Today's enemy was tomorrow's lover.



さて、今日も復讐の準備は万端だ。俺は真夜中に研いだ包丁を灯りに当て、その具合を確かめる。よく研磨された刃は鈍く光り、獲物を狩るのには最適な切れ味を俺に見せつけてくれていた。ああ相棒、俺もだよ。早くあいつを切りたいんだ。切って煮て詰めてバラバラにしてやりたい。簡単に死なせたりなんかしない、飛びっきりの生き地獄を味あわせてやるんだ。
 あの時受けた屈辱、恥辱、汚辱を倍の倍の倍くらいにしてやらなくては気が済まない。なんせこっちは、取り返しの付かない唯一無二の代物を奪われてしまったのだから。
 得物を担ぎ部屋を出て、奴の元へと向かう。扉の鍵穴から室内を覗けば、無防備にも奴は仰向けで深く寝入っている。ッハ、いつもとは違う時間帯を選んだのはやはり正解だった様だ。昼間に奇襲がなくて安心しきっていたか? 残念、今から文字通りの地獄に叩き落としてやるから覚悟しろよな。
 これだけ古びたホテルだ、鍵なんて針金一本で開けられる。物音を立てない様にそっと忍び寄り不法侵入、眼下に見据え、足の間に固定した奴の上体はまだ起きる気配がない。そうだ、お前は俺の下が誰よりもお似合いだよ。そのまま碌に抵抗出来ないで、計画通りに死にやがれ!!
 身の丈程のくじら包丁を振りかぶり、力一杯奴の胸に向かって叩きつけた―――――。
 「……boy」
 「ッ!?」
 呼ばれたその名に、今の俺を差す名に心の臓が一瞬だけ止まり、思わず刃まで一緒に止めてしまった。
 だがその一瞬が致命傷になるのは、今までの戦闘でも経験済みだ。経験済みだがしかし、人間のこの身はそんな突発的な事態に弱い。常に冷静沈着、決して心動かない強固な意志を持つ異形とはここで天と地程の差が出てしまうのだ。
 「う、あ゛ッ!? ……ぐっ、げぼ、がっ……!」
 背中に走った衝撃と痛み、奴の膝小僧の固い感触。噎せた隙に悠々と手首を掴まれ包丁は手放され、勢いよく身体が反転しベッドに組み伏せられた。頭上で両手首がまとめて捕まえられ、俺が下で奴が上。数瞬前とは真逆の位置に格付けし直された。ちく、しょう……!
 「甘いな、甘い……。夜這いをお前の方から仕掛けてくるなんて、俺は嬉しい……」
 「ッ、そんなんじゃねぇよ! 馬鹿か!」
 うっとりと陶酔し、夢見る乙女の様な顔をする憎き野郎を思い切り罵倒する。けれど、このババロア頭に俺の予想の範囲内の返答が帰ってくるはずもなく。
 「そうか……? 少なくとも、今日はもう来てくれないという俺の被害妄想を、お前は見事に打ち破ってくれた……。お前は馬鹿ではない。寧ろ俺がboy馬鹿なのだ」
 「自虐じゃねぇし馬鹿の意味が違ぇよ馬鹿馬鹿!!」
 「ああ……馬鹿としか言われない……。他の連中には阿保とも間抜けとも罵られたのに……やはりお前は優しいな……」
 「ネガティブ過ぎてポジティブになってんぞこの馬鹿料理長!? 頭大丈夫か、いや駄目か、駄目なんだなうん……。 って、んな事よりッ……」
 妙に気の抜けるばかげた雰囲気をぶち壊す為に言葉を一端区切って、息を吸い込む。片方の丸っこい瞳だけで奴を睨みつけて、唾が飛ぶぐらいの大音量で叫んだ。
 
