「…あれー? やっぱり無いや…おっかしいな…」
「カルコサ」にある部屋の一つ―――その主である「消えた魔女の子」が、デスクの引き出しを開け閉めして声を上げる。

「? どうしました?」
其処へ偶然訪れた夢人が聞くと、魔女の子は困った顔をして、こう返した。

「ペンが、ないんだよ」
「ペン…ですか?」
「そう」

「"カルコサの先住民"の残した遺品っていうのは、知ってるよね?」
「ああ、まぁ…淫夢魔さんが毎日のように探しに出てる、あれですよね」
「そうそう。すごい大事なものなのは君もよく分かってると思うから説明は省くとして…自分から取りに出るって申し出てくれた彼に今も捜索と回収をお願いしてるんだけど。…少し前からかな。元々此処に残ってた筈の「ペン」が見当たらないんだ」
「成程ね」

「…ま、いいや。あとでネコゾンビにも協力してもらってもう一度念入りに探してみるよ。で、君の用は?」
「あ、えっとですね」







「ベリアのペン、って知ってる?」
「…知ってる」

一方で、別室。
煉獄給仕女の自室であるその場所に、天秤は居た。

「流石は兄さんだ。…ベリアのペンは、「書いたものを事実にする」奇怪で馬鹿げた出鱈目を現実にやってのける「魔」可不思議な道具さ」
「それが何だ」
「『現世に持ち去られた』みたいだよ」

消えた魔女の子は失くしたと思ってるみたいだけどねぇ。天秤はそう言ってくつくつと笑う。
「興味ない」
「へぇ? 僕は凄く面白いことになったと思うけどなぁ」

「『現世に生きるただの人間風情が』『どうやってか此方側へ干渉し』『"虚飾の主導権″を奪い去った』!これからどう動いていくのかってね!はははっ」
「……」

―ベリアのペンのような「魔具」と呼ばれるものを手に入れると、その力を思いのままに使役出来るようになるという。
例えば、己の魔具である「レヴィアの匙」や、目の前の馬鹿の「マモの短刀」というのがその部類で、レヴィアの匙を誰かが奪い取れば、僕はその相手に従わざるを得なくなる。その対象の性格が良かれ悪しかれ――――――此方としては不愉快極まりない。
まぁ、今となっては既に淫夢魔さんに回収してもらい、僕(というかシェフ)の手の内にあるからその心配はなくなったも同然なのだけれど。
(因みに、それまでのレヴィアの匙は最東の地の、カルコサの伝承も物の価値も知らないとある金持ちの家の倉庫に保管されていたそうだ)

…しかし、その「罪」自体が居なければ、どうする?
――『誰かを罪人にさせ、それを更に隷属させる』気だとでもいうのか。
人間のやりそうなことだとは思うが、あまりいい気がしないのもまた事実。

………それとも、まさか自分自身が罪そのものとなろうとしている―――――――?
魔具とはそういうものだ。元々の罪人となるものが不在の場合、長く所持した者自身が魔具に取り込まれてしまう。
その経緯でこの場に居る者が、僕らの中でも大半を占めている。
唯一、狂楼の姫だけが特殊例にあり、彼の場合は当人の行いが逆に「魔具自身に見初められた」ことによる。

…どうでもいい話だが、僕があの匙を手に入れたのは、あろうことかこの馬鹿天秤が差出人不明で煉獄まで送りつけてきたという形だった。
本当にこいつ、いつかシメる。

「どうせ金目当てだろ。下らない」
…今言って思ったけれど、その可能性もなきにしもあらず、というところだろう。
大罪人を思いのままに操れる道具だなんて言ったら、その手のオカルトマニアからしたら何を捨ててでも欲しい一品になるだろうから。

「ふぅん」
「こっち見んな気色悪い。……ていうか、僕はそんなことよりも遥かに気になることがあるんだけど」
「兄さんは本当に現世に関心が薄いよね。僕ら罪人に対しては別にそんなことないのに…で、何?」

