※イナGOアンソロの『のら猫大作戦!』より。
『は?シャワールームに何かいる?』
「うん、実はワンダバがね…シャワールームで何かに足をひっかかれたって言ってるんだ」
『えー…ネズミとかじゃないの?』
「違うみたい。確か大きさがこれくらい…って言ってたし」
これくらい、と言ってその“何か”の大きさを両手で表すフェイくん。
彼の胸幅と同じくらいのそれは想像していた生物よりもはるかに大きい。…うん、確かに。ネズミっていう大きさではないかな…
「名前も気になるよね?」
『え、あ、まぁ…ちょっと気になるかな。みんなが使うシャワールームだし…』
第一、そんな得体の知れないものが近くにいるってだけでも何となく落ち着かない。ワンダバがひっかかれたっていうのも気になるし。
ていうか、また勝手にシャワー使ったのか。あのぬいぐるみもどきめ。
「だよね!じゃあ、名前。はい!」
『…?』
満面の笑顔で半ば押しつけられるようにフェイくんから受け取ったのは、虫取り用の網。
無論、誰もが一度はお目にかかった事があるであろう、夏場にカブトムシやクワガタ等の昆虫採取に使用する定番のあの形状のものだ。
……って、え…?
『あのー…フェイくん?これは?』
「網だよっ」
いや、そんなことは見たらわかるよ。私が聞きたいのはそっちじゃなくて…
『なんで、私に網を?』
「捕獲用にと思って。あれ、もしかして大きさ足りない?」
『え、ちょ、ちょっと待ってよ!まさか私がシャワールーム見て来なきゃいけないの……?』
網を持たされたまま、恐る恐る目の前の素敵なラビットヘアーの彼(完全に悪口)に尋ねる。
するとどうだろう。にこにこと、爽やか過ぎる笑顔を絶やさずに盛大にうん!なんて元気よく返された。
何これ、なんの冗談。
「だって、名前も気になるんでしょ?シャワールームに潜む謎の生物の正体」
『それは確かに知りたいけど…フェイくんは一緒に来てくれないの?』
「んー、ごめんね。ボクはワンダバの足を直してあげないといけないし…天馬達はもう外に逃げたかもしれないってシャワールームの外探しちゃってるし…」
…なんでだ、松風くん達よ。
普通はシャワールームから探すだろう。現場だぞ、現場。まだ潜んでるかもしれないじゃないか…どうして既に逃げた前提で考えるんだよ。観点がおかしいよ。
「他のみんなはもう帰っちゃたし、名字しか頼める人いないんだ。ね?だから…みんなの為にも、お願い!」
『…わかった、行ってみるよ』
「名字…!ありがとう!」
ぱん、と手のひらを合わせて深々と頭を下げられたら、さすがに断固するワケにもいかない。それに、フェイくんの言う通りみんなの為…だと思えば。
何かあってからじゃ遅い。ちゃんと確かめて来なきゃ。
『お、お邪魔しまーす……』
シャワールームに到着し、中に入って放った第一声。
しん、と静まり返ったそこに私の情けない弱気な声が反響して吸い込まれるように消える。
うわあ……ほんとに誰もいないのか……
ここに来る途中、誰かが入っていればその人に頼めるのになぁ、と淡い願望を至極必死に抱いていたのだがたった今それは儚くも崩れ去ってしまった。
びくびくしながら改めて辺りを一見してみてもやっぱり景色は変わらないし、相変わらず物音はなくて聞こえてくるのは外からの音だけ。
うーん…これ、わざわざ中まで入って見に行く必要性あるのかな。もはや、何もいないのがもう一目瞭然な気が。
松風くん達の推測通り、ワンダバを引っ掻いた犯人は既にここから逃走を図ったのだろう。
よし、そういう事ならあとは外担当の松風くん達におまかせだ。私のお役目はここまで。はい、解散解散っ!(と言っても、私しかいないのだが)
「……あ、こらっ…!」
『…っ!?』
内心小さくガッツポーズを繰り出し、フェイくんとワンダバのところに戻ろうと踵を翻す。否、正確には翻そうとした、その時だった。
シャワールームの奥から誰かの声、と。
ガタッ。普段ならさほど気にならないような、しかし、静まり返ったこの場所にはどう考えても不釣り合いな謎の物音が聞こえたのだ。
あ、いや…待てよ。私今ちょっと神経張りつめ過ぎてて色々敏感になってるし、単なる空耳かもしれな……
「にゃーっ」
……は…?
