午後9時ちょっと過ぎ。カフェでのバイトも終え、ようやく帰宅できる時間になった。

実を言うと大魔王(不動)から尋常じゃないくらいの仕事量を与えられてたんだけど…
そこはそう、持ち前のやる気をフルに活用させて何とか乗り切ってやったさ。

見たか大魔王。私だってやればできる子なんですー。なんて終わってから冗談半分で言ってみたら、「誰が大魔王だ、バーカ。」って。

返されて、また、頭を叩かれた。
全く…あんまり叩かれたら髪の毛薄くなってハゲちゃうじゃんよ。それこそ、昔の不動みたくなっちゃう。


『んー…一応、帰る前に電話くらいしておこうかな』


先に外へ出てきた私は、不動が店の中にいるのを確認して携帯の通話ボタンを押す。
ディスプレイには『自宅』の文字。

プルルルとお決まりの無機質な音が鳴り、やがてプツと途切れる。


〔はい〕

『あ、もしもし?剣城くん?』

〔…ああ、名字さんだったんですか〕

『あ、うん。私です〜…って、こらこら。ああ、とは何よ。ああ、とは』

〔いえ、何、と言われても…他にどんなリアクションをしろと?〕

『あ……そ、そーだね…』


20秒で会話終了。

……やっぱりか。電話でもやっぱりこれか。
ていうかさ、いくらなんでもコミュニケーション能力皆無過ぎでしょう。
なんで続かないかな会話。しかもなんか毒舌っぽいの混じってたし。

確か、電話って割と話しやすいはずだよね?相手の顔見えないから気まずくなりにくいとかで。
でも、さ…だったらおかしいな。何だか顔見えてた時より余計に気まずくなってるような気がするんですが。え、まさか私だけ?


『あ、あのね!私バイト終わったんだ。で、今から家に帰るから』

〔そうですか。わかりました〕

『うん。あ、そーだ。剣城くんなんか欲しいものとかある?あるんなら買ってってあげるけど』

〔欲しいもの…?〕


そうだ、その意気だ、私!
剣城くんがこんな感じでもめげずにそれらしく振る舞うって決めたんだから。
10字以上30字未満でなかなか会話が続かなくたって、自分から話しかければいいじゃない。


『ほら、学校で必要なものとか剣城くん自身で無いと困るようなものとか。そういうの…ないかな?』

〔………まぁ…あるといえば、〕

『あるの?』


お、意外。てっきり即答で「ありませんよ、そんなの」とか答えられると思ってたのに。


『何?言ってみて』

〔…やっぱりいいです。明日自分で買ってきますから〕

『いーのいーの。遠慮なんてしないでよ。買い物くらいこの名前お姉さんに任せなさいって』

〔………それじゃ、〕




***




「ありがとうございましたー」


店員さんの声を背中に受けて、自動ドアを通る。合わせてコンビニ特有の開閉音もタイミングよく流れた。

本当にタイミングよく。
(店員さんの声に丸被りし過ぎてて笑いが込み上げてきたのは秘密)


『さて、と…剣城くんから頼まれてたものも買ったし、帰りますか〜』


ぱくり。右手に持っていた菓子パンを一口かじる。
これはバイトが遅番の時の私の日課のようなもの。菓子パンはそう、所謂夕飯代わり。
これを剣城くんに言ったら、またそんな偏った食事を。なんてお説教を食らわされそうだ。

その反対、左手には今出てきたばかりのコンビニの袋。それをぶら下げながら、意気揚々と数メートル先に見えている自宅を目指して家路につく。

特別意識はしてないけれど、自然と頬が緩むのが感覚的にわかった。

ああ、こういうのって、なんかスゴく久しぶりな気がする。
…なんて言うんだろう。心に、気持ちに羽が生えて宙に浮かんでる、みたいな。そんな感覚。

言葉で表すと、


……“ふわふわ”…“ほわほわ”…“ふにゃ〜ん”…?


