も何もない、所謂勘という奴だ。…だがしかし。
そもそも、この本をユキに与えたのは、日向でも兄達でも他の大罪人でも当然自分でもなく――――面白そうな「物語」さえあれば何処へだって飛んでいくだろう憤怒の"憑代":【火陰(カイン)】(通称ライター)なのだから、何かしらの思惑があっても不思議ではない…どころか、何かあって当たり前と考えるのが普通なのだ。
この領域に連れて来られた日から、何時間経ったかも明確に覚えていないユキは、それを理解できるほどには与えられた世界に慣れ切っていた。
だからこそ、「それ」を行動に移すことも容易に出来た。

…しかし。





「……ユキ? どうしたの、こんな早くに」
この領域にある正確な時間の概念は、主の日向ぐらいにしか分からない。
それ故、ユキは日向の部屋を訪れたのが早いか遅いかも分からなかった。しかし、今はそんなことどうでもいい。

「日向さん、僕、お外へ出たい」
「駄目」
開口一番、即答で却下されてしまった。
「君の憑代は、現世に適合した肉体を失ったんだ。駄目とか以前に無理だよ」
「ユキ独りで、いける」
「君自身の身体だって現世じゃただの人形だろ」
「からだ、おいてく」
「魂だけの状態で出ていけば、あっという間に現世の気に耐え切れずに消滅しちゃうよ。だから駄目」
「でも、」




―その続きが、紡がれることはなかった。
「……、」
驚くほどに優しく、ユキをベッドに押し倒したその目はしかし、酷く冷え切っていた。
「……日向、さ、」
「……大体、何がしたくて君は外に出たいの」
「……、…」

―言えない。
貴方は優しい人だから。
正直に言ったって、きっと許してもらえない。
でも、貴方は鋭い人だから。
嘘を吐いたって、すぐ気付かれる。
「…」
「ユキ、俺はね」
小さく、しかし気迫を感じる声音。
「君が大事だから言うんだ。意地悪してるわけじゃないんだよ」
「……う、ん」
「だから、君を此処から出すわけにはいかない」
「……うん」
「それでも、行くっていうの」
「……」

閉じ込められるように、抱き締められて。
軽く唇を奪われて。
火照ってぼんやりしていると、首筋に顔をうずめられる。
…その温もりが、愛おしかった。

「――――――――――、!!!」
日向を不意に押しのけて、ユキは逃げ出した。
「ユキ!!」
後を追おうとする日向の目の前に、白い兎が割り込んで威嚇する。
…弟を護る為、最悪己の支配者にすら刃向う、彼らがそういう性格なのは日向自身理解済で、
「……!!」
そのままユキの姿が見えなくなると、黒猫と白兎はその後を追って飛んで行った。

「……」
その場に立ち竦んだ日向は、ユキの逃げた方向を数秒間眺め――――
まぁいい、と小さく呟いた。

扉には、特殊なロックが施してある。
もし想定外のアクシデントが起こっても、魂達が逃げることだけはないように、厳重に。
―彼らと同じ、剥き出しの魂―――玩具に宿っただけの幽霊も同然のユキに、外に出る術などある筈もないのだから。

当然それもその筈で、逃げたユキはと言えば、成す術もなくとぼとぼと長い廊下を歩いていた。

何も出来ない肉体が、恨めしい。
悔しい。
辛い。
ぐず、と鼻を啜る音。
かすんでよく見えない両目。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
兄達が、ユキを慰めようと飛び回った。

その時。


「アンノウン」

目の前に、白い服。
「、ライター、さん」
ユキの目の前に現れたのは、憤怒の憑代。
「…憤怒の束縛を、取り戻したいのだろう?」
「!」

ぱっと顔を上げて、そして納得する。
ライターなら、知っていても不思議ではないのだ。
「…でも、日向さん…お外に出ちゃ、駄目って」
「それはそうだろうね。けれど、君は探しに行きたいのだろう?そんな簡単に諦めてしまうのかい」
「……」
少し、項垂れて、
「……諦めたく、ない。……でも、道化師さん、僕のこと想って、言ってくれてて、…哀しませたくないから……嫌われたく、ない、から」
「…ふむ」
ユキの返事に、ライターは顎に手を当て、呟いた。
「…では、アンノウン。君は、道化師君が人間に良いように扱われても構わないと」
「!、?」
「おや、淫夢魔君に聞かなかったのかい?」
「……大変なことになる、それだけ、聞いてた…」
「…そうかい」
呆れたようにライターは息を吐く。
恐らくは、ユキの【性癖】を考慮した上での判断だったのだろう。
しかし、話し始めてしまった以上は止まれない。
「では言おう。魔具というのはね、大罪人という、所謂、悪魔のような存在を制御するために作られたツールなのだよ」
「……、」
「物語風に言えば、神に近い悪魔―――【大】いなる【罪】を冠する悪【魔】の【王】。
幾億年も昔にそれらが蔓延った時代があり、危機を察したとある古代の民達は、己らの敵を差し押さえ、封じ、屈服させるための道具…【魔具】を生成することに成功した」

「だがしかし、神の力によって生まれ、神に仕えるはずだった高尚な魔具達は、いつしか神ではなく人間の手に渡り、人間という欲や悪意に憑かれ、人間を罪へと誘う魔性のツールへと姿を変えた。
例外も存在するが、全てにおいて言えることは…【悪魔と化した今でも、元あった能力は健在している】ということだ。今も、なお」