 「俺の【顔面半分】を返しやがれ、馬鹿野郎ッ!!」

 ガーゼで覆われた、五分分けの髪の生え際から顎までの左半分。医療用テープで固定されたその奥には、爛れた筋肉と眼球のない眼窩が鎮座している。当然こんな外見にしやがったのはこの料理長・地獄のシェフで、初対面の時にタマシイを奪おうとして奇襲をかけたらあっけなく返り討ちにされた。厨房で熱した鍋底を顔に当てられ、皮膚や瞼や眼球が焼き尽くされたあの痛みは今でも時折、悪夢という形で顕現する。
 「……何故だ? 今のアンシンメトリーの方が……ずっと可愛くて、綺麗だ……」
 「テメェの感性なんぞ知るか、それ以前に狂っていやがるぜ」
 首を傾げる奴に対し吐き捨てる様にそう言って、何とか力ずくで拘束から抜けようとするが……チッ、どういう事だ? そこまで強く握りしめられている風でもないのに、解けない……!
 「狂っている……? それは、俺に対してじゃない。お前自身への褒め言葉だろう……?」
 「は? 何言っ、て……」
 紅い、朱い、血色の瞳がぐっと迫ってきて、半分の視界一杯に広がる。赤で満たされた視界、見慣れた日常の色……。そういえば。親父にいつも殴られて、暴力沙汰ばかり繰り返して、いつもこの色を纏う俺は……。
 鏡に映った自分を見て、確かに笑っていた。
 あの赤は本当に、獲物を狩った際に浴びた返り血だっただろうか?
 「っ……?」
 心臓の鼓動が一泊激しく唸ったと思ったら、途端に共鳴するかの様に顔面左側に痛みが走った。不快で危険を知らせるシグナルに対して、口の端は……上がっていた。どうして?
 「可哀想で、可愛い……俺のboy」
 俺を見下ろす奴の口角もまた、歪に吊り上っていて。
 「誰よりも相手を容赦なく傷つけたくて、自分が強いと思わせたいのに……本当は誰よりも傷つけられたくて、自分の弱さに気が付けない……。俺とおんなじで、矛盾しきってどうしようもないどうにもならない……お腹を空かせた欲求不満の子供……現実という玩具に適応しすぎて飽いた、幼く単純な少年……」
 そんなんだから愛おしくなってしまうんだと続けて、奴は蕩ける様な笑みを作って俺の半分になった唇を軽く噛んだ。
 嫌だ、止めろ。んな柔らかく生温かいモンは嫌いだ。微温湯みたいなくすぐったくなる様な接吻なんざ吐き気がする。どうせするなら、あん時みたいに激しいコトに及びやがれ。
 「次は……どこがいい? こうする事でしか他人と繋がれない、寂しがり屋なお前……」
 「……ッハ、クソが」
 今度ばかりは奴だけを嘲笑ったんじゃない。面倒くさくて馬鹿で狂った、似た者同士に向けたんだ。
 「……思いっきり、痛くしろ」
 痛みは今俺がいる証、此処に生きている印。あの日のそれは、とびっきり一等苦しかったから。
 その苦しみを刻まれた怒りと憎悪が、明日の俺の原動力。怒りの炎を頭上に灯して活動するシェフと、まるで同じだ。
 「……嗚呼。仰せのままに、お姫様」
 「早くしやがれ、馬鹿……」
 甘い吐息が顔にかかる。思わず返した言葉にも、妙な熱と恥ずかしさが込められていた。
 まぁ、そんな気味の悪い感情なんぞ、直後の激痛ですぐさまぶっ飛んだんだがな!
 

 ……そうして一夜を共にした馬鹿2人が、朝を迎えたらバカップルになっちまうってのは……まぁ、変な話なんだが。
 それでも俺にとって奴は欠かせねぇ存在だし、奴も俺と恋仲である事を公言し始めた。
 甘みばかりではない、望み掴んだ七難八苦が大半を占めるこんな俺達2人はまぁ異常だろうな、異形だろうな。
 けれど……いーんだよ、コレで。此処は苦痛に塗れた奴らの吹き溜まり、グレゴリーハウスだぜ? まともな恋なんぞ現実でやれこのリア充共が。
 「boy……愛している」
 「へーへー。……俺もだ、バーカ」
 ……あれ、これもしかして、俺の想っている予想以上に両想いなのか?
 「当たり前だろう? 何を今更。飴が多ければ多い程、鞭も多いからな。……今夜あたり、期待していてくれ……」
 「……そいつぁ楽しみだな」
 まぁ……苦しくて苦くて甘くて砂糖吐きそうなこの関係でも、虚しくて何もないのより、ずっとマシだ。
 さっさと俺の腹を満たしてくれよ、期待しているぜ?

 「シェフ」
 
 呼ばれたその名に嬉しくなったのか、啄む様にして口を合わせた。















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今年も普通にリクエストして戴いてきましたKさんのしぇふぼい。
Kさんのしぇふぼい(2回)

普段はうちのやんでれってことで、シェフ←限りないシェフ廃のboyを書いてもらってるんですが今年は逆にシェフ→boyなわけでして、丁度そういうのもいいよね〜って思ってた時期にくださるとかKさんまじKさん。千里眼。すき。

ちょっと電波じみたシェフもおいしいですね。
うちの電波は相変わらず妖精さん追いかけてるけど。(タクシー)
何より原作に忠実に書けるっていうのが僕にとっては最大に足りないスキルでどうしようもないのでそろそろKさんに弟子入りしたいです。ゲームプレイしてるの横から見たいです。そしたら何か変わりますかね(顔覆い)

Kさんの描かれるキャラはシェフさんも道化師さんもヤンデレタクシーさんもオリジナル光君も皆愛しいです。永遠Kさんの現役ファンなので次の更新楽しみにしてます(フラグ)

Kさんお祝い有難う、これからもstkさせてね(逮捕)



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