『全く…そうならそうと最初から言えばいいのに』

「それじゃ面白くねーだろ。せっかくお前通ってる大学に来たんだし、少し驚かしてやろうかと思ってよ」

『確かに、驚かし目的だっていうなら見事に成功してたよね。…かなり度が過ぎてたけど』

「だから悪かったって。ほら、いつまでも根に持ってねぇでお前も手伝えよ。あとでお前の好きなオムライス作ってやるから」

『うーん…じゃあ、あとエスプレッソもよろしく!』

「へいへい、エスプレッソもなー。りょーかい。わかったからさっさと手伝え」


バンのトランクを漁りながら私との会話を成立させていた不動から、ぼんっ、と重たい音を立てて何かを手渡される。
その瞬間、ふわり。いつもカフェの店内に漂っているものと同じ、香ばしい香りが私の鼻をくすぐった。


『あ…これ、もしかして新しいコーヒー豆?』

「おう、正解。店長とオレが何度も飲み比べて一番だと思った豆だ」

『へー…』


腕の中に収まった、少し重量のあるコーヒー豆の段ボール箱。
よくよく見てみれば、その段ボール箱には確かに私と不動が勤めているカフェの名前と、シンボルのコーヒーカップの絵のプリントが。
お店の看板に使われているものと全く同じだったのでちょっと驚いた。…あれ、そういえばお店にこんなのあったっけ。


「それ、店長の自作。料理はあんまりなくせにそういうのに関しては一流なんだよな〜、あの店長さんは」

『ああ、なるほどね。店長が作ったんだ』


うちの店長は不動の言葉通り、確かに料理が苦手なのだ。
それでよく飲食店の店長なんて務まるものだ、と思うかもしれないが店長には料理とは別に他の才能がある。
例えば、この段ボール箱。デザインを考えて、どんな方法であれ忠実に反映する才能。因みに、これは途中から入った私が当初の不動から聞いた話なのだが、お店のデザインから看板のデザイン、店内のインテリアの配置まで全てにおいて店長の考えたものが丸々反映されているらしい。
あと、店長は不動と同様、コーヒー豆の知識が非常に長けている。考えてみれば、コーヒーを中心に取り扱うカフェの店長なんだからそれは当たり前か。


「じゃ、とっとと行くぞ」

『お、なんかいつになくやる気じゃない。感心感心』

「お前誰だよ。まー…やる気つーか、これ終わらしたら車戻して直帰していいって言われたからよ」

『なんだ、ただ帰って休みたいだけじゃん。感心して損したー…って、あ、それじゃ、さっき電話で私今日遅番にされたのってアンタのせいか!』

「えー?知らねー」

『ほんとに最悪!今日見たいテレビあったのに!』

「そりゃ残念。録画でもしとくんだな」

『なっ、こら不動、待ちなさいよ!』


いくつかの段ボール箱を抱え、足早に歩き出す不動。
そんな不動の後ろ姿を追いかけるように持たされた段ボール箱を抱えたまま、私も慌ててその場から駆け出した。




***




「お待たせしました、こちら新作のコーヒーです」


どうぞ。とコーヒーカップを手に爽やかな笑顔と柔らかな声で目一杯愛想を振りまくのは大魔王、不動明王。
そして、その一帯を偽りの笑顔と声に騙されすっかりメロメロになった女の子達の黄色い声が支配する。


場所は大学の食堂。時刻は丁度正午を過ぎたばかりで、一番食堂が混み合う時間帯に突入していた。所謂、ランチタイムというヤツである。


「うわー、ほんとかっこいい!」

「ありがとう」

「いいな〜名前、こんな彼氏がいて」

『〜っ…だからー、彼氏なんかじゃな、むぐっ』

「ええ、オレも名前みたいな可愛い彼女がいて本当に幸せです」


私の言葉を遮り、ぐい、と横から自身の腕を回して抱き寄せる。否、ように見せかけて上手く口を塞ぐ。
また冷やかしの声が挙がり、違う。と不動の腕を逃れて否定しようと口を開けば、さらに力を強めて拘束してくる。一瞬、暴れてやろうかとも思ったのだがその思考を読み取ったらしい不動が耳元で「暴れたりしたら今度はキスで黙らせるからな」なんて言ってきたので、敢えなく断念。
結局、周りからの冷やかしの声を浴びつつ大人しく不動の腕の中に収まっているしか選択肢はなかった。