「……お前、何で此処に居んの」

「……」

「鍵掛かってた筈なんだけど」

「…やだなぁ兄さん。こないだ合鍵くれたとこじゃない、もう忘れちゃったの?(チャリチャリ)」






――プッツン。



「記憶捏造すんなこの不法侵入常習犯変態野郎ォォッ!!!」











「…懲りないなぁ」
「君もね」

壁の一部が崩壊する音と争う2人の姿を確認し、呆れる裏切淫夢魔と、それに対し横から言葉を返す狂楼の姫。

「? 何が?」
「魔具探し、まだ全部見つかったわけじゃないんでしょ。よくもほぼ毎日現世になんて顔出せるなって」
「…ああ、その事。 良いんだよ、僕自身の魔具もまだ見つかってないんだから…物は序だ」
「こだわるね」
「僕は、僕の一族の連中とは違うからね。主導権を奪われるっていうのは要するに、見も知らない何処かの誰かにホイホイ足を開くのと同じことで…そんな危険性を放っておくわけにはいかないさ」
「…ふーん」

姫の更に隣では、桜の駒…桃と梅が、「暴食の憑代」を挟んできゃいきゃい騒いでいた。
『言っとくがもう団子はねぇぞ』
「えー!?」
『姫さんが驚異的な速さで全部喰っちまったっつうの』
「まだ35コしか食べてなかったのにー」
「ぼくなんてまだ23コ」
『いや充分だろ!!』
「姫様は87コ食べてたよ!」
『数えてたのかよ。つーか姫さんと比べんなキリなくなるから』

その様子を横目に眺め、淫夢魔は笑う。
「?」
「…いや、楽しそうで何よりだと思ってね。心なしか、君自身もどこか嬉しそうだし」
そう言い放てば、瞬く間に姫の顔がカッと紅潮する。
「ばっ……馬鹿者! こいつはただの下僕だ!」
「フフッ、それでも嫌いな筈の人間だった者を憑代にして動き回ってることに変わりはないだろう。あの人間嫌いが随分と丸くなったものだと思ってね」
「そ、それは気が付いたらその、ふ、不可抗力だ! でなければ誰がこんな男!!」
「へいへい悪ぅ御座いましたねこんな男で」
そんな姫の態度も慣れたものなのか、冗談交じりに男は不貞腐れていた。

「当然だ。人間だった男など…それに、人間依存症のお前に言われる義理はない」
「まぁね」
「あんな守銭奴男のどこがいいのやら」
「はは、好みは人それぞれ…といったところかな?」
姫の憑代達に対する罵詈雑言は途絶えることなく、しかし淫夢魔は別段怒ることもなく、逆に笑ってそれを肯定した。
それは至極ご尤もな話。
人に寄生し、依存することでしか生きられない自分。
愚かだと、自虐的に笑う。








「―――――――――――――――あ、いたいた。やっほー4人ともー」

その時、不意に背後から聞こえてきた軽い声。
振り向けば、妙に懐かしい顔。
―恐らくは最も口調と立場が反比例しているであろう男と、それにつき従う少年の姿があった。

「……人外道化か。189年ぶりだな」
「よく覚えてんねー、俺でも曖昧だったのにさ」
「、こん、にちは」
「ああ、こんにちはアンノウン。人外道化さんも、ご無沙汰してます」
「うん、久しぶり。あのさ、魔女の子の部屋って何処だったっけ?」

長期不在だった為、覚えていないのだろうかと思いつつ淫夢魔は笑って廊下の先へ目を移した。
「それなら丁度この先ですけど…今無暗に動き回るのは止めといた方が良いと思いますよ」
「ほぇ?」

