「昔々、あるところに、愛に取り憑かれた一人の男が居ました」

「生まれつき「愛」を疎んでいた男は、人を愛せずして生きられない己の身体を呪い、愛情不信に陥った金欲人間へと執着していました」

「しかしその感情こそが、己の嫌っていた「愛」そのものだと気づいてしまった男は、深い絶望を覚えて自殺してしまいました」

「数年後、何も知らない金欲者は美しい女と出会い愛を信じられるようになり、彼女と結婚して二人で幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」



「…それは、「男にとっての」「めでたし」だよね」
「そうだね」
「僕だったらきっと耐えらんないだろうなぁ」
「ははは」

広く暗く、埃の積もった巨大な法廷―――「カルコサ」の中心部。
その傍聴席で、薄く響く昔話。
語り手である「色欲」の大罪人…"裏切淫夢魔"の隣で頬杖をついて静聴していたショッキングピンクは、遠くを見つめてそう呟いた。

「何も知らずに生き、死んでった金欲者はさ、男の存在にも気づいていなかった。幸せに、ってそういうことでしょ?」
「まぁ、そうなるね」
「何だか凄く、可哀想な話だよね。どっちにとっても」
「……」

「愛を嫌っていた男も、人の愛が素敵で尊い感情だって思えたら、もっと幸せで居られたかもしれないのに…淋しい話…」
風力を一切遮断された筈のその場所で、給仕女の持っていた蝋燭の火が静かに揺らめいた。
まるで、物語を悲観するように。

「…でも、その創り物(フィクション)って、"実話"とは大分違ってるよね」
少し間を置いて、給仕女は言う。
「…そうだね」
「覚えてないと思った?」
「いや。【当事者】だったらよく覚えてるとは思ってたよ」
「なぁんだ」

つまんないの。小さく呟かれたその言葉に、淫夢魔は苦笑し皮肉もする。
「何気に愚痴るよね、君。まるで天秤みたいだよ?」
「はッ!?ちょ、あんな変態と一緒にすんなし!」
弟の話をすると露骨に嫌がる。そう言った特徴がある分、給仕女と話すのは、掴みどころのない、かの天秤より気楽でいられる。淫夢魔はそう思う。
二人の間に何事もなく立っていられる「夢人」は、精神的に相当強いのではないか。そう思ったりもする。

「…たしかに、そうだ。昔話の【真実】は、もっとずっと諄くてしつこい…飽きるほどに」
「……」
淫夢魔の持つ携帯のディスプレイが、その言葉を肯定するように光を放っていた。





「…愛に憑かれた男は、名もない田舎町に移り住んだ…
【狙われた金欲者】を、『僕は』――――――――――――――――――――――…」

それは、彼の昔のお話。
自らを呪った、淋しい悪魔の、昔話。















―淫夢魔。
それは文字通り、人間の夢を訪れる淫らな悪魔のこと。
「僕」個人ではなく、そういう特性を持った種族を総称する名だ。
因みに女であれば「スクブス(サキュバス)」、男ならば「インクブス(インキュバス)」と言い、二者を同一として見る説も存在している。
(語源は其々、「下に寝る」「上に乗る」意のラテン語だとかなんとか…)

淫夢魔は人の夢に潜り込み、男の精液を盗み女を孕ませる。
まさに、愛欲に依存して生きる種と言って良い。
…問題は、その為には相手を選ばない、選ぶ必要のない更なる質の悪さだ。
そう言った意味で、僕は自分の種が何よりも嫌いだった。
この世界の淫夢魔は、「成人」の証として人世に下り、前述の通りの「淫夢」を成し戻ってくる。
そんな連中の、何とも言えない誇らしげな表情が、何よりも。
――汚れたものに、見えて。


だからこそ僕は、あの時。

偶々一族の言いつけを破って【気まぐれに】下界へ下りた時に見つけた男を、
数十枚の万札を数えながら歩いていく男を、

…「愛情不信の男」を、見初めてしまった。





「君は、愛を信じないの?」

道を歩くその男に、問いかけた。
「…? 何だオマエ」
「愛を、認めないの?」

男の反応は正しいものだ。分かっていた。
見ず知らずの相手に突然愛を信じないのかなどと聞かれたら、誰だってそう返すのが自然だろう。
だけど僕は、生まれて初めて見る部類の男に―僕の期待する素養を持つその男に、確かめずにはいられなくて。


だって、

―淫夢魔には、その習性の為、対象の人間に愛欲の情がどれほどあるのかを感じ取る能がある。
…しかし目の前の男には、誰しもが持つだろうそんな「愛」の情が、全くと言って良いほど感じられなかったのだから。

そして、男はまさに僕の望んだ答えを、吐き出した。

「愛なんざ知ったことかよ。所詮は欲だろ、気色悪い」
「……!」

嗚呼、この男は…自分と、同じだ。
そう思うと、知らぬ間に口から笑みが零れていた。
「僕も…っ、僕も、そう思う!」
「…はぁ?」
「有難う!答えてくれて!」

変な奴だと、思われたかもしれない。
というより、思われていた。
「彼」は後々、当時の僕をそう見ていたと語る。



男は、詐欺師を生業としていた。
人間的に見れば、とてもじゃないが誇れた生き方ではないと、分かっていた。
しかし、「愛」を嫌う僕の中では、ある種理想的な仕事だった。
血も涙もなく、老若男女問わず他人を陥れるその行為。
彼と出会って以来、興味津々にその様子を遠目から眺めるようになった僕は、彼の仕事が成功する度に、言葉に表すことなく内心喜んでいたものだ。

―それそのものが、僕の何よりも嫌っていた「愛」だと、知らずに。

―――…それを、僕よりもずっと「愛」を知るサキュバス達が、怪訝そうな顔で見つめていたことにも、気付かずに。










そんな生活に終焉が訪れたのは、それから数週間後の新月の夜だった。

その日久々に下界に下りた僕は、街中で独り、街頭のディスプレイを眺める男に出会った。
金色のやや長い髪に、眼帯をした長身の男。
瞳は紅く、血と炎を混ぜたように鈍い光を宿していた。

―そして、その男の纏う気配に触れた時…僕は軽い眩暈と吐き気を覚え、知らず知らずのうちに近くの壁へと寄り掛かってしまっていた。


「…大丈夫ー?」

まるで何もかも知っているかのように、触れることも、近付くこともしない男から、言い様のない寒気と殺気、得体のしれない【何か】――――そして、これでもかというほどの「愛欲」を感じ取ってしまったからだ。


「…君、人間じゃないんだね」
「、……!」
「…それなのに、【力】にあてられちゃうってことは…んー、まだちゃんと制御しきれてないってことなのかなぁ、シェフ」

自分で言った問いかけに、自分で頷く奇妙な男。
…まるで、意思が二つあるかのような、違和感……。

「…君は、」
「ん、まぁね。僕は『パニシュ=アビス』。憑代『エレジー』、まぁ僕はシェフって通称で呼びがちだけど―――に身体を借りてるんだ。今はね」
「…今は…?」
「うん。【外】に出る時には……あっ」

何か続けようとした「パニシュ=アビス」はしかし、その言葉を紡ぐことはなかった。
「…ユウマ」
「もー、折角これからナイトフィーバー!だったのにー!」



僕らの周囲に瞬く間に集ったのは、妙な程に白づくめの人間達だった。

「愚かなるツミビトの魂よ、清算の時だ」
「速やかに浄われよ、嫉妬(レヴィア)の化身!」
言論から察するに、エクソシストや聖職者と言った、魔に反目する存在か。
「やーだよ!シェフともっとデートするんだもん!」

目が慣れてくると、うっすら見えるようになった。
成程、男の背後に幽霊のように映るのは、ショッキングピンクの給仕服。
男とは逆の目にハートマークの眼帯を付けた、姿だけなら僕とそう変わらないだろう年頃の子供……彼が、パニシュ=アビス。

「…どうする、ユウマ」
「…むー…いつもみたいにウザいから撲殺!したいとこだけど…」
ふと、パニシュの目線が此方へ向く。
「…君さ、「よくないもの」の部類だよね」
「え…、あ、まぁ」

何だかんだ言っても悪魔であることに相違はないので、とりあえず肯定すると、瞬間的に男が僕を担ぎ上げた。
「ってわけで、逃走ーーーっ!」
「えっ、ちょ、えぇッ!?」




こうして一路、僕らはその場を逃走する羽目になったのであった。











二時間にも及ぶ「鬼ごっこ」の末、何とか逃げ切った僕らは、元居た町から遠く離れた平原に居た。

「…此処かぁ。噂には聞いてたけど、本当に何にもないね」

パニシュ曰く、この場所には元々、美しい桜の木が立っていたらしい。
「昔、此処から遠く離れた場所で、大規模な戦争があってね。その軍の一部隊の隊長だった男の、お気に入りの場所だったんだって」
「…へぇ…」

