私が見かける時、彼はいつも泣いていた。

誰の目にも触れないような場所で一人、すすり泣き、今にも消えてしまいそうな掠れた声で決まってこんな事を言う。


「オレは…オレは一体……どうしたら、いいんだ…っ」


膝に顔を埋めて、小刻みに小さく震える。ふわふわとした彼特有のくせ毛が悲しげに揺れ動いた。

暫くしてから、そんな彼の後ろ姿をじっと見つめていた私はすうっと息を深く吸い込んで吐き出し、徐にその背中に近づく。

そして、ぽん。と。
静かな動作で肩に手を置いて極力柔らかな笑みを浮かべて、話しかける。


『また泣いてるの?神童くん』

「っ…あ、名前さ…ん…」


こちらを振り向いて潤んだ瞳をぱちくりさせる。その拍子に溜まっていた涙がぽろり。伝い、流れ落ちて少し赤みかがった頬を濡らした。

頼りなさげに眉を下げ、雨に打たれた小さな子犬のよう震える声で私の名前を呼んでぎゅう、と制服の裾を掴んですり寄ってくる。
そうして、また大粒の涙を流してすすり泣く。


こんなに泣き虫で子犬のような彼、神童くんは普段は決してこんな風にはならない。確かに、見た目はやや中性的であり男の子らしからぬ可愛らしさと可憐さがある。それ故に少し頼りなく見えてしまう。が、実は責任感が強くて凛々しい、誰よりもしっかりした子なのだ。
おそらく、周りもその神童くんの姿しか知らないだろう。
同じサッカー部の子達も、いつも一番近くにいる幼なじみの霧野くんでも…多分、こんな彼は知らない。


「名前さん、オレ…」

『うん、もう何も言わなくていいよ。わかってるから』


ぐい、と自分より若干小柄なその体をもっと引き寄せて大丈夫、大丈夫と涙でぐちゃぐちゃになった彼に言い聞かせるように、そっと諭す。
涙を拭いて。なんてハンカチを渡してやるよりも、彼にはこっちの方がずっと効果的だ。最初は私がこうする事を至極恥ずかしがって嫌がっていたのだが…いつの頃からだろうか。
今は、私を見かけると逆に強く求めてくるようになった。否、素直に甘えてくれるようになったと言った方が正しいかもしれない。

そういえば、一年前に初めて見かけたのもこんな風に泣いてる姿だったっけ。
その時はサッカー部を続けるかどうかについて悩んでいたらしいけど…そんな事を悩んでいた彼が今はそのサッカー部のキャプテンだ。本当に成長したなぁ、と思う。その頃から何となく気になって見守り続けてきたせいなのか、私はすっかり神童くんのお母さん気分である。

しかし、最近になってまた彼は何か深刻な悩みを抱えてしまっている様子で。
その原因はといえば、きっとサッカー部の事なんだろう。
あまり詳しい事情はよくわからないけれど、この前の入学式があった日、サッカー部内で何人か負傷者が出て保健室へ運ばれたという話を聞いている。それと、サッカー部員が次々に退部しているという嫌な噂まで耳にした。

そして、久々の神童くんの号泣。
よっぽどの大変な事態、私にも予想できないような何かが彼の周りで起こったに違いない。

……全く、サッカー部は何故いつもいつも彼を苦悩させて困らせるんだ。このままだとそろそろ大きな穴が空いてしまうぞ、神童くんの胃に。


「ダメ、なんです…」

『え…?』

「オレには、もう…キャプテンの資格なんて、なくて…みんな本当はサッカーが好きで全力で勝ちたい、って思ってるのに…必死で我慢してるのに……オレだけ、勝手に揺さぶられてて……も、ほんとにどうしていいのか、わからなっ…」

『神童くん…』


ぎゅうっ。少しきつく、その小柄な身体を包み込んでやるようにして抱きしめる。
数センチも満たないほぼ零距離で目に涙を溜めたまま、すっと私の肩に置かれた可愛らしい顔を上げる神童くん。

うわ、今神童くんから石鹸みたいないい香りが……って、そんな変態じみた事考えてる場合じゃなくて!