え、なに…にゃ、にゃー…?
『ひ…っ!』
間近で耳にした声(うん、完全に鳴き声だったね)の発生元を確認する前に、急にやってきた足元の違和感。
驚き過ぎて思わず、自分でも恥ずかしくなるくらい間の抜けた、声にならない声を漏らす。
ま、まさか、今私の足元にいるのがフェイくんが言ってた……
「にゃー、にゃー」
ん、また、にゃー…?
先程聞いたこえ、じゃなくて、鳴き声がまたシャワールーム内に反響する。しかも、今度はかなり近くから。というか…
ばっ、と視線を落とす。足元、そこにいた謎の生物だと思われたそれはふわふわの毛並にだるそうな細長い、おっとりとした目の。
『ね、ネコ…?』
「にゃーん」
そう、ネコだ。とりあえず正体を確認して一安心した私は網を床に置き、しゃがんで目線をネコに合わせる。
……それにしても、どうしてこんなところに。
「はぁ…仕方ねえ…か……名字、」
『っ、だ、だれ…?』
あ、そういえば、すっかり忘れてた。このネコとは別の存在、もう一人の誰かがいたんだった。
ネコを抱き抱えて軽く身構えながら、私の名前を呼んだ誰か、の方。更衣室に背を向けて再び、シャワールームの奥に向き直る。(怖いので目は瞑ったままだが。)
「安心しろ、オレだ。剣城だ」
『え…つる……!!?』
聞き覚えのある声と名前に再度ほっとしたのも束の間、何の考えもなしに目を開いた事を激しく後悔した。
うっすらと光を視界に入れた刹那、飛び込んできたのは羨ましい程真っ白な肌に少し割れた腹筋、首もとから腰にかけての綺麗な曲線。
バスタオルを腰に巻いただけの状態の半裸、いや、ほぼ全裸に近い剣城くんの姿で。
あああああっ、何故気づかなかったんだ私!!
ここシャワールームでしょ?サッカー部のみんなが使うでしょ?誰か入ってるでしょ?それイコールなんだ!!
シャワー使ってるってことじゃないか!要するに、もちろん、は、裸なワケで……
そっか、だから剣城くんさっきまで隠れてたんだ……何とも素晴らしいお気遣いです。
「そのネコ……ここさ迷ってたぞ」
『そ、そーみたいだね……まさかこんなとこにネコがいるなんて思ってもみなかったなー………ん、』
そこまで考えて、ふと、気がつく。
ああ、そうか。この子だったんだ、ワンダバ襲撃事件の犯人。
このサイズなら、フェイくんから聞いていたのと同じくらいだし。何かのはずみで鋭く尖った爪でワンダバの足を…なるほどね、これで謎解明。
「どうした?」
『私ね、ちょっとワンダバ襲撃事件の捜査に駆り出されちゃってさ…』
「襲撃…事件?」
『いや、今のは大袈裟なんだけどね。シャワールームでワンダバの足引っ掻いたっていう犯人を探してたんだ、で……見つけたよ、犯人』
「そ、そうか…」
ずい、と抱えていたネコを剣城くんの前に差し出す。一瞬面食らったような表情で固まった彼と露になっているその現状を思い出して、私は慌てて腕を引っ込めた。
あー、もうっ…私ってば、何やってるんだろ。そうだ、これ早く出てってあげなきゃいけないんじゃないの?私いたらいつまで経っても服っ、服着れないじゃん、剣城くん!
