きみのためのけつまつを

目が覚めた。
まず始めに見たのは天井。
あと、誰かの泣きそうな表情だった。

誰かが目が覚めた俺を見て、一瞬、凄く驚いたような表情をして放心したように俺を見つめた。黒い瞳と、目が合った。綺麗な瞳だった。

「……っ、ディー……!」

誰かがそう言って同じ単語を何度も繰り返し、凄く嬉しそうな、今にも泣き出しそうな──それでいて、まるで奇跡でも起こったかというような表情で、俺の顔を見て握っていた手に力を込める。

頭が少し痛い。目眩がする。キンキンと、誰かが言っている声が耳に響いて頭のなかで反響するのだ。

なんだろう、よくわからないけれど、つらい。でも、つらいけど、嬉しい。
……どっち?いや、そんなことは今はどうでもいい。

「ディー……っ、よかった……」

ぼろぼろと、綺麗な涙を瞳からこぼして泣いている。しかし、泣いているというのに、やはり何故か嬉しそうな顔をしていた。流れた涙は頬を伝って、俺が寝ているベッドのシーツに染み込んで消えていく。
ここは、普通の部屋のようだった。とくに変わったものはなく、ベッドと、机と椅子だけのシンプルな部屋。

俺が呆然と部屋を見渡していると、周りに人が集まってきて「目が覚めたのか」だとか「ディー」とか「心配した」だとか「本当によかった」だとかいう嬉しそうな、本当に嬉しそうな声が聞こえてきた。

視界がくるくると回るが、なんとか視線を合わせてその人物達の顔を確認すると、やはり同じとても嬉しそうな笑顔。
ただ、少し心配そうな顔をしている人もいた。人物達は俺を見下ろし、嬉しそうに笑って何か話している。


──それにしても、複数の人の声が頭のなかでキンキンと反響して、頭がぐしゃぐしゃになりそうだ。

俺は思わず我慢できなくなって、ベッドから上半身をゆっくり起き上がると「ちょっと、しずかに、してくれ」と俺が耳を押さえて懇願するようにそう言った。
すると、嬉しそうに話していた人の声は静かになり、今度は俺の様子を伺うように顔を覗きこむと心配そうな表情をして言う。

「なぁ……ディー、大丈夫か……?」

「……っ」

大丈夫なわけがない。頭がくるくると、回るような感覚がするのだ。視界も揺れている。

体の感覚も、ふわふわと浮いているような気分だ。というより、下半身の感覚がない。
なんだろう、何が、起こっているのかわからない。
気持ちが悪い。まるで夢を見ているかのようだ。


このままだと