The clown who chose the future of desire

 




 「……また変な客が何人か入ってきやがったな……」
 気味の悪いホテル、グレゴリーハウス。
 いつの間にかそこに迷い込んでしまった俺は、廊下からそっとロビーの様子を伺っていた。
 ロビーには蝋燭を頭に被り包丁を肩に担いだ料理人がホテルの管理人と雑談をしている。
 つい先日、素性の知れないおちゃらけた骸骨野郎に白い発光体―――――奴が言うには彷徨えるタマシイというらしいが、そんな非科学的なモンだと信じたくない―――――を預けて目を覚ますと、この料理人以外にも、見知らぬ奴が何人か我が物顔でホテルの中をうろつき回っていた。
 そして、新しく顔を見せた奴ら全員に共通しているのは、やはり白い塊をふよふよ周囲に浮かせている事だった。
 まぁ、そうでないと骸骨野郎との取引に必要な数が集まらねーから、好都合といえば好都合なんだけれどな。
 とりあえず、あいつからはどうやって塊をぶん盗ろうか……。
 ぽんっ。
 「!?」
 そう考えていた時だった。いきなり何かが肩に触れてきて思わず反射的に振り返ると、そこには真っ黒い仮面の笑みが浮かんでいた。
 「やっほーゲスト君。なーにしてんのー?」
 妙に間延びした口調は、全身真っ黒の衣装が与える不気味さからは全く予想できない軽さを内包していた。
 「……んだよ、テメーも頭のイカれた住人か?」
 「んー、住人なのは否定しないけどー、頭イカれたって酷くなーい?」
 大分酷評をしたつもりなのだが、冗談としてしか受け取っていないのか、そのペースは全く崩れずケラケラと笑った。その反応に、やっぱりどいつもこいつも同じ穴の貉か、と判断した。
 「オレは黒の道化師。大抵皆には道化師、って呼ばれるけど、堅苦しく考えずにくろくろとかそんな感じで呼んでもいーよー」
 言われてみれば、そいつが着ているだぶだぶの服は、ピエロとかの制服だ。派手な模様じゃなくて黒一色だから気が付かなかった。
 「なんだよそれ、いくら何でも適当すぎんだろーが」
 「そうかなー? 何かあだ名みたいで親近感湧かないー?」
 「どうでもいい。つかお前なんかお前で充分だろ」
 「そっかー、残念ー」
 俺の言葉に項垂れる道化師は、本当に落ち込んでいるのか演技なのか分からなかった。そこらのクラスメイトみたいな話を持ち込んでくるのに、異様な外見をしている。そのギャップが、こいつへの正常な判断を妨げた。
 それよりも、と俺はちらりと道化師から視線を少しだけ外す。
 やはりこいつも例に漏れず、塊を持っていた。
 「言っておくけど、タマシイはあげないよ」
 顔には出さずに、どうやったら面倒事に巻き込まれずに考えていたら、道化師はまるで心を読んだかのように鋭く言い放った。口調こそ変わっていないものの、その声音からは先程の軽薄さは微塵も感じない。
 「他の皆だと、盗れるものなら盗ってみろーあはははー、な感じだけれど……。生憎オレの持っているタマシイは特別なものでね、早々他人に渡すワケにはいかないんだ。ましてや死神になんか持っていかれたら……オレも本気で怒るよ」
 「……っ」
