無題
2014/10/29 23:44




【キツネの花園】

学校の終わりに一人帰路に着いた光。一はタヌ公に呼ばれたと道ではない道(主に屋根)を走っていってしまい、レイルは居残りがあるから先に帰ってと言い残して行ってしまった(友成は言わずもがなまた自室に戻されたため不在)ので、まぁいいかと思いのんびりとした足取りで屋敷までの道を歩いていた。
己の出生について少し気にしながら、俯き気味に歩いていく。しかし歩いても歩いても家に着かない。
はっとして顔を上げると、そこは知らない山の中だった。
振り向いたが既にどっちから来たのかも分からないほど真っ暗。内心焦りながらも声には出さず、表情にも出さずまずいなどと思いながら右往左往。

暫く歩いて見えた光の先、出口かと抜け出た其処は見渡す限りの一面花園だった。

今まで山の中だったとは思えないほど真っ青な快晴と、色とりどりに咲いた満開の花達。誰がこんなところに作ったんだろう。
そう思いながらも、不思議と心は落ち着き和やかになっていく。
ふと、木の影から何かが飛び出してきた。抱き着いてきたそれを見ると、一匹の狐だった。しかも、よく見た覚えのある狐。
腕の中からすり寄ってくるのは、耳にハートゴムのついた狐姿の義母・ユウナではないか。
どうしてこんなところに母がいるのか。聞いてみたが返事はない。
母のきまぐれはいつものことだったので、光はあまり気にしないことにした。

母が突然一鳴きした。すると花園のどこからか、沢山の狐が飛び出して光にすり寄ってくる。
不思議すぎて仕方ない反面、小さな動物に病的に弱い光は不信感を抱きつつも思わず顔を綻ばせた。
沢山の狐がそんな光を引っ張って先導する。されるがままに案内された先には、大きな桃の木があった。
花園の奥で、沢山の実を付けた仙桃の木。一匹の狐は器用にそれを取ると、光のところまで持って来る。
熟した桃は大層甘い香りを放ち、食べてくれと言わんばかりに色づいている。
母も桃が大好きだったなぁなんて思いながら、光は受け取った桃に齧りつこうと口を開けた。


と、そこで一匹の狐が鳴いた。

狐の群れから外れた向こう側。しかしその声は、他の狐よりも強く、聞き覚えのある声だった。
振り向いた先には、今まさに腕の中に納まっている母の姿があり、驚いて光は手に持っていた桃を地面に落とした。
ぐちゃ、と落ちて潰れた桃は、その瞬間にまっくろい中身をはじけさせる。
それは桃ではなく、いつの間にか柘榴の実へと変わっていた。

次に母は、辺りの花園へと紅焔をまき散らした。
燃え盛る花園。燃える狐。燃える桃の木。腕の中にいたもう一匹の母も燃えて全てがなくなっていく。
その光景に一瞬目を瞑り、恐る恐る開けた其処に、花園なんてものはなかった。
光も届かない樹海の真ん中に、光は立っていたのだ。

一匹残った母・ユウナは、先の燃えた狐の代わりに光の腕の中へ収まった。
戸惑って固まっている光に、ユウナは淡々と説明する。
ここは、現世と常世の境界。今まで見ていたものは、幻術で出来たキツネの花園と呼ばれる場所。そこへ入ると、出る気も起きなくなるような猛毒の気に中てられてしまい、戦意や逃げ出す気力を失ってしまうこと。そしてあの桃の木(正体は柘榴だったが)の実を食べてしまうと、そのまま花園から出られなくなってしまうこと…。
かつてその場所は、現世で迫害されてきた化け狐の逃げ場として、ある術師が造ったものなのだという。侵入してきた者が無暗に狐達を襲わないように、また、花園の存在を他の誰かに喋ってしまわないように。
近くに落ちている骨たち。それは、かつて訪れた者達の死骸なのだという。


昔はそこに、本物の化け狐達が世間から身を隠し暮らしていた。
しかしそれも永遠ではない。今や狐達はいなくなり、幻術で出来た狐と花園だけが残った。


そして、とユウナは最後にもう一つ付け加えた。

「この花園はねぇ、狐に縁のある者を呼び寄せるんだよ。光君は僕の義理とはいえ息子だからかもしれないね」


今は燃えてなくなっても、時間がたてばまた花園は現れる。此処は作った術師にとって理想郷だったから。
だから光君も気を付けてね。
ユウナの言葉を聞き、光は何だか切なくなって小さく頷いた。




母の言うがままに道を歩いていくと、道中にキツネの石像が立っていた。
蔦に覆われた狐。その違いなどよく分からないのに、光はその像に不思議と母に似た雰囲気を感じた。
幻術で出来た桃の木と言い、そこはどことなく、母との縁を感じさせる。
聞いてみたが、母はなんでだろうね?と言ったきりだった。


再び道の先に光が見え、抜けた先は今度こそ外だったものの、既に朝日が昇りつつあった。
感覚的には数時間だったが、どうも一晩を樹海で過ごしてしまったらしい。
昔読みきかされた浦島太郎みたいだなぁなんて思いつつも、光は母と一緒に無事に家まで辿り着いたという。




(『迷子になって焦ってるけど顔には出さない』美嶋光)









【言霊の罠】

その日たまたま部屋で居眠りしたのが運のツキだった。
目を開けると目の前にはあの忌々しい狐がいて、にこにこ笑いながら光君にはもう近づかないでと言う。
ふざけるなと一喝すると狐はキャーなどと叫んでドロンといなくなり、静かな部屋にひとりきり。
時刻は朝の八時。そうだ今日も光と一緒に学校へ行かなくちゃと、不本意ながらも狐の部屋に行く。
…襖があかない。くそ、やられた。
しかし奥から声は聞こえたので、それならばと門の前で待っていると光が走ってきた。光、と呼んだつもりなのだが返事がない。聞こえなかったんだろうかと走り寄る。

すると、光は何の反応も見せずにするりと横を抜けていってしまった。まるで友成の姿が見えていないかのように。
どう言うことだと首を傾げていると、時間は既に10分過ぎてしまっていた。
仕方なく学校へ行く。席に着く。出席は普通に取られたし、クラスの女子からも話しかけられた。
しかし光と会うと、近くで声をかけたのにもかかわらずスルーされてしまう。
混乱する友成は、ついうっかり光の肩に触れかけた。そこもまたいつも通りで、いつの間にか見慣れた部屋に戻されていた。
おかしい。部屋に様子を見に来た犬神・ヒナタに、訳も分からずどういうことなんだと詰め寄った。
ヒナタは一瞬驚いたような顔をしていたが、事情を一通り聞いた後に考え込む仕草を見せると、一つの仮説を立てた。

世の中には、言霊というものがある。元来言葉には強い力が宿るものだとヒナタは言う。そしてその言霊を自由に操り、縛る呪術がこの世界には確かにあるのだという。

「お前、昨日の夜机に突っ伏して寝てたろ。その時何かあいつに言われたんじゃねぇか?」

突然の問いに一瞬面喰らい、それでも冷静になると友成は昨夜の記憶を遡る。
それと同時に自分の悪い癖をも思い出す。寝ぼけていたり寝言だったりと様々だが、ぼうっとしている時はあらゆる問いに対してYESとしか答えられないことを。
それをヒナタに言うと、ヒナタは待ってましたとばかりにそれだ、と言った。
どうやらあの狐は、自分が寝ている時に部屋にやってきて、勝手に光に近づかないという口約束を結ばせたらしい。
いつもの癖が出て無意識のうちに肯定してしまったそれが、術の作用によって現実になってしまった。
友成は部屋の戸をスパンと開けると、ふざけるなと叫んだ。叫んだというより、吠えた。
何故か犬神憑きに慣れ切った友成の病状が進行していると察したヒナタは、一旦友成を落ち着かせると、俺も行くと言って狐の部屋へと向かった。さすがにやり過ぎだ、触ったら戻ってくるようにはしたんだから充分だろうと。
その時点で友成は既に腹立たしかったが、幾らなんでも認識すらしてもらえないのは辛いと大人しくヒナタの後をついていく。

部屋の中では相変わらず課題ノートを黙々とこなす光と、すいつくようにべったりと腕を絡ませるその義母親・ユウナ。
ヒナタが一声かける。お前昨日の夜中のは少々やり過ぎだ。さっさと解いてやれよ。
ユウナはばつが悪そうに振り向くと、光を抱き締めてぷいと顔を逸らす。光は突然の話にわけもわからず眼を瞬かせた。
そんなに息子のことが心配か、過保護も大概にしろ。そうヒナタは続けて言う。するとユウナは口を尖らせて、そいつだけだよとぶっきらぼうに呟いた。
何故だ?確かに過去、光を連れて逃げ出したことはある。しかしその件については既にヒナタが説明したと言ってくれていた。
それに対してユウナは不機嫌そうにしかし理解は示していたと聞いている。それだけじゃない、一やレイルのように他にも光と親しい者はいる。触れば部屋に戻されるほどのペナルティも用意されている。それでもそれだけでは飽き足らず、近寄るなとさえ言われたのはきっと自分だけだ。どうしてそこまでこの狐は、自分を邪魔に思うのだろう。
思考は言葉になって口から零れていたらしく、ユウナの目は友成の方を向いていた。そしてユウナは言う。

―元はと言えば、この子を苛めたのは若場の家の人間でしょ?それをどうして、好きになれなんて言えるの?

放たれたその言葉は、その場を凍りつかせた。光は勿論、ヒナタさえ目を大きく見開いて固まっている。
その動揺ぶりを確認した友成もまた、記憶の海の底から入口を掘り起こす。
かつての自分の家のこと。父のこと、母のこと。父の部屋に大量に収まった、犬神や妖狐、民間信仰に関する書物の存在。
妖狐と言われた、小さな子供が父に連れられて家に来た日のこと。
家に遣えていた忠犬が、突然いなくなった日のこと。
そして、それからあの子は。その時、僕は――――――





(『寝ぼけている時の返事が全部「うん」になる』若場友成)



comment (0)



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -