無題
2014/10/17 06:45



生を受けてたったの10年で死んで黄泉に落ちた。
それが人生の全部やった。



家族のことを好きと思ったことは、一度もない。
物心がついた頃、ワイにはもう妹がおって、両親は揃って妹を可愛がっとった。
ワイはきっと、家族に愛されたことのない類なんやと思う。

だからこそか、大して裕福でもない家庭が貧困に陥った時、真っ先に投げ出されたのはワイやった。



非合法的に売り飛ばされて、沢山痛い目に遭った。
散々甚振られ詰られて、傷付いて。助けてくれる奴なんぞ勿論おらん。
ワイを売った家族はきっと今頃、手に入れた金で仲良くやっとるんやろう。
勝手に想像した顔つきは大層現実的で憎くて恨みがましくて、殺してやりたいとさえ願い乞うて。
それが多分、今の現状に繋がったのかもしれないとは思う。


傷つき飢えた果てに死を経験した身体は、その後でさえこんな風に、鎖に繋がれて。




「さぁさぁ皆様お立合い!地獄街奴隷売買オークション、本日の目玉商品はなんと現世から来た人間の子だ!幾らの値を付ける!!!」


墜ちた先は当然のように実在した地獄の街で。
鬼や異形の者が集う中、ワイはその見世物で引っ張り出された。
結局、現世もあの世も同じやったんやなぁなんて、状況とは真逆にのんびりと落ち着いた思考がそう言う。


「500円!」
「1000円!」
「いやいや3000円!」
「6000円!」
「1万!!」
「4万円!!」
「12万!!!」


客共が挙って競り合う声がする。
なんでもええけど、売られたらせめてめし食わせてくれるんやろな?
飢え死にした上で今もまだ食にありつけてないから、そんなことばかり考える。
なんもなかったらワイ、今度こそ暴れるで?
ぼんやりと宙を眺めながら、ハンバーグだのサラダだのステーキだのを思い浮かべていると、視界の片隅に何かが映った。



狸だ。
それも普通の狸よりも小さい。子狸か?
そんなとこおったら食われんぞ。あ、たぬきそば食いたい。
寧ろワイが食いたくなってきた、狸。



(……あれ?)






一度目瞬きしてみると、狸はもう居なかった。
…空目したんかな。いやでも、確かにそこに居ったよな、狸。
視線を動かしてその姿を捜してみる。けれどその場所の、何処にも見当たらない。










「――――――――――――1億」







その時、妙に音の通る声でそんな額が提示された。
一億、一億?と周囲がざわめく。
……一億ぅ!?
いやワイにそんな価値ないやろ!なんの物好きやねん!
心の底で叫びながら視線を移すと、ニコニコと見るからに胡散臭い笑顔で手を上げる男の姿がそこにはあった。

180ほどもあるかと言う、ワイよりも長身ですらっとした体躯。割合長めなつやつや黒髪。どことなく優しそうな目。
ワイから見たら胡散臭く見えるんやろうけれど、その顔つきは普通の女子が喜んで食らいつきそうなほどに整っている。
優男風だが、中々にイケメン。どっかの富豪に居ってもおかしくない雰囲気を醸し出している。
金持ちの享楽か、それともまさか全国の腐女子とかいうのが盛り上がりそうなそっち側の奴なんか…あ、あかん吐きそう。




「じゅ、10億!!!」
負けじと鬼の爺さんが無茶苦茶な額を提示した。いやなんでそんなむきになってんねん自分。

「なら、20億で手を打とうか」
しかし余裕と言わんばかりに先のイケメンは更に上等な額を言ってのける。
これは……下手したら1000億とかでも普通に言い出しそうや。
ていうかほんまなんでそんな意地になって張り合っとんねんお前ら。子供か。

「う……」
「何なら言い値で買うよ、どうだい?オークションマスターさん」






爺さんが口をつぐんで項垂れる。
……結果的に、幾らで落札されたんかは、ワイには知らされんかった。なんでやねん。














***





重い足枷が外されて、今までの時間が長かったせいか、疲れ切った筈の身体はそれでもずっと軽い。
不本意ながら落札されてもうたワイは、当の落札者イケメンの後ろについてどこへとも知らず歩き続けている。

「……黙りっぱなしだね?もっと好きに喜んでいいのに」
「……」
「もしかして、怯えてるの?可愛いね」
「は、はっ!?」

何か今、よくない単語が耳をよぎった気がする。顔近い近い近い。なんやこいつ、冗談抜きにそっち側の人間ってやつか!?