『私には何の事だかさっぱりなんだけどね…神童くん、キミは一体どうしたいの?』

「え…」

『周りがああだから、周りがこう言うからって言ってもさ…結局最後に決断するのは自分自身でしょ?とりあえず、まずは気の向くまま思った通りに行動してみなよ。結果はどうであれ、何事もやる前から諦めてたら…それこそダメ、なんじゃないかな?』

「っ、気の向くまま…思った通り…に?」

『うん。泣いちゃうくらい悩んでるんならいっそのこと正面突破してみなよ。まぁ、それで失敗したりダメだったとしても…私、私は神童くんの味方だから!ね?』

「……名前、さん…」


涙で潤んだとろんとしたような目でじっと彼と比べてあまり整っていない(つまり、地味)顔を見つめられる。
至近距離だし神童くんの顔が端正だし可愛過ぎるしでちょっと恥ずかしいな、なんて悠長な事を考えながらだんだんと近づいてくる顔と目から目を逸らしもせずに、にこり。微笑みを返す。



ちゅうっ。


『ん、んっ…!?』


直に聞こえたリップ音と、唇の柔らかな感触と温度。
ふわりと鼻を掠める、神童くんの香り。


軽く触れてきたかと思えば、ぐっとさらに距離を詰めて深く、舌まで侵入させてきて唇全体を味わうみたいに深く、口づける。

勿論驚いた(なんてレベルでもない)が、抵抗とか拒絶とかを考える前に彼のキスで思考が完全にマヒしてしまった。

優しくて甘い。でも、強く、本当に強く私を求めてくるようなキスに、私は座って神童くんを受け止めるのがやっと。
少し気を抜けば、クラクラして今にもばったり倒れ込んでしまいそうだ。

両手首を掴んで抵抗できないようにと一生懸命拘束しているが、もはや抵抗しようだとか、そんな思考は欠片も持ち合わせていない。


『んっ、ふぅ…あっ、しん、どく……んうっ…』

「っ…!?あ、名前さん!ご、ごめんなさっ、」


いよいよ押し倒されたところで、ようやく我に返ってくれたらしい神童くんがぱっと唇を離して勢いよく後ずさっていく。
さすがはサッカー部キャプテン。陸上部も顔負けの素早さだ。


「あ、あのっ、オレ今、……」

『…はぁ…知らなかったなぁ…神童くんにそんな積極的な一面があったなんて…』


いつも泣いてばかりの可愛い子なのにね。

キスの酔いが覚めずまだクラクラする頭と痺れてしまって思うように動かない体を何とか起こし、言いながら意地悪く口元を緩ませた。

さっきのキスの時とは打って変わって、口をはくはくとさせて耳まで真っ赤にする神童くん。
これはまた、凄まじい変わりようだ。

ほんの数秒前、舌まで入れてくるような濃厚で深いキスをしてきたのが本当に目の前の彼だったのか、とつい自分の記憶を疑ってしまいそうになる。


「〜っ…ほ、ほんとにごめんな、さい……」

『わわっ、あーもう、ほら泣かないの!そんなしょっちゅう泣いてたらそのうち体中の水分全部なくなっちゃうよ!』


再び彼の瞳からポロポロと流れ落ちる大粒の雫を見て、慌てて自身の制服のポケットからハンカチを取り出し目元に押し当ててやる。

頼むからもう泣くな少年っ。そんなキスくらい(まぁ、実はファーストキスだったりするワケだが)で私は怒らないから!


「…ううっ…名前さん、」

『え、何?ああ、キスの事?それなら別に気してないから心配しなくても、』

「……きです」

『ん?』

「…好き、でした……ずっと…前から……」

『……え?』

「いつも泣いてばっかりのオレに優しい名前さんがずっとずっと好きで……いつ言おうかずっと迷ってたんですけど…キスを受け入れてくれたって事は望みはあります…よね…?」

『え、え?神童くん、ちょっと待って。その好きってどういう…』

「あ…すみません…本当はわかってます。こんな泣き虫で頼りないオレに好きだって言われても、迷惑なだけだって……」


神童くんからの突然の告白。
涙目で若干鼻声だけれど、確かに目は真っ直ぐこっちを見てるしその奥に見える意志も強い。

いやね、別に迷惑ってことはないんだけど……ただちょっと、否、かなりびっくりしただけで。


『えーと…神童くん、私ね…』

「…も、いいです…わかってるんで…聞きたくな、い…」

『好きだよ』

「……ほらぁ、やっぱ……へ?」

『私もね、好きだったんだよ。神童くんの事』


そう言ってくしゃくしゃと柔らかなくせ毛を撫でてやると泣き虫で可愛い私の想い人は両手で顔を押さえ、大泣きし出してしまった。








泣き虫だって甘えただって
(キミのそういうところもひっくるめて、全部私が受け止めてあげるから)


― ― ― ―

はい!最後まで読んでくださってありがとうございました〜。

今回は綺麗な神童さん夢です。…多分。
あ、途中でキスとかしてましたがとりあえずお話自体は大分綺麗……なはず!
イナギャラを見ていて神童さんが何だかとっても胃痛に悩まされたり泣いたりしていらっしゃったので神童さん、泣かないで!元気出して!という思いから出来上がったのがこちらのお話←
っ、お願いです。誰か神童さんの胃になってあげてくださいっ。神童さんに救いの手を!

うっひゃ〜…久々過ぎて文章ヤバいですね(笑)自分でも読めないです←





「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -