人間苦手なものがあると思う。運動だったり、料理だったり。
それを克服しようと頑張る人もいたら諦める人もいる。
「名前!勉強しようよ」
「え、嫌」
私は後者の人間だった。
「でも勉強しなきゃ赤点取っちゃうよ?名前、この間の授業分かってなかったじゃん」
「五月蝿いなぁ」
私が分かっていないのは数学だけで他のは理解しているつもり。…つもりだ。
まぁ、天馬なりに心配してくれているんだと思う。
「でもさ、天馬数学苦手じゃん。」
どっちも苦手だったら意味ないじゃん、と言うと天馬はフッフッフッと笑う。何がおかしい。
「実は、全てが出来る賢い剣城に教師を頼むんだ!」
「つ、剣城に!?」
思わず声が大きく出る。落ち着け、私。
「だって賢いし、あと名前は剣城のこと好きだもんね」
「ぐぅぅ」
否定できない。確かに私は剣城のことが好きさ。だから勉強しようなんて誘ったのか。
「剣城にはもう頼んだからさ、今週の土曜日、10時に剣城の家ね!」
じゃあねと風のように去る天馬。こんな狭い教室でそよ風ステップ使うなよ。
剣城達と、勉強会か。
少し口角をあげて私は土曜日を待った。
◇◆◇
「とうとう来てしまった」
私の目の前にはマンションのとある一室。震える手でチャイムを押そうとする。
「で、でもなぁ」
これであまりの馬鹿さに嫌われたらどうしよう。友達から馬鹿のレッテル貼られたらどうしよう。
思わず押そうとした手をおろす。
こんなことなら天馬といけばよかったなぁ、そうしたら天馬が何でもしてくれるのに。
でも彼は現れないわけだし勇気を絞ってピンポンとチャイムを鳴らす。
「『…はい』」
剣城の低い声が機械越しに聞こえる。私は息を吸う。(緊張して少ししか吸えなかった)
「名字です…」
危ない、名前噛むとこだった。
「『名字か。少し待っていてくれ』」
開けるから、と剣城は言うとプチッと音が消える。
今頃になって緊張し始める。ちゃんと教科書とか持ってきたよね、私服ダサくないよね…?
不安になってくるくると見た目を確認しているとガチャッとドアが開く。
え、何このイケメン。
「どうしたんだ?ま、入れよ」
そこには私服の剣城が。全体が黒っぽかったけどそれが剣城の白い肌を強調するし何よりチラチラ見える鎖骨が……!
私はどこ見てんだ!端から見たら変態じゃん!
脳内で自分を叱りながら口はお邪魔しますと言ってくれた。ナイス、私の口。
「実は名字が一番なんだ」
「そ、そうなの?」
私が着いたのは集合時間の15分前。早かったのかな。
部屋に案内され普通くらいの大きさのテーブルの前にちょこんと座る。
待ってろと言われ私は周りを見る。全体的にシンプルだけどトラックを見たらサッカー雑誌が入っていて彼らしいと思う。
ガサガサと今日やる予定の教科書を出しているとお茶を二つ持ってきた剣城。何故か顔が赤い。
「ど、どうしたんだ剣城…」
お茶を受け取り隣に座る剣城に尋ねる。地味に近いぞ!
「他の奴等…勉強会来ないってよ」
……は?
