どう頑張っても腐れ縁


『う、わぁー…』


目の前にそびえ立つ今まで見た事のないような規模の施設を見上げて、おっきいー、と呟く。

お台場サッカーガーデン。
グラウンドも、新生イナズマジャパンの選手達の合宿所も備え付けてあるここは最近新しく建てられたものらしく、まさに名前の通りサッカーをする為に作られた施設だそうだ。

そりゃあ、うちにも他と比べたら桁外れに大きいサッカー棟なんてものがあったりするけれど、ここはサッカー棟の何倍、いや、何十倍もでかい。見た感じの迫力、というか規模が全然違う。
とにかく圧巻。すごいの一言に尽きる。
サッカーの事に関してははっきり言ってよくわからないけど、とりあえずなんかすごい。


隣に肩を並べた茜先輩がにこにこしながら、ふおーとかうおーとか、もはや奇声に近い言語を発している私に、葵ちゃんが待ってるよ。行きましょう。と中へ入るよう促す。

あ、そうでしたそうでした。葵ちゃんっ!今行くからねー。


『それにしても、ここほんとに大きいでしすよね〜』


入り口を通り抜けて中を進む。
まるで何かのスタジアムのような造りに、また奇声が出そうになるのを何とか堪える。ちょっとした観光気分で辺りをキョロキョロと見回しながら、迷いなく奥へ奥へと向かう茜先輩に誘導されるまま、私もそれに合わせて歩いていく。


『…こんなところで練習したりするって事はよっぽどすごいチームなんだろうなぁ…』


新生イナズマジャパン、か。
さっきまではあんまり、いや、全く意識してなかったけど……ちょっと興味沸いてきたかも。本当にちょっとだけ、だけど。


「え…?あれ、名前ちゃん……この間のエキシビジョンマッチ見てなかったの?」

『……エキシビジョンマッチ…?』


何それ。そんな横文字私知らない。
…というのはまぁ、嘘なんだけど。意味くらいは何となく知ってる。

うーん…そんなの最近いつやってた?
私その辺割と疎いからな〜…いくら日本中に知れ渡ってるような有名なサッカーチームや野球チームだって、チーム名は知ってても選手の名前は誰一人知らない。それ以前に学校の先輩やクラスメイトの名前だって気に入った人じゃなければ、あんまり覚えられてない。そんなレベルだ。


『あー…記憶にないので、多分見てないです』

「そうなの?んー…それじゃあ知らなくても無理ないね、新しいイナズマジャパンの事」


ふい、とこっちを振り返りながら、眉を八の字にさせて何故か困った表情になる茜先輩。
私が首を傾げていると茜先輩は辺りをぐるり、一見してから小声で耳打ちする。


「エキシビジョンマッチでね…1対10だったの」

『い、1対10!?めちゃめちゃ強っ』


サッカーのルールとかよく知らないけど、1点と10点の差がどれだけすごいかくらいはわかる。
すごいチームなんだぁ…新生イナズマジャパンって。


「ううん、違うの。相手が10点で新生イナズマジャパンが1点」

『…え?』

「惨敗しちゃったの。その1点もシン様と剣城くんと松風くん…雷門中の3人だけで取ったようなものだったし…」


茜先輩の言葉を聞いて、今までキラキラさせていた瞳から期待の色が消える。


…なんだって?日本代表チームが同じ日本のチームにそんなとんでもない大差で負けたっていうの?

ありえない。なんでそんなチームが日本代表なの。相手のがよっぽど強いじゃん。

あーあ、とんだ期待損。







「あ、茜さん、名前ちゃん!こっちこっち!」

『葵ちゃあああんっ』


合宿所のおばさんにいいよいいよ!行っといで!と威勢の良い許可を得てから、その先にあるグラウンドへ。
葵ちゃんがこちらに向かって手を振っていたのが見えて、思わず名前を叫びながら走り出した。

勿論、その声は(無駄に)大きなグラウンド一帯に響いたワケで、彼女の後ろの方にちらほらいた何人かが何事かとぎょっとしてこちらを見ていたようだが、そんなの気にしない。

