幸せな未来
「……そうか」
真剣な表情で、親父がそう言った。
一瞬何を言われたのかわからずに、俺は目を驚き見開いて顔を上げる。 目の前の親父は、俺のことを、引くでもなく気味悪がるわけでもなく、ただ真っ直ぐに見ていた。それは呆れたような目でも、哀れみの目でもなかった。
まさか、そんな言葉が貰えると思っていなかったので、俺はどうしたらいいのかわからなくなってしまう。
冗談は止めろと信じてもらえないか、気味悪がられて終わるか、引かれて腫れ物のように扱われると思っていたのに、こんな言葉はあまりにも理想論すぎて現実離れしていた。自分が一番望んでいたはずの結果だというのに、そうなったことがむしろ自分で信じられない。
「信じ、て……信じて、くれるのかよ、親父、こんな、あり得ない、嘘みたいな話……どうして、っ」
「……必死な息子の言葉を、親父が信じなくてどうする」
親父のその言葉に、堪えていた涙がまた一気に目から流れて床に落ちた。
どうして。 信じられないだろう。あり得ないだろう。おかしいだろう。嘘だと思うだろう。気味が悪いだろう。狂ってしまったんだと、思うに決まっている。
それなのに、どうして。 だって、信じられるはずないじゃないか。未来に起こることの証言なのだから、実際にその未来が訪れなければわからないのに。 どうしてそんな、簡単に信じられるんだ。
もしかしたら無理に言っているのか、と思ったが、そういった気持ちはその表情からは伺えなかった。 ただ真っ直ぐな、純粋に俺のことを信じている瞳だった。
「……ナマエ、大丈夫だ。お前は死なせねぇよい」
安心させるように微笑んでマルコがそう言って、周りの皆も「ああ、そうだ」だとか「守ってやる」なんて言葉が聞こえてきた。 涙をなんとか拭いて周りを見ると、親父のように皆がみんな笑うでもなく、呆れるでもなく、引くでもなく俺を見ている。
しかし、そんな信じている兄弟達の言葉でさえもどうしても信じられなくて、自分の都合のいい夢を見ているような気持ちになった。 皆がみんな嘘を言っていると思うほどに、頭の中がぐるぐると回って、吐きそうで、辛い。 俺はぐっと唇を噛み締めて、前を見据えて叫んだ。
「どうして……!嘘みたいだろ!……っ、信じられないだろ!冗談だって、笑ってくれていいんだ!無理して、無理してそう言ってるんだろ……!そんなに簡単に、信じられるはずないじゃねぇかよ……!」
「お前はそんな嘘、付くような奴じゃないだろ」
一言そう言われて、俺はその瞬間に全身の力が抜けて足に力が入らず、しゃがみこんでしまった。
どうして、皆がこんなに優しいのか、わからない。
こんな話をみんなに信じられていることが、そもそも理解できないのである。 だって、こんな話。こんな話を。
「たしかに信じられない話だけどな……お前が嘘なんて言ってないことくらい、俺達がよくわかってるんだよ」
「……っ、…本当に、……」
信じてくれるのか。
俺がそう言うと皆は、当たり前だろ、というように笑って頷いた。
ただ、それだけで、たったそれだけで──今までの後ろめたさややるせなさ、辛かったこと苦しかったことも全て報われたような気がした。 一生分の肩の荷が下りたような、そんな感覚。何故か、報われたんだとすら錯覚した。
「……っありがとう……」
こんな嘘みたいな俺の言葉でも、信じてくれた。信じてくれたのである。 こんなことは理想論すぎるだとか、奇跡が起こらない限りあり得ないだとか、あるはずがないと思っていたのに、奇跡は案外あるものなんだとその身で実感した。
どうしようもない感動をただ噛みしめながら、俺はただその場で泣きながら皆にありがとうと呟いた。
×××
「今を生きてるのが信じられねぇ」
絶対未来なんて無いと思ってたのにな。
そう呟くと、横にいたエースが「守ってやるって言っただろ」と少し笑って言った。
あれからいろいろな事が立て続けに起こった。 ヤミヤミの実は結局の所ティーチにとられてしまったが、エースに助けられて俺は今こうして生きているし、なんとか引き留めたお陰でエースも生きている。 皆も、親父も生きているのだ。生きている、皆。
「俺、皆に会えて、幸せだ」
そう呟いて前を向く。 たしかに、これで未来は変わってしまった。 変わってしまったせいで、何が起こるかもわからない。 俺がどうなるのか、白ひげ海賊団がどうなるかも全く検討も付かない。もしかしたらもっととんでもない悲劇が待ち構えているかもしれないし、そうでないかもしれない。 それでも、皆と一緒なら、絶対に大丈夫だとそんな気がするのである。
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