ライターの言葉を聞き―――
…その先に続く言葉を想像出来ないほど、ユキは無知でもなかった。

「……じゃあ、、日向さんは…」
「当然、その魔具が邪な人間の手に渡れば欲のままに利用されることは大いにあり得るね」
「……!!、っいや!!」

我儘な自分が、日向を困らせるのは嫌だった。
…だけど、だけれど。
例えば本当に、憤怒の魔具が銃で、欲に塗れた人間がそれを利用し、憤怒の大罪人を束縛し、
―――日向の力を使って、無差別な虐殺を行ったとしたならば。
…優しい道化は、無実の人間を虐殺した己に、不可抗力とはいえ酷い嫌悪を覚えるのだろう。
勿論これはあくまでも一例であり、絶対というわけではない。
…それでも、100%ないと言い切れるかと聞かれれば、そういうわけでもない。

嫌だ。
日向の苦しむ姿を前に、何も出来ないなんて、嫌。
それ以前に、そんな悪人に日向を利用されるかもしれないなど、考えたくもない。
……



―――――――――薄汚れた人間如きに、日向を好き勝手されるなんて――――――――――――――――――

「…だったら、行きたまえアンノウン。彼の危機に無償で動けるとすれば、君以外には有り得ないのだから」
「でもユキ、外へ出られないの」
「…此方で何とかしよう。少しだけなら細工出来る」
ライターが手帳を取り出し、さらさらと何か書き始める。
…すると、何だか体が少し重くなった気がした。

「…君の身体を、一時的にだが現世との適合性100%にしておいた。但し先に言ったとおり、これはあくまでも一時的なものに過ぎない。時間が経つにつれ、徐々に適合性は削られていくだろう。…タイムリミットは、恐らく現世でいう本日の正午付近」
「…はい」
「扉のロックの方も私の力で解除しよう。…ああそうだ」

ぽい、と投げ渡されたのは、隣に居た筈の白い兎。
「彼を連れて行きなさい。帰って来た時には彼から通信を飛ばせるようにしておいたから」
「でも、」
「心配せずとも、同様の術は掛けておいたさ」
「…」

いつにも増して大人しくなった白兎―――次兄のカイをぎゅっと抱きしめて、ユキは扉へと歩いていった。
「…さて、私は日向君の目を誤魔化しに行くとして。…君は、【タクシー】君からの連絡受信係だ。しっかり頼むよ」
『…』
黒猫は何か言いたげにしていたものの、何も伝えることなく部屋へ飛んで行ってしまった。


「…ふふふふふふ、面白い【物語】を期待しているよ、アンノウン……神に愛されるはずだった、悪魔の花嫁」












―術の扉を潜り抜けると、異空間を彩る突風に押されて運ばれていった。

『金の扉を探したまえ。それが現世へと続く道だ』

次兄・カイが持っていたメモは、ライターからのメッセージ。
メモを頼りに、風に飛ばされつつも必死に扉を探す。
幾つもの扉が並んでややこしいが、よくよく見るとその中に金色の扉だけは一つも見当たらなかった。

ユキにとって領域の外は、未知の世界。
その恐怖に涙ぐみそうになるのを堪え、腕の中の兎をぎゅっと抱きしめる。
―お兄ちゃんが居るから、ユキは大丈夫。
愛する主の解放の為に。そう何度も強く念じる。

――――一方で、当の兎はと言えば、
…なんとも、満更でもない幸せに浸っていたりしたのだが。

そんな二人の(実は)すれ違う感情を尻目に、



「!」



遥か向こうに、ぽつんと佇む金色の扉を、    見つけた。










風の波に抗って必死に伸ばした腕は、辛うじてそのノブを掴み捻って扉を開く。
瞬間、吸い込まれるようにして落ちた其処は、土色の平地だった。

「……ん、」

むくりと起き上がると、少し遠くに兎が転がっていた。
「! お兄ちゃん!」
落ちた拍子に手を放してしまっていたと気づき、慌てて土塗れの兄を拾い上げる。
「ごめんなさい、痛かった、?」
聞けば、ピンと長い耳が張る。
どうやら、心配するなとのことらしい。
「…うん。有難う…」

兄をそっと抱え直すと、ユキは改めて辺りを見回した。
何となく懐かしさを感じるその風景に、此処が現世であることには間違いないと把握したのだが、その現世のどこに落ちたのかが全く分からない。
探索しようにも、辺りには哀しくなるほど何もない。
前言撤回。この場所は本当に現世なのだろうか。こんなに何もない場所が現世にあったか。
「……」
それでも、先へ進まないことには悪戯に時間が過ぎていってしまうだけで。
そう思ったユキは、意を決して一歩を踏み出す。

暫く歩いていくと、砂塵吹き荒れる場所に入った。
前が見えずに暫く足取りがおぼつかないまま歩いていたが、不意に腕の中のカイが鳴声を上げて前へ前へと急かし始めた。
それを感じ、兄のメッセージだと受け取ったユキは、慎重にだが少しずつ早足になって前進する。

