「名前ーっ!」

『んー?』

「なんかねっ、今講義室の前にアンタの彼氏だっていう超イケメンな人が来てるんだけど!どーいう事!?」

『え、か、彼氏?…って、はぁっ!?』


午前中の講義が終了して間もなく、別の講義を受けていたはずの友人が激しく息を切らせて私のもとにやってきた。

そして、この報告。

こっちこそ、どーいう事!?とそっくりそのまま聞き返したい。
なんだ彼氏って。私彼氏なんかいないんですけど。彼氏いない歴7年(大体中学一年生辺りからの計算)で今も尚いない歴更新中なんですけど。


「ちょっと、あんな彼氏どこで見つけてきたのよ〜。羨ましいなぁ〜。ていうかさ、なんで言ってくれなかったの!言ってくれてたら盛大にお祝いしてあげたのにっ」

『え、え?…ちょ、ごめん。話が急展開過ぎて全然ついていけてないんだけど…』

「何ってアンタの彼氏の話してるんじゃない。んもー、ほら!待ってるから早く行っといで!」

『いや、行っといでって…』


困惑する私に全くお構いなしの友人はレッツゴー!とぐいぐい背中を押してくる。
ダメだ、話通じてないよこの人。なんでそうなったのか知らないけど、私すっかり彼氏持ちの設定に変えられてる。なんでだ。


……あ、そういえば…


『ねぇ、ホントにその超イケメンな人?が、私の彼氏だって言ってたの?』

「うん、言ってた。《オレ、名字名前の彼氏なんですけど。今名前はいますか?》って。あのイケメンくんさ、顔だけじゃなくて声もびっくりするくらいカッコいいよね!」

『………』


顔も声もいい、ねぇ。

何となく…それらしいというか、思い当たる人物が約一名。いるには、いる。

でも、アイツがそんな事言うだろうか?

そもそも、それ以前にアイツが私の通ってる大学に来たりするワケない。
ここの学生でもなきゃ、私の彼氏でもないのに。

まさか、私に嫌がらせ?わざわざ大学まで来て?
…いや、待て待て私。アイツはそこまでバカじゃなかったはずだぞ。寧ろ計算高くって頭良かったじゃないか。成績も常に学年トップだったし。

それに、だ。いくら嫌がらせが目的だとしても、さすがに私の彼氏です。なんて名乗ったりは……



「名前」


『っ…!?』


自分の荷物を鞄に詰め込みながら、ぐるぐると思考を巡らせていたところに後ろから突然の包容感と私の名前を呼ぶ声が。

講義室内が一気にざわつき始める。


「ごめんな、名前。周りには秘密にしたいから来るなって言われてたのに…」

『え、え…?えぇっ!?』

「だけどさ、どうしてもお前に会いたくって……耐えきれなかったから、つい」


目の前にいる友達も含め、周りにいた女の子からも黄色い声が上がった。


ぎゅ、と首に回された腕と妙にトーンが高いなよなよした感じの声。

声に聞き覚えはあった。うん、あった、んだけど……でも、人物と口調が合わない。というか、合ってない。いや、合っちゃいけない。
こんな甘ったるいセリフ。


『…あ、あのー…一体、どこのどちら様で?』

「ははっ、ひどいなー。いくら何でも彼氏に向かってそれはないだろ、名前」


ぞわり。とてつもない悪寒が背筋を駆け巡る。

…この声はやっぱり。


首だけをくるんと動かして、恐る恐る声の主を振り返った。

ああ、嫌な予感しかしない。


『ふ、ふどー……』

「一昨日ぶりだな。会いたかった」


ずばり、嫌な予感的中。
普段(大魔王)の態度からは考えられない180度別人格のアイツ、不動明王が人の好さそうな笑顔を浮かべて、そこに立っていた。




***




『…ちょっと、不動っ!』


不動を連れて講義室から抜け出し、あまり人気のない場所を選んでやってきた。
人気のない、といってもちらほらいるようでは個人的に困る。周辺に誰もいないのを確認。後、第一声にまずは一喝。


こうして、場所を移動した理由は他でもない。
講義室ではすっかり不動を彼氏だと思い込んでしまっている友達と、その周りの目があったからだ。


「何だよ、藪から棒に」

『藪から棒に、ってアンタね!』


怒りを露わにして怒鳴りつければ、不動はまーまー、落ち着けって。と呆れた表情で返す。

っ、何が落ち着けだ。これが落ち着いてられるか、っての!


『もー、どーすんのよ!完璧に誤解されちゃったじゃないっ』

「ああ、みたいだな」

『みたいだな?アンタが勝手にくだらない嘘吐いたんでしょーが!』


しれっと詫び入れもなく言った不動の言葉に、私の怒りがピークに達する。思わず、我を忘れてその胸ぐらに掴みかかってしまった程だ。

いくらバイト先では副店長で立場が上で(私の給料も操作できて)いじめっ子な大魔王だからといっても、やって許される事と許されない事があるだろう。
これはどう考えたって後者だ。許されない。否、私が許さない。


「うわー、暴力反対ー」

『暴力反対ー、じゃなーい!わざわざ大学までやってきた上に私の彼氏とか周りに振れ回って、一体どういうつもり!?』

「どういうつもりも何も。冗談に決まってるだろ、あんなの」


オレとお前が彼氏彼女なんて、どう考えても有り得ねーだろ?