 仮面の奥の目つきも、雰囲気も一瞬でどこか変わったように思えた。他の住人共にはワケが分からないと思いながら接触してきていたが、今のこいつからは何か、底の知れない恐怖や威圧を肌で感じて悪態どころか言葉も出てこない。
 「……ま、安心しなよ。君がいい子にしてたら、オレはなーんにも危害を加えたりはしないからさー。タマシイ集め、頑張ってねー」
 ふと緊張感が緩んだと思ったら、また元の茶目っ気のある雰囲気に戻り、言いたい事だけ言うとこの場を立ち去っていった。何故か塊も、他の奴らと違ってぴったり寄り添うようについていった。まるで、好きで道化師と行動を共にしているかのように。
 ここまで来て厄介な存在が現れた事に冷や汗を覚えた俺だったが、一端情報を整理する為に、自室へと戻った。
 まず道化師は、あの塊は特別だから渡せないと言っていた。今までに会ったどんな住人よりも得体の知れない奴とはあまり関わりたくないが、普通の塊を死神の所に持っていくよりも、価値があるかもしれない。どの道、ホテルに迷い込んだ塊は回収しなくてはいけないのだから、絶対手に入れないと。
 もしかしたら特別と言うぐらいだから、あの塊を渡すだけで死神は俺を現実の世界に返してくれるかもしれない。そう考えると、道化師の塊を盗むのは早い方がいい。さっさとこんな気持ち悪いホテルからおさらばしたかった。
 情報を集めようかとも思ったが……いや、そんな悠長な事をしている暇はない。早く行動に移りたかった。
 となるとあれだ。前に頭に刃物が刺さった親子の時の様に、寝ている隙に部屋にこっそり入って塊を盗む方法が一番手っ取り早いだろう。
 俺は考えをまとめると、部屋を出てその道化師の寝泊り先を見つけ出そうとした。
 すると、道中にすれ違ったのは管理人ことクソ鼠のグレゴリーだった。ちょうどいいと思い、俺はクソ鼠から、道化師の事について聞いた。
 「ああ、黒の道化師ですか……。彼はピエロを生業としていまして、いつもホテルの子供達やゲストを喜ばせようと様々な芸を見せていますよ。しかしお客様、いつも笑っている彼の仮面の下には、ちゃーんと感情があるので御座います。うっかり怒らせようものなら……ヒッヒッヒッ」
 それだけ言うと、奴は忙しいのを理由にすぐに去って行ってしまった。
 「なんだよ、笑ってごまかすんじゃねーよ老いぼれが」
 舌打ちと共に1つ愚痴を零すと、俺はホテル中を散策した。
 すると、とある部屋から道化の声が聞こえ、ここだと確信した俺は一端中を覗いてみる。
 「………うーん……もうちょっとで……完成……」
 何か作業の跡が残っている机がまず目に飛び込んできたが、視界をそこから少しずらすと、寝言を呟いて無防備に眠っている道化師と、すぐ隣の箪笥の上で瓶の中に入って大人しくしている塊が確認できた。
 今が絶好のチャンスだ! 逸る心臓を片手で押さえながら、俺はそっと部屋に忍び込んだ。
 忍び足で近づき、瓶の塊に手を伸ばす。道化師の方をその時少し見てしまったが、廊下から覗き見した時と変わらず爆睡している。
 瓶に何事もなく触れ、何事もなくその喜びに浸り、何事もなく扉への一歩を踏み出した。



