「焦り顔」
「っ」
「あは、面白い。冗談だよ」

けらけら笑ってイケメンは無駄に整った顔をワイから離した。

「俺にそっちのケはないよ」
「……当たり前、やろ」
「そうかな。現世にはいるんでしょ?そういう人間も」
「聞いたことはあるけど、実際に会うたことはないな」
「ふぅん?まぁいいや、着いたよ」
「…へっ?」

言われて顔を上げると、そこは廃れたどこかの駅だった。



「地獄発、極楽浄土逝き夜行列車。停車駅は閻魔庁駅前、常世黄泉通駅、三途川賽河原駅、その他諸々。簡単に言えば天国と地獄を繋げる列車、その始点であり終点が此処、奈落手前駅」
「……列車、乗るんかいな」
「そりゃあ、俺は本来この奈落の住人ではないからね」
「じゃあ何しに来とったんやお前」
途中ちらちら見たけどほとんど何もなかったやんここ。

「時折遊びに来るんだよ。君も体験したろ?ああいうイベント行事も時々やってるしね」
「…日常なんかい」
「奴隷売買に限ったことではないけどね。人外武闘会みたいなのとか、あと稀にアイドルも来るよ」
「えぇ…」
「現世の娯楽と同じさ。テレビだってそういうバラエティがあるから面白いってみんな見るわけだし、そこにあえて参加しようってやつもいる。金が目当てであることが大抵だけどね」
「そりゃあ、人やってそうやろうけど」

まともにそれを見たのは数えるほどしかないけれど、何となくそういうものがあるのは知っている。
とはいっても、うちは貧困のど真ん中だった為、碌な生活はしていなかったからあまり思い出には残っていない。


「だろ?奈落の連中は余所と比べて血の気が多いのも大きな特徴だから、見世物に置いては中々だったりするんだよね」
「そんなナリでよう言うわ。今までよー骨折られんかったな」
「何事も知恵次第だよ」
何となく皮肉ってみると、イケメンはくすくすと笑って頭を指差す。なんか腹立つな。
「そんな顔するなよ。拗ねてるみたいだ」
「ちゃうわ。確かにワイあほやけど。アホやけど!」
終始イケメンのペースに乗せられてる感がするのは否定しない。
ワイあほやから、しゃあないねん。




受け取った切符で改札を抜けてホームに出ると、ほとんど人影はなかった。
精々向かい側のホームに骨のおっさん(?)がたっとるくらい。
とは言ってもここは始点で終点やっていうから、多分方向は同じなんやろうな。
どうでもええけど、終点の駅やのになんで2つもホームがあるもんなんやろな?

壁は傷だらけ。ひっそりと付いた窓には若干の皹。ところどころ落書きがあって、チラシは破けて半分釣り下がってる状態。
床に描かれていた白線と乗車口目印のマークは掠れ、黄色いタイルの半分以上が消失している。
いつの間にか、周囲には雪が降ってきていた。
奴隷専用の着物だったのかどうか、亡者宜しく逆重ねの白い着物一枚だと流石に冷えて身震いする。

「寒い?」
イケメンが着ていた羽織を貸してくれる。突っぱねようかとも思ったが、寒さには勝てんとばかりに受け取って着ていた。

「こんな駅、使うやつおるんか」
「居るじゃない、あそこにいるおじさんとか、俺みたいなのとか」
「……せやった」

たわいもない話をしていると、向こうの方から黄色い光が見えてきた。

「まもなく2番線のホームに、三途川賽河原駅方面、極楽浄土逝きの電車が参ります…ご乗車の方は白線の内側まで、お下がりください…」
「2番線に、電車が参ります…ご注意ください…」

