※ほとんど捏造。





ああ、ムカつく。そう、ぽつりと文句を漏らしながらどこへ続いているかもわからない異空間を彷徨う。右も左も上も下も、ここにはない。前、というものもあるかどうか微妙なところだが、それでも私はただひたすら前に進んでいく。


『…まったく、あのバカは…っ!』


再び脳裏を過った勝気で傲慢な(至極邪魔で重そうな)ひょうたん頭の顔。正直、もう思い出したくもない。できることならヤツという存在自体自分の頭の中からキレイさっぱり抹消してしまいたい。やり場のない忌々しさと苛立ちを感じながら本日何度目かのムカつく。とため息を吐き出し、手元の操縦桿に目一杯力を込めて思いっ切り前方に倒した。


幾分かしてようやく異空間を抜ける。晴れやかな青空が視界に飛び込んでくると私は反対象的なその眩しさに、思わず目を細めた。やがて目が慣れてきて、そこでやっとどこかの時代に辿り着いたのだと気づく。本来ならば行先を決めてから来なければならなかったのだが、あの時私は怒り心頭に発していた為にとてもそんな事を冷静に考えられるような心境を持ち合わせてはおらず、めちゃくちゃに操作を行った。そしてそのまま、後先考えず発進させてしまったのだ。今考えるとかなり大胆で危ない事をしたものだ、と苦笑せざるを得ない。きっと帰ったら博士に大目玉を食らうんだろうな。覚悟しておこう。

さっきよりも少し落ち着いた思考でマシンの年代表示を確認する。
そこに並べられた数字は私がいた世界より200も前のもの。数字と、青空の下に広がるどこか懐かしさを感じる町並みを見比べる。


『という事は、ここは200年前の…』


200年前、といえばフェイくんが共に戦ったんだとよく話してくれていた松風天馬くんとその仲間達が生きる時代。確かアイツも一緒だったと聞いたが、その割にはフェイくん程話をしてもらった記憶がない。いや、そもそもそんな話題をアイツの口から聞いた事なんてないんじゃないだろうか。苛立ちが募る。再び零れそうになったため息を寸でのところで飲み込み、気を取り直してぐっ、と。一気に低空飛行に切り替えて、ひとまず機体を近くに見えた鉄塔のある広場へと着陸させた。





稲妻町。それが私が降り立った町の名称らしい。
鉄塔がシンボルの、古き良き商店街やその名の通り雷、稲光マークが掲げられた雷門中学校のある至って平凡でシンプルな町。行き交う人達もその顔を見る度に皆穏やかで楽しそうな表情を浮かべていて、そこで暮らす人も環境も、とても和やかな場所なのだろうな、としみじみ思った。
特別何の当ても(偶然来た、と言っても過言ではないのだから)あるワケじゃないのだが、せっかくこの時代に来たんだ。何もしないで帰るなんてそんな勿体ない事はしたくない。さて、どうしようか。腕を組んでうーん、と考え込みながら歩く。そのせいで私は前方に注意を払うという事をすっかり怠ってしまっていたのである。

やんややんやと楽しげに駆けてくる子供達。これはいつの時代でも共通なようで、この時間を生きる子供もまた随分と元気が良い。ただ一つ難点があるとすれば、それは脇目を振らない前方不注意。すれ違う際に2、3人、腕やら足やらに激突していきながら元気よく走り抜けていく。
いつもはこんな衝撃くらいどうって事はない。しかしながら、完全に全神経を別の方向に向けていた私ははっきり言って油断していた。

ぐらり。視界がゆっくりと揺れる。え、あ、やばい、転んじゃ、


「あ、危ない…っ!」


自分の中で思ったのと全く同じ言葉が緩やかに放たれ、その直後に感じた包み込まれる感覚。
え、と小さく声を漏らすと頭上から何とか間に合いましたね、と柔らかな低音が降ってくる。視線と視線が交わる。…抱きとめられた。それを自覚して理解するまでにそう時間は掛からなくて、同時にひどく驚きの感情も込み上げる。

……見覚えがあったのだ。いや、見覚え、なんていうレベルじゃない。そっくり、そのまま。


「…?あの、」


大丈夫、ですか?
いつまでも応答がないのを不審に思ったのか、今度は疑問符付きで尋ねる。それを聞いても、声までそっくりだという事実に私の中の驚倒はさらに増すばかりで。

全く知らない、来た事も見た事もない、私には到底知り得るはずのない200年前の過去の時代。そんなところで遭遇した。アイツに、ザナークによく似た、誰かと。


『あ、す、すみません…大丈夫です…』

「そうですか、良かった」


動揺を隠しつつ、何とか冷静さを装って声を絞り出す。大丈夫だと返すとにっこりと微笑む彼。声質は一緒なのに、ふわふわと柔らかく温かいその声色はザナークとは全然違う。笑い方だってそう。アイツとは違う。それなのに、アイツの面影が重なってくらくらする。


