やくそくする




「ディー……ディー!」

「ぅおっ、エースか!びっくりした」

ディーはそう言って少し驚いた表情をしてエースの方を向くと、すぐにっこりと笑った。

それはとても明るい笑みだったが、どこか物悲しげで、目の前に膨大に広がる海に気をとられてすぐにエースから視線を外すと、なんとか手すりに手をついてバランスを保ち海の向こうの水平線をすこし羨ましそうに眺める。

「一人で甲板に出たら危ねェだろ……!落ちたらどうすんだよ!」

そんなディーの肩を離さないようにしっかりと掴んで、エースはすこし怒ったような表情で言った。
どうして一人で行動するディーを周りの連中は止めないのか、と思ったが、そういえばディーは少し止められたくらいで諦めるような奴ではなかった。
近くにいた奴等が苦笑している様子から見ると、どうやら止めたり注意したりはしたようだ。
ディーはこの通り、聞かなかったようだが。

「あー……ごめんな。海が見たくなったんだ」

ディーが申し訳なさそうな表情でそう言うと、エースは少し呆れたような、仕方がないといったような顔をして苦笑を浮かべ、「……ほら、行くぞ。潮風は傷に障るしな」と言うとディーに両手を差しのべる。

すると、ディーはそれに少し驚いたような表情をしたが、すぐに嬉しそうに笑うと、ほとんど動かない両足を地面に引きずりつつも、なんとかエースに抱きついた。
長い時間潮風に当たっていたのか、その体は少し冷えていて冷たい。

「お姫様抱っこしてくれるのか!エースくん格好いい、大好き!」

「なっ……誰もそんなこと言ってねェだろ!というかお前、 俺より背高いじゃねぇか!」

そう言って少し焦っているエースを見て、ディーはとても満足そうに楽しそうにいつものように笑い「冗談だって」と言うといたずらに人差し指を一本唇に当てる。完全に遊ばれていたらしい。

ディーはこうやって人をからかうのが好きだが、それでも笑っているディーはとても楽しそうで、怒る気になれなくなってしまう。

「……ったく、仕方ねぇな」

「ん?ぇ、……うおおお!?」


ディーの足と背中を抱えて、ゆっくりと持ち上げた。
ディーはかなり驚いた様子でそう叫び声を上げ、エースの首に手を回し反射的にしがみついている。
案外軽い。まだ抱えられる重さだ。

「……どうだ」

「ぅ、お、お」

まさか、本当にされると思っていなかったのだろうディーは、エースに抱えられながらそんな間抜けな声を上げた。突然のことに動揺しているのか言葉になっておらず、ただ呆然とエースを見ている。

「え、エースくんったら大胆……!でも、そんなことされてもときめかないんだから……!」

「なんだ?してほしかったんだろ」

エースがお返しだというように笑うと、ディーは少し恥ずかしそうにして「そ、それはそうだけど」と言って口ごもった。新鮮な反応でわかりやすい。


そんなディーを見て、エースはちょっとした日頃の仕返しは成功したようだと笑うと、ディーを抱えたまま部屋まで歩き出した。
ディーは長時間立っていると体の負担になるし、そろそろ点滴も受けて、安静にしているべきだ。




「エースとこうやって話せるの、なんかすごく嬉しい」

そう言ってディーは、「今とても幸せだ」とエースの首に回している腕に力を込めて抱き締めた。

「……なんだよそれ」

「んー……、つまり、エースとこうやって一緒にいられるの、幸せだってことだ!エース、感謝してる!大好き!」

ディーは少し考えた後、そう言ってやはりただ幸せそうに笑っている。


──感謝するのは、むしろこちらのほうだというのに。

自分を庇ったせいで、ディーはこんな体になって、ほとんど動けなくなってしまった。
何もかも忘れて、ただまっさらになって、昔のことも、全て忘れてしまった。
大切な仲間のことだって、全部。

毎日水平線を眺めるディーは、どこか寂しそうで、悲しそうだ。
自分が大切なことを忘れてしまったのはわかるのに、肝心の何を忘れたのかは思い出せない。不安に決まっている。
目覚めたら何もかも忘れて、足も動かないなんて、その恐怖はどれほどのものなのだろうか。

全て自分のせいだろう。ディーの手を振り払っていなかったら、また違ったのだろうか。もう、そうはならないのだから、考えても仕方がないことなのだが。
変わるのは未来だけで、過去は絶対に変わることはない。


結局、自分を犠牲にしてもいいと思われるほど、愛されていたのだろう。
それを、本当は心の何処かでわかっていたのに認めなかったのは自分で、そのせいで犠牲になったのはディーだった。
酷い結末だ。

「エース、これからも、ずっとそばにいてほしいな!」

そう笑ったディーは、少なくとも幸せそうに見えた。
しかし、今笑っているのは、海賊王でも、ロジャーでもない。助けてくれたディーではない。

「……ああ、当たり前だろ」

頼み込んでディーを船に乗せたのも、こうやって一緒にいるのも、ただの罪滅ぼしというわけでは
なく、自分の意思だ。
ただ純粋にディーが好きで、ディーが望むなら、それでいい。幸せなら、それでいい。
だからこそ、そう約束する。

 

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