列車のアナウンス。それから少しして現れたのは、ホームに不釣り合いなほどまともな列車。
イケメンについて乗り込むと、中は大分温かかった。

扉が閉まり、窓から外を見るとホームがだんだん遠ざかっていく。
やがて完全に駅が見えなくなり、辺りは気が生い茂る山の中へと姿を変えていった。

「こっちだよ」

後ろからイケメンの声が聞こえてきた。
それに誘われるようにして座席のある車両内に移動する。

「……あり?」

そこに座っていたのは、
180の長身男ではなく、160あるかないかと言った程度の青い着物の少年。

「え?あの気持ち悪いイケメンどこ行った?」
「気持ち悪くて悪かったね。此処にいるけど」
「へーそうかそうか…って、はい?」

納得しかけて踏みとどまり、いやいやと首を振る。そんなあほな。
身長もえらいちゃうし、髪の毛茶色いし、全然ちゃうやん。

「ふぅん。もしかしてこっちの姿の方が気に入ったの?」
「へっ」

ぽんと音がして、少年がイケメンに。
……いやまてまてまてまてまてまてまて!後ろ壁!顔近い!

「顔真っ赤」
「いや気持ち悪いのそこや!ちゅーか、どういうことやねん!?」
思考が追い付かずイケメンの顔を引き離して叫ぶ。
普通は列車で大声出したらいかんけど、生憎誰もおらんから気にせんことにする。
「なんで身長180台がいきなり20センチも縮むねん!!」
「決まってんだろ。俺が狢だからだよ」
「え、えっ」

懐から懐中時計を取り出して見せつけてくるイケメン。
「さて、今は何時でしょうか」
「え、えー、……午前3時、前やん」
「ご名答」

にぃっと笑うと、またぽんと音がして足元には小さな狸が居た。
「……え、あ、あー!お前、あんときの!」
『今更かよ』
「当たり前やろ!分かるかいな!」
『分かる奴は分かるようにできてる』

三度音がして、狸はまた少年の姿に変化した。
「いつもはこの姿だよ。人の方が何かと便利なんだ」
「お…おお…」
「ただ、オークションみたいなのは落札者になると顔を覚えられやすい。ましてあの爺さんはオークションの常連で、落札する以上は言い値で買うだなんて啖呵を切ることも全部想定済みだったからね。それには少々不都合性があるから姿を隠すんだ」
「そんなもんか…」
「そんなもんだよ。だから席座れよ」

少年になった狸…狢やっけか。はイケメンの時より少々荒っぽい口調でワイを呼んだ。
それに乗じるように席へ座る。

「まぁ、参加したのは軽い好奇心からだったけど。でもやるからには、勝たないとと思って」
「負けず嫌いやなぁ」
「それに奴隷なんてのも居たら便利かなぁって」
「…そういやワイ、あんさんの奴隷なんやった…」
「はははは」
唐突に事実を思い出してはっとなる。
狢の奴隷。狢の。

「…しかし残った問題は、これをどう【先生】に説明するかなんだけどな」
「…先生?」
「そ、うちの家の管理人で、お役所の偉い役人業を営んでる先生、に無断で参加しちゃったんだよね。流石にお前をこのままほっぽり出すわけにもいかないしどうにか説明できると良いんだけど」
「……あかんの?」
「先生は役人だから、奴隷が買われときながらまた捨てられて非行少年にでもなられたら先生が困るんだよ。だから何かしら考えるとは思うけど」
「へー…」
「ま、なるようにはなるだろ。厳しい人だけど同時に、わりと子供には寛大だったりするから」
「なんや、厳しいんか優しいんかよう分からんな」
「僕らがその役人業の手伝いで住み込んでるからこそだよ。お前のことがなくても仕事サボって遊んでる僕にはそれなりの対応をするんだろうけど」
「あかんやん、何やっとんのタヌ公」
「タヌ公言うな」




それから、あとはなんてことない世間話をした。
黄泉のこと、極楽のこと、現世のこと。
家族の話と、黄泉へ堕ちたきっかけと。
青い着物の狢は一通り話を済ませると、小さく笑って「馬鹿だ」と言っていた。

