無題
2014/10/11 00:35














真夜中、戸をバンバン叩く音で目が覚めた。
なんだうるさいと戸を開けたら飛び込んできた狐にポカスカ殴られたので、適当に制して口で言え!とキレた。
…どうやら、黄泉裁判待ちの亡者が数名逃げたらしい。

――――目の前の狐の、義理の息子を伴って。











少年は、走っていた。
只管走り続けていた。
背後から追いかけてくる警官達の怒声が聞こえる。それを邪魔だとばかりに振り払って。

「……っ、友、成……ッ」

少年のすぐ後ろ、手を引かれて走っているのは、常世の孤児。
少年が、頃合いを見計らって連れ出した狐の子。

何故かと問われれば、孤児の願いをかなえるためだと言うだろう。
何故かと問われれば、少年は孤児を愛していたからだと答えるだろう。
孤児は、生ある世界で生きることを望んでいる。
ならば、それを現実にするのは僕の役目だ。




「こら待て逃亡者!!さては僕の弁当盗んだのもお前か!!絶許!!」





追いかけてくるのは、黄泉通に駐在所を構えている雀。
今は、裁判からの逃亡に加え、きっとあの屋敷からの依頼もあって此方を追いかけてくるのだろう。
もし捕まれば、確実に地獄逝きは免れない。
たとえ閻魔が赦しても、孤児を溺愛する狐が赦すことはない。
だからこそ、けして捕まるわけには、いかない。
孤児を――――――光と、僕自身が生ある世界まで這い上がるには。

というかあとのは知らないぞ!私怨込み過ぎの冤罪反対!!







「ばうっ」

「っ!!?」



すると突然目の前に、真っ黒い犬が飛び出してきた。
ぎりぎりのところで立ち止まると、すかさず脇道へと逸れる。




「ばうばうっばうっ!!!」



警察犬だろうか。厄介なものを連れてこられた。
先の一瞬で臭いを覚えられてしまったらしく、何処に隠れてもすぐに見つかってしまう。
途中で力尽きた光をおぶると、それならばといっそ堂々道の真ん中を走る。
一跳ねして民家の屋根へと駆け上がり、屋根から屋根伝いに飛んで逃げ続けた。



時に草木を掻き分けて。

時に川の流れに逆らって。





自身の体力も限界に近づいた頃、辺りには警官もあの犬の姿も見当たらなくなっていた。
無我夢中で逃げ回ったため、途中の記憶が曖昧だ。

知らない町の、朱塗りの橋の上。
ここはどこだろうか。現世への道は……。











「やぁ」




呆けていたら、背後から突然声を掛けられて背中が跳ねた。
逃げる直前、案内人の人型獄卒から拝借してきた刃を思わず抜いて身構える。

「おっとっと。危ないなぁ、いきなりなんだい」



声をかけてきたのは、自分と同じくらいか、幾分か上らしい年頃の少年だった。
しかし丸腰だった。大して危なそうな感じはしない。
疲れもあるのだろうか、そう言う相手ほど気を抜いてはいけないと理解しつつも、構えた刃を下ろす。


「見ない顔だね。何処から来たの?」
「……」
「答えたくないなら良いよ。そんなに睨まないでよ」


すぐ傍に立った木からのびる葉っぱをいじりながら、少年はけだるげな声でそう言った。


「ところで、今何時か分かる?」
「……0時、32分」
「そう。丁度良かった」

少年は呟いて笑うと、橋の近くに見えるバス停を指して言った。
「35分に、あそこからバスが出るんだよ。現世行きのね」
「!?」
「生憎時計を忘れちゃってね。あのバス停、時刻が分からないから困ってたんだ」


よかったよかった、なんて笑いながら少年はバス停まで歩いて行った。
ついていくようにバス停に辿り着くと、すぐにバスが来たので乗り込む。

「…光、大丈夫かい?」
座席に光を下ろし、その隣に座ると疲弊している彼に声をかける。
「う、うん……」
よかった。光は無事なようだ。

戸が閉まり、バスは走り出す。
遠目に先刻の犬が走ってくるのが見えた。
一瞬ひやっとしたが、時が経つにつれて犬の姿は遠目になっていき、ほっと胸をなでおろす。



「君も現世に用事?」

通路を挟んで隣に座っていた少年が、そう語りかけてくる。

「……ああ。僕は、僕らは現世に帰らなくちゃいけないんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「そうだよ。光が…そう望むなら、その願いは叶えてあげなくちゃいけない」
そして、その隣には僕が一緒に居るべきなんだ。
ずっと昔に約束したように。



君の願いを、僕が叶えるという生涯の約束に則って。










「ふぅん。…じゃあさ」




「彼が、【最早それを望んでいなかったとしたら】、どうなんだろうね?」


「……は」






見れば、いつの間にかあたりは深い霧の中だった。


「な、これは……!?」
「中々面白い見世物だったよ。けれど、もうそれもゲームセットかな」

先程まで話していた少年の声が聞こえる。
それとは裏腹に、その姿はどこにも見えなくなっていた。








「確かにその子は、最初此処に来た時は生きることを望んでいただろう」
「けれどそれは、けして不変のものじゃない」

「世界に馴染むにつれ、少年の心は変動していった。それを知らずに決めつけたのは君自身の欲であり、エゴだ」

「彼の願いを叶えるという誓いは、意味合いが逆転すればただの「裏切り」に過ぎないんだよ。彼を彼の大事な人と引き離しかねない、っていうね」




「……!? 光、!?」

後ろを見れば、最愛の彼もまた消えていた。
街もバスも何もない、真っ白い霧の中に一人、自分がいるだけだった。










「……化かされたな」


霧の晴れた其処は、あの屋敷の門前だった。
「……!?」
頽れた目の前には、緑色の着物を羽織った青年が居た。
その周囲には、常世の警官たちの姿もある。

「若場友成。黄泉裁判門前逃亡罪で逮捕する」
現世と同じように手錠を掛けられながらも、僕の頭には彼の面影がちらつき続けている。


「……光…」
「狐の子なら、今頃母親にじゃれ付かれてんだろ」
「……何、」


「途中までは確かに本人だったろうな。言ったろ、お前化かされてたんだよ」
「……!!」
「橋の上で妙な男に会ったんじゃねぇか?そいつだよ」
「……ッ!?」
「あいつ、いつも遊び呆けてるくせに姉さんのお願いには弱いからなぁ」
「……」

結局、やはりあの時警戒を解いてしまったのが間違いだったのだろう。
どんなに疲弊していようと、あんな都合の良い場所に親切な人間や現世行きのバス停があるわけがなかった。
考えてみれば、当然だったかもしれない。


「あとの処遇は先生次第だな。結果が出るまで大人しくしてろよ」
そう言うと、青年は踵を返し屋敷へと戻っていく。





……一瞬にして見えたその姿は、自分を追ってきていたあの黒い犬。

それを知り、僕は初めて、何故この屋敷が「化獣屋敷」と噂されていたかを理解した。















それから数時間経って。

僕はこの屋敷の――――ゴク前の「祟部屋」へと隔離されることが決まった。

部屋の主であるかの黒い犬【犬神】に取り憑かれ、四六時中監視される存在。
過去にこの部屋をあてがわれた者は皆が皆、課せられたルールに従いきれず、犬神に祟り殺されたという。
拷問に近いな、なんて他人事のように感じながら、僕は部屋の中央に座り込んだ。

上等さ、やってやるよ、犬神。
僕は死なない。死んでなんかやれないんだ。
全ては愛しい光の為に。






「因みにその狐の子に触った瞬間お前此処にリターンだから。覚えとけよ」

「えッ」






訂正。ここは本物の拷問部屋だったらしい。






ID.09999の裏切り
(翌日、光と一緒に登校した時1回本当に戻された)




お題配布元:累卵様
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