「…結局、男は戦の最中味方に裏切られ戦死、噂では、なんでも見通せる目を持った正義感の強い人柄で、曲がったことや卑怯な真似が大嫌い。軍上層の【問題】を隠蔽するために殺された―なんても言われてる」
「…」

「その数日後に、妙なことに此処に立っていた桜の木…それに傍にあった桃と梅の木が忽然と消えた。まるで魔法でも使ったみたいに綺麗さっぱりね。
…そして代わりに、根本だったところにはいくつもの人肉の破片と、一個の真っ黒い目玉が転がってたって…あはは、これじゃただのホラーだよねぇ」

パニシュは笑っていたが、恐らくは全て実話なのだろう。
確証はなかったが、彼のどこか乾いた笑い声が、そう告げているような気がした。




「―ずいずいずっころばし ごまみそずい

茶壺に追われて とっぴんしゃん

抜けたら、どんどこしょ

俵のねずみが 米食ってちゅう、ちゅうちゅうちゅう

おっとさんがよんでも、おっかさんがよんでも、行きっこなしよ

井戸のまわりで、お茶碗欠いたのだぁれ…」


パニシュは笑う。
パニシュは歌う。
まるで、人の愚かさを嗤うように。


そして、それに呼応するかのように、


「……え、?」

遠目にだが―――何処かへ歩き去っていく先日の詐欺師と、…それに纏わりつくように群がる三人の女の姿を見た。

「……―――――――――――ッ!?」
それは、人などではなく。
「…あれ、人間じゃないね。君と同じ―」
そう、僕と同じ…淫夢魔の類。
僅かに垣間見えた男の目は、正気を失いかけたそれだった。
言うまでもなく、女たちの力で洗脳されかけている。



やめろ。

その人に触るな。

愛に汚れぬその心は、

お前達が触れて良いものじゃない!!


「……ッやめろ!!」

自らの感情を「自覚したことに気が付いた」時には、既に僕は女達と男の間に割り込んでいた。

「…あら。【   】じゃない。何よ、野暮ねェ」
化粧っ気の強い女の方を、キッと睨みつける。
その気配は、かなり上流のサキュバスだ。
「……? え、あ、あれ? オマエ…」
女の魔力が切れたか。男は我に返ったようで、何が何だかといった様子だった。
…僕のことは覚えていたようだ。まぁ、あんな奇妙な出会い方をしたのだから覚えてても不思議じゃないけれど。

「……ほら、仕事、残ってるんじゃないの?」
「! あ、やっべ!!」
それとなく促すと図星だったようで、男は弾かれたようにその場を走り去っていった。

「…何のつもりだ」
「そっちこそ、私たちの獲物を横取りするなんて何様よ?」
「あの男を、そんな風に見るな」
「だってその通りじゃないの。それとも何? 貴方、あの子供に情でも抱いちゃったわけ?」
「なっ……」
「淫夢魔失格ね」

「私達は、人間を淫夢に陥れる存在よ。サキュバスは下へ寝、インキュバスは上に乗り、そうやって生殖を繰り返す。…インキュバスの貴方が、男に欲情したってねェ」
「………ッ!!」

女の言動、許せないのは、主に最後の一節。
僕は何と言われようが構わない。それが事実なのは分かっている。どう言われようが反論できる立場じゃないことも。
だけど。
―こいつらは、まるで彼を、ただの性処理道具のように――――――!


思わず出かけた拳を止めたのは、意外にも傍観を決め込んでいた第三者。
「はいはーい、そこまで」
見た目は青年、中身は少年。その名はパニシュ=アビス。
「殴りたい気持ちは分かるけど抑えて抑えて。手出したら負けだよ?」
「…っけど…」

女達は、パニシュの外観…エレジーと言ったか。に見惚れているようで、動かない。
「仕返しなら、いずれ出来るさ」
「え?」
「多分ね」

「…立場を捨てる覚悟が決まった時がその時だ。激情に流されて後悔したって遅いんだよ」
「………、」
言われて、冷静になってみると。
―――確かに、女は自分よりも遥かに位の高い淫夢魔で、誘惑した男の数も多い。
迂闊に逆らえば、誘惑した人間を使ってでも仕返されるかもしれない。
…僕だけならまだいい。だが、女達は今し方の件で僕の感情にも気づいている。
認めたくはないが、僕は彼に、大嫌いな「愛」の情を―――
そう考えると、無関係の彼に手を出されることだけは、……それだけは。

「…資質は、十二分にあるんだけどね」
「?」
「ううん、なんでもナイナイ。ま、分かったならよろしい」

そう言ってパニシュは、一枚の紙を僕へ差し出してきた。
「……?」
「あげるよ。時が来たら、きっと役に立つから」
「はぁ」
「……さて、と」
そして彼は、改めて女の方を見る。
「君達は…かなり上級の淫夢魔、だよね。ごめんねー、僕の一番嫌いなタイプだ」
「!!」
パニシュの…傍から見ればエレジー自身が言ったように見える、爆弾発言が一瞬の内に女達を正気に戻す。
「なっ…!」
「あんた、目梨(マリ)さんになんて失礼な!」
外野のやや中級サキュバス達が喚く。
「だって嫌いなものは嫌いだし。一つの愛を愛とも思わず、とっかえひっかえ男と寝るような連中さ」
「……っ」
「僕は、人であれ人外であれ、愛の形には少々五月蝿いんだ。別に自分の意見を押し付けるつもりはないけれど―――少なくとも、他人の純愛を馬鹿にする大馬鹿野郎は大っ嫌いだね」

彼のその言葉には、何処か強い「力」があった。
女達もそれを感じたのか、反論出来ないといった様子で口籠っている。
「さ、僕「ら」はそろそろ戻らないとね。厄介なのがまた近くまで来てるみたいだし―」
言われてふと見ると、はるか向こうに見える白服集団。
「…あんまりヤンチャしてると、あの変態馬鹿にまた冷やかされかねないしね」
「、あの」
「ん?」

「……有難う御座いました」

それが、何に対するお礼だったのか――――
僕は言うことなく、彼もまた、聞いてくることはなかった。
代わりに彼は、小さく笑みを浮かべ、




「…女達が君の想い人に手を出したのは――私欲じゃなく、君が一人の男に執着し、淫夢魔でなくなることを恐れた淫夢族の連中の命令、だよ」

すれ違いざまに、そう囁いた。
「……ッ!? それ、どういう…ッ」

問うたその声は、しかし。
「……あれ…」
まるで霧のように、一瞬の内に消え去ってしまった彼には、届かない。




証拠は、ない。
嘘か真かも、分からない。
だけど、何処となく事実ではないかと思っていた。
ここ最近、噂に聞く「大罪人」活発化による「悪魔狩り」は僕ら淫夢族にも少なからず影響を与えており、種の絶滅危機に上流の連中が過敏になりつつあったのも知っていたし、
…何より、パニシュは【ツミビト】だと言われていた。
それがその通りの意味―――罪人を指すのであれば、彼が僕を嵌めることに対するメリットが見当たらない。
そしてそれ以前に、彼が嘘をついているようには感じられなかったのだ。

―――月のない空を眺め、【無】に堕ちる。
ゆっくりと、心の空洞に、意識を沈める。



ずいずいずっころばし

ごまみそずい



茶壺に追われて、









道行く女が、走る、走る、走る。

見えない影から、逃げる、逃げる、逃げる。

「! あっ」

転んだ女の足に、絡みついた紫の糸。
女の口からは、命乞いの言葉が機械のように繰り返されて、
「やめて、…やめて…お願い、私を殺さないで…やめて…」




―――君の負け。





鬼は笑う。
”作り出された”狂い鬼は、笑う。

「…だから、あの人に触れるなと…言ったんだ」
血塗れで、血に汚れた札束を手に、男は茫然と立っていた。
目の前の光景もそうなった理由さえも、何一つ理解出来ないまま。
紫の瞳が、赤い男を見て穏やかに笑う。
「…まだ、何もされてないね。良かった」
「、っ、よ、くねぇよ!!オマエ、何でっ、そ、んな!!」

鬼は、男の前で【人殺し】と化した。
自分が何をされようとしたか知らない男は、そう理解した。
「……君には、分からないさ」
「、っ!?」
鬼は、人殺しではなく一種の【悪魔狩り】をしただけだと、気付けなかった。