―やがて、砂嵐が止んでユキは目を開く。












「……え、?」











そこにあったのは、
――――――思い出の中とは見違えるように荒れ果てた、悲劇の故郷だった。











「…な、んで……」

蘇る死と惨劇、その記憶。
彼の人を苦しめた、憎らしい故郷の跡。


「……港町、サンクチュレム……」


巨大な廃墟都市は、ユキを待っていたかのように今なお其処に存在していた。

こんなところに、望むものがあるとは思えない。
だが、何の手がかりもなく他へと移動するということは、それこそ自殺行為でしかない。
出た時は真夜中だったはずが、もう周囲が明るくなってきている。タイムリミットは正午。時間がない。
「……お兄ちゃん…」
途端にまた心細くなって兄を抱き締めると、そんなユキを慰めるようにカイは「故郷」へとユキを引っ張った。
されるがままについていくと、兄は一つの建物へとユキを案内した。

入った其処は巨大な元・国立図書館で、昔よりも若干劣化した本が崩れて床に散乱しているという状況だった。

そこまで来ると、カイはユキの腕から抜け出して周囲を飛び回った。
見ていると、彼は何かを探してるといった様子で、ユキは何か手掛かりがあるのかと兄の真似をして本を漁る。

しかし、廃れても腐っても国立図書館。
本を確認しているだけで日が暮れてしまいそうだ。

日は既に昇ってきている。
だが、手掛かりは何一つない。
兄を頼りに、此処で探すしか、ない。

ユキは、手当たりしだい本を読み漁っていく。
しかし、それらしい文献は何一つ見当たらない。
時間は刻々と過ぎていく。
身体が、少しずつ軽くなっている気がする。

時間がない。
手掛かりも、ない。

日向さん。
日向さん…。

やがて気力が尽きかけて、ユキは床にころりと横たわった。
見つからないよ、日向さん…。

日向さんの言いつけ守れなかったから、カミサマが怒ってるのかな。
ごめんなさい、日向さん。ユキ、分からず屋でごめんなさい。




また涙が溢れて、霞む目で前を見る。

指先に、こつんとあたる紙の感触。

「、?」

目の前に、白い塊。
「…お兄ちゃん…?」
カイは、一冊の本を持って宙に浮いていた。

それは、何処かで見た覚えのある。
「、あ」
ユキが読み慣れた、大好きなピエロの絵本。
兄は、ユキの大好きな本で慰めようとしていてくれたのだろうか。
気を紛らわせたくなって、兄にお礼を言うと、本を受け取って読み始めた。
この話を読むと、哀しいけれど元気になれる。
日向さんによく似た、道化師―――――


「……、あれ?」

自分のよりも、ページが多い。
同じ表紙、同じ物語。なのに、どうして?


「……――――――――――――」










【ぴえろは らくえんへ たびだって  まちにはだれもいなくなりました】



【やがて ぴえろのまちも なくなって  うみのみえるそこに にぎやかな あたらしいまちができました】






「――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!?」


絵本を投げ捨てて、ユキは外へ飛び出した。

「いや、!! なんで、どうして、!!」

建造物達の間に広がる土を、軽くなった指で、掘り返す。
「日向さん、ひなたさん、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
たとえ指が赤くなっても。土塗れになっても。痛みを感じても。
ユキは夢中で掘り返し続けた。

痛い。
辛い。

…苦しい…。




「……あ…はっ……はぁ……」

日が、高く昇っている。
タイムリミットが迫っている。
苦しい。
適合性が、低下してきている。


「まって…もう少しだけ……けほっ、もうすこ、し、…」
身体が軽い。
息が切れる。
肺が、空気を受け付けない。
「………日向……さ………」


助けて。

誰か、日向さんを、






たすけて…お兄ちゃん………。














『ユキ』





…その時、置かれた手。
肩に触れた、大きな手。

懐かしい、手……。


空気が、肺に満たされていく。


「……お兄、ちゃん…?」

その時見たのは、
兎でも何でもない。



―この「故郷」で最初に見て、最期に見ることの出来なかった―
いつかの、優しい次兄の顔。





「……主は冷たい土の中に、か…」

それだけ呟くと、目の前の【小箱を抱えた】兄は、
―――手を翳しただけで、町のあった大地を崩壊させてしまったのでした―――――――…。











「……」
「……」


「ねぇユキ」
「はに、ひなた、ふぁん」
「何じゃないでしょ。何考えてんの」



カイの通信で無事に帰還したユキを待っていたのは、不機嫌そうに仁王立ちした日向と頬を真っ赤に腫らしたライターだった。
反論する間もなく応対間に連れ込まれ、説教三昧、今に至る。

両頬をむに、と左右に引き伸ばされて、巧く喋れない。
「あれほど駄目って言ったよね?」
「…ごめん、なさい」
「ごめんって死んだらごめん何処じゃなかったでしょ。カイが実体化出来たからよかったものの…」
「…ごめん…なさい…」
「…」

はぁ、と一息吐いて日向はユキから目を逸らした。
「ライターの妄言はいっちばん信用しちゃ駄目なんだよ?分かってる?」
「…だって」
「だってじゃない。あいつは人の不幸を喜んで啜りに来るような奴で、その対象に例外なんて存在しないんだ。ユキも、俺だってあいつの中じゃただの物語の駒に過ぎないんだよ」
「……」
「まぁまぁ、ユキに免じて許せって」
「そのユキに怒ってんだけど。おまけに君達まで揃ってライターに騙されてんじゃん」
「俺は良いんだよ。ユキの役に立てたしユキのおっぱいも感じられたし」
「その兄馬鹿と変態癖何とかしたら?」

黒猫の冷ややかな目線を真に受けながらも、満足そうに実体化を果たしたカイはそこに立っていた。

「…けど、吃驚したよ。まさかあの町の下に、あんなでけぇ遺跡が眠ってたなんてな」
「……」
その言葉を聞いて、日向は僅かに目を逸らし、黙り込んだ。


「あれが主サマの、太古の思い出だったわけだ」
「……」

―故郷である港町・サンクチュレムの大地を掘り起こすと、その下にユキ達は、どこまで続いているかも分からないくらいに広大な地底遺跡を発見した。
…巨大な音で発掘した上、どうしようもなく結果そのままにして帰ってきてしまったので、間もなくあの音に反応した人間達が訪れ、探索やら研究やらに乗り出すのだろう。
「…ま、もう本命の宝は見つかんねーだろうけどな」
「?」

カイの呟きに、日向は首を傾げる。
すると、


「…日向さん、これ…」
「……! それ、」

手渡されたのは、一丁の銃。
地底遺跡の、サンクチュレムの直下に当たる…恐らくは中央部らしい場所で、小さな遺骨に護られるように眠っていた、絵本そっくりの―――憤怒の魔具。

「ユキは、それ探す為に外へ出たんだよ。大好きな主サマの為に、その忠告を無視してまで」
「………ユキ」
「…嫌だったの…日向さんのこと、誰かに良いようにされたらって…ライターさんから聞いて、怖くなったの…」
「……あいつ、そんなことまで」
チッ、と舌打ちを零す日向に、ユキはぺこりと頭を下げる。
「…ごめんなさい、日向さん…」
「……」
今にも泣きそうな顔で、何度も頭を下げるユキ。
―日向は、白旗でも上げるようにユキを強く抱きしめた。

「…もう、今回みたいな無茶、しないで」
「……はい」
「ユキが居なくなったら、魔具どころじゃないんだから」
「はい」
「でも、嬉しかったよ」
「!」
「……俺のこと想って、危険を冒してくれたんだって。……不謹慎だけど、嬉しかった」
「……」
「有難う、ユキ。愛している」

ぼろ、ぼろり。
溜まった雫は抱えきれなくなって目から零れ落ちた。
嬉しい。
嬉しい。
日向さん、大好き…。


「…さて、と。それじゃ折角だし、ユキ、カイ、ジンも。出掛ける準備して」
「「「?」」」
「まともな憑代が戻ったんだ。いい機会だし、現世へお勉強しに行こう」

「…魔具について、教えてあげるよ。それがどういう代物なのかを」
「!」


こっちも少しやることがあるからと、僅かに固まったユキを置いて日向は部屋を出た。
―――そして、扉の横に立っていたその胸倉を、躊躇うことなく掴み上げる。

「……随分好き勝手してくれたな。愉しかったかよ、ユキの命懸けの決死行は」
「おやおや…ちゃんと保険は掛けたのだがね、こっちは」
「それは分かってるさ。お前がユキに、「憂鬱の憑代」って保険をかけてたって。だけどそれは絶対じゃなく運の問題だったし…第一、他にも言いたいことがあるんだよ」
「ふむ。それでは何処を責めるつもりなのかな?」
「…お前が欠けたって話の「術」、それに【サタネの銃】の危険性についてだ」
「…」


「まず一つ。お前、本当はユキに術なんざかけてなかったんだろ」
「……」
「ユキは体が軽くなっていったってユキは言ってたけど、それはユキが【もしも外に誤って出てしまった場合】を想定して俺が最初から与えていた最低限の適合性が徐々に削られてった事の証明だ。お前はユキがお前の言った「タイムリミット」の分、自発的に動ける力を与えただけ…適合性には触れてすらいなかった」
「……」
「そして二つ。サタネの銃に触れた者、それにその周囲にサタネが及ぼした最悪の影響…それをユキに伝えることなくサタネを連れて来させた件について」
「……」

「…あの地底遺跡を、【太古人外達の居住区だった】あの場所を、何もかも地の底に沈めたのはサタネだ、そうだろ。……サタネについて何も知らなかった馬鹿が、あれほどの災厄を招いた…それを、お前はユキに全く伝えることなく持ってくるように仕向けたんだ、違うか!?」



―一言一句、事実を突きつけた日向に、暫し沈黙しライターは返事を返す。

「…それは、君の【罪悪感】からくる憎悪かい」
「質問で返すなよ。…まぁ、その通りだけどさ…サタネの悲鳴も、その力も、何も知らずにあの場所を潰したのは俺だ。…俺の故郷を壊したのは、俺なんだよ」
「……」
「俺はもう、俺の至らなさで大切な何かがなくなるのは嫌なんだ。だから、ユキを外へ出さなかった。…怖かったんだ、俺は」


小さく零れ落ちたその言葉に、やがてライターはふう、と溜息をついて、言う。
「…言っておくが、私が掛けた保険は…一つではないんだよ」
「、」
「第一アンノウンを外へ出したのは、面白いからという理由だけではない」

―だけではって事は、それも理由に入ってたんだな。
ライターをよく知る日向からしてみれば最早周知の事実だったので、怒りを通り越して呆れるしかなかったが―
「…実験だよ」
「…実験?」
続く言葉に、再び軽く首を傾げる、と、