…ま、不動の大魔王的本性を知ってるただ一人の人物って時点でもともと私には選択肢なんてあってないようなものか。


「うひゃー全く、見せつけてくれちゃうよねー」

「んー惜しいなぁ…彼女なしだったら私が彼氏にしちゃうところなんだけど…」

「ははっ、それはどうも。でも、もうオレには名前がいますから」


友達が聞いた余計過ぎる発言に返した不動のその一言で、私に冷たい視線が集中。ぐさぐさと痛いくらい突き刺さる。
勿論、視線の主、否、主達はわざわざ見なくてもわかりきっている。不動を見て(騙されて)黄色い声をあげていた女の子達。

あー…やばい、なんか刺さる視線が異常に殺気立ってて怖い。
私この後人目に触れないような場所に連れて行かれてリンチでもされるんじゃないかな。まさにそんな勢いなんですが。


「そういえばさ、不動くんと名前って同じお店で働いてるんだよね?」

「そう。オレが副店長で名前がアルバイトの従業員」

「へぇ〜じゃ、ほぼ毎日一緒にいるんだー」

「どーりで最近付き合いが悪くなったワケだわ」

「だねー。こんな素敵な彼氏いたんじゃ早く帰って会っていちゃこらしたくなるもん」

「え…?付き合いが悪いって?」


どういう意味ですか?と、コーヒーを紙コップに注ぐ動きをぴたりと止めた不動が聞き返す。

口を塞がれている私に発言権はなく、続けて、友達が口を開いた。


「んー、カラオケとか合コンとかに誘ってもすぐにムリ!って断って、早く帰らなきゃ!の一点張りだし…前はしょっちゅう一緒に行ってたのに」


それは、剣城くんがいるから早く家に帰らなきゃって意味だ。というか、勝手に話を捏造するな友よ。

私合コンなんてしょっちゅう行ってないぞ。確かに誘われはしたけど、行った覚えもないし。


「そうだねー。名前、バイトなくてもすぐ家に帰っちゃうし、家にも来るなって言うし」


それも剣城くんがいるからだよ。あの子無愛想な上に割と人見知りするっぽいから、テンション高い女子大生の友達とか絶対に連れていけないもん。あと、毒吐かれたりしたら困るし。(不動みたいに外面だけでも良くできるような器用さも持ち合わせてないみたいだしね)


「あ、もしかして!2人って同棲してるの?」

『っ…!!?』


もぞ、と腕の中から無理にでも出ようと試みる。が、やはり離してくれないのが大魔王。

ちょ、これだけは本気で頼むよ、不動っ!違うって思いっきり叫ばせて!きっぱり否定させてえぇぇー!


「同棲…そっかー、だから私達の事家に呼びたくなかったんだ」

「もー、水くさいなぁ!それなら言ってくれたらバッチリ気ぃ遣ったのにっ」

「…なるほど。そう、だったんですね」


勝手に盛り上がる友人2人に返しながら、一瞬。本当にほんの一瞬だけ、不動が私に視線を送ってきた。

その威圧感、恐怖感といったら、抗う気力さえも見事に奪い去る程。

直後、メールの着信音だと思われる短い音が流れ、比較的自由だった右手で羽織っていた上着のポケットから携帯を取り出してぱかりと開く。

ああ、やっぱりメールだ。新着メールが一件。相手は…


『…(不動…?え、不動?)』


視線だけを必死に泳がせ驚いた目で不動を見れば、私を拘束していないもう片方の手には携帯が。

うわ、いつの間に…


『…(えーと、何々…《お前、そこの2人とオレになんか隠してるだろ》…って、はぁ?)』


不動から送られたメールの内容を読んで、思わず眉をひそめる。

…隠してる?え、2人はともかく、不動には言って……ないな。うん。言ってなかった。
そういえば、一昨日バイトが終わった後、不動が家に来たいって言ったの全力で断ってたんだよね、私。

