無題
2014/06/12 00:00





昔々、地獄の墓場に一匹の狐がいた。
親を亡くし兄弟は居ない狐だった。
狐は地蔵の裏に住んでいた。
地蔵の供え物を食べて、暮らしていた。




ある日、狐は鬼神に拾われた。
地獄から坂を上り、山を登り、てくてくてくてく。
地獄を渡り切って、辿り着いたそこは常世の国。
大通りの商店街を通り抜けた奥の奥。
その立派な屋敷に、狐は通された。


その日から狐は、屋敷【ゴク前】の仕事を手伝うことになった。










最初に、人に化ける術を教えられた。
男と女の二通りとも覚えたが、狐は女の姿を気に入った。


次に、人の言語を色々教えられた。
すき、きらい、ひとり、ふたり、いっこ、にこ、おいしい、まずい。


それから、仕事の内容を教えられた。
常世を彷徨う死人の霊魂を一つ二つと数え、先行く道を指し示す。
あらあらそっちへ行ってはだめよ。あなたはまだ天国へ行くには早いの。
ほらほらこっちへ行かなきゃだめよ。そっちは地獄へ続く道。
閻魔様の御前へ、続く道はこの鳥居の先だけだもの。






数十年経って、狐が随分とその仕事に慣れてきた頃。
狐は一人のみなしごと出会った。
餓鬼に食われたのか少年ながらに人身御供か。
いつの間にかその子供は常世に辿り着いていた。


生きたいと願うその眼差しも、現状あっては既に空しく。
狐は子供に、先の道を示すことを躊躇った。



狐は子供を手招いた。
こっちへおいで。こっちへおいで。
お前の意志が既に無碍なるものならば。
儚くその志が散りゆく前に、こっちへおいで、あそびましょ。


一つ詰んでは父の為、
二つ詰んでは母の為。
常世の国で生きましょう。
お前の望みが叶うまで。



狐は鬼神の許可を得て、子供を屋敷に通した。
泥塗れの顔を、身体を綺麗に洗って、着る物を綺麗なものに取り換えて。





子供に、まずは名前を聞いた。


それから、あの日自分が学んだように、子供に沢山の言葉を教えた。
すき、きらい、ひとつ、ふたつ、えんま、ししゃ、とこよ、じごく。


子供が少し成長したら、昔通った学校へ通わせよう。
「せんせい」がいるあの場所で、沢山のことを覚えさせてあげよう。














「(こう君、朝だよ)」


「(早くしないと、遅刻しちゃうよ)」





あの日からもう数年経って、子供は随分と成長した。
次の一声で起きなかったら、ちゅうでもしてしまおうか。
いつも冷めた表情のこの子は、一体どんな表情をするんだろう?


















「こんっ」










ID.00001の始まり
(きつねとみなしご)








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お題お借りしました:累卵




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