「……アンノウンの大凡の耐性さえ分かれば、いつもいつも気力を浪費して監視する必要性も無くなるだろう?」
「!」
―少しばかり、耳を疑った。

「…知ってたのか…ユキを外へ出さなかった、理由」
「何年一緒に居ると思ってるんだい。君に興味を持ってからずっと見てきたというのに…君の考えそうな事ぐらい、察しがつくさ」
「……」
「君が少しでも動けるようになれば、その分沢山の物語を期待出来るからねぇ。一肌脱いだというところだよ」

結局そこかよ、とは言わない。
ライターともなれば、それこそ今更の話だ。

「それと銃の件についてだが…まぁそれも、ちゃんと手は打っておいたさ」
そう言ってライターは、自らの手帳を開いて見せた。
「魔具には、ファンタジーによく見られるような相性の相関が存在する。サタネの銃をはじめ、エゴル、マモ、ゼブル、レヴィア、べリア、リリ、スモス、ルシェ…全ては例外なく、ぶつかり合った相手に対する絶対的得手・不得手をもつ」
「……!」
「ゼブルはマモを制し、スモスはレヴィアに逆らえない。そしてエゴルはサタネに支配され…しかしサタネはリリを殺せない」
「…じゃあ、あの小箱をカイが持ってたのは、」
「サタネの脅威を退ける為、私が彼に持たせたよ。絶対的な銃対策、攻撃の術を持たぬひ弱いリリを愛したサタネへの―――ね」
「……」

ひ弱い小箱を愛した銃――

「…まるで、俺と同じだな」
「…そうだね」
「――っ、分かったよ。今回はとりあえず不問ってことにしとく」
但し、
「…次、お前の私欲にユキを利用したら、こっちもそれなりの対応をとるからな」
「はいはい、分かったから早く行こう。君のアンノウンがお待ちかねだよ」
「っ、そうだった。ユキ、」
扉の向こうで待つ、ユキの許へ。



(―やれやれ)
道化の実をよく知る者は、その後ろ姿を静かに見つめたのち―――自らもまた、緋の装束に身を包み、出掛ける準備に入った。













道化の後を歩き、導かれたのは現世の、とある屋敷だった。
見てくれはあまり良くない。
恐らくはかつて真っ白だっただろう壁が、灰だか煤だかで黒くなっている。
窓ガラスには皹が入り、割れているところもあった。

「……」

空は暗く、大地は朱い。
夕焼けのような、しかし夕焼けとは別物の。
……炎の朱は、道化の知己である、少々暴力的な愛狂いを連想させた。

「…もうすぐ、あの月が落ちて来るんだよ」
道化はそう言ったが、声に淋しさの色は見えなかった。
寧ろ、どうでもいいと言ったような、感情の込もらない音。
「夢人が言った通りだね。空から燃える星の欠片が降り注ぎ、真っ赤な月に潰されておしまい。…これが、第二次世界終了期(セカンド・ワールズエンド)」
「、」

世界が、終わる。


「…憑代はある種の不老不死だし、俺達大罪人に実体はない。怖がる事はないよ」
「……」
日向にとってはそういう問題だ。そんなことはとっくに知っているから、何も言わない。
「…そして、その原因を作り出してしまった者―――――」
焼けた扉を、道化の宿る憑代・ライターが、手に入れたばかりのサタネの銃を用いて【撃ち壊す】。
「理想に憑かれ、最悪の大罪を犯した"囚人"の末路だ」
「………、!!」

扉の先にあったのは、一個の、
【肉塊】。
――――と、






「………お父様、お父様お父様お父様……ッ」

幾つものぐしゃぐしゃに丸められ放り投げられた原稿用紙と、血の滲んだペンで夢中になって「物語」を書き続ける少年がそこに居た。
「…酷ェ有様だな」
ユキの宿る憑代・カイ―――【タクシー】が、小さく呟いた。
転がった紙屑の一つを、拾い上げて広げる。






『お父様は 奇跡によって生き返った』


…それだけ、綴られてあった。




『……【欲に汚れた魔具は、死者を蘇らせることは出来ない】』
「!」

そう呟いたのは、いつの間にか背後に立っていた、長身の青年。

『…そうでしょう、人外道化』
『…給仕女』
先刻連想したその人の、憑代。



『何度見ても可笑しい生き物だよねぇ。人間ってのは』
給仕女の背後から、金髪に紫瞳の男。
『帰れ』
『兄さんは今日もツンデレだね』
『シメんぞ。後でと言わず今すぐに』




『何この死体、【食べちゃって】いーのぉ?』
『肉団子〜?』
『肉団子ー!』
目を輝かせているのは、赤黒白の着物を纏った鬼面の男…と、それを挟んで立った黒白の少年達。




『やめときなよ』
それを片手で制すのは、紫のパーカーを羽織った赤髪の男。
『だって今丁度空腹だし…』
『お腹すいた!』
『お腹すいたー!』
『さっきあれだけ食べてたくせに』
『『『足りないー!!』』』
『贅沢言わない』




『ベリアのペン…いや、筆か』
猫の姿見をした少年は、何も気付かず必死に紙に向かっている少年を見下ろす。
『…盗まれてたなんて、思いもしなかったな』
『この子は何も知らないよ。知ってるのはきっと……』
『…うん。分かるよ。彼は凄く純粋な子、みたいだからね』

