にい

「それで俺はこう言ったんだ。“毎日俺のために味噌汁を作ってくれ!!”」

「なんだそのくっさい告白!それでフラれたんだろ?」

「いや、OKもらった」

淡々とそう返したディーに、さっきまで大笑いしていたサッチは席を立つと「……は?ちょ、お前……まじかよ……!?」と驚愕した表情でディーを見て言った。周りの連中は「嘘だろ!?」だとか「本当かよ!」と言いながら更に笑いだす。

何故かディーという青年は船に乗って数日ほどで、あり得ないくらい船に馴染んでいた。

ディーの話す話はかなり面白いらしく、ディーの周りにはディーの話を聞こうと人だかりが出来ているのをよく見かけた。
最初は、実は遭難したと見せ掛けて船に乗っている敵なんじゃないかと疑っているやつもいたが、ディーのどこか抜けたような性格を見ているとそんな考えは消えたようだった。

たしかにこいつに危険な感じはしない。
しかし、何かそこら辺の普通の人とは何か違うような気がする。

「おーい!エェェェス!」

「は!?」

いきなり声をかけられて振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたディーがいた。こいつはどんな話の最中でも俺を見かけるとこうして話しかけてくるのである。
気に入られてるんだろ、と皆は言うが、それとはまた何か違う気がするのは気のせいだろうか。ディーという青年は、俺を通して何処か遠くを見ているように見える。

「エース!どうした?俺の顔に何かついてるか?」

「え!?いや、別に……」

「そっか?じゃあ一緒に釣りしようぜ!」

エース見てろ、俺がお手本を見せてやるからな!大量に釣ってやるぜ今日は大量だ!

──ディーがそう言ってからもう既に一時間経過しているが、ディーの竿は一向に引く素振りも見せない。
ディーも、一時間前の勢いは何処に行ったのやら、項垂れた様子で「釣れねぇー……」と呟いていた。やはり気合いだけではどうにもならないこともあるらしい。

「なあ、ディー」

「ん?何だよエース」

「お前さ、俺を見ながら別の奴のこと考えてないか?」

少し悩んだが、どうしても気になっていたことを今ここで聞いてみることにした。ここで聞かなかったら、もう一生聞けないような気がしたからである。
ディーはやはりどんなに俺を見ているようでも、何処か違うものを見ている。どんなに目を合わせていようとも、俺とは違う何か別のものを見ていた。

するとディーは申し訳なさそうな顔をして「……あーそっか、俺そんなことしてたか」と呟いた。

「昔のことを思いだしちまうんだよなぁー、駄目だな。俺は顔見てないんだけどさ!」

「昔のこと?なんだよそれ」

「んー……エースって名前はさ、昔を思い出すんだ。会いたいんだよなぁー……一度だけでいいんだ。もしも会ったら抱き締めて、ありがとう愛してるって言うんだよ。生きてるかどうかもわかんねぇけどさ、もし生きてたら、俺は」

そこまで言って、ディーは急に「あああエースがそうならよかったのに!」と大声を上げた。

とりあえずよくわからないが、多分昔の恋人の話だろう。
どうやらディーは、自分の名前に恋人の面影を見ていたらしい。たしかにそれなら、自分に何かと絡んできたりいちいち声をかけてきたりするのも納得がいく。
それにしても“エースがそうならよかった”というのは……。

そう認識するとなんだか急に恥ずかしくなって「お前っふざけんな!」と叫んでしまった。心なしか顔があつい。

「あ?なんでエース赤くなってんの?」

「……お、お前のせいだろ!」

「え、俺?……ははーん、なるほど。俺の美しい横顔に見とれちゃったのね!もうエースちゃんったら!」

ディーがそう茶化してくるので更に恥ずかしくなってきて「うるせぇ!ちがう!」と叫ぶと、ディーはそんな俺を見て楽しそうに笑った。やっぱりこいつはなんかムカつく。

 

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