剣城くんの作る料理は本当に美味しかった。
包丁裁きも、フライパンの扱いも私には真似できない程手慣れてて。

なんでそんなに上手なの?と聞いたら、彼は「家ではずっと一人でしたから」と、表情を変えずに淡々と答えた。

家ではずっと一人…?なんで?
お母さんも、お父さんだっていたはずなのに。



『やっぱりわかんないなぁ…』


そして、今はその翌日。剣城くんが家に来てから、ようやく日にちが変わった。

彼の超絶的な毒舌にかなり大ダメージを負っているが、それも少しは慣れたように感じる。
けど、剣城くんとの会話は相変わらず続かない。
朝だってお互いにほとんど何も話さなくて、剣城くんに至っては無言で朝食を済ませた後そのまま学校へ行ってしまった。

「行ってきます」

玄関から出ていく時、独り言みたいに言ったそれが今日の剣城くんの第一声。
何それお姉さん悲しい。

お陰で今日はバイトで遅くなるかもしれない、とも言えなかった。

まぁ、一応置き手紙はしてきたし遅くって言ってもそこまで遅くならないと思うから、特に心配しなくても大丈夫だろう。
何より、あの剣城くんなら一人でも全然平気そうな気がする。

お腹が空いたら勝手に冷蔵庫の中のもので夕飯作って食べて…あ、あとお風呂なんかものんびり入ってたりして。一人で。


……“一人”……


『…家ではずっと一人だった、か…何かあったのかな。剣城くんの家で』


一人。その単語が昨日の夜からずっと引っかかっていた。
胸の辺りのもやもやした、気持ちの悪い感じ。

まだ数時間しか一緒にいないけど、何となく気になってるんだと自分でもわかる。彼、剣城くんの事が。

そういえば、剣城くんはなんで私のところに来るって事になったんだっけ。実はよく知らないんだよね、ちゃんとした事情。

んー…確か、剣城くんのお母さんは電話で「暫く、京介の面倒を見てあげられなくなるかもしれないから」なんて言ってたような、


「おい、何サボってんだよ」

『あいたっ、』


べしっ。

鈍い音と共にやってきた、じーんとした痛み。

頭を叩かれた。それも結構強めの力で。

さっきまで考えていたのが一気にぐるぐる掻き回されて、全てどこかに吹き飛んでいった。
残ったは痛みの余韻だけ。


『いったぁ〜っ…ちょっと!いきなり叩くなっていつも言ってるでしょっ!』


頭のてっぺん(叩かれた個所)を手で押さえながら、後ろを振り返る。

声を聞いた時点で既に誰だかわかっていた私はきっ、と睨みつけるようにして、真っ先にその人物の名前を口にした。


『不動っ!』

「お前が仕事サボってぼーっとしてっからだろ。ったく、さっさと済ませてこいっつったのに…たかが掃除に一体何時間かけてんだ、バカ」

『っ、だからっていちいち叩かないでよね!すっごい痛かったんだからっ』


不動もとい、不動明王。
歳は私よりも4つくらい上の24歳。で、私がバイトをしているカフェの副店長でもある。

彼の主な特徴として第一にまず、口がかなり悪い。…これでよくカフェの副店長になんてなれたものだと。
それと、顔立ちはいい。俗にいう、イケメンってやつだと思う。現に学生時代、彼がかなりモテていたのを記憶している。…黙って、大人しくしていた時だけは。

最後に、性格は最悪。人をからかうのが面白いとか、自分に過剰な自信がある自信家なところとか、とにかく人に嫌われる要素満載の男。
それが不動明王だ。

そして恐ろしい事にこんなのと私は幼少期、それこそ小学生の頃からの長い付き合い。
所謂、“幼なじみ”だったりする。


「いちいち叩かれたくなきゃ、少しはマトモに仕事こなせっての。ただでさえ人数足りてねぇのに、お前みてーなサボり魔がいたらこっちが迷惑なんだよ」

『はい…?私がいつ、仕事サボってたって?私はいつでも、しっかりと!自分の与えられた仕事をまっとうしてこなしてますけど、自分の好き勝手にシフト組んでいつまでも副店長な誰かさんと違って』

