いち
「いやー、助けてくれてありがとな!危うく海のもずくになるところだった!」
「もくずな」
「あーあ、俺が持ってた荷物は海のもずくになっちまったかー」
「もくずな」
黒髪の青年はにこにこと楽しそうに笑いながら、海水でびしょ濡れの体をタオルで乱暴に拭いている。 人当たりが良さそうで、お人好しそうな青年だが、まあ悪く言えば少しアホっぽい。
うちの航海士が近くの島を探していると、偶然望遠鏡の視界に人が海に浮いているのを発見した。 それがまさにこの目の前の黒髪の青年であり、かなりの強運の持ち主である。 きっとこの黒髪の青年は、この船に発見されずにそのまま素通りされていたら、この世にいなかったことだろう。冗談ではなく本当に。
なんせここらの海域は荒れており危険で、その上海王生物が多い。そのため通る船の数が極端に少ないし、通ったとしてもそれは漁師や、この近くの国の国民ではなく賊の類いの危険な者ばかりだ。 まあ自分達も賊の類いに当てはまると言ってしまえばおしまいだが。
「これくらいの小さい船で海渡ってたんだが、突然竜巻が来て船壊れて飛ばされてどうしようかと思ってたんだよ」
このくらい、と言って青年が示した大きさは、船であれば丁度二人乗れるか乗れないかくらいの大きさだ。こんな小さい船でこの海域を渡るのは正気の沙汰ではない。むしろ海王生物に食べられなかったのが不思議なくらいである。
「お前……なんていうか凄いな」
「いやーそれほどでもないって!はっはっは!」
誉めてねぇ。
「取り敢えず、親父に報告しに行くぞ」
「親父ィ?お前のトーチャン?」
×××
親父の元に青年を連れていくと、青年は親父を一目見るなり「うっおぉうぇい!シロヒゲサン!」と何やら奇妙な声を上げて驚いていた。 船が特徴的なのでとっくに気がついていると思っていたが、その俺の想像とは裏腹に、青年はここが白髭海賊団の船だとは知らなかったらしい。
「──お前が、海に流されてたっていう男か」
「そうだ!助けてくれてありがとう!危うく死ぬ所だったぜ!こんなことじゃあ俺は死なないけどな!」
青年が親父を前に簡単にそう言った。なにを根拠に言っているのかわからないが、死なないと言ったその姿は自信たっぷりで堂々としている。
そしてこの時俺は、どうしてかこの青年は親父にまるで軽々しく友達に話すような態度だというのに、それを疑問にも感じなかった。 ──この目の前の青年は軽々しく言ってのける割にはどうしてか説得力があって、何故か心がざわつく。
「お前──お前、名前は」
「俺?俺は、……超ぷりちーでスーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルやばい可憐な海の男、ディー!世界を放浪しながら旅してる。一応人探しも兼ねて」
何言ってんだコイツ。
そう思ったが、親父の前なので喉まで出かかったそんな 言葉を飲み込んだ。 というかこいつ、白髭の前なの解ってんだろ。なんでそんなテンションおかしいんだ。親父って超有名な海賊だよな?こんな軽々しく話して怖くないのか。それとも馬鹿なのか。なんとなく後者っぽい。
そんな青年に親父が「……お前は、」と呟いたので、俺は少し焦って親父の方を見た。 親父はと少し驚いたような表情をしていたが特別気に触れた様子はない。親父は偉大だからこんなことは気にしないか。安心した。 それにしても、どうもこの青年はよくわからない。
「グラララ……!エース、こいつを次の島まで乗せてやる」
そう言った親父はやっぱり寛大である。俺がそんなことを再認識しつつ「ああ、じゃあ他の奴らにも伝えてくる」と言うと、ディーという青年が「えっ!エース!お前エースっていう名前なのか!」と驚いた表情で俺を見てきた。 その表情はどこか嬉しそうで楽しそうで、それでいて、何故だかわからないがどこか遠くを見ている気がした。 その表情を見ていると、何かわからない感覚がする。自分でも把握できない感情が胸のうちを秘めて、内側から外側に広がっていくような。本当に、この青年は何なのだろうか。
「お、おう」
「エース!エース!すっげーいい名前だな!スーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルやばい名前だぜ!」
「お前それ気に入ってんのか!?」
何故かディーが、俺の両手を掴んで凄い勢いでぶんぶん振り回してくる。 そこまで感動することなのだろうか。いや、そもそも名前くらいでそんなに感動されてもこっちは反応に困るのである。
そんな俺達を見て親父は少し笑うと「そいつのことはエースに任せる」と一言。 嘘だろ親父。
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