ぎゅうっ、しがみつくと葵ちゃんはそれをちゃんと受け止めてくれて、久しぶり、名前ちゃん!なんて元気いっぱいの笑顔で返してくれた。

うおおおっ…葵ちゃんやっぱり天使だああ……


「葵ちゃん、お待たせ〜」

「茜さんも!待ってましたよっ」

『も〜葵ちゃんってば、暫く見ない間にますます可愛くなっちゃって…』

「ふふっ、ありがとー。名前ちゃんも相変わらず元気そうで良かった!」

「暫くっていっても、まだ3日くらいしか経ってないんだけどね〜」

『わ、茜先輩!3日をなめちゃダメですよ!3日でも私にとっては久しぶりなんですー』

「はいはい、わかってるよー。……あ、」


私が言うと、やれやれといった感じで茜先輩は肩をすくめる。
言葉の途中でちらりと視線を泳がせた先輩が何かに気づいた様子で、手に持っていたカメラを素早く構え出す。

パシャパシャ。
先輩お得意の連写で、無機質なシャッター音が一定のリズムを刻んでいく。

ちょ…茜先輩、一体何事!?



「シン様…素敵」


ぽつりと呟いたその一言と茜先輩のレンズが向けられた先を見れば、疑問はあっさり解決した。

レンズの先、うっとりと眺める茜先輩の視線の先には白をベースに青の模様が入った爽やかなユニフォームに身を包んだ神童先輩。
軽いウォーミングアップ中らしく、機敏に動く体とは対照的にふわふわの髪(くせ毛なのかな?)が揺れていた。そんな神童先輩を見て、ふと、雷門中でグラウンドを鮮やかに駆け回っていた時の彼の姿と、それを必死にカメラに収めていた茜先輩の姿を思い出して自然と笑みが零れる。

本当に茜先輩は神童先輩が大好きなんだなぁ、と改めて思う。実に微笑ましい光景だ。


「名字!」


茜先輩と一緒に暫く神童先輩の方を見ていると、後ろから元気の良い声がかかる。

聞き覚えのあるそれにある人物を思い浮かべつつ振り返ってみれば、やはり、というか予想通りというか。羽みたいにくるっと巻かれた不思議なくせっ毛を持つあの子だった。


『おっ、松風くん。3日ぶり〜』

「ああ、3日ぶりっ!あ、葵から話は聞いてるよ。監督にも許可はもらってるし、写真、たくさん撮ってていいからね」

『うん、わざわざありがとうね。お言葉に甘えて、たくさん撮らせてもらうよー』


じゃ、早速一枚。
さっとカメラを構えてシャッターを押すと、え、と面食らった表情の松風くんがフィルムに記録される。

お、いいね〜その反応。いい表情いただきました!


「も、名字っ…いきなり撮るなよ〜」

『あ、ごめんごめん。でもさ、ほら!よく撮れてる…』




「だあああーーっ!!!」



突然、私の言葉を遮るような形でこだました声。それに驚いて思わずカメラを地面へ落としそうになったが、何とか持ちこたえた。危ない危ない。

それより今のは…


「すごい気合い入ってるなぁ〜」


嬉しそうに顔を綻ばせた松風くんがグラウンドに視線を向ける。
声の主はグラウンドにいる他の選手のものだったのか。あ…そういえば、さっきからまだまだだっ!とかもっとこい!だとかいう熱血ボイスが聞こえてたような気もするなあ……
ま、もうあんまりキョーミはないけど。


「あ、そーだ!ねぇ、名字。あそこに剣城とイナズマジャパンのゴールキーパーがいるから2人の練習風景も撮ってあげてよ!」

『え、でもなー…せっかく気合い入れて練習してるんでしょ?それを間近でカシャカシャ音立てて撮ったりして邪魔するのは…ちょっと気が引けるっていうか…』

「大丈夫だよ!そんなの気にしないって!」


言いながら、まだ肯定もしていないというのにぐいぐいと腕を引っ張ってグラウンドの中へ中へと誘導する松風くん。
そういや、そういう子だったなこの子。
思い立ったら即有言実行。いい性格だとは思うが、時としてかなり厄介である。

そりゃあね、松風くん。キミは迷惑じゃないかもしれないけど、剣城くんやそのゴールキーパーの子がどう思うかなんてわからないじゃないか。
特にさっき叫んでた子。ゴールキーパーの子なんじゃないの?