道化と【消えた魔女の子】は、同時に右へと視線を移す。


『……君の敵は死んだ。さて、これからどうしようか』
目を合わせることなく、道化は問う。

―そこに立ち竦む、世界終了の犠牲者に。



『……』
『……夢人、さん』
ユキが―――アンノウンが見つめた先には、金の髪に眼鏡――
血縁も何もなく、純粋にその肉塊と酷似した姿の青年。

『…変わりませんよ。僕はこれからも、皆の為に夢を運びます』


少し吹っ切れた、そんな風に、アンノウンには見えた。


『神の与えた命を、一度目の終末すら知らぬ人間が二度絶やしても?』
『神様は、人間を愛しています。一度神様を呪った僕が言う資格はないかもしれないけど――また、人間はやり直せる。三度目の正直って、東方の国では言うそうじゃないですか。だからきっと』


『大罪人らしくない、実に善人的発想だねぇ。まぁ良いけど。そうなった方がより一層見苦しくて可笑しいし』
『その口閉じろ煉獄の黒歴史』

『お腹一杯食べられるし?」
『『わーい!』』
『いやカニバリズム前提?』



現大罪人集結で、シリアスにそぐわない騒がしさに呆れ半分の笑みを浮かべた夢人は、改めて問う。
『…それで、【彼ら】はどうするんですか?』
『…うーん、どうしようかな』
悩む魔女の子に、道化は、
『…ベリアの筆は、元あった場所に返そうと思う。それがきっと、一番安全だから』
そう言って、少年からすっとペンを取り上げる。
『!』

道化の―いや、ライターの姿に漸く気付いたその少年は、しかし何とかそれを取り返そうともがく。

『君のお父様は、死んだんだ!!』
「!!」
『……もう、戻らないんだよ。……この筆に頼っても、けして』

…それは、どれほど苦しい決断だったのだろう。
―少なくとも、噛みしめた唇から血が滴るほどには、辛い言葉だったに違いない。
そう、ユキは思った。











「…いやっ…あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――ッ!!!」





そして―――――
父親に深く依存し切った少年の心は、その時、粉々に砕け散った。








『…………』

誰もが、無言でその姿を見つめていた。
悲哀、呆気、同情、嘲笑、無――――――――
それぞれ、張り付けた表情は、違っていたけれど。


『…死体は』
最初に口を開いたのは、後味の悪そうな顔をした給仕女だった。
『…天国へも地獄へも、逝かせられないさ』
道化は答える。
『…ライター、牢獄の鍵を』
緋い装束が、ポケットから鍵を一本取り出した。


『…領域の囚人……俺達と同じ―永遠に終わらない、【終身刑】』
道化が言った瞬間、ユキの足を何かが掴んだ。





「……やめ、て……」
『!』
足元を見ると、心を破壊された筈の少年が、ユキを見上げていた。
タクシーという憑代ではなく―【ユキ自身】の足を掴み、ユキの目を見ていた。
「…やめて…お父様を……連れて行かないで……」

あまりにも純粋すぎるその顔は、ユキを同情させるには十分すぎた。
「……、」

そんなユキの足元に、道化は静かにしゃがみ込む。
『……魔具に触れた人間は、人のままではいられない……君のお父様も……そして、君自身も』



ちくり、と。
その手に握られた【薬】は、少年を一瞬の内に眠りへと落とさせた。

『…それ、』
『…即効性の、毒薬だよ。放っておいても世界と一緒に死ぬ身だったろうけれど―――――』
その身体から【魂】を回収すると、道化はペンを魔女の子へと返還した。

『あまりにも【罪】の力に依存してしまった魂はね、碌な転生をしないんだ。魂を管理する側としては、そういう連中を放っておくと後々面倒でさ、だから―』
そして、道化は決心したように告げる。



『この子を、領域で管理することにしたよ。…壊れて初期状態になった彼の、心の再教育係はアンノウン、君だ』
『え、』
突然の【命令】に、ユキは思わず、短く声を上げた。
『大丈夫、君なら出来るよ。…俺の為に、あんな無茶してまで戦ってくれたんだから』

それは、日向からの、大きな信頼の言の葉。
そう理解してしまったが最後。
ユキの脳内で、【No】の選択肢に大きな×マークがついた。


『……ん、と。…うん、頑張る』
あっさりと、頷いてしまったのだった。














その日から、ユキは【午後三時】になると「彼」の下へ走っていく。
部屋には、道化が与えてくれた時計。老いも死もない体に流れる時間は少し不思議な感じ。

二階の廊下を、隅から隅へと駆けていく。
道化の寝室の少し手前、左側の部屋の扉を開く。

「んと、イノセント君、あそぼ」
「、アンノウンさん。はい、遊びましょう」


純真無垢―――イノセントの名を冠す、【虚飾の大罪人】が、そこに居た。
























***








人外道化と第一次世界構築






現世の始まり―――【第一次世界構築】。
その時、人間と呼ばれる種は、当然まだ存在していなかった。

当時、人の代わりに現世を跳梁跋扈していたのは、人ならざる異形の者―――
俗に、【人外】と呼ばれる種だった。

人外の種は、本能で動く。
もし、彼らがそういう類の者ばかりであったなら―――――この世界に、今頃"大罪"などなかったのかもしれない。
…少なくとも、人間が現れるまでは。

人外の中にあり、唯一本能ではなく「理性」で動くことが出来た者。
【人外道化】は、現世最古の大罪人である。
持った望みに翻弄された男の―――これは、一生涯のお話。




人外達の広大な居住区・【エデナ】。
その中心部には、九の宝具が収められていた。
銃、匙、短刀、扇、筆、書、指輪、鏡、そして小箱…。

ある日、一人の幼い人外が、その一つである小箱を持ち出した。
エデナにある支配階級、その上部しか知り得なかった宝具の存在は、彼の証言によりいとも容易く外部へ流出した。
珍しいものに惹かれた人外達の間で、宝具の奪い合いが始まった。