―尤もそれは、鬼からしてみれば、【同族殺し】――――
…一族の裏切り行為に他ならなかったのだが。

ふらりと、血染めのナイフを投げ捨てて、鬼は歩いていく。
「…どこ、行くんだよ! なぁ!」
「何処、か。まぁ、逃げ遂せたら何処でもいいんだけど」
でも、此処だけは駄目かな。
此処には、君が姿を見せるから。
君をこれ以上、僕らの問題に巻き込むわけにはいかないから…。

「…そうだ、気になるなら、捜しに来なよ」
「……は、」
「大好きな金の力でさ。それさえあれば何処へだっていける、僕を捜しに来ればいい。その時が来たら、僕の手持ちは全部君にあげる。『僕を殺してくれたら』ね」
手持ちの札を取り出してチラつかせ、するりと仕舞い込む。

「君に殺されるなら本望だ」
「だから、愛の一欠片もなく僕を殺してくれよ。そうすれば、きっと僕も救われるから」
これは君と僕の人生ゲーム。
僕が死に絶えるまで続く、長くて短い鬼ごっこ。

「…んなこと…出来ねぇよ…!」
「…どうして?」
「怨みもねぇ奴相手に殺人なんざ、出来るかよッ! それに…それに、」

―その方に触れた手から、感じる情。
それを知った瞬間…僕は、男を突き飛ばしていた。
「っ!」
「……駄目だ、それは君にとって最悪の選択肢」

「…駄目なんだ、こんな、淫夢魔なんかと結ばれたら、君が壊れてしまう」
「……淫夢、魔…?」
「だから、さよならだ」


愛していたよ、君のこと。
パニシュとずっと一緒に居て、それでも、異常をきたしたのが最初だけだった理由も、とっくに分かっていたよ。
…僕はもうあの時既に、この感情を心のどこかで理解してたんだって。
でも駄目なんだ、君とは結ばれちゃいけない。
一族の為なんかじゃない、君は、君だけはこの欲で穢しちゃいけない――――!

「っ、待て、待てよ! オマエ、俺、まだオマエの名前も聞いてない!!」
一心不乱に走った。
ぽつ、ぽつりと、空の涙に濡れながら走り続けた。
男の声は、もう聞こえなかった。
頬を伝う雨色は、雨に混ざって分からない。
それでいい。
何もかも、この記憶と思い出すらも、雨に消されてなくなってしまえばいい。



ほら、次は君の番だ。
早く、早くその手で僕を殺してくれ。













海を越えた先の、静かな山村は、あの日パニシュがくれた紙に記されていた場所。
そこを訪ねれば、話は聞いていると在住を許可された。
あの日彼は、僕がこうなることを既に知っていたのだろうか。
…結局、彼の明確な正体について僕が知ることはなかった。

此処へ移り住んだ僕は、素性を隠して人の輪の中で暮らしていた。
村民は皆優しい。過疎地域特有の仲間意識の表れだろうか。

つい先日、村一番の女富豪に見初められ、婚約を交わしたりした。
別に魔力を使ったわけではない。純粋な相手からの申し出だった。
人並みの【愛欲】を感じて、まぁいいか、とOKを出した。
…いい加減な判断だと思う。同時に、彼女に対する悪気のようなものが湧いた。
だけど…きっともう、金輪際まともな恋愛は出来ないんじゃないかとも思う。
出来なくなってしまった。あの日以来。

式は三日後。
それまで、独りの時間を…多分最後になる孤独を、楽しむとしよう。



静かにひとり、読書に耽る。
来客を示すチャイムが鳴る。
一言声を上げて、玄関の扉を開く。






「淫夢魔君、みーつけた」



赤い髪が、視界をちらついた。


…立ち尽くすより仕方がなかった。
「こんな田舎町に移動しやがって。分かり辛ぇんだよ。ったく」
「…何の用、だよ」
「オマエから仕掛けたゲームだろ?」

「結婚式ぶっ潰して、死にたがりと心中しに来たんだ。その為に俺は、オマエの言うとおり金の力でオマエを買う。文句は言わせねぇぜ?」

僅かに開いた扉を力づくで開き、男は中へ入ってきた。
拒否したくても動いてくれない腕―――その理由を理解した時、僕は苦笑して両手を上げていた。

「暇人だな」
「不戦敗は嫌いなクチなんでね」




壁へと押し付けられて、そのまま口づけを交わした。
いつしか見たショッキングピンクが、窓辺に腰掛け笑っていることすら気づくことなく。
…それだけ、夢中だった。お互いに。

