未来を証明すること
俺は昔、この世界のファンだった。 なんか言葉がおかしいが、まあ間違ってはいない。
あと、“だった”じゃないか。俺はこの世界の、ワンピースのファンだ。これまでも、これからもずっと。 俺はこの世界が大好きだ。この世界の人達が大好きだ。
ただ、大好きなんだが──自分が、その世界の登場人物になってしまうとは如何なものか。
俺が物心ついたとき、すでにそのワンピースの世界の、所謂サッチという登場人物になっていた。 気が付いたのがいつだったのか、いつそうなってしまったのかはもはや覚えていないが、自分の目の前に会えるはずのない白ひげ海賊団がいて、それはそれは驚いた覚えがある。 もちろん、当初は不安も心配もあったし、辛かったし苦しかった。何度も泣きそうになったが、周りの皆がいたから今までこうして生きてこれた。
それから、今の今までずっと、4番隊隊長のサッチとして生きてきたが、白ひげ海賊団の皆はいいやつで、親父は優しくて強くて格好よくて大好きだ。
船にいるのが、本当に楽しい。 本当に白ひげ海賊団の皆が大好きだった。
大好きになってしまった。
俺は、サッチだ。 四番隊隊長だし、容姿が完璧にそうだし、絶対にこれは間違いない。
サッチは、ティーチに殺されてしまう。 ヤミヤミの実を手に入れるであろうそのときが、タイムリミットだろう。
当時、俺はその事を考えて絶対に死にたくないと思った。たとえそれが運命だとしても、殺されるのはやはり怖い。 寿命がわかっているなら尚更。
しかし、ティーチを──黒ひげを返り討ちにできるほど、きっと俺は、強くない。かといって、皆にそのことを話すのは気が引けた。
──だって、「未来を知っている」なんていう虚言、誰が信じるだろうか。 「俺はこの世界の未来を知っている。ティーチがヤミヤミの実を奪うため俺を殺して、仲間になった火拳のエースはティーチに負けて海軍に捕まって処刑される。それを助けに海軍本部に行き沢山の兄弟が傷付き倒れて、親父も死ぬ」なんてとんだ狂言じゃないか。誰が信じるんだ。
白ひげ海賊団の皆に頭のおかしい人を見る目で見られて、距離を置かれ、病院を紹介されるなんて絶対に嫌だし──そもそもそのことを言ってしまえばきっと未来が変わってしまうだろう。
俺は、この世界が好きだ。
だからこそ、この世界の未来が俺の発言のせいで変わって、壊れて、違う誰かが死ぬのが怖い。 つまり俺は、死ぬしかないのである。
×××
「親父、大事な話が、あるんだけどよ、皆にも、ここにいるやつらだけでいいから聞いてほしい」
急に改まって俺が話を切り出し、話していた奴等もこちらを向いて、親父も「……どうした」と言って俺を見た。 大丈夫だ。ここに、ティーチはいない。怖くない、辛くもない。大丈夫だ。 手と足が震えて、額に汗がにじむ。それでも、今言わなければならない。
「……俺、多分、あと数日か数十日すれば、死ぬんだ」
俺が急にそう言うと、話を聞いていた周りの連中はあまりに予想外だったのか「え?」だとか「は?」だとか呟いて目を見開いた表情で固まった。
「ナマエ……?何言い出すんだよ。死ぬってどういうことだ」
「……っそれは、」
思わず息が詰まりそうになった。緊張しすぎて上手く呼吸が出来ない。
「なんか理由があるんだろうが……言ってみろ」
親父が真剣な表情で真っ直ぐに俺を見る。 言わないといけない。言わないと。言わないと。俺が今ここで言わなくてどうする。死んでしまう。大好きな人達が死んでしまうのだ。
俺はたしかに、これを言ってしまって未来が変わってしまうのが怖かった。 兄弟の皆に、親父に嫌われるのが怖かった。 怖い。今もやっぱり、それは怖い。
それでも、今の俺はそれよりも、そんなことより、大好きな皆が死んでしまうことの方が、よっぽど怖いのだ。 今、目の前の人達があんな目にあってしまうなんて、俺は絶対に嫌だ。親父が死ぬなんて、嫌だ。 俺はたしかにこの世界が大好きだし、未来を変えるのは気が引ける。
しかし、そんな世界よりも、俺は白ひげ海賊団の皆のことが大好きになってしまったのである。
「未来が、わかるんだ」
「……未来?」
俺の、そんな信じられない言葉に、皆が困惑した表情を浮かべ首をかしげたりする。 そうだよな。普通の反応だった。未来がわかるなんて言葉、信じられるはずがない。俺が皆の立場だったとしたら、やはり信じられないだろう。
