私には嫌いなものが3つある。 1つ目はバスケ。小学校時代、体育の度に何度も顔面に豪速球を食らったせいでそれがトラウマに。今ではバスケのボールを見るのもバスケ、という単語を聞くのすらも拒絶反応を起こしてしまう程。 2つ目は面倒な事。私は基本的に平和主義者である。できれば何でも物事の真ん中辺りにいて頑張り過ぎない疲れない、ストーブなんかで例えたら暑すぎず寒すぎない丁度いい温いような場所にいたいのだ。 そして最後。 3つ目は前の2つ、大嫌いなバスケと面倒事をいつも私の元へ連れてくる腐れ縁のアイツ。 「名前!」 『げっ、またアイツ……うわっ、こっちに来るなああぁっ』 「なぁ、名前!バスケ!お前も一緒にどうだ?」 『だからさ、私はバスケなんか嫌いだって言ってるでしょ!絶対やらないっ!』 「っ…なんでそんなにバスケが嫌いなんだよ。昔はよく一緒にやって、」 『うるさいなぁ〜…嫌いなのはバスケだけじゃない。私はアンタも嫌い!』 「な…っ、オレは好きだ!バスケも、名前も!」 『ほんと、ばっかじゃないの……アンタなんか大嫌いっ!』 「…ちゃん、起きて…名前ちゃんっ」 『んー……』 小さく揺さぶられ、ふにゃふにゃとした柔らかな声が耳に入る。 …あー、夢…か… なんか久しぶりにすっご〜い嫌な夢見た気がする。なんであんな… 「名前ちゃんっ」 再度名前を呼ばれてまだ若干夢うつつなまま徐に顔をあげれば、目の前にはこちらを困ったような表情で見つめるとっても可愛らしいお顔の先輩が。 「あ、やっと起きてくれた〜」 『……あー…茜先輩。おはよーございます〜』 「もーっ、おはよーじゃないよ!部活始まってるんだからねっ」 わわ、怒られちゃった〜。 大変ご立腹な様子の茜先輩からそう告げられて彼女の後ろに視線を向け、時計を確認する。確かに、部活動の開始時刻をとっくに過ぎていた。 これでは茜先輩がご立腹なのも頷ける。 ヤバい。ちょっとだけのつもりだったのに寝過ぎた。午後の授業サボって一番乗りで来たはずだったんだけどなぁ… 『…迷惑かけちゃってすみませんでした』 「名前ちゃんもちゃんと起きてくれたし、私はもう気にしてないから大丈夫」 『さっすが茜先輩っ、ありがとうございます!で、今日は何をするんですか?』 「ふふっ、よく聞いてくれました〜今日はね〜…」 人差し指を立ててウインク(先輩マジ天使!癒やし!)をしながら楽しげに言いかけた先輩からぴりり、と電子音が響く。 その音の正体は茜先輩の携帯の着信音で、あ、電話。なんてあたふたして制服のポケットから携帯を取り出す茜先輩は本当に可愛い。 「は〜い、あ、葵ちゃん?うん、あ、えーとね〜今から行こうかなって思ってたとこだよーうん、はい、じゃあまた後でね〜」 茜先輩の口から出た葵ちゃん、という名前に顔が少し綻ぶ。 行く、とか後でね〜なんて単語が出ていたし、きっとこの後葵ちゃんに会いに行くのだろう。 葵ちゃんは私と同じ学年でクラスメイト兼友達。茜先輩に負けないくらいとっても可愛くって、いつも笑顔が絶えない子だ。(葵ちゃんも天使!) 1つ学年が上の茜先輩ともサッカー部のマネージャー繋がりで交流があり、今はサッカーの日本代表チーム…新生イナズマジャパン?とか何とかのマネージャーとして頑張っている。 葵ちゃんの他にサッカー部の部員も3人、メンバーに選出されたらしくて確か葵ちゃんと仲の良い松風くん、ちょっと見た目が怖いけど割と優しい剣城くん、それから茜先輩の大好きな神童先輩だったっけ。 残念ながら茜先輩はマネージャーには選ばれなかったけど、葵ちゃんと連絡を取り合ったりして度々神童先輩に会わせてもらっているらしい(本人談)。 耳から携帯を離した先輩に葵ちゃん、元気にしてますか?と聞くと、ええ、とっても。とにっこり笑う。 随分とご機嫌だ。やっぱり葵ちゃん(神童先輩)に会いに行くのかな。 ああ、私も葵ちゃんに会いたいなぁ。もう一週間もあの可愛らしい笑顔を見てないんだよなぁ。 「それじゃあ、名前ちゃん。行きましょうか」 『あ、そういえば…茜先輩、さっきの続きは、』 「お台場サッカーガーデン」 『え……はい?』 「今日はお台場サッカーガーデンまで遠征するの。ちょっと遠いけど、そんなに遅くならないから安心して」 はい、名前ちゃんの。と茜先輩が愛用しているものと同じタイプで色違いのカメラを手渡されるも、まだ情報処理を仕切れていない私は固まったまま。 …お台場サッカーガーデン? その名前、なんかどっかで聞いた事があるような…… 『……あっ!そこって葵ちゃんのいるっ、』 「うん、新生イナズマジャパンのね〜。新聞部から記事に載せるためのシン様達の写真もお願いされちゃったし、葵ちゃんも監督さんから許可もらって来ていーよって言ってるから一緒に行きましょ?」 『もっちろん!行く行く!行きますっ!』 「はい、じゃあ出発ー」 よっしゃ!葵ちゃんに会える!やったねっ。 渾身のガッツポーズを決めて意気揚々と茜先輩の後に続いて部室を出る。 何やら賑やかな声が聞こえてきて、何気なしに歩きながら廊下の窓を通して外を覗く。 すると、丁度部活が終わった頃なのだろうか、バスケットボールを抱えたジャージ姿の男子達がぞろぞろと連なって歩いているのが見えた。 っ…バスケ…!!!! (オレは好きだ!バスケも、名前も!) その時にまた夢の中のアイツの言葉が再生され、喜々としていたのが一瞬にしてアイツとバスケへの嫌悪に見舞われる。 せっかく忘れていたのに…なんで今さらまた夢なんかに出てくるんだ、あの年中無休のバスケバカめ。 「…?名前ちゃん、どうかしたの?」 窓の外を睨みつけて立ち尽くしている私に、少し先を歩いていた茜先輩が振り返って声をかける。 いつもの調子でいや、何でもないですよ!と返し、さっきの夢の事も嫌いなアイツの事も全部忘れよう。そう決心しながら再び、葵ちゃんの待つお台場サッカーガーデンに向かう為、先を行く茜先輩を心配させない為に自身の足を一歩、また一歩と軽快に前進させた。 茜ちゃんはサッカー部と写真部掛け持ちしてます。 [戻る] |