「仕方ねぇ、二人だけでも始めるか」
事前にやる奴を決めていたのか勉強机から持ってくる剣城。
こうして(まさかの)二人の勉強会が始まった。
天馬ナイスと言いたいような言いたくない自分がいた。
◇◆◇
何この問題、爆発してしまえ。
うーんと悩むけど文字を見つめても変わるわけがない。
隣でコツコツと進める剣城に聞こうか。でも緊張して出来ない。
「……何だ?」
じぃっと見ていたからか視線に気付いた剣城は私の方を向く。
「こ、ここが分からないんだけど」
「……あぁ、そこか」
ずいっと只でさえ近い距離が縮まる。彼の(くるん)髪が当たってくすぐったい。
「ここはxをこっちに移項して、それで−を両辺に代入しろ」
「……あぁー」
授業で話を聞くより簡単。すぐに苦手な私でも分かった。
何より彼は初歩でつまづいている私を馬鹿にすることなく教えてくれた。
私はそんな優しい彼が好きだった。
「…名字、こっちも聞いていいか?」
と、言って出したのは英語。
「Whenは『時』だがwhereは何だったか覚えてるか?」
普段人に聞かないのか少し変な言い方。知ってるかでいいのに。
「whereは『場所』だよ」
サンキュ、と言う剣城。何故か気が抜けた。もっと気軽に聞いていいんだ。
気分も上がって勉強をしていると。
「……あ」
私が消ゴムを取ろうとしたら手がすべって机から落ち、剣城の方に落ちた。
「あ、ごめん」
「いや、いい」
すぐに消ゴムを取り、私に渡そうとした剣城。その時に。
「あ……」
手に置かれたときに剣城のひんやりした手も当たる。
ただ普通の行為なんだけど私は頬が熱くなり、心臓が鳴る。
そのまま私は動かずに剣城を見つめる。何故か彼も動かずに私を見つめる。
そらそうとしても彼の金色みたいな目が私をとらえて動けない。
「………………」
「………………」
時間がたつのが長い。でもその理由は私の心臓が鳴るのが速いから。
一分で何十回鳴るんだよ、と聞きたくなるくらい音が私の中に響く。
「…名字」
沈黙を破るかのように剣城が私に話しかける。
「…はひぃ!」
どんな声出してんだぁぁ!!穴があったら入りたい!!
「俺さ、名字のこと……」
きゅ、と手を消しゴムごと握る剣城。さっきまで冷えていた手が熱く感じる。
「つ、剣城……」
剣城は何と言うのか。バクバクいう心臓、止まって。なんていうか聞こえなくなるじゃんか。
「す「やっほー、遅れてごめんね!」…天馬?」
雰囲気を崩したのはムードブレイカー天馬。
ニコニコしているが私には悪魔の微笑みにしか感じない。
「もう来ないって聞いたが」
「そんなの嘘に……っじゃなくて用事がなくなったんだ」
ね、と後ろから現れたのは葵や信助。
「いやぁ、ね?」
「別に今も仲良く握ってる二人を邪魔したかったとかリア充タヒれとか思ってないよ?」
信助が黒い。そしてワンテンポ遅れて手をバッと離し、消しゴムが落ちた。
「さ、皆で勉強始めよー」
わーわーと騒ぎ始める三人。果たして剣城が何を言おうとしたのか。それはお蔵入りな訳で。
はぁ、とため息をつくとちょん、と肩を叩かれる。振り向くと剣城が。
何、と聞くと耳元に口を持ってきて小さな声で話された。
「…………っ!!」
私は目を大きく見開いて剣城を見つめる。剣城は余裕そうな顔をして私を見る。
…いや、余裕じゃないかも。だって顔少し赤いし。
少し面白くてクスッと笑うと更に剣城は赤くなった。
そして剣城は逃げるように部屋から出る。その姿がまた面白くて笑ってしまった。
さっき言われたことを頭にもう一度流す。
『…名字、好きだ』
「私も、だよ」
彼がいない部屋で私はそう呟いた。
教えて剣城先生!
(勉強と恋愛はどっちの方が難しいですか)
(答えは両方です)
〜おまけ〜
後日。
「名前って剣城と付き合うことになったの?」
綺麗な(ただし黒い)笑みを浮かべて聞いてきた天馬。私は頬をかいて答える。
「付き合うことに、なったんだけど……」
テストが近い一週間前にあった土曜日からほぼ毎日二人で勉強会。
意外と熱血だった剣城は毎日スパルタで。
「人間やれば出来るんだね」
ピラ、と天馬に私は今日返されたテストの答案用紙……しかも数学を見せる。
「…100点?」
昔の私からしたら有り得ない点数。50点以上でもビックリなのに。
「名前、帰るぞ」
「うん。バイバイ、天馬」
あともうひとつ知ったこと。
「俺がいないからって天馬と話さなくってもいいじゃねえか」
ム、とした口をする剣城。眉も少し上がっている。
「私は何があっても剣城の彼女だよ」
凄く嫉妬深い人だった。
― ― ― ―
『Iris』の南瓜さんから3000hitリクエスト小説を頂きました!
剣城くん可愛過ぎて息が上手くできません…っ。もう、夢主ちゃんが羨ましい!私も剣城先生に勉強教えてほしいです。でもって、スパルタされたいです!
私も丁度テスト時期だったので本当に元気とやる気と勇気(?)を頂けました。何とか乗り越えられたのも南瓜さんの小説のお陰です。南瓜さんの剣城くん大好き!
改めまして、素敵なお話を本当にありがとうございました。またリクエストしちゃいますね!←
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