『明王ー』

「おわっ、」


ぎゅうっ、と首元に回ってきた腕が柔らかく包み込む。間の抜けたような声を発した挙句、その拍子に落とした資料がばさりと音を立てて床の上で大きく広がってばらばらになる。……おいおい、まだ全部目通してねぇんだけど。どうすんだよ、これ。


『あっきおー』

「何だよ、うるせーな。そんなに呼ばなくても聞こえてるっての」

『ねぇ、暇だよー構ってよー明王ー』

「却下。オレは今仕事中だっつーの」


オレの名前をやたら連呼する少し甘えた声と感触、特有の甘ったるい匂いで軽く眩暈を引き起こしかけているのを何とか堪えながら、冷たく言い放つ。仕事脳と使命感、理性を保ちつつ、細い腕を振り払って散乱した資料をかき集める体勢に入る。すると、つまんない、頭上から響く声。
視線を上げてみると案の定、キャミソールに短パン姿(肌の露出の多い)という無防備過ぎる名前がさっきまでオレが座っていた椅子にもたれかかって物欲しげな熱い目線を向けていた。
その様をエロい、と認識して自然と高揚してしまうオレはどうやら完全な仕事脳にはなりきれていないし使命感も持ち合わせていないらしい。誘ってる、なんて思ってしまう辺り自分では抑えているつもりだったが実は相当な欲求不満に駆られているようだ。…いや、こいつの場合は絶対確信犯だよな。絶対誘ってる。


「暇なら木野のとこ行くなり音無のとこ行くなりすりゃあいいだろーが。アイツらに構ってもらえ」

『えー、行けないよ。だって、秋ちゃんも春奈ちゃんも忙しそうなんだもん。邪魔したくないし…』

「オレはいいのかよ……つか、ほんと冗談抜きにして忙しんだよ。頼むから邪魔すんな」

『はいはい、それじゃ仕方ないなー。仕事でお忙しい不動監督のお邪魔をしないように私は鬼道総帥のとこにでも遊びに行くとしますかー』

「はぁっ!?」


上着を羽織り、さっさと身支度を整え始める名前。鼻歌まじりにデスクの上に置かれた電話の受話器を手に取って、ちょっと借りるねー。なんて呑気な口調で言ってきたので思わずかき集めていた資料を(また後で回収パターン決定の覚悟で)手放してちょっと待て、と。慌てて立ち上がって、その手から受話器を奪い取った。


『あーちょっとっ、何すんの!』

「どこに掛ける気だよ」

『え、どこって、鬼道くんのいる部屋にだけど…』

「本気で行くつもりだったのかよ…」


はぁ、短く溜め息を漏らせば名前は頬を膨らませてもう、返してよ!と必死に腕を伸ばしてくる。何だコイツ、顔真ん丸だし必死こいて子供みたいにジタバタしてるし。…可愛過ぎる。


『明王が構ってくれないから、鬼道くんのとこ行って遊んでもらうのっ。確か鬼道くん今日仕事休みだって言ってたし』

「鬼道と遊ぶって…」


こういうところがコイツの悪い癖だ。天然なだけなのか確信犯なのかはわからないが、いつも言動や行動の一つ一つにすっかり振り回されている気がする。それは多分、鬼道も同じで。この前コイツが鬼道の家に泊まりに行った、とかいう時なんか、恋人ならちゃんとつかまえておけ。って厳しいご忠告まで受けたもんな。恋人ならちゃんとつかまえておけ、ねぇ……
そうしたいのは山々だが、当の本人が簡単にオレの元からすり抜けていっちまうからな。自由人というか、ふわふわしててつかまえておけない、雲みたいな。そんな不思議なヤツ。

まぁ、だからといって…こんな無防備で危ない恰好した恋人をこのまま野放しにしておく気はないけどな。


「わかった」

『え?』

「構ってやるから、鬼道のとこ行くのはやめろ。仕事はまだ残ってっけど…徹夜でもすりゃあ何とかなるしな」

『ほんと?わーい、やった!』


心底嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ名前がまるで小動物みたいで柄にもなく微笑ましいのと可愛らしいのとで、口元が緩む。

あー、くそ、なんだこれ。本当に、可愛くて堪らない。…とかさ。らしくなさ過ぎだろ。


「何がしたい?」

『あ、えっと、じゃあね…』


明王と、えっちしたい。


頬をピンク色に染めながら耳元に顔を寄せてこそっ、と囁く。告げられた瞬間、オレの中の、今まで理性で圧縮して抑え込んでいたどろどろとした欲が一気に弾けて冷静な思考になだれ込んで靄をかける。


「名前…」


名前を口にするのとほぼ同時に、顎を引いて形の良いぷっくりとした柔らかい唇に自分のを重ねる。ふあ、と漏らした声も息も、全部飲み込みたくてすかさず舌を侵入させて名前をオレで充たす。安易に受け入れた中を舌で味わうように舐め回せばぐちゃにちゅ、卑猥な水音が響いてひどく興奮する。ダメだ、もう限界っぽい。


『ひゃっ、あ、きお…?』

「…は、…そろそろオレもヤバい。このままベッドに移動するぞ」


唇を離して、小柄な身体をひょいと抱き上げる。名前の顔を覗き込むと、目は既に色っぽく潤んでいて唇もオレか名前のか、どちらともつかない唾液でてらてらと濡れて真っ赤に染まっていた。ぞくり。胸の内側が熱くなって欲も高まる。下半身が疼いてしまって正直、かなり辛い。


「も、余裕ねーんだわ…だから手加減、とかできねーかもしれねぇけど……我慢してくれるか?」

『ん、いーよ…明王になら、私何されてもきもちいしへーき、だから…』

「っ、…ほんと……お前ってズルいよな…」


髪を掻き上げて、露になった額にそっと唇を這わせる。

ちゅ、と小さいリップ音が鳴り、名前は幸せそうに目を細めた。







天然小悪魔彼女に翻弄されて
(それでも愛しい、と思うのはきっと惚れた弱みとかいうやつに違いない)


― ― ― ―

ゆう子様から頂いたリクエストの不動さん夢でした!!
不動さんで甘め、年齢はお任せとの事だったので24不動さんでちょっぴりやらしい甘め(だと思われる)のお話に仕上げてみました。今回初めてのお相手目線です。不動さん視点で執筆するの楽しかった…!

もう、彼女何でしょうね(笑)天然の小悪魔とか手に負えない感が凄まじい…← 不動さんってチャラチャラしているように見えるだけで本当はすごく真面目で律儀な方だと思うんで好きになったらどんな子にもとことん愛情注いであげたり、世話焼いたりする気がするんです!!(力説)
ああ、不動さん本当に素敵ですよね……不動さん大好きなゆう子様にも24歳の不動さん、いや、不動明王という一人の男の素敵さが伝わればな、と(((こんなんじゃ伝わらない

御要望には添えなかったかもしれませんが、ゆう子様へ捧げます。素敵なリクエストありがとうございました!!


2014.02.28.


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