いくらなんでも何か一言言ってやろうかと眉をひそめて彼の様子を伺う。 随分と真剣に読んでいる。 最初のそれから始まって、そしていつの間にか。 私は見始めた本来の目的も忘れ、すっかり剣城くんの顔、(正確には表情に)見入っていた。 時々目を丸くさせたり、かと思えば眉間に深くシワを寄せたり。 一ページ、また一ページと捲る度、微妙に表情を変えていく。 『……?』 一定のリズムでページを流すように眺めていた手があるページで急に止まった。 どうしたんだろう。と首を傾げて動きの止まった彼を暫く凝視していたら、ゆっくりと口元が動き出す。 両端が上向きにつり上がり、口の形が徐々に弧を描く。 そうして、やがてふう、と。 『あ、』 ………笑った。あの剣城くんが。笑った…? 驚いた拍子に思わず声が漏れて、剣城くんに見ていた事を気づかれる。 今までサッカー誌に注がれていた視線が今度は私に向けられた。 やばい、心なしか少し不機嫌そう。 「何ですか」 『え、あ、いや〜…』 何ですか。と聞かれても… まるで返答のしようが、ない。 だって、なんて返せばいいんだ。 剣城くんの表情の変化が珍しくてつい見入っちゃってましたー。って?まさか、そんなの口が裂けても絶対言えない。言えるワケない。 だけど、剣城くんの目。どこかの大魔王様に負けないくらいコワイしなぁ…… 『っ、剣城くんってさ!もしかして、 サッカー好きなの?』 どうせ何か言われるんなら、とにかく素直に。 そう思って本当にバカ正直に、ぱっと思い浮かんだ事を尋ねてみた。 「………サッカーが、好き…?オレがですか?」 『え、違う?私にはそう見えたんだけど…』 「…違いますよ。嫌いです。サッカーなんて、」 『そうなんだ。じゃあ、なんでサッカー誌なんか見てるの?嫌いなのに』 「深い意味はありません。ただの気まぐれですよ。強いて理由をあげるとすれば、学校でこのサッカー誌が流行っていて少し興味を持った…それだけです。あるでしょう、そういうの」 言ってる内容は確かに正論。 でもね、剣城くん。一生懸命否定してもらって悪いんだけど、それ、キミの本音に聞こえないよ。 『……剣城くん、本当にサッカー嫌いなの?』 私にサッカー誌を頼んできた理由。真剣に読む姿。それと、無意識に変化を見せた表情。 何より、受け取った時に見えた気がした嬉しそうなあの表情は…いや、気がした。なんかじゃない。してたんだ。 「オレ、嫌いだって言ってますよね……それなのにあなたは何故そんな風に思うんですか?」 『うーん…強いて理由をあげるとすれば、顔に書いてあるから、かな』 「か、顔…?」 『うん、書いてあるんだよ。“オレはサッカーが大好きです”って、キミの本音がね』 「っ…!」 剣城くんの顔色が変わる。 さっきまで表情一つ変えずに淡々と私に毒を吐いていた彼はもうそこにいなかった。 おそらく図星だったのだろう。何か言いたそうにしているが言い返そうにも、その言葉が出てこないみたいだ。 ふと、ちらりと時計を見やる。 時刻は午後11時ちょっと過ぎ。 そっか、もうこんな時間なんだ。 『……なーんてね!ごめん、意地悪言って。本気にした?』 「え、いじわ、る…?」 『そ、意地悪。だってさ〜、私ばっかり剣城くんに意地悪言われっぱなしで悔しいじゃない。だから、今のはちょっとした仕返し』 「……仕返し、ですか…」 『サッカー誌見てるくらいで好きか嫌いか、なんてそんな事わかるワケないでしょ。ま、私もサッカー詳しくないけど……』 言いながら、テーブルの上のサッカー誌を見て、表紙に載っていた1人のサッカー選手を指し示す。 水色の綺麗な長い髪に端正な顔立ち、なかなかの美形である。 『この人がサッカー選手で、割とイケメンだっていうのくらいは見ただけでもわかるよ?』 「…まだからかってるんですか?さすがに怒りますよ」 『まさか、違うって。ただね、これぐらいの浅い知識だけでもサッカー誌は読めるもんねって、そういう話』 「………」 さて、と軽く伸びをする。 剣城くんはまだペースを乱されたまま。表情がらしくない。 ずっと思ってた印象と大分違ったから最初はスゴく驚いたけど。でも、まぁ…剣城くんもやっぱり人の子なんだな、と改めて思ってみたり。 今のでまた一つ彼を学んだ。 ……サッカーは好き(本人は全力否定)だけど話題を振られるのは苦手、っと… 『じゃ、私今からシャワー浴びてくるから。剣城くんもあんまり遅くまで起きてないでちゃんと寝なよ?』 「…はい、わかりました…」 『あ、それと別に覗きたくなったら覗いてくれても構わないからね?スタイルに自身ないけど、それでもいいなら』 「っ、…誰も覗きたいなんて思いませんよ。そんなの、」 『ありゃ、そんなのって言われちゃったー』 傷つくなぁ。と苦笑いを浮かべながらも、剣城くんの意外過ぎる一面を見る事ができた私の心は妙に満たされていた。 なんでサッカーの話題が苦手なのかも気になるけど、それを聞くなら今度は彼の口から直接聞くとしよう。 「名字さん」 『ん?』 「…その、ありがとうございました」 『……え、どうしたの急に。それにありがとうって…?』 「それは……色々と、です」 今までの態度からは到底想像できないような柔らかい声で言う彼に、くらりと目眩がしそうになった。 え、ちょ、ホントに何この子。ツンデレ?俗にいうツンデレ?ツンツンじゃなくてツンデレ? …ツンの割合が大き過ぎてデレの破壊力半端ないんですが。 『そ、そうなの?なんかよくわかんないけど、どういたしまして…かな?』 「ええ、合ってると思います」 あ、また柔らかい声。 …あと、これで笑顔付きなら文句なしなんだけどなぁ。笑顔ないのがもったいない。 そんな事を思って立ち尽くしているうちにいつの間にか自室の前まで戻った剣城くん。 ぺこりと軽く頭を下げてから、ドアを開け中に入って…いこうとしたけれど、途中でその動きが止まった。 …あれ、どうしたんだろう? 「あと一つ、言い忘れてました」 『え、言い忘れ?何?』 「……おやすみなさい」 ぱたり。ドアが閉まる。 閉まったと分かっているのに思考が現状に追いつかなくて、その場から動けない。 今言われた「おやすみなさい」と、表情。 ふう、って笑ってた、ような。 え、笑う…?剣城くんが私に向かって?有り得ない。 でも、そう見えた。 ……いや、これはきっとあれだ。私のこれで笑顔付きだったらなぁ、なんて願望がビジュアル化して勝手に脳内再生されたんだ。うん、それだわ。確実に。それなら納得。 『……とりあえずシャワー浴びてこよ…』 剣城くんのツンデレに激しく悶えさせ、じゃなくて、動揺させられた私はまとまった考えが浮かばない脳機能を正常化する為、浴室に足を運ぶ。 結局、剣城くんのツンデレは異常。という訳の分からない結論に至ったのだが、次の日の朝になったらすっかり毒舌全開な彼に戻っていた。 ツンデレのデレの部分なんて微塵も感じられない。ツンツンで毒吐きの恐〜い剣城くん。 「おかえりなさい」はともかく、やっぱりあの時の「おやすみなさい」は携帯で録音しておくべきだった、と改めて後悔した。 ← |