無題
2014/09/21 22:56

昔々の話をしようか。




そうだなぁ、ゴク前機関がどういうものなのか、という内容については既に狐が大まかに話したと思う。
だからその項について触れるのは、一旦止めておこう。
それじゃあ、こう言う話はどうかな?




ゴク前機関が、元々は獄立学園の問題児を集めて再教育するための更生施設だった、っていう話だ。





どうして知っているのかって?
嫌だなぁ、君はもう、とっくに感付いているだろうに。
勿論、僕―――――首切馬の郁人が、昔はそこに収容されていたからさ。
とは言っても、もう十年以上も前の話だけれどね。

何故僕がそこに入ってたのかと問われれば、当然僕が「世間的に見て」問題児だったから、だろうね。
この常世という場所にとって、不都合な存在。


簡単に言えば、家の問題。


将来の進路の問題。









馬、という言葉と常世。
恐らく、勘のいい人ならばわかると思う。

僕の家は、代々「馬頭」を継ぐ家系だった。
そいつは完全な世襲制であって、大人になれば嫌が応にも子供にその責務が回ってくる。
それを僕は蹴って、勘当騒動になったのさ。
しかもただの勘当じゃなくて、そう。それだけが原因で僕という存在は常世にとって都合が悪いものだと判断された。

ただ、未来をこの手で決めたかった。
その意志だけで、僕はゴク前更生収容所―――――つまり施設送りになったんだよね。


まぁだからって別に、その事を恨んでるわけじゃない。
言ったろう?昔の話をしようかって。
これは単なる暇潰しなんだよね。
次のお客さんが来るまでの、さ。




端的に言えば、施設での生活は思ったより退屈しなかった。
同じように施設入りしていた「くらすめゐと」が色々キャラの濃い面々だったし。
ただまぁ、相応の理由を持った問題児ばっかりではあったけどね。

地獄の孤児で、まともな教養を持たないまま常世へ来た狐。
頭が良すぎて、それを悪巧みに利用するのが趣味の悪戯狸。
仕えていた家の人間を、殺された後に一家全員殺し返した犬。
幼すぎるが故に善悪の分別を持たず、犬の意志が全ての猫。
校内の購買泥棒捜索の為にと、よもや校長までも殴り倒した雀。
生まれ持った怪力を制御しきれない、如何にも危険性のある熊。
単なる誤解という理由で、人に仲間を殺された一族の末裔の鮫。
類稀な感性と感覚を持ち、何を考えているのか全く分からない兎。


そして―そんな僕達「生徒」にものを教えてくれた担当教諭というのが、今のゴク前管理人であり、獄立学園の講師でもある「おにがみ」・理人先生だったというわけだ。




施設内で行われた授業は中々面白かったことも覚えている。

狐は兎に角先生のことが大好きで、授業中に内容とは全然関係ない(先生は独身ですか等々)質問をして叩かれてたし。
狸は隙あらばサボろうとしたり、まともに出た日でも机の片隅に相合傘を落書きして遊んでいたり。
兎に至ってはノートに彫刻の記憶スケッチをすることで授業どころじゃない熱中ぶりだったし。
雀は最早当たり前という顔をして大体昼の弁当を持ち出しては早弁しだすわ昼になると人の弁当つまみ食いするわ…。
鮫はゲーム大好きすぎてよくオセロだのおはじきだの花札だの、色々と教室に持ち込んでいたっけな。
犬はここぞとばかりに机の授業は寝るものです主張の如く開始早々突っ伏して居眠り。(時々寝言が聞こえてきた)
猫は隣の席からそれを微笑ましそうに眺める程度、止めるの止の字は大凡存在してなかったようで。
熊だけが唯一、至極真面目に授業を受けてノートもとって、よくテスト前になると熊ノートの取り合いになっていたものだった。

馬である僕はその隣の席で、そんな面白い授業風景を眺めつつ、要点だけをノートにまとめる程度して過ごしていたよ。




首切馬、という名前は、先生に貰った。
「馬」「頭」の意に反する、という意味合いを以て。




…何とも、不思議な先生だったなと思う。

施設の教師だったのに、僕が進路について相談しても、別段咎めることはしてこなかった。
あんなにも、くにの偉い連中が良い顔をしなかった、「馬頭を継がない」道のことを。