写真撮らせて、とか言ったら邪魔だからやめろ!って怒鳴り散らされそうで恐いんですが……


「おーい!剣城ー井吹ー」


内心びくびくしつつゴール前まで引っ張らていく最中、松風くんが剣城くんと、もう一人。おそらく、ゴールキーパーであろう人物の名前を口にする。

“いぶき”。恐ろしく聞き覚えのあるその名前に若干嫌悪感を覚えた。


……うっわあー、“いぶき”って…よりにもよって一番思い出したくないヤツと同じ名前なのかぁ…ゴールキーパーくんよ……


「天馬…と、名字か?」

『あははー…剣城くん、どうも。3日ぶりー』


ボールを足に留めた状態でこちらを見てきた剣城くん。あらあら相変わらずクールでとっても端正なお顔立ちをしていらっしゃいますねー、さすがはサッカー部のモテ要員。(ま、神童先輩もそうだし、松風くんだってそれなりにモテてはいるけれど)

松風くんに言ったのと同じような事を言うと、ああ、そうだな。と一言返してくれる。
隣では松風くんがえー、それだけ?剣城つまんなーい。なんて可愛らしくむくれ気味に剣城くんに言ってるけど、私はそれで十分だった。だって、全然話した事ないのに挨拶はちゃんとしてくれるんだよ?偉いじゃん、剣城くん。


「あ、それじゃあ名字。井吹の事も紹介しておくね!」

『ああ、うん。いぶきくん、ね…』


いぶき、か。ほんとに聞く度に嫌になる名字だ。

あまりいい思い出がない。というか、私の大嫌いだったアイツと同じ名字。
いぶきなんて名字はそんなに珍しくないし、きっとたまたま同じだというだけなんだろう。でも、松風くんやゴールキーパーくんには申し訳ないが私はその名字が嫌いだから、ゴールキーパーくんがどんなにいい子だとしても多分、否、九分九厘好きになれそうにない。


「ほらっ、井吹も!こっちに来なよ」


松風くんがいぶきくんに声をかける。
せっかくの松風くんの好意だし、名字が同じだというだけで全く関係のないゴールキーパーくんを無碍にするのは少々頂けない。面倒だと思いながらも仕方なしに自己紹介しようと顔を上げ、にっこり。人当たりの好さそうな笑みを貼り付ける。


『初めましてー。私、松風くんと同じ雷門中の…』



「………名前…?」


『……っ…!!?』


発せられた声に、私は瞬時に笑顔を消してばちっ、思いっきり目を見開いて今自分の名前を呼んだ人物、ゴールキーパーのいぶきくんを見る。


ところどころがぴょこぴょこと跳ねた柔らかそうな白髪に黒いヘアバンダナ。やたら無駄に長身で、きりりとつり上がった紫の両目にはいつも眉毛眉毛とからかわれていた短い黒筋がくっきりと刻まれていた。



「っ、名前!お前…、」



危ない。逃げなきゃ。

暫く停止していた思考にそんな危険信号がけたたましく鳴り響く。
何も知らない松風くんがえ、名字?井吹と知り合い?なんてのんきに聞いてくるから、私は知らない。と顔を強ばらせて、じりじりと後ずさりながら答えた。


『あの、ごめん、松風くん。私今日はもう帰る、ね…』

「え、え?あ、ちょっと待ってよ!名字っ!」


いぶきくん、アイツが…驚愕したような、でもどこか少し悲しげな表情で一歩一歩こちらに近づいてくる。

なんでアイツがここに。とかそんな事を考える余裕もなくて、ただ、気づけば私は地面を蹴って走り出していた。

自慢じゃないが、私は足が速い。昔から足が速い、と校内で崇められていたアイツにも負けた事がなかった。でも、全力で走るのなんて面倒で。常に本気を出してなかった私の足が速い、という事実を勿論周りは知らない。知っているのは、何かといつもつきまとってくる鬱陶しい、幼稚園の頃から腐れ縁のアイツ。

…井吹宗正だけ。


「あっ、おい!待てよ名前っ!!お前なんでっ……くっ、」


「え、あっ、ちょっ!もー、井吹までっ!」


周りに驚愕されながらもとにかく無我夢中で風の如くグラウンドから飛び出し、振り返らずに真っ直ぐ走り抜けた。



後ろからアイツが追ってきている気配がするのと、松風くんが遠方から「晩ご飯までには戻ってこいよー!」と大声で言っているのが聞こえる。

いやいやいや、そんなのんきに戻ってこいよー!って言ってないでちゃんと止めなくちゃダメでしょーが。キャプテンなんだからさ。


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