そう付け加えて、私に胸ぐらを掴まれながらも鼻で嘲笑う不動。
…なるほど、まだまだ余裕がありそうだ。よし、もうちょっとシメとこうか。この男。


『へぇ…冗談の割には随分と悪質だった気がするけど?ご丁寧に彼氏の演技までしちゃってさ。しかも、皆信じ込んでたし』

「あー…あれなー。ま、実際それで通用するとは思ってなかったんだけどよ。個人的に結構いい線いってたと、」

『…ねぇ、あんまりふざけてると本気で怒るけど…いい?』

「あーもー、わかったわかった。あとでオレから訂正しとくって。だから離せよ、いい加減苦しい」


ぐっ、と更に力を込めようとしたが、不動の口から発せられた言葉に動きを止める。

…訂正。うん、まぁ、それならそれでいっか。
私が周りの誤解を解く手間も省けるってものだ。それに、元はといえば、不動のくっだらない嘘のせいで誤解されたんだしね。


『わかった…けど、今言った通りにちゃんとみんなの誤解は解いてよねっ』


改めてきっちりと念を押し、胸元を掴んでいた手を離す。

解放された不動はくしゃくしゃになった襟を懸命に整えながら、眉をひそめて私を見る。


「はいはい、わかってますよー。…ったく、お前も相変わらずだな」

『は?何がよ』

「冗談が通じないのと、普段は割と大人しいくせに頭に血が上ると誰も手に負えねぇくらい凶暴になるとこがだよ」

『なっ…』


離した途端にこれだ。

いやいや、不動さん。さすがにこれはね、誰でも頭に血も上りますって。

冗談は悪質過ぎて通じないも何もない。その上、謝りもしない。それ以前に、微塵も悪いと思ってないでしょ。

こんなんで怒りたくならない方がおかしい。
ちょっと精神科行って診てもらって来なさいって話だ。


『うん、もーいいよ。この話は終わりね、終わり!……で、なんで不動がここいるの?』

「あ?なんでってお前を迎えに、」

『あーはいはい、もういいからニセ彼氏の件は。本当はなんか用事あって来たんでしょ』

「ねぇよ、用事なんて」

『むっ、まだ言うか。だってアンタ、用事ないのにこんなとこ来る程暇人じゃな、』

「っ、だから…」


何かを言いかけて、はっとしたように急に口を噤んで黙り込む。

大声を出された私も大分驚いたが、何故か本人もいつもは鋭くきりりとしているはずの目を大きく真ん丸に見開いていた。
私にそれを見られたくなかったのか、すぐにふい、と俯いてしまったのだが。


…あ、あれ?なんだろ、不動の様子がちょっとおかしいような…


『ふ、不動…?』


それきり黙ってしまった不動に妙な違和感を感じた私は、表情を伺うように下から覗き込んで呼びかけてみる。


名前を呼んだ瞬間、ばちっ。不動と目が合う。

奥で不安定にゆらゆらと揺らぐ、淡くて鈍い光。その目は、明らかに動揺の色を映していた。


『え、ちょっと…どうしたのよ。不動』

「…お前さ、オレが…もし、本当にオレが彼氏だったら嫌か?」


ちょ、突然何を言い出すんだこの男は…っ!!


『…は、え?何?か、からしいも?』

「お前はそんなちゃらんぽらんだから知らなかったかもしねーけど、オレは昔からお前の事がずっと…」

『………』


えーと…これってどうなの?本気?冗談?夢?

不動の目がいつもの不動らしくなくてなんか怖いんですけど。
ていうか、何?私?私の事が…?

ヤバい。現状処理しきれなくて軽くパニック状態になっちゃってる。何これ、絶対おかしいって。


「……ぷっ、ばーか」

『ば、ばか?』


ほんの数秒前まで真剣な表情で私と向き合っていたはずの不動から、べしっと手加減なしのデコピンを額にくらう。

いたっ、とそこを手で押さえて間の抜けた声を出せば、不動はくつくつと喉を鳴らしてさも愉快そうに笑い出した。


……やられた。最悪。


『っ、またアンタは〜…』

「な?オレ、結構いい線いってるだろ」


そう言ってぱちん、と器用にウインクをする不動は(すっごい)ムカつくけど某アイドルや俳優顔負けのきらきらしたオーラを放っている。

性格はこれだが、顔はいいからきっと何をやってもこんな風に様になってしまうのだろう。
ホント、つくづく顔だけ詐欺ってやつだと思う。



『そうねー。いっそのこと俳優に転職すれば?その方が私もせーせーするし』

「わざわざ提案してもらってわりぃけど、その選択肢はねーなぁ。手軽に暇つぶしできる相手がいなくなっちゃ困るんでね」

『ふーん、そりゃ残念…って、私はアンタの手軽な暇つぶしかい!』





(演技に隠された本心、なんて。何も知らないアイツには言えない)






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