「気をつけてくださいね、この辺りは今の子達のような元気いっぱいの子供達がたくさん走り回っていますから。物思いに耽るのも良いですがちゃんと前を見て歩かないと…ね?」

『っ、は、はい…』


言い方からして、おそらくぶつかられた時には既に目にとめられていたんだろう。否、もしかすると、それよりも前から見られていたのかもしれない。うわ、何それものすごく恥ずかしい。なんか独り言物々言いながら百面相してた気が…

丁寧な口調でやんわりと注意を促され、気恥ずかしさからやや俯き加減で返事をする。


「ふふ、可愛らしい方ですね」

『へっ…!?か、かわ……!!』


不意打ちで普段言われ慣れていない単語を唐突に吐かれたものだから、思わず声が上ずる。しかもさらりと、ごくごく自然に。アイツに似たその顔で。
加えてええ、とっても。だなんて返してくるんだもの。そりゃあもう、心臓が爆発するかと思った。動悸がひどい。辛い。頼むから静まってくれ、あんまり荒ぶるな私の心臓よ。


「もしかして、この町は初めてですか?」

『ええ、まぁ…初めて、です』


まさか、はい、実は町だけじゃなくてこの時代自体初めてなんです。などと言えるはずもなく、若干言葉に詰まる。なるべく怪しまれる事のないように適当な回答を見つけて、感じている動揺も必死に押隠す。とりあえずこの人といるのは何となく気まずい。ケンカしてきたばかりのザナークに似ているから、というのもあるがそれだけじゃない。それにだ、実際顔と声と髪型(少し違うけれど)以外は似ても似つかない。紳士的なこの態度、柔らかい口調、繊細な仕草、私に向ける深い眼差し。


「やはりそうでしたか。あの、よろしければ私にご案内させてもらえませんか?」

『え?』

「とは言っても、私も最近この町に来るようになったばかりでそこまで詳しいという程でもないのですが……」

『いえ、そんなっ、あなたに申し訳ないんで……』


遠慮します。と言いかけた時、彼の手が私の手首に触れた。きゅっと握り締める力は痛みこそないけれど、確かな強さがある。彼の行為の意図がわからず困ったように眉を下げると、いきなりすみません、と慌てて、でもどこか落ち着いた雰囲気を纏わせて謝罪される。
あ、うん、謝ってくれるのはいいんだけどそれよりもこの手をね、早く離してもらえませんかね。じゃないと、私そろそろ死にます。あーほら、心臓痛い。


「正直に申し上げると、今のはただの建前で……本当のところはもう少し貴女と一緒にいたいな、なんて」

『…………それは新手のナンパか何かでしょうか?』

「……そう、とも言えますかね。ダメ、ですか?」


そう言ってまたふわりと笑う彼。そんな風に言われてしまっては今さらダメも断るも何も。ああ、ダメだ。さっきよりくらくらするし頭痛がひどい。もう私は色々末期なのかもしれない。



ザナークに似た彼、名前は市川座名九郎さん。名前まで似たり寄ったりでさすがにそれを聞いた時は飲んでいたアイスティーを盛大に吹き出すという大惨事に至った。それでも座名九郎さんは嫌な顔一つしないで店員さんと一緒に後処理をしてくれたのだ。なんて素晴らしい人なんだろう。アイツだったら何やってんだか、ってバカ笑いしてただ黙って見てるだけだろうに。

そこまで聞いて導き出した結論としては、この座名九郎さんはきっと、十中八九九分九厘、ザナークの200年前の祖先であろうという事。(多分)間違いない。性格はまるっきり別人だが、そういえば細かな箇所なんかはどことなく似ている。例えばザナークは見かけによらず甘いものを好む。目の前に座る座名九郎さんも甘いものが好きなようであんみつを頼んでいた。コーヒーもブラックは飲めなくて必ずミルクを入れるというところも同じで、何より極めつけはこれ。


『座名九郎さん、さっきは迷惑掛けちゃって本当にすみませんでした……』

「ああ、そう言うと思いましたよ。いいんです、気になさらないでください。私はもう気にしてませんから」


そう言うと思った。ザナークがよく使う口癖である。先程名前を名乗ってもらった時も自分の事を名もなき小市民、だなんて言っていた。
認めたくはないが、やはり血筋なのだろう。それにしても……

ちらり、新しいアイスティーに口をつけつつあんみつを美味しそうに頬張る可愛らしい座名九郎さんを見やる。

ザナークとは本当にえらい違いだ。どうやったらこの人の子孫があんな破天荒で自由奔放な手のつけられない猛獣みたいになるんだろうか。一体どこで何を間違えてしまったんだ……この一族は。