…なんとなく、だけれど。
先生は、何か目的があって、施設としてのゴク前をも管理していたのかもしれない。
それが何なのかなんて、分かるわけもないんだけれどね。
ただ、世間的に問題児だった筈の僕達を、何ともあっさり卒業させてくれたもんだから。
そういう時は、どうしても何か企図のようなものがあるのではないかと深読みしてしまうだけだ。


ただ、好きな道を行けばいいと、思うように生きればいいのだと。

大人の言うことに、素直に従う必要などないのだと――――――――――

そう、教えるかのように。




思えば、先生はどうしてあの屋敷に今も留まり教師と平行して管理人なんて仕事をこなしているのかも。
昔から見ている限り、自分の好きなことに没頭していたいタイプの人なんじゃないかと考えたりもした。
未だに時折、仕事上の用事で屋敷を訪れる事があるけれど、大体その時に見る先生は片手にレシピ本を抱えていることが大半なくらいなんだから。


…まぁでも、その裏にどんな真意があろうとも僕は別に構わないんだけれどね。
先生には施設暮らしでお世話になった恩があるんだ。
元々僕の自由を認めてくれなかったくにに、今更肩入れする気もないし。





ただ、僕は僕の選んだ生活が保てればそれでいい。

それは微弱な、危険性。


仮に、先生の意向であれば。くにを裏切っても構わない、なんていう、ね。






…ははは、安心しなよ。
今のところ先生に、そんな兆候は欠片も見えてないんだからさ。
僕だって、何も下手に争いを起こすことなんて望んじゃいない。
あくまでも、今の生活がそのまま保てれば、それでいい。



おっと、そろそろ次のお客さんが来たころかな。
店先から、いつもの聞きなれた声が飛んできた。






「こーんにーちはーっ!」




最近は以前にも増して、此処を訪れる回数の増えた狐。
なんでも、数十年前に子供を拾って今なお育て続けてるんだそうで。
自分とその子供の、「服」を仕立てる依頼を寄せることが殆どだった。

この、仕立て屋「タソガレドキ」に。



「はいはい、先日の注文の品ね。出来てるよ」
「さっすが郁人君、お仕事早ーい」
「はは、有難う」


そう、これが僕の選んだ進路。
黄泉通商店街で、学生服や着物を仕立てるという、馬頭の家督を捨ててまで願った自由。

「光君は、元気かい?」
完成された着物を包装しながら問いかけると、狐は嬉しそうにはにかんだ。
「うん。学校に入ってから友達も出来たみたいだし、【先生】もいるし。もう殆ど心配することもなくなったよ」
「そう。それは何よりだ。…はい、出来たよ」
「ありがとー。次何かあったらまた宜しくねー」
「またのご来店、お待ちしております」




手を振る狐を見送って、ふぅ、と一息つくと店の奥に戻ってお茶を入れる。
結果的に、今の生活に収まって良かったと思う。
くに一つほどにかかわるような重い責任を課せられる仕事は、性に合わないんだ。
自分で責任を以て自分で管理できるくらいが、丁度いい。





くにと言えば、犬神はあれからゴク前の門番を任されるようになったんだっけ。
責任管理職で言えば、そういう風にもっと適任が居るのだろうし。
馬頭の後継にしたって、僕なんかより兄弟の方がまともに請け負ってくれるだろう。
だから僕は、これで十分。

…さて、と。そろそろ出かけようかな。
もう片方の注文は、直接相手方の家まで届けなければいけないから。
指定の寅の刻まで、あと少し。
近くの四辻にある少し大きめの家で、平たく言えば常連さんだ。
心象悪くしないようにしないとね。


もう、今年も終わりか。今頃、鮫の仕事先なんかは大忙しなんだろうなぁ。
そんな何と言うこともない思考を巡らせながら、包装した商品を抱えて店を出た。













ID.08000の罪
(今年もまた、首のない馬が四辻を駆ける大晦日)






イクトさん首切れ馬ですけど人の姿の時は首あります
本来の姿が首なしだというだけで
先生がそういう風に設定したからとか権限ぱねぇな

責任重大な家督の代わりになくなった首の代用品を与えられるとか軽く拷問ですよね(




後日追記:馬頭観音じゃなくて馬頭でした
正直同じものだと思ってた私あほすぎる
彼岸(黄泉)が舞台のようなものなので脳内構想はずっと馬頭のつもりでした(





お題配布元:累卵
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