「ナマエ、お前、もう少しわかりやすく言ねェのか」
「っ……、未来がわかる。そのままの意味なんだ。俺は未来を知ってるんだよ。これから俺達がどうなるのか、どうやって親父が、っ………、殺さ、れるのかも、」
「……親父が、殺される?おいナマエ、縁起の悪い冗談は──」
あり得ない、というような表情で言われたその言葉に、つい感情が高ぶって俺は「冗談なんかじゃねェよ!!本当に、冗談だったら、冗談だったらどんなによかったんだろうな……!!」と思いっきり叫んでしまった。 急に叫んだことに驚いたのか、皆は少し目を見張って俺を見ると「お、おいナマエ、どうしたんだ」と慌てたように言う。
……こんな、感情をむき出しにして冷静さに欠けるようなことをしてどうするんだと、俺は頭を抱えたくなった。 しかし、冷静になるほどの余裕が、今の俺には残されていない。残された時間はもう少ないのだ。もう決心したのだから、後戻りなんて絶対にしない。
「未来を知ってる理由は言えない。でも本当なんだ。俺はあと少しで、きっとティーチに殺される」
「は……?ティーチって、ティーチ……?嘘だろ……?」
信じられない、というようにエースが呟いた。他の連中も、そんな馬鹿なというような表情をしている。親父はただ無言で、俺を見ていた。 息をのんで、俺は言葉を続ける。
「ティーチはもともとヤミヤミの実が目的で、この船に乗ってるんだよ。俺は偶然ヤミヤミの実を手に入れるだろうけど、それを奪われて、ティーチに殺される」
「、そんな」
「……それで、俺を殺して船から降りたティーチを追って、エースが、ティーチと戦って負けるんだよ。それで、海軍に引き渡されるんだ。エースは海軍本部で公開処刑されることに、なって、……それで、エースを助けるために、皆が海軍本部に乗り込んで、……っ……皆が、みんな、傷だらけで、親父も、エースも……二人だけじゃない、……皆が、皆、沢山、傷付いて、倒れて、……」
だんだんとあの戦争のことを明確に思い出してしまい、涙が出てくる。
もっと詳しく話さなければならないというのに、泣いたせいで嗚咽が漏れてうまくしゃべれない。
今、泣いてどうするんだ。泣くのは今じゃない。後で名一杯、一生泣けなくなるほど泣けばいいじゃないか。 それに、こんな悲しみ親父を失った皆の気持ちと比べれば、大したことじゃないだろう。
過呼吸になりそうになって、酷く脈打つ心臓を落ち着かせるために少し深呼吸する。 涙で視界が滲んで、皆の顔はよく見えないが、なんとなく唖然とした表情で俺を見ているのがわかった。 それでも俺は大きく息を吸って、心の悲鳴をそのまま吐き出した。
「どんなに……っどんなに虚言だって思われても、かまわねぇ!だけど、嫌なんだよ、親父が死ぬのも、お前ら兄弟が死ぬのも嫌なんだ……!っ、信じてくれなくてかまわない!今は、嘘でいいんだ……!だけどよ、俺が、もしヤミヤミの実を手に入れて、そしてティーチに殺されたら、そのときでいい……そのときは、信じてくれ、エースを行かせないでくれ……頼む、頼むから、……誰も死なないでくれ、お前らが傷付くなんて、死ぬなんて、あんなことに、嫌だ、お願いだ、……」
それ以上、言葉が続かなかった。 きっと信じてもらえない。 嫌われるだろう。 それでも、仕方がない。俺が言わなければ、死ぬのだ。なら、言うしかない。 もはや、俺に残された道なんてひとつしかないのだ。 宣言通り殺されて、未来を証明する。
俺の命一つが犠牲になるだけで皆があの未来に向かわないなら、それだけで俺は十分に幸せだ。俺は皆がいなかったら、きっと今生きていられなかったのだから。
皆はただ呆然と、俺を見ているようだった。 引いているのか、気味悪がっているのか、どっちにしろきっと俺の頭がおかしくなったのだと思われているに違いない。
俺は自分でも何を言っているのかわからず、ただ無様に子供のように泣きじゃくっている。後悔はないのに、何故か涙が止まらない。こぼれる涙を袖で拭いても拭いても、またあふれて頬を伝っていく。 視界が滲んで前が見えない。皆がどんな表情をしているのか、わからなかった。どうしようもないくらい怖い。
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