年頃の女の子が可愛いのは必然で、箱入り娘が大切にされるのは世の必然だ。
期待を寄せるお前が悪い。と、そう。

家族に寄せる好意や信頼なんてもう、ミリ単位ほどもない筈だった。
ただただ只管憎んで怨んで殺意に苛まれてしていて、それだけだった。

なのになんでだろう。
涙が出て仕方ないのは。


鼻を啜る音にも、涙を隠れて拭う仕草にも、狢は反応してこなかった。
やがてそれらが止まった時、果たしてそこはどの駅だったか。
隣にはイケメン狢が座っていた。

「…涙は止まったかい」
「……なんとか」
「可愛がってあげようか?」
「要らんわ、気持ち悪い」




【次はー常世黄泉通駅ー、常世黄泉通駅ー、ご降車のお客様は、傘などお忘れ物のないよう……】



狢と一緒に、ワイはそこで列車を降りた。







***





道なりに歩いていく。商店街に入る。奈落とは別に賑やかだが、やはりまともな人間などはいないらしい。
商店街を抜け切ると、大きな屋敷が見えてきてさすがに驚く。
役人の屋敷とはいえ、無駄に大きいそこ。
柱の朱色が目に痛い。


門前で少し待たされて、通されるとそのまま狢の部屋に直行する形となった。






「飯食わせてや」
「今先生に用意してもらってるからもう少し待ってろよ。あの人食事3食だけは死んでも譲らないんだ」


先に風呂入れと適当に代えの着物を渡される。
風呂の場所なんか知らんと言ったら、廊下から真っ黒いのが数人歩いてきた。
黒子だ。
よく劇とかにいるあの黒子。しかし異様に小さい。
やっぱりそれらも人間ではないんだろうなと思いつつ、

「タヌ公はどこ行くん?」
「先生にどやされてくるに決まってんだろ」
いや、威張れることかいな。
「上がってきたらごはんも出来てるだろ。適当に浸かっとけよ」
不貞腐れるように、狢は出て行った。

ワイは笑って、黒子達に案内されるがままに風呂に向かった。











***


「奴隷、そういやお前、名前は?」
「…一。荒井、はじめ」
「じゃあお前はこれから一」

苗字は人を縛るもの。そんなのは要らない。一だけでいい。狢はそう言った。

「別にええけど。どうせもう、あってもええもんでもないわ」




嫌な思い出を抱えた名字を捨てて、俺はきっと、その時人じゃなくなったんやと思う。
事実はそんな簡単なものであるわけないけど、気分的な問題なんやろ。

「タヌ公は?名前なんちゅうの?」
「一応、先生からは「ミズキ」って呼ばれてる。お前は一生タヌ公だろうけどな」
「まぁなー」
「否定しろよ」



それからは、同じ屋敷…「ゴク前」に住み込んでいる二人と知り合って、学校に通ったり悩み相談ごっこしたり偶に常世に紛れ込んできたゴロツキを殴り倒したり色々やった。
充実はしている。厄介事もあるけど楽しい。それは紛れもない事実で。
明るい学生生活を過ごして、あと狢の脱走を妨害したりなんて大事にも巻き込まれて。

だけどそれでも、

基本的な理念は不思議と忘れてないもんで。




俺は、人間じゃない。
あくまでも、化け狢の奴隷なんやって。











ID.05000の抹消
(君は死んで、翳になった)








ムジナ寝台特急以下略と言うよりは、ジャンプでやってた某霊漫画の地獄のイメージで打ってたりしたわけですが()
寂れ廃れた駅とか大好きです
雪が降ってるのもフリゲの夢電さんの影響だったりとか
どっちにしても影響されてんじゃねーか


文章の所々が気持ち悪くてすんません(((
そんなKさんちのお子さんこと一君のお話でした
ごめんKさんほんま   ほんま

黒子ちゃんは最初は出す気なかったんですけどまぁ 成り行きです(


お題配布元:累卵
comment (0)



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -