はいいろ

シーザーの助手に、マイルという男がいる。

銀の髪にグレーの濁った目をした、死んでいるような男だ。
いつも頭にガスマスクをつけている。服はいつも薄汚れた白衣。


そいつはたしか能力者でも、たいした戦闘能力があるわけでもない。だというのに、何故かシーザーの横にくっついていた。

いや、違う。
シーザーが横につかせているのか。


「あれ、ローくん」

噂をすれば、とは違うが、そんなことを思っていると向かいからじゃらじゃらと音をさせながら男が歩いてきた。その表情はどことなく嬉しそうで気味が悪い。

「どうしたの?ローくん。そんな人を殺しそうな顔して。スマイルスマイルすまいりー」

そして、全体的に灰色が目立つその男は、いつもの感情のこもっていない声でそう言うと、こちらにむかってにっこりと笑った。

「……」

「あ、怒った?さらに眉間にシワよせないでよ」


この男は本当にわからない。

シーザーにしても秘書のモネにしても、ある程度データがあるのに対し、この男については一切のデータがなかった。

取り敢えず知っていることは、シーザーの助手であるということと、シーザーにかなり気に入られているということ。

それ以外の他のことは一切わからない、謎だらけの男だった。


こいつに対して思うところはいろいろある。

そもそもおかしいのだ。
人の価値を、使えるか使えないかで判断するシーザー・クラウンに、どうしてそこまで気に入られているのか。

この男に、実は相当な実力があるなんていうことは考え難かった。
そういう風には、見えない。


じゃあなぜ、この男をここまでしてシーザーが縛り付けるのか。


「……本当にどうしたの?ローくん」


灰の男がそう言って身じろぐと、足元の……男の両足に繋がれる鎖がじゃらりと無機質な音をたてた。

男の足には、頑丈な鎖がついている。


両足を繋ぐようにつけられたその鎖は、ここから走って逃げられないように、ということだろう。

そんなことをしなくても、この男はここから逃げることなんて考えてすらいなさそうだというのに、何故シーザーはそこまでするのか。


「どうしてお前はシーザーと一緒にいるんだ」

「え?」

男は、少し困惑した表情を浮かべたが、「マスターとねぇ……そういえば、なんでだったかな」と考え始めた。

「僕はね、僕は、………?」

そこまで言って、言葉が止まった。
そして、とても不思議そうに首を傾げる。

「あれ、僕はシーザーといつから一緒にいたんだっけ?
……ごめんねローくん!わすれちゃったよ許して。 そんなことよりもね、ローくんに言いたいことがあったんだよ、ずっと言いたかったんだけどなかなかチャンスがなくてさだってローくんずっと僕のこと避けてたでしょう?だからいまじゃなきゃだめだと思うんだよだってこのさきまた話す機会がなくなりそうだからさちょっと聞いてくれる聞いてくれるよね聞いてよねえ聞いてよ聞いてよ聞いて」

「……」

急に男は、早口でそう捲し立ててきた。
その視線は曖昧で、こっちを認識できているのかどうかすら危うい。
やはりこの男は、得体の知れない。

「……なんだ」

警戒しながらそう小さく言う。

すると男は、いつもの安っぽい笑みではなく、にやりと。
まるで極悪人、殺人鬼のような、それでいて無邪気な子供のような笑みをうかべて、しっかりと言うのだ。

「マスターには心臓あげてたよね。ねぇ、僕には目をくれない?ほしいんだよね、ローくんの目がさ」







「ありがとうローくん、大事にするね!」

灰色の男はそう言って走り去っていく。

じゃらじゃらと一定のリズムで音をたてて、楽しそうに、愉しそうに。
足取りがいつもよりも軽い。



「……は、?」

数秒放心した後、
そこでふと、大切なことに気がつく。

何故、どうして、そんな言葉が頭に浮かぶが、声としては出てこない。



──左側が、見えない。

反射的に左目に触れてみると、何も、無い。

しかし、えぐりとられたわけではなく、綺麗に無いのだ。血も出ていない。これは、能力の。


しかし、自分は能力は使っていないはずだ。


使ってない──
いや、つかっ、た?




違う。使った。

自分が能力を使ったんだ。
能力を使って、あの男に、自分の目を。

たしかに、渡した。


しかし、何故?

あの男は不可解であると、不自然であると、得体の知れない人間であると把握して十分に警戒していた筈なのに。
どうして、自分の目をあいつに渡したのか。

「……っ!」

今はそんなことを考えている場合ではない。
とにかく目を取り返さなければ、一生左目が見えなくなってしまうかもしれない。


得体の知れない恐怖を感じながら、ローはマイルが去っていった方向に走り出した。

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