『あ、あのー剣城くん…私、この子連れて先に出てるね!フェイくんとワンダバにも報告してきたいし…』
「ああ、悪いな……そうしてもらえると、助かる」
『うん…』
何となくお互いに話し方がぎこちなくて気まずい空気が流れる。…ほんとに早く出て行こう。なんか、恥ずかし過ぎてつらい。
放置していた網を手に取り、ネコを胸に抱きかかえて足早にシャワールームの出入り口に向かう。
『え……ま、待って…!わわっ、』
もうすぐで更衣室、というところで突然今まで大人しかったはずのネコが腕の中でもぞもぞと暴れ出した。
飛び出そうとするのを阻止しようと奮闘すれば、思いのほか重さがあったためかネコに仰け反られた反動でバランスを崩し、そのまま視界が反転。天井が見えた。
シャワールームの床はタイル製で硬い。ほぼ間違いなくやってくるであろう痛みを覚悟して、ぎゅっ、目を瞑る。それでも、ネコだけは守ろうと腕に力を込めた。
「名字…っ」
剣城くんの声が耳に届き、だんっ。鈍くて大きな音が響く。その後、訪れた沈黙。
床に叩きつけられた感覚はある。が、痛みはない。
その代わり、感じたのはじんわりと体を包み込んでくるような柔らかな熱で……
「名字…大丈夫か?」
『つ、剣城くん…?』
すぐ傍で聞こえる落ち着いた低音。きつく閉じた瞼をゆっくりと開ける、と端正な顔立ちが視界いっぱいに。
どうやら、剣城くんが受け止めてくれたらしい。どおりで衝撃も何も来ないはずだ。
『うん、何とか……あ、ありがとうっ。助けてくれて、』
「そう、か……なら、よかった」
肩を掴んで私の安否を確認すると、剣城くんは安心したのか、ふっ、と微笑んだ。
それを見た瞬間、どくん、なんて音を立てて外に漏れ出てしまったのではないかと心配に思うくらい、心臓が大きく脈打ってしまったのは私だけの秘密である。
剣城くんってほんとに優しい。自分は今すごく恥ずかしい状況なのに。……なの、に……あ……
『ご、ごごごご、ごめんねっ!!い、今すぐ!今すぐ退くから…!』
「あっ、お、おい、名字っ。そんな急に動いたら、」
ネコを抱いたまま、とにかく早く剣城くんの上から退かなければ、という思考ばかりが先に立っていたのだがそれが良くなかった。
自分では気がつかなかったけれど、ついうっかり腕に力が入ってしまい、今までやんわりと抱き抱えていたネコをぎゅうぎゅうときつく胸に(因みに、私のは至極平面)締め付けていたようだ。
ネコは束縛を好まず、自由を求める生き物である。その窮屈さに耐えかねるのも当然といえば当然で、私達の事情なんて知る由もないそれは私の腕をするりとすり抜けてしなやかな身のこなしで床に着地した。
『あ……っ』
「っ…!!」
ネコにまた体勢を崩された私と、そんな私を支えようと手を伸ばした剣城くん。
しかし、私を支える為に伸ばされたその手が掴んだのは私の体ではなく、宙の冷たい空気。
どち、と先程のものより鈍い音と共に、唇が温かくて柔らかい、ほんの少し湿っぽいような何かにちょん、と触れた。
それが何か、なんて。唇に当たったものの正体はわざわざ確認しなくてもわかる。
「……」
『……』
触れ合って微熱を帯びた唇を離し、唇から急速に伝染してきた熱で火照った顔を上げれば、耳まで真っ赤になった剣城くんの潤んだ瞳と視線が絡み合う。
唇同士が触れた、つまりキス(しかも初めてのやつ)をしてしまった事なんて忘れて呑気に色っぽいなぁ、とうっとりしていると剣城くんは私と目を合わせるのが耐えられなくなったのか、黒目を縁取るオレンジ色を瞼で伏せて困ったように眉を八の字にさせながら。
「わ、悪い……」
純白の頬にぽつり。一点の紅を宿して一言、そう告げた。
シャワールームパニック(さて、私は明日から一体どんな顔をして彼に会ったらいいのだろうか)
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お久しぶりな短編は今さら過ぎるイナGOアンソロからあのシャワールームの猫回でお話を書かせて頂きましたー。もうぐっだぐたですがね(笑)話が長い長い。読みにくいったらないですねー。書きたい事が全くまとまらないのと管理人の文章力の無さが主な原因←
とりあえず、アンソロ読んだ時に剣城くんの半裸を拝みたい!!!!と思ったのと照れた可愛い剣城くんとか、でもやっぱりイケメンな剣城くんとか、とにかく無性に剣城くんが書きたくなって出来上がったお話がこちらになります!
因みにオチは剣城くんのバイシクルソードで宇宙の彼方へと吹っ飛ばされてしまったため、行方不明です←
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