目の前で繰り広げられる闘争劇を、始まりとなった少年は茫然と眺める。
日々繰り返される人外同士の争いは、次第に「平和を望んでいた」少年の心に、嫌気というものを生み出していった。

初めて見る小箱に、関心を示し、これが何なのかを知りたかっただけだった。
―――――――――ただ、それだけだったのに。
小箱を抱えて、少年はそう呟いた。





そして、後にとうとう、宝具が人外の中から死者を出すまでに至った。
血塗れの短刀を手に笑う、一人の人外。
これは自分のものだと叫ぶ、誇らしげに歪んだ狂気の顔。
死に耐性のなかった少年は、眩暈を起こしてその場にへたり込んだ。

遠くで、他の連中は争いを続けている。
少年は小箱を強く抱き締めた。
せめてこれだけは、誰にも絶対に渡さないと、そう。



しかし、その小箱とて宝具の一つであることには相違なく、狙われないわけもない。
一人の女の人外が、ある日その小箱を欲しがった。
少年が拒否を示すと、女は恋人と思しき屈強そうな男を呼んだ。
男の手には、銃が握られていた。
銃口を向けられた少年は、それでも小箱を放そうとはせず、目を伏せて己の死を悟る。

――――――――弾が飛んでくることは、なかった。






気がつけば自分の目の前で、小さな少女が泣いていた。
見たこともない少女だった。
しかし、そんなことはどうだってよかった。

少年にとって、【誰かを泣かせる】原因など、ゴミクズでしかなかったのだから。




少年は平和を望んでいた。

争いなど、永遠に無縁でいたかった。





平和を潰した自らを、殺してしまいたいほどに、呪った。






いつの間にか、手には銃。
銃口を向けてきていた筈の男は、いつの間にか手ぶらになっていた。

男の瞳に映る【自分】めがけて、――――――引き金を引いた。






真っ赤になった男。

涙を流して此方を睨みつける女。

その瞳に映った自分。


殺さなきゃ。

殺さなきゃ。

あの子供を、殺さなきゃ。

幸せを、平穏を取り戻すために。




他者の瞳に隠れて此方を見る【少年】を追い続け、少年は人外達を皆殺しにした。
泣いていた少女は、もう何処にも居なかった。
宝具は、血塗れのままそこらに転がっていた。
もう見たくないと、目の届かないくらい遠くに投げ捨てた。

ただ二つ、
小箱は、近くの砂浜に埋めた。
【銃から自分を護ってくれた】小箱だけは、どうしても放り投げる気にはならなくて。
いつかきっとカミサマが、取りに来てくれればいいと。

…そして、銃。
少年は、その最後の実弾を使って、


――――――――――――――――――――――エデナ全てを、自分もろとも地の底へと追いやった。



始まりは、最低の好奇心。
終わりは、身勝手な自分への憎悪。
だったら、俺はエデナと共に死ぬべきだ。
人殺しの銃を、けして外へと逃がさぬように。

世界が平和でありますように――――
終末までそう願い続けながら、少年は深い大地の下で、独り孤独に生を終えた。










―しかし、運命は少年の終末を赦しはしなかった。



死後、送られたのは黄泉の裁判。
俄には信じがたかったが、事実そこにあった。

十年程度の牢獄生活。
与えられた、魂の管理席。
情状酌量による絶対公平な仕分けの責務は重く、課された終わらない終身刑。

そして知る、人間という新たな種。
人外との違い、生まれた興味。
生かされた頃は、早く殺してくれればいいのにとばかり思っていた。

だけど、今となってはそうも思わない。
理不尽な世の理を目にし、人すら見下した今となっても。


「日向さん、ひなたさん」
「なーに、ユキ?」
「好き」
「ん、俺も」





罪に侵されても尚、真っ白なままの心も、確かにあるのだと知ったから。



















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人外道化(名:日向)

人外族の中で特別優れた上層家系に生まれ、他の人外と違い完全な理性を持つ人外。
己の居に預けられた宝具【リリの小箱】に触れ、それが始まりとなって人外同士の争いを招いてしまった。
平和を望む心が己の罪を許さず、最終的に居住区エデナをその手で崩壊させるに至る。
重ねた罪は更なる罪悪感を招き、【サタネの銃】を道連れにエデナもろとも地の底に生き埋めという末路を選択、
しかし黄泉の裁判によって異空間に生き永らえ、その数百年後に港町サンクチュレムにて二度目の大きな災厄を招くことになる。
それまで不完全だったが、この事件により完全な【憤怒の大罪人】として覚醒した模様。
現在はサンクチュレム出身の憂鬱の大罪人・ユキと、後に虚飾の大罪人・イノセントの後見人をも兼任し、過去二度の大虐殺で他者不信症に陥ったからか、道化領域にて引き籠りに拍車がかかっている。
当初同居していたライターに加え、ユキ・カイ・ジンとイノセント、(幽閉状態だが)その父親カルマとここ数年で急激に家族が増えた。
なお、日向はユキによって与えられた通称であり、本名は不明。享年6(+黄泉の牢獄生活10年で体年齢は16)。
カルコサに居る煉獄給仕女とは旧知の仲であり、彼の知識の一部は給仕女による受け売りだったりする。