『…あ、そっか』


安心感。
誰かが待っててくれてる、だとか、自分以外に誰かがいるっていう。

長いこと一人で暮らしてきたものだから、慣れてしまってすっかり忘れていた。
さすがに寂しいとまでは思ったりしないけど、何となくやっぱりあったかいなぁ、なんて。


『ただいまー』


鍵を回してドアを開く。
剣城くんがいるのにわざわざ鍵をかける必要はないんじゃないかとも思う。しかし、同居人である剣城くんがそれではダメだと指摘してくるのだから致し方ない。
女子大生一人に男子中学生一人の家でそれはいくらなんでも不用心過ぎる。もっと用心深くするべきだ、と。

…ホント、そういう言動を1つとってみても今どきな感じが全然しない。
見た目こそ結構ちゃらちゃらしてて学校なんかサボって遊び歩いていそうな、そんな雰囲気満載なんだけど。
実際、学校は至って真面目に行ってるし、料理もできるし、口も(毒を吐く以外は)悪くないし。

全く、不思議な子だ。根っからしっかりしてるんだか、単にマセてるだけなんだか。


「おかえりなさい」


リビングに向かうとテーブルに行儀よく座って私の帰りを待っていたらしい剣城くんが。
相変わらず表情はぴくりとも変わらない。が、返事だけはきちんと返してくれた。

うわ、剣城くんが私におかえりなさい、だって。そんなの言ってもらえるなんて思ってもみなかった。ちょっと感動。

剣城くんのおかえりとかさ、超貴重なんじゃない?録音しとけば良かったかな。


「あの、ところで…あれは?」

『あ、うん。あれね。大丈夫、ちゃんと買ってきたよ』


はい。とテーブルに置いた袋の中から彼に頼まれていたものを取り出し、手渡す。

中学生らしく週刊のコミック誌…ではなく、週刊のサッカー誌。
表紙にはサッカー革命!という大きな見出しと、これまたサッカー選手だと思われる何人かの写真がちらほらと載っている。無論、サッカーにてんで無頓着な私は誰の顔を見てもいまいちピンとはこなかったが。


「あっ……ありがとうございます」

『(あれ…?)』


気のせい、だったんだろうか…?
雑誌を受け取った剣城くんの表情が一瞬、本当にほんの一瞬だけ変わった。(ような気がした)

サッカー誌の表紙を見るなり、柔らかく目を細めて。嬉しそうに。


「間違えて買ってこないかとヒヤヒヤして待ってたんですが、大丈夫そうで良かったです」

『あ、もー、失礼しちゃうなぁ。私ってどんだけキミに信用されてないのよ』

「別に信用してなかったワケじゃないです。一応バイトできてるんですから、それくらいの常識は持ってる人だと思ってましたしね」

『え、何故に上から目線?』


つまり、剣城くんから見てまだ頼りにはできないけど学校ではマトモにやってるしおつかいに行かせるくらいならまぁ、いいのかな〜。っていう小学校の低学年レベルなのか。私は。
それって…あんまり、どころかほとんど信用されてないって事だよね。信頼度にすると10%くらい?いや、もしかしたらそれより低いかも。

ていうか、待ってたの私じゃなくてそっち?じゃあ、あの奇跡のおかえりなさいも実は待ちわびてたサッカー誌に対してのもので、私がそれを聞けたのはサッカー誌のお陰だった。と?

何それ、思いっきり勘違いしてた私がバカみたいで恥ずかしいやら悔しいやら悲しいやら。

……前言撤回っ。さっきのちょっと感動。もあったかいなぁ。も無し無し!


「………」


気苦労とバイトでの疲れから小さな溜め息を一つ。
はぁ、と吐きながら、冷蔵庫にコンビニで買ってきた食品類をしまう。

帰ってくるまでに食べきった菓子パンの袋をゴミ箱に捨てつつ、さっさと椅子に座り直してサッカー誌を捲っていく剣城くんを横目で見やった。






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