くるり。くるくる。くるりくるり。

其処は「道化領域」。生者の立ち入ることを禁じられた、魂の在処。
劇場の形をしたその舞台の上で、マリオネットは楽しそうに回る。くるくる回る。

客席からそれを見つめるのは、領域を支配する者。
「彼」を引き取り、この「牢獄」へ閉じ込めた―――――魂の主。

「道化師さん、道化師さん、今日は何をすればいいの?」
マリオネットは笑う。
心の底から笑う。
愛した道化に手繰られて。
その束縛に、至福を感じて。

道化師は笑う。
大切な人形を、見守るように笑う。
マリオネットを大切そうに抱き締めて。
隣の席へ座らせて。

そして、言うのだ。
「不要な魂は狩ってしまえ」と。

道化は憎む。
人形は涙する。
思い出の中の魂を。
思い出の中の魂に。

―かつて人だった、人形を殺してしまった魂。
…今はもう消えてしまった、魂ら。

人形は逆らえない。
人形は逆らわない。

それが、道化の望みなら。

道化の望みは己が望み。
世界に殺されたその日から。





道化師の、道化師自身の魂の旅、開幕。










その日は、酷く真っ青な快晴だった。
心地いい潮風が、頬を撫でる。

とあるサーカスの一員として、とある港町を訪れた。
行商が盛んな、大きな町だった。

俺は、道化師。
芸と芸の間を繋ぎ、皆を笑わせる滑稽なクラウン。

これまで様々な町や村を訪れた。
そしてショーに登場する度、必ず一度はお客様の中から自分でランダムに選んだ1人の協力の元行うプログラムを織り交ぜてきた。

そして、俺は「彼」と出会った。
大人しくて口数の少ない、まるで人形のような少年、それがその日の夜公演でのゲストだった。
サファイアのように青い、大きな瞳が此方を見る。
手始めにマジックで花を出して見せれば、表情のない顔に笑顔が宿る。
―今思えば、無謀なことをしたもんだ。
何せ、彼の手を取る俺の方を睨む殺気立った、彼の席のすぐ隣の視線に気づかなかったんだもんなぁ。

演目を始めると、花を出した時以上に輝き出したその顔が、嬉しかった。
俺の手で、俺の芸で、喜んでくれる人がいる。
それは、俺にとっての生き甲斐。―――道化でいる意味そのものだったから。




一日の公演を終え、後片付けを手伝っていた時「彼」と再会した。
とはいっても、気付いたのは此方だけだったが。
既にその時化粧を落としてしまった後だったし、服も普通のものに替えてしまっていたし、まぁ当然と言えば当然のことだったが。
彼の肩を後ろから軽く叩いて、振り向きざまに花を一輪。
そう、舞台上で見せたものと同じマジックだ。
案の定、俺のことを思い出したようで、笑顔で「道化師さん」と呼んでくれた。
どうしたのか聞くと、舞台の時に隣に座っていたお兄さん達とはぐれてしまったというので、放っておくわけにもいかず、団員の一人に告げて一旦サーカスから離れた。

数分後、無事に会わせてあげることができた。
聞けば、彼らの家はすぐ近くにあるそうなのだが、家の鍵を管理しているのが一番上のお兄さんだそうで、彼だけでは帰っても家に入れないのだそうだ。
ともあれ、お兄さん方からお礼を言われて安心した俺は、軽く挨拶をしてその場を離れた。

「また遊ぼうね」と、「彼」―――――ユキと約束も交わして。

…それが、今あるすべての始まりと化すことも知らぬまま。







サーカスは、当の港町のような、その地方での拠点となるところ以外からも客は来る。
なので、休日も織り交ぜ、数日間はその町に留まることになっていた。

貴重な休みを利用し、町を散策しているとユキと出会った。
ユキは片手に、袋を下げていた。
毎日決まった時間に、大通りまで買い物に来るのが日課だそうだ。
よく一人で出かけさせられるな、と思ったものの、聞けばお兄さん方は2人とも仕事をしているというので、それならまぁ、仕方ないかなとか考えていると、

「これから、お菓子、作るの」

と言われ、何だかんだ言ってる内に家へお邪魔する流れになっていた。
でもまぁ、一期一会って言葉もあるし、貴重だし、それもいいか、なんて思ったりして。




ユキの作ったスコーンは、とても美味しかった。









滞在、4日目。
昼公演の休憩中、通りを歩いていくユキの姿が目に入った。
いつも通り片手に袋を下げていて、また買い物帰りかな、と思ったけれど、どうも様子がおかしかった。
そんなユキの手を引いているのが見知らぬ男達で、何となくいい感じのしない連中で、嫌がっているようにさえ見えるユキの顔。
遠目からだったので声は聞こえなかったけれど、気になって追いかけようとしたら団長に呼ばれた。
町の長が挨拶に来たそうで、顔だけでも見せろということだった。
しかしどうしても気になったので、無礼を承知で挨拶だけ済ませた後、ユキらの行った方向へと足を運ぶ。

そこにはもう、ユキも男達の姿もなかった。



町から少し離れた廃屋に、ユキ達は居た。

ユキの悲鳴が聞こえる。
扉は開かない。
男達の笑う声が聞こえる。
扉を蹴破る。
…何かを囲み抑えつけるような男達の姿と、その隙間から除く小さな足。



―――ぷつり。



その音が聞こえた瞬間、俺は男の一人を掴み、引き摺り、顔を殴り飛ばしていた。



一撃で意識の沈んだその男を地面へ叩きつけて、2人目。
その足の骨を砕いて、3人目。
その手首を折って、4人目。
5人目。
6人目。

地面に転がったユキは、殆ど裸になって気を失っていた。
頬に、叩かれた痕。
その時点で、いや、最初廃屋へ来て彼らの姿を目にした時からかも知れない。
…俺は、男達がユキに何をしようとしていたかを、容易に理解した。
――――容赦をすることも、思いつかなかった。

殴った。
蹴った。
折った。
殺した。

全員、殺した。

何の感情も湧かなかった。
「宙を舞う魂を捕まえて」、そのまま踏み潰した。

…ゴミが居なくなった。それぐらいのものだった。




前を破られたユキの服を、気絶したユキに上からかけ、抱き上げて廃屋を後にした。
返り血塗れだったから、騒ぎにならないように人通りのない道を隠れて移動した。
何とか無事にユキの家へ辿り着いたものの、誰かに見られた確率もあるのではないかと思って、とりあえずは団に連絡を取った。
―子供にせがまれて、手が離せないからすまないが代役を立ててほしい、と。
元々お人よしで知られる身だったから、怪しまれることはないだろう―――少なくとも、時が来るまでは。

電話を切った直後、偶然にもお兄さんの一人が帰って来た。早帰り日だったそうで、少し抵抗があったが正直に理由を話し、家に入れてもらった。
眼鏡をかけた上のお兄さんは暗い翳を顔に宿していたが、やがて「有難う」「あまり気にするな」と言ってくれた。
…自分の大事な身内が、知りもしない男達に犯されかけたのだ。……無理もなかった。寧ろ、よく我慢出来るなとさえ思った。感心どころではなかった。

…そして、自分の見解は外れていなかった。
数時間後には、外の声が屋内にまで届くくらいの大騒ぎになっていた。
姿を見られていたのかもしれない。…これからどうしようか。
そんなことを考えながら、ユキが目を覚ますのを待っていた。

隣の部屋から、最後に帰って来たもう一人のお兄さんの大声が聞こえてくる。
お兄さん達は、揉めているようだった。
…それはつまり、それほどまでにユキを愛していることの証明か。


その声に起こされるようにユキが起きて、2階からリビングまで下りてきたものの―――大方予想通り、男に怯えるようになっていた。
身内も、きっと俺に対してもそれは例外じゃない。
何となく覚悟はしていたので、俺はユキに触れることなく、少し離れたところから偽りを吐いた。
事実を教える勇気など、あるわけもなかった。
そして、その上で俺は団のトラブルという嘘を名目に、帰れなくなったことを告げた。
すると、ユキは触れてこそこないものの、俺を匿うと言い出してきた。
これには正直驚きを隠せなかった。男が駄目になったというのに、俺が家に居てもいいという。
妙な矛盾を感じつつも―――どうしようもないので、お兄さん方の許可も貰ってその言葉に甘えることにした。

…それから暫く、ユキに今まで見てきたもの、聞いたものを話して聞かせる日々が続いた。
その一つ一つを、ユキは楽しそうに聞いてくれた。
無表情から生まれる笑顔は、いつしか俺の生きる糧になっていたのかもしれない。
俺はその為に、必死で喜楽の仮面を被り続けた。




…気付けば、目の前でユキは泣いていた。
何が起きたか、瞬時には理解できなかった。
ただ、その表情と不意に聞こえた「ごめんなさい」の一言に耐え切れず、夢中でユキを抱き締めていた。
…そうして、分かった。
俺は―――――あの笑顔を、護りたかったんだ。

…それから、数か月。
歯車が、逆流を始めた。









人が一人、死んだ。
4日空いて、また一人死んだ。
一週間空いて、また一人死んだ。
2日空いて、3人死んだ。
更に翌日は、近くの町で2人、死んだ。

サーカスは、あの後すぐに町を離れて行った。
罪人の道化を、独り残して。
元々公演スケジュールもあったし、いざと言う時代理になる道化師もいたのだ。分かっていたことだった。