アンノウン(名:ユーク=シルドラ)

港町サンクチュレム出身・享年14。通称ユキ。故郷にて現世観光の一環でサーカスの道化師に成りすまして各国を周っていた日向と出会ったことから運命の歯車が劇的に加速し終末を見る。
聖人を含む町の人間を殺害・悪魔にとり憑かれていると噂した人々から追われ、自分の身代わりになろうとした日向を庇って撃ち殺される。
聖人殺しの憂鬱の大罪人と化し道化領域へと引き取られてからは、与えられた部屋で本を読んだりアニマル化した兄らと触れ合ったり縫い物したり料理に挑戦したりとチャレンジの日々、
最近は日向によってイノセントの再教育を任され、遊びを通して触れ合っている。
日向に強い好意と依存心を持っており、時折管理される魂達に嫉妬するほど。偶に日向の寝室へ行って一晩分の時間戻って来なかったりするが真相は不明。
日向のプレゼントである小箱は宝物、ライターからもらったとある道化師の絵本がお気に入り。
常識人の長男・ジン(猫)と変態症の次男・カイ(兎)(双方とも享年18)に見守られ、本日もゆったり読書中。
因みにカイはカイム=シルドラ、ジンはジニア=シルドラが正式名。


憤怒の憑代(名:火陰(カイン))

経歴不明にして性別も不明な小説家。日向に興味を持ってからずっと見てきたと言っているが具体的な出会い等は一切不明。
面白そうなことがあると何処からか現れて確実に食いついてくる。
アンノウンのことは密かに見守っていたりするが、時折自己趣味に利用したりもし、イマイチ本音が読み取れない人。
彼の書いた多数の作品の中には大罪に関するもの・大罪人の現世での末路等を事細かに記したものもあり、それらは希少価値がつけられるほどのレア物だったりする。
現在その殆どは行方が分からず、唯一残っているものが一冊、西の都パイモレシアの図書館に保管されているだけである。
憑代としての通称はカソウライター、小説家としてのペンネームは火陰と書いてホカゲと読ませる。日向同様本名は不明。


イノセント(名:リオン=アルカディア)

南の大地アバドナに住んでいた富豪の一人息子。父カルマによってベリアの筆を手に入れ、趣味である小説を執筆、様々な空想小説を描き出した。
その物語はベリアの力により世界に影響を及ぼすも、本人はフィクションであると信じきっている為気付いていなかった。
父親に異常な依存心を持ち、目の前で彼が自殺した途端、気がおかしくなってしまう。
四六時中父を生き返らせようと同じ文字を綴り続けるようになるも日向によって阻止・精神崩壊に追い込まれた。
ベリアの筆を日向によって奪われたこと等、死の間際の出来事は覚えていない。但し父の死に関しては本人にとって相当な苦痛であった為、トラウマという形で記憶に残った。
それでも趣味であった執筆自体を止めることはなく、道化領域に引き取られた後は、日向に貰った自室で、普通の紙とペンを用いて人畜無害な空想小説を綴り続けている。享年15。


虚飾の憑代(名:カルマ=アルカディア)

リオンの父であり、永遠の理想にとり憑かれ禁忌に手を出した男。経緯は不明だが何らかの方法でベリアの筆を持ち出し、息子のリオンに大罪を背負わせた。
リオンの依存がより完全になるとその目の前で家宝の銃(サタネではない)を持ち出し自害・囚人という形で領域の深窓に幽閉されるも、【虚飾の憑代になる】という目的を達成。
息子と永久に生き続ける悲願を叶えご満悦の様子。
その内また新たな目的を以て動き出すかもしれない。
憑代としての通称は審判小僧ゴールド。




***


因みに町の名前

サンクチュレム=聖域の意サンクチュリア
エデナ=楽園の意エデン
パイモレシア=西方の悪魔パイモン
アバドナ=堕天使アバドン


からそれぞれきてます


話内に銃を抱えた遺骨が出て来ましたが、あれが人外道化の「本体」です
小箱を持ち出したのは当然「生きていた頃の」幼い人外道化・日向さんです
最初から生きていないと言われていましたが実は生きてた時代もありました ただ気の遠くなるほどずっと昔というだけであって

日向さんを動かした見たこともない少女は小箱に宿った少女【リリ】です
サタネが日向さんの手に渡ったのはリリの涙による感情のシンクロが専らの理由です
日向さんにとり憑いたのは最初リリだった→その解放も兼ねてサタネが強制的にリリと日向さんの無自覚契約を解除・その代わりにという具合
サタネは嫁馬鹿なので誰にもリリを縛られたくなかったというだけの話です ただそれだけです
まぁこの頃はまだ結ばれてなかったですけど
エデナが地に沈んだ後の話です 少し前にお話ししたサタネの無茶ぶりは実は無人ならぬ無人外の地底遺跡エデナにて起きた話です
地底遺跡エデナは意志を持った道具達の住処だったという噂が(


それとエデナは地盤に沈んだ後半分海に沈みました
最初から近くが海だったわけではないです
だってそうなったら港町なサンクチュレムの直下が中央部にはなりませんからね
まぁその辺は時代の変化に応じてということで



イノセント君はお父さんは死んだと思ってるだけで記憶はしっかりあります
但し現世での死の前後は曖昧っていう。

金メッキお父さんが同じ領域のどこかに幽閉されてるとか全然知りません。



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