流され、事に及ぶほどには…ずっと、求めてしまっていたから――――…。


翌日、その朝日を見ることはなかった。
―――僕らの時間は、夜明けを迎えることなく停止した。

















「……っていうか、これ只の惚気じゃね?」
「ん? まぁ一般的に見たらね。でも僕は嫌いじゃないよ」
「…モノ好きだなぁ」
「自分のでも他人のでも、純粋な愛の話は聞いてて不快にはならないから。だから淫夢魔さんの隣って落ち着くのかなぁ、あはは」
「それはどうも」

パニシュ―給仕女とは、この法廷に居ると結構な頻度で鉢合わせる。
なんでも、どういうわけか此処は問題の天秤が唯一好まないスポットだそうで、主に天秤避けとして利用しているとのこと。
僕はこの場所がお気に入りで、会った際にはこんな風に話し込んだりする。
「…それにしても」
「?」
「天秤はさ、どうして此処と嫌うのかな」
「…」
「あ、いや。不快だったらごめん」
「…」


「…あいつの炎は、【罪】の属性を持ってるから。罰の力を強くする法廷のような場所だと、本来の実力が十分に発揮できないんだよ」
「あ、成程…」
「逆に、昔凄惨な事件とか、邪教信仰とか、そういう不浄な内容の起こっていた場所では、罪の気が未だに濃かったりして【罰】の力が弱まるから、僕は好きじゃないかな」
「ふーん……そうなんだ」

「…一度、魔女の子さん達の故郷だっていう『セイレム』に行ったこともあるけど…あそこは【魔女狩り】の地だったから罪の力が強くって苦手だって思っ…」
「兄さんみーつけた」
「きゃぁぁぁ変態!!」

バァンと扉が開き、飛び込んできたのは問題の張本人。
「おまっ…何で此処に!」
「兄さんが浮気してるって聞いてね。そんなの許せないから捜しに来たんだよ」
「浮気って何!?何処情報!?ってかしてないし!僕はシェフ一筋だし!」
「姫から。おまけに嘘は駄目だよ兄さん、そんな熱烈に淫夢魔さんの腕掴んじゃって」
「姫勘違い!!そしてこれはお前が突然来るから…此処嫌いなんじゃなかったの!?」
「兄さんの浮気を引き裂くためなら何処へでも。とりあえず離れなさい」
「やだーーー!!助けて淫夢魔さん犯される!!」
「え?」

天秤の本気オーラのせいか、ノリがいつもと逆で新鮮だ。
そう思いながら、ふと天秤と目が合った。

「やぁ、淫夢魔さん。…あとで覚えてろよ天然ビッチ野郎が」
「何その理不尽」


天秤の本気オーラから若干怒りの色が見えて、「生き残れる気がしねぇ」とか直感的に感じて。
…でもまぁ、これ以上死ぬこともないだろうし。

偶には、こういうのも悪くないかな。
(断固これっきりにしてほしいけれど)


















































「…人生ゲームは閉幕致しました。またのご来場をお待ちしております…」

机の上に飾られた一本の匙を手に取り、パニシュはピンクのスカートにひっそりと付いたポケットにしまい込んだ。
「…レヴィアの匙……」
婚約を交わす前から隠れて観察していたが、彼が【嫉妬】らしい嫉妬に駆られたことはなかったように思う。
「…彼に、魔具に支配されないレベルの精神力があるとは思えない…だとすれば、やはり」




「……あのナイフか」

淫夢魔が同族殺しに及んだ際、投げ捨てたナイフ。
あれが、強欲―――『マモの短刀』だとすれば、レヴィアが此処にある理由も大凡繋がってくる。



非常に認めたくはないのだが、つい先日、レヴィアの匙自体がマモの短刀に惹かれている事実を知った。(あくまでも兄弟や家族・同類等の意でだろうが)
一度短刀を使役した淫夢魔に纏わりつく気に、惹かれて寄って来たか。
「まぁ、お陰でこっちは大助かりだけど」