 瞬間、世界が反転した。
















 「なっ、な、なんだ……!?」
 そこは最早、見慣れたホテルの部屋の中ではなく、何かの舞台の上だった。
 そしてすぐ目の前にいたのは、絶対的な闇を纏う道化師。
 「……オレは確かに言ったぜ、いい子だったら危害は加えないと。だからつまりイコールな……」
 項垂れているし仮面もあるから表情は分からない。だが、これだけは確実に理解した。
 
 「悪い子だったら、【練習中の芸の実験台にされても演目の手元が狂っても永遠の黒が待っていようとも】―――――文句なんか、言わせない」

 顔をあげた道化師からは――――――呼吸が止まりそうになる程の殺気と、憤怒が迸るのを。
 最後で最期の道化師の言葉が俺の鼓膜を震わせた瞬間、世界は反転ではなく暗転した。








 「悲鳴すらもあがらない程すぐだったか……まぁいい。オレに加虐趣味はないからな」
 どしゃり。崩れ落ちた【死体】から上るタマシイを一欠片も残らない様握り潰し、道化師は呟いた。
 そして、傍らに落ちた瓶を大切そうに拾うと、彼は机に向かい、引出しからある物を取り出す。
 瓶をすぐ隣に置き、作りかけのそれを机に乗せると、綿密で緻密な作業を加えて徐々に完成形へと近づけていく。
 そして、夜も更けた頃――――――それは出来上がり、傍らのタマシイは嬉しそうに瓶から出るとその中へと入った。
 道化が愛おしそうに見守る中――――それは、【人形】はふるふると長い睫を震わせ海色の瞳を覗かせる。

 「道化師さん……ありがとう……」
 
 にこり、と。正に造形美の頂点であるかの様な、優しく柔らかい笑みが人形に湛えられる。
 「……ごめん、怖い思いをさせちゃって……。釘も刺したし今夜は大丈夫だろうって、安心したオレが馬鹿だった……」
 その笑顔に見惚れるものの、すぐに道化師の顔は暗くなる。
 「ううん……、道化師さんは悪くないの。だって、僕の【悲鳴】にすぐに気が付いてくれたから……」
 「そんな、それは君の【恋人】として当たり前だよ!」
 「……そうかもしれないけれど……でも、駄目?」
 「ん……駄目、じゃないけど……」
 小首を傾げる可愛らしい姿に、道化師の心の臓は跳ね上がり、看破される。
 「それに……道化師さんの、苦しそうな顔は、見たくないの……。悪いのは、全部あの人だから……道化師さんが、あんな人が原因で嫌な思いをするのが、一番嫌なの……」
 「……doll」
 青いレースをふんだんに使用したドレスを纏う人形―――dollの名を、道化師はそっと呟いた。
 「僕がタマシイになってたのだって、時間がたって少しボディがおかしくなっちゃった僕の為に、道化師さんは懸命に新しい体を作ってくれたんでしょう? 1つ1つ、丁寧に……全部のパーツに熱い視線がかかってたの、僕気づいてたよ。今夜だって、最後の微調整にとりかかっていて、いつもにまして繊細な作業だから、夜にやらないで朝にやろうって……。夜に僕を起こしても、道化師さんが寝ちゃうと僕に悪いからって、道化師さんの優しさが僕の全部を作ってくれてたの。だから僕は道化師さんの事全部、知っているからね……」
 「……すごいや。やっぱり君はすごいよ、doll」
 dollへの感嘆の言葉が漏れ出た道化師に、dollは聞く。
 「じゃあdoll、偉い?」
 「もっちろん! dollはオレの……最高の【マリオネット】だよ!」
 「良かったぁ……。僕、道化師さんのお役に立てるのが一番好き……」
 無邪気に抱きついてくるdollに、道化師もまた、抱きしめ返す。
 「体はどうだい? なんか変な所とか、なーい?」
 「ないよ、すごく軽やかに動いて、前よりずっと調子がいいの」
 「そっか。ちゃんと定期的にお手入れすれば、本当にずうーっと使えるかもしれないねー」
 「……道化師、さん」
 「ん? なーにdoll?」
 「その……今夜から、一緒のベットで【寝たい】の……。駄目?」
 「! うん、いいよ!」
 「……ありがとう、嬉しい……」
 1もなく2もなく頷く道化師に、dollは微笑みを返す。
 
 愛する道化にその糸を動かされ、マリオネットは至福を感じる。
 道化もまた、そんな献身的なマリオネットを愛しているのだ。
 
 だから彼らは、どちらからと言うワケでもなくキスをした。







――――――――――――――――――――――――――――――――――



道化ろりは本当に心底幸せになってくれ。

Kさんの仰ってたとおり。2人は僕の生活の供給源なわけでして。
もうないと私は干からびた死体になります。それくらいの規模の好き。
見守ってあげたくなるよね!もうね!
日々色々ありますが、是非ハッピーエンドで是非お願いします。


というわけでこの小説戴いた時ほぼ瞬間的に吐血しました。
Kさん、本当に有難う。改めて結婚してください。末永く宜しくお願いします。


零真蛍鬼様有難う御座いました!









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