「名前さん」

『何ですか?』

「……ありがとうございました。それと、すみません。私のワガママに付き合わせてしまって」


スプーンを置き、少し間をあけてから目を伏せて心底申し訳なさそうに告げる座名九郎さん。確かにある意味強引といえば強引だったような気もするが、ザナークのワガママと比べたら。ワガママのレベル、次元がまるで違う。


『やだなぁ、謝らないでくださいって。すごく楽しかったですよ、座名九郎さんとの稲妻町巡り!それにこんなに美味しいお店まで紹介してもらっちゃて』

「私もです。貴女と一緒にいる時間は本当に楽しかった。久しぶりに思いっきりはしゃいでしまいました」


口元に手を添えて小さな咳払いを一つ。一緒に行動を共にしていてわかったのだけれど、照れ隠しに咳払いする癖もアイツと同じ。でもやっぱりこっちの方が断然かわいいし微笑ましい。ザナークもこれくらい素直で可愛かったらなー。

座名九郎さんのあんみつの皿と私のアイスティーのグラスが空っぽになる頃、上着のポケットが小刻みに震え出す。未来にも携帯というものはまだ存在していて、私が持っているのは博士に作ってもらった最新型。時空を超えての通話とメールの送受信が可能なのだ。
すっ、とポケットの中から取り出してディスプレイを確認する。そこには”バカ”の二文字。…………ザナークだ。

失礼しますねー。と断りを入れ、了承をもらってから通話ボタンを押す。


『もしも、』

《てめーは一体どこほっつき歩いてやがんだっ!!》


通話口から聞こえる怒声。今ちょっと鼓膜が危なかった。もー、出た瞬間いきなりこれだよ。


『うるさいなー、いきなり怒鳴り散らさないでよね』

《怒鳴り散らされたくなかったからとっとと帰ってこい。ジジイが怒ってんだよ》

『やだ』

《はっ!?やだっておま、》

『アンタの顔見たくないもの。私まだ怒ってるんだからね。あー、こっち結構居心地良いしアンタみたいな手の掛かるのいないしもう一生そっちには帰らないかもなぁ』


嫌味っぽく言ってやるとさっきまでの威勢の良さはどこへやら。短い沈黙が流れる。私の得意気な表情を見て座名九郎さんがコーヒーカップを口に運びながら目元を緩ませて微笑んでいるのがわかった。


《…………行ってやるから、》

『え?』

《……オレが、てめーを迎えに行ってやるって言ってんだ。だから……帰ってこいよ、悪かった、それと年代教えろばか》

『はいはい、相変わらず素直じゃないね』


悪かったって言った直後にばかって。
まぁ、ザナークの口から自主的に悪かったって聞けただけでもこんなに珍しい事はない。せっかく迎えに来るとまで言ってくれているんだし今回はそれで良しとするか。このままだとまたケンカになりそうだし。

メールで今の年代と待ってるからね。とメッセージを添えて送りつけ、再度上着のポケットに突っ込む。


「良かったですね」

『はい?』

「いえ、何だかとても嬉しそうな表情をしていらしたので。それに……」


お会いした時よりもさらに笑顔が素敵になりましたよ。


流れるような淑やかな動作で手元のコーヒーカップを受け皿に戻す座名九郎さんの口から紡ぎ出された甘く、胸の内に染み込んでいくそれに、私はただただ赤面して空になったグラスと熱で乾いた唇に潤いが欲しくてアイスティーおかわりください、と店員さんに(悲惨過ぎる程噛みまくりながら)声を掛けるのだった。


もしかしたら、この祖先様はアイツ以上に厄介かもしれない。







未来のアイツ。過去のあなた。
(どちらも最強に厄介なのには変わりなさそうです)


― ― ― ―

相互リンクをさせて頂いている『Iris』様、南瓜さんへのかなり遅ればせながらの一周年+40000hit突破お祝い文として書かせて頂いたお話でした!!

自分から言い出したくせに捧げるのが大分遅れてしまって本当に申し訳ありませんっ。何とか出来上がりましたがもうよくわかりませんね(涙目)

ザナークさんを知っている未来人が座名九郎さんに会ってあまりの違いに驚いてしまう、というリクエストを頂いていたんですが、実は私あまりイナクロ見てなかったりするので……一応ザナークさんもちゃっかり出してみましたがかなり捏造しました←
座名九郎さん紳士的な感じになってますかね!書いてるうちに私も座名九郎さんだんだん可愛く見えてきてしまって、ちょっとこのお話きっかけに座名九郎さんにも目覚めそうです(笑)

座名九郎さんメインのはずが若干ザナークさん寄りな気も……恋愛要素なんかは入れてないつもりです。座名九郎さんとザナークさんとでほのぼのを目指しました。ただ私の座名九郎さん若干タラシ傾向((( 違うんです素直なんです素直かわいいんです座名九郎さんは!!←

えーではでは改めまして、南瓜さん、『Iris』様一周年、それから40000hit突破おめでとうございました!!

こちらのお話は南瓜さんのみお持ち帰りフリーです。




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