俺は家事を手伝い、いつの間にか居候が定着していた。
本当はすぐにでも離れようと思った。だけど、ユキが泣いて放してくれなかったのだ。
諦めがついた頃、今度はユキが家を空けることが多くなった。
ついていこうとしても、気が付いたら居ないということが常だった。

…時を同じくして、不定期な連続殺人事件が起こるようになった。


誰も、何も言わない。
ユキはいつだって笑顔だ。
誰も、町の異常に触れようとしない。
どうしてか、簡単に予想はついた。
―これは、隠匿だ。
「弟」が、人殺しをしている事実の。
元々、ユキを壊滅的に愛しているお兄さん達だったから、当然と言えば当然だったけど。
だが、理解できないのはユキの凶行だ。
ユキに何が起きてこうなったのか、何度考えても分からなかった。

確証はないけれど、ユキに一度それとなく注意を促してみた。
すると、ユキはあっさりと自分の罪を肯定した。
はっきりとやめるように言った。
ユキは、笑顔を見せた。


「僕の大事な道化師さんを追い詰めた人達を、どうして殺しちゃいけないの?」


…そして、そう、聞かれた。





何時しか人々は言い出した。
殺人犯には悪魔が憑いているんだ。
言い出したのは、町の聖人…教会の神父だった。
見えない脅威に怯えた町の人間達は、あっという間にそれを信じた。

それは、偶然だったのかもしれない。
あるいは、神の導きだったのかもしれない。
人の力か、運命の悪戯か。

――――ユキが人殺しに手を染めたのが、他人に知れた。




警官が、すぐさま家に押し入った。
お兄さん達は、俺とユキを逃がし、共犯として投獄された。
俺は、ユキを連れて大騒ぎの街を駆け抜けた。
殺人犯が、2人。
町の人間は益々騒ぎ立てた。

ユキを助けた理由は、3つ。
これまでの恩と、ユキを殺人犯にしてしまった罪滅ぼし。…そして、ユキを逃がしたいと思う、心。

町を出て、ユキをかつての廃屋―――忌々しい記憶の残る場所に駆け込むと、嫌がるユキを無理矢理中に閉じ込め、俺は町へと引き返した。
悪魔だと決めつけられている以上、どうあっても無事では済まない。普通に逮捕されるより、酷い扱いを受けるかもしれない。
悪魔と言う存在を大半の人間が信じるこの世界においては、悪魔憑きされたと判断されるのが一番危険なのだ。
何があっても、ユキだけは渡さない。
どうせ一度、罪を背負った身だ。
それに――――――――――――…。



町の外まで追跡してきた警官の銃口が、一斉に俺の方へと向く。
大丈夫、怖くない。
だって、俺は道化師だから。
皆を笑わせるなら、いつも笑ってなくちゃ。
生きていれば、笑うことも出来る。
だから、君は生きて。
生きて、幸せに笑ってくれれば、それでいい。






やがて劈くような銃声が響いた時、







―俺は、「手だけを真っ赤に染めて」立ち尽くしていた。










「………………………………ゆ、き…………………………………?」









力なく、寄り掛かってくる小さな身体が、赤く染まって笑っていた。
そして、何かを呟いたのち…そのまま、崩れ落ちた。


目の前で、ユキは撃たれて死んだ。
罪人の道化を庇って…運命に踊らされたマリオネットは、糸を切られて、死んだ。


それだけでもう、何も見えなくなってしまった。


湧き上がる憎悪の黒が、俺を再び狂気へと駆り立てる。
その場でまず全員殺し、ユキを抱いてゆっくり町へ歩いて戻り、そこに居た人間を一人残らず皆殺しにした。

ごめんね。
本当は、君達を好きなままの俺でいたかった。
皆を笑顔に出来るままの道化でいたかったよ。
だけど、それももう叶わないみたいだ―――でも、いいだろ?
だって君達が、俺の大事なユキを、殺したんだ。

…いいや、違うな。
知ってるよ。これがただの八つ当たりだって。
本当にユキを殺したのは、俺だ。俺なんだ。
だけど、運命に翻弄された挙句のこんな、こんな理不尽な茶番を受け入れられるほど、俺は大人じゃないんだ。


唯一生かしたお兄さん達には、ありのままを話してユキの亡骸を見せた。
片方は、俺をこれでもかと言うほどに責めた。

どうして。
どうして、ユキが死んでお前が生きているんだと。
泣き崩れるまでユキを返せと、言っていた。

もう片方は、何も言わず…ただ、眠るユキの髪を優しく撫でていた。

…ごめんね。
本当は、俺だって死んでしまいたいよ。
だけど、俺は死ねないんだ。
どれだけ死にたくても、死ねないんだよ。

だって…本当は。元々生きてなんかいないんだから。


目を丸くする2人に、俺は持っていた「鳥籠」を見せた。
その中でふわふわと飛んでいるのは、あらかじめ一般の人間にも見えるように細工した1つの魂。
…追手を殺した時、俺の周りを「遊んで」とばかりに飛びまわっていた、ユキの魂。
籠に入れられても、それは大人しいものだった。




―かつて、俺の正体を知って尚、興味津々とばかりに興奮し、今も共にある、一人の存在に言われたことがある。
『君はまるで、死神のようだね』と。
確かに、似たようなものかもしれない。
皆死んでしまった。
ユキも、町の人間達も。
…そして、今目の前にいる2人も、きっとこれから。

会わせてあげる。
ユキに、会わせてあげるよ。
それが、死ぬことに出来ない俺が、唯一君達の為にしてあげられることだから。

俺は2人にある「取引」を持ちかけ、
…そして2人は、やはり「死」を選んだ。









ユキと暮らした町は、思い出の中だけの景色になった。









「道化師さん、ユキ、えらい?」
「うん。偉い、ユキ」

「魂狩り」という"演目"を終えて戻ってきたマリオネットを、道化師は優しく抱き締める。

隣で、宙に浮く兎が「キシャァァァ」と声を上げて威嚇してきた。
…と思えば、その後ろからやはり宙に浮く猫が、体当たりで兎を撥ね飛ばした。

そのままドタバタと争い始めるアニマル達。

困るマリオネット。

そしてそんなマリオネットを、手繰り寄せてキスを落とす道化師。


―それだけで、たちまちマリオネットは笑顔に変わる。

それと共に、道化師が指をぱちんと鳴らすと、兎だけが突如降って湧いた檻に閉じ込められた。
凶暴な兎は道化師へと牙を向き暴れ始めるも、やがて出られずにそのまま力尽きた。



「…さて、と。それじゃユキ、皆で出掛けようか」
「お出かけ?」
「そう。…勿論、ジンとカイも一緒にね」
「"お兄ちゃん"達、一緒?」
「うん。特にカイは、放っといたら淋しくて死んじゃいそうだからね」
「うん」



―――そう。
2匹のアニマルは、ユキの2人の兄達だった。
最期の日に持ちかけた道化師の「取引」。
…それは、「今の体を捨て、新たな地――――この道化領域で生きられる肉体へ魂を移し替える」。
「魂の支配者」たる『人外道化』日向にのみ為せる芸当だった。
ユキを「屍体」としてこの空間に蘇生・再召喚し、己の「人形」に仕立てた上ではそれが限界だった。
…生前の姿を永遠に保つように蘇生を行うのは、日向でさえそれほどまでに困難なことで、常人やそこらの異形には蘇生の実現すら不可能に近い。
それでも、道化師はマリオネットを取り戻したかった。
純粋に、愛したユキのまま己の傍に居てほしかった。
姿も心も、14年と言う歳月の中培った莫大な量の記憶まで、全部全部、在りし日のままで。

そして、2人はその条件を肯定した。
肉体を捨てても、ユキの傍に居ることを選んだ。
もしかすると、ユキがおかしくなった発端―――あの事件に気付けなかった、兄としての負い目もあるのかもしれない。
それは、最早当人達にしか分からないし聞くこともしないけれど。

「何処に、行くの?」
「「カルコサ」の方から招待されててね。偶には顔出した方がいいかなーっとか思ってさ。…給仕女にも、189年くらい全く連絡取ってないし」

嬉しそうに、目を輝かせる人形と手を繋ぎ、人形に潰された魂を嗤うようにその場を後にする。
2人のアニマルと…もう一人、緋い第3者を背後に連れて、

そして、「正しき舞台」に立つ。







―世界の糸を握る、"傍観者"の一人として。











「この世界を動かす糸の先には誰がいたかって?さて誰でしょう」










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ろりとリンクした道化師さんのお話でした

Kさんのお言葉に甘えて好き勝手し過ぎた。反省はしているが後悔はしていなi(撲殺



ろりがろり姦されかけた時、道化師さんがろりをすぐに発見できたこと、即座にその場に辿り着けたのは彼の正体あっての奇跡です。
勿論、踏み潰せるのもそれが見える立場だったからです。
因みに鳥籠は特別製です。でなきゃすり抜けちゃうもの。

ろりが領域に迎えられた正確な時間軸は表記されていません。
もしかしたら来てすぐかもしれないし、もしかしたら200年とか経ってるかも知れません。
知らぬが仏。

ろりが本当に悪魔に憑かれていたのかどうかも、
憑いてたかもしれないし、そうではないかもしれません。



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