ベッドの上に転がった心中死体に目を移す。
「…これも、何かの導きかな」
同族殺しの大罪を犯した愛欲種族。それを愛した脱愛欲不信の人間。
「いいよ。魔女の子さんに報告しよう。ね、シェフ」

部屋の隅に立っていたシェフ――エレジーが、男の死体を抱え上げた。
パニシュ―――煉獄給仕女が、残された少年の魂だけを確保し、二人歩いていく。




「…もうすぐ日が昇る。幸い人気はないし、早く戻ろう」
「ん」







「大罪人は、本来人の歴史の裏側に居るべきなんだから」










どこかで聴いた不思議な話 生る人 亡き人 臨時放送 
「さて本日死ぬのは無邪気なあなた」
予知? 余地? 与知? 皆無表情
ほら重なった ほら顔見せた さあリミット迫った最終章

嗚呼鬼が来る もう鬼が来る ねえ 無邪気に狂った鬼が来る

















------------------------------------------------------------------
裏切淫夢魔(名:イクト)※悪魔なので苗字はない

色欲の大罪人。淫夢族インキュバスの一人だったがある日出会った男への恋慕からやがて同族殺しに至り、淫夢族追放・大罪人としての第二生を課されることになった。
現在は魔具の回収役を買って出ており、日々世界各地を飛び回っている。当然白服集団に追われたり同族に狙われたりと忙しいが本人は何気に楽しんでいる模様。
そして姫の暴走制止役も基本彼の仕事。因みに給仕女とは単なる友達くらいの関係。話す内容は大抵愛情絡みであることが多い。


色欲の憑代(名:相模 彰(サガミ アキラ))

狂楼の姫・桃・梅・京也と同じ東方の国出身の赤毛の青年。詐欺師だった経緯のお陰か逃げに関しては神業級であり、淫夢魔の魔具回収に大きく貢献している。
愛情不信症だったが淫夢魔との経緯があって解消。但し人間の女は何だかめんどくさくて苦手だとか。
無愛想で若干口下手・そして恋愛不器用。手先は器用。京也(ミラーマン)とは同国出身のせいか何気に気が合う。憑代としての通称はパブリックフォン。


パニシュ=アビス

煉獄給仕女の煉獄時代の通称。今も経歴詐称の為に使用したりしてる模様。好きなものはシェフ。好き嫌いが明確過ぎて嫌いな相手への風当たりが容赦ない。
罰の炎を使役し、実は過去に邪教信仰民族の破壊者となったこともあったりする。
本人曰く「吹いてくる罪属性の風が鬱陶しかったので腹が立ってやった」とのこと。



名前の由来は種族名のインキュバス(イクト)と、トビト書にて色欲の悪魔アスモデウスが取り憑いた少女サラ(彰)から。
というわけで紫のboyさんのお話でした
やんでれはちゃっかり匙をお持ち帰りしました。美味しいところは逃しません。元々です

因みに桜の根元の話の目玉はミラーさん(過去)のものではありません なぜなら彼は赤目だから
ミラーさんの本来の身体は姫様の宣言通り残さず食されたので目玉どころか何も残ってません
あれは…まぁきっと姫様の逆鱗に触れた誰かの末路ですてへぺろ
ってR18G余裕の話に流れてすいません

それとやんでれの歌ですが、あれは一部の方はご存知かもしれない童謡「ずいずいずっころばし」(ウィキペより本文抜粋)です
鬼ごっこ関連を探していてこれになりました 不純異性交遊説もあって話に合うかなと
そう、今回のテーマは鬼ごっこです

最初の鬼はこの話限定でいうと多分やんでれです鬼つっても小鬼的な 次の鬼を唆す小悪党という感じ
次の鬼は淫夢魔さん 同族殺しの部分で思い切り表現使ってます
そして最後は電話さんです 淫夢魔君みーつけた
紫の糸に意味は御座いません ちょっとそれっぽい要素が欲しかったんだ
しかし淫夢魔さん同族殺しと言い婚約した彼女の件と言い天秤さん系統に引っ掻き回されっぱなしですね

上流サキュバスさんの名前は目梨、これマリさん言ってますが実は都市伝説のメリーさんから大分もじって出来ました
イメージ曲から関連してこれしか出なかったんだ



イメージ及び作業BGMはsm17804161とsm16681173
歌詞引用は前者から
今回は大体曲に則った仕上がりになったような気がします
すいませんイメージにぴったりだったんです…すいませんすいません
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