女友達も、いつも平気で家の行き来してた幼なじみにも突然家に来るな、なんて言ったら不審がられるのも当然だ。


『…(さて、)』


どうするかなー。


別に実は今、家に知り合いの子が来ててさー、と言ったところで害はないだろう。
だが、不動はともかく2人の女友達はマズい。絶対に納得だけじゃ済まない。寧ろ、興味を持たれて見たい見たい!と家に押し掛けてくるのが目に見えている。
それはできるだけ避けたい事態だ。剣城くんの為にも、私のメンタル面の為にも。


『…あれ?』


ふぅ、と溜め息を吐きかけた時、再び、携帯が呼び出し音を奏でる。

今度は着信、電話の方だった。
首を捻りながら、携帯の画面に映し出された相手の名前を見てみる。と。


『っ、もしもし?』


着信音に気づいてこちらをちらりと横目で見てきた不動にも構わず、急いで通話ボタンを押し、携帯を耳に押し当てる。


《あ、名字さん?突然電話してすみません》


透き通るような柔らかい低音の美声が、携帯を通して耳に届く。
その大人びた声は相変わらず慣れなくて、聞く度にまだ少し緊張してしまう。


『ううん、大丈夫。まぁ…ちょっとタイミングが悪かったかもしれないけど、』

《え、もしかしてまだ授業中でしたか?》

『あ、いいの、今のは気にしないで。で、どうしたの?急に電話なんて』


おーおー、大魔王様と友達2人の視線が刺さる刺さる。

ほんと、電話してくれるのはすっごく嬉しいんだけど…ちょっとタイミングが悪過ぎたかな。剣城くん。


《あの…それじゃ、今日はもう暇ですよね。朝にバイトもないって言ってましたし》

『あー…そのはずだったんだけど…ちょっと、店にやっかいな同僚がいてね。その人のせいで休みじゃなくなっちゃったんだ』


ちらり。見下ろす不動を横目で見やり、わざと嫌みっぽく告げる。

同僚、という単語が余程気に入らなかったのか、不動はさらに睨みを利かせてきた。

正直かなり恐い…けど、負けるもんかっ。


《そう、ですか…》

『…ねぇ、もしかして何かあったの?』

《いえ、特に何も。ただ…》

『ただ?』

《名字さん、に…付き合ってほしい場所があったんです》

『付き合ってほしい、場所…?え、それって…』


目を丸くしてどこ?と尋ねれば、剣城くんは若干戸惑いながらも凛とした口調で答えた。


《稲妻…総合病院です》

『稲妻総合びょ……えっ!?びょ、びょーいん!?今病院にいるの?』

《えぇ、まぁ…》


病院、と聞いて脳裏をよぎるのは事故、怪我、病気…

困惑した表情で携帯を耳から離し、次の瞬間、(何故か)少し隙のできた不動の腕からすり抜けてだっ、と走り出した。

ワンテンポ遅れておい!名前っ!と大声を張り上げて叫ぶ不動(あ、周りの女の子達が驚いてる)に一度だけ振り返って、ごめん不動!後で電話するから!と返し、また前に向き直る。



通話中だったのもすっかり忘れて剣城くんの携帯と繋がったままの自身の携帯をぱたん。と。
閉じて再度上着のポケットの中へ突っ込み、大学からはそう遠くない稲妻総合病院に向かって走った。





「……ふ、どう…?不動って…」



…あの、不動さん…?






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