給仕女によってぶち開けられた、壁の穴と残った瓦礫。

「例の喧嘩沙汰で至る所が交通封鎖状態になってるだろうね。魔女の子がまた苦労しそうだ」
「お前なら大丈夫だろうが、あまりお勧めはしない。2人の…特に天秤の機嫌を損ねる事だけは免れまい」
「…またやってんの? よく飽きないね、俺が最後に見た時から全然変わんないや」
「…? 喧嘩するほど、仲がいい、?」
「んー…意味自体は間違ってないだろうけどね。でも、それ言うと給仕女なんかはキレて真っ向から否定するんじゃないかなー」
道化は苦笑し、アンノウンに言い聞かせるようにそう呟いた。
「まぁいいや。それじゃ、事が治まるまで部屋で遊んでようか。アンノウン」
「うん」

すぐ近くにある「カルコサでのアンノウンの部屋」に向かって歩き出した道化に、ふと、姫は思ったことを聞いた。
「…そう言えば、お前がこのカルコサに「自主的に」訪れるのは珍しいな」
「……」
「呼ばれたなら、呼んだ当人が出迎えるのが此処の礼儀だ。まぁ、誰かが呼ばれて訪れるということ自体珍しいことではあるが…それがないということは、呼ばれたわけではないのだろう」
「……はは、バレちゃってたかぁ。その通りだよ」
「魔女の子に、何か用で来たのか?」
「…ま、率直に言えば、今魔女の子が抱えてるだろう問題についての情報提供をね」
「?」

「……彼の元から消えた、一つの魔具。その在処を伝えに来たんだよ」
「!?」
それを聞いて顔色を一変させた淫夢魔に対し、道化は軽く手を振って否定する。
「あは、大丈夫大丈夫。君の回収したものではなくてさ、…この地に残ってた筈の魔具の話だから」
天秤さんならもう知ってそうだけどなぁ、と前置きして、道化は言った。

「それじゃあ、君達にから。―――――虚飾の魔具と、あまりに愛情にイカレちまった一人の親の話をしようか」



道化は思う。

給仕女は憐れむ。

天秤は、笑う。







【―本当に恐ろしいのは       人間の欲望だった―】















「誕生日に、お父様から、綺麗な黄緑色のペンを貰いました。」



幼い頃から、空想を紙に表すのが大好きだった少年は、ある年の誕生日に貰ったそのペンを、酷く喜んで受け取った。
デザインも美しいそのペンに、少年は強く惹かれた。
そしてそれ以来、少年はいつでもそのペンを持ち歩くようになった。

書き綴った「嘘(フィクション)」が、次々と「事実(ノンフィクション)」となって少年の「画面の向こう」に起こった。



ある時は、「犬と友達になって、その犬について実親と再会した孤児の話」が。

ある時は、「悪の組織を独りで壊滅させたとある悪人の話」が。

またある時は、「ひょんなことから突然金持ちになって肥え太り、魔女に食べられた少年の話」が。



ある時は、「兄に歪んだ愛を抱いた妹の話」が。

ある時は、「異世界で起きた恋の話」が。

またある時は、「港町のサーカスと少年の話」が。


世界をよく知らない少年は、無邪気に自由奔放に、自身で考えた物語を次々書き綴っていく。
そして、自分の生み出した物語を、大好きな父に読んでもらうこと。それが、少年の日常だった。

現実味を帯びぬニュースやバラエティ番組の特集記事。
テレビに映る司会者の声が、少年の物語に目を通す父親の耳に流れ込む。
少年もまた、父親と同じ空間でそれを聞いていたが、特に気にすることもなく、父の様子をそわそわしながら窺う。
それは少年にとっては至って普通の反応で。
何故なら、少年にとってはあくまでも、「自分の物語はただの創作であり、実在の事件や人物とは一切関係がなかったからだ」。