「…そんなに給料減らされて過酷な労働を強いられたいのか?」

『うっ……い、いえ。滅相もございません…』


きた。不動のどす黒いオーラ。
しかも危険レベル高めなやつ。

ここは素直に従っておくべき、だろう。いくら幼なじみだとはいえ、不動なら本当にやりかねない。というか絶対にやる。

給料を減らされたりしたら大いに困る。ただでさえ、割と余裕がないっていうのに。

特に今は一番ダメだ。私だけじゃなくて剣城くんもいるんだから。


「これが終わっても仕事はまだ山ほど残ってんだ。今日遅番入ってんのオレとお前だけだし……上がりまで目ぇ回るくらいこき使ってやるから、そのつもりで覚悟しとけよ」


腕を組んでニヤリと笑うその姿はまさに大魔王。
この男に今までずっと付き合ってきた自分を拍手喝采で褒め称えたい。うん、偉いぞ自分。


『………あ、あのさ、不動』

「あ?」


踵を返して店の中へ戻ろうとするすっかり大魔王モードの不動に(最大限の勇気を振り絞って)声をかける。

案の定、睨まれた。声も怖い。
あ?ってなんだ。ヤクザか、お前は。
そしてきりりとつり上がった目と眉にものすごいデジャヴを感じるのは気のせいだろうか。
こんな感じの、つい昨日辺りに経験してるよね私。


「…なんだよ。早く言え」

『え…ああ、ごめん。で、いきなりなんだけど…不動ってさ、中学の頃に家で1人きりでいた事ってよくあったよね?』

「は?中学ん時…あー、確かによく1人だったっけな。親共働きだったし」

『寂しい…とか思った?』

「………はぁ?」

『だから、お父さんもお母さんもいなくて1人で…心細くて寂しいとか思った?』


いたって真顔で話す私の顔を、不動が呆気にとられた表情で凝視してくる。

そうなったって無理もない。
私もわかってるんだ。こんな話、仕事中にしかも不動相手にするものじゃないって。ほんと、バカだった。

どーせ、「お前、正真正銘のバカだろ?」なんて笑われて適当にあしらわれるのがオチ…


「……かった」

『……え、』


不動の口が静かに動く。が、その内容は上手く聞き取れなかった。

でも、今絶対何か言った。
なんだろ。…かった?かった、しか聞こえなかったんですけど不動さん。


『何?か、かった…?』

「っ、だから…!別に寂しいとは思わなかった、って」


ああ、なるほど。そう言ってたのか。


『え…思わなかったの?』

「ん、思わなかったっつーより、寂しいとか思ってる暇なんかなかったってのが正しいかもな…いっつもお節介焼かなきゃなんねー騒がしい誰かさんがいたから」

『わ、私!?…って、ちょ、なんで私が騒がしいの!』

「今も十二分に騒がしいっての。ま、そん時から中身が変わってねぇって事だよ。お前は」

『……(やっぱりヤなヤツ…)』


やはり聞いて損した。と不動の言動に呆れてひどく後悔をした数秒後。

今度ははっとして、自分でも知らないうちに口から言葉が零れていた。


『そっか!私が騒がしくしてあげればいいんだ!』

「名前…?」


いくら毒舌だって私なんかいなくてもいいくらいしっかりしてたって、剣城くんも中学生の男の子。子供なんだ。

寂しい。そんな風に思わせないように私がそれらしく振る舞わなくちゃ。

…もっとも、剣城くんの毒舌に私のメンタル面が保ってくれるかどうかはちょっと不安なところだけど。


「お前さ…何かあったのか?さっきからなんか変だぞ、色々」

『うん、へーき。それよりありがとね、不動。お陰でちょっと吹っ切れた。私、頑張るから!』


カフェでのバイトも、毒舌で扱いにくい同居人のお世話も。


そんな風に改めて決意したら、何だか胸のもやもやも気持ち悪さもなくなった。
最初はやめておけば良かったって後悔したけど、案外、不動に話してみたのは正解だったのかもしれない。


よーし、気合い入った!
バイト頑張ろう。


『副店長、このゴミ出してきちゃいますね』

「お、おう…」


店から出たゴミ袋を両手に抱え、収集所へ向かう。
ゴミ袋は割と重いけど、その足取りは軽い。


そーいや、嫌みでもからかいでもなく素で副店長、とか敬語とか使ったせいか不動の表情が微妙に引きつってた。

なんだコイツ、気味悪いとでも思われたのかな。





「……アイツ、絶対なんかあったな…」



不動が自分の後ろ姿に複雑な心境の混じった呟きを吐いてた、なんて知るはずもなく。
私は一人、どんな話題なら食いついてくれるか。と、同居人に懐いてもらう為の策を心底真面目に考えていた。






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