父親は、そんな少年を横目に、テレビの情報と目の前の情報を脳内で「照合」し、


―――薄く、笑った。





虚実と現実の一致―――シンクロは、全てが巧く行っている事の証で。
そう、事は順調に運んでいる。

これは、一種の儀式なのだ。




―罪の力を与え、大罪を背負わせることと引き換えに。

愛する我が子を、善悪の理を逸脱した、唯一無二の至高に昇華させる為の―――――――――――――――――――――――…。





「お父様?」
「! ん…ああ、すまない。少し考え事をしていてね。で、どうかしたかい?」
「新しいお話が出来たので…いつもみたいに、読んで感想を聞かせてもらいたくて」
「ああ、いいとも。見せてみなさい。…さて、今度はどんな物語だい?」

「えっと、【世界が滅びる3日前のお話】!」




少年は知らない。

全ての始まりと終わりが、最早眼前まで迫ってきていたことを。
世界と自分の未来を歪ませることになったのが、己がこの世で最も尊敬し、後に「虚飾の憑代」と化す男なのだという事を。


そして、やがて少年は知る。

己を迎えにくる、カルコサという名のついた地の存在を。







そして少年は、











永遠の狂気へと。







「…そうか。それはまた面白そうだね、楽しみだ。では、読ませてもらうよ」
「はい」





愛しい愛しい、我が至宝。

お前の為なら―――――――――――――――――――――私は死すらも厭わない。










さぁ始めよう   世界終末への鎮魂歌

全てはお前を天へと近づけるその為に






























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Name:イノセント

虚飾の大罪人にして、本来存在しない筈の11番。現世名は不明。
元は純真無垢なただの少年だったが、実父の理想の犠牲となり大罪を背負う。
実はアンノウンとは遠い親戚関係にあったりなかったりするが本人達はそれを知らない。


多分原曲では台詞が一切なくてアンノウン(最終サビ)のシーンに背中合わせ的な構図で後姿オンリー
もしくはアンノウン(間奏部分)のとこに不透明度35%程度で出てるんだと思う(



憑代:黄金審判小僧(そしてまさかの金メッキである)

イノセントの実父。実子に歪んだ愛情を抱き、人を超えた存在に昇華させようとした。
ペンをカルコサから持ち出した張本人だが、その方法は未だ明かされておらず、詳細は本人のみぞ知る。


某カネオ様のゴールドさん見たらお兄ちゃん解釈余裕だったんだけどお兄ちゃんネタはろりで既出だったので
書き上げた瞬間「腹くっろ!」とかいいえそんなことは思ってませn









↓以下長ったらしい説明
 興味なければこのまま拙宅日記を閉じましょう







嘘、と言ってもそれには実に様々なケースが存在します。
あからさまに不快なものもあれば、情状酌量の余地が十分に存在するもの。
嘘であることが認識されない嘘。
誰かを楽しませる為という善良な目的があって存在する、故に不快さを感じる事のない嘘も。

大罪の中でも僕の解釈的にはかなり異質な仕様になりました。






11番目、というのはカルコサまたは道化領域に訪れた順番を総計した結果です

因みに1番目は実は道化師さんだったりします\(^o^)/
その頃はまだカルコサ自体が存在せず、2番目の魔女の子さんが来て初めて出来上がりました
どういう経緯で成り立ったのかというのは未だ謎のままですが。
その後の順番としては、
天秤さんが3番
姫様と駒ちゃん達が4・5・6番
更に天秤さんに誘い込まれたやんでれが7番
アンノウンが8番
夢人さんが9番
淫夢魔さんが10番です

夢人さんはぶっちゃけイノセント君のペンの起こした事象が原因でカルコサへ訪れるのですが、来た当時イノセント君がカルコサに居たかというとそういうわけでもなく、まだ現世の方で物語を書いてたので来たの自体は夢人さんの方が早いです

アンノウンは来た時期は下2人よりは早いものの、年齢的には大分年下なので寧ろ淫夢魔さん達に可愛がってもらってる感じです^^
その辺は本人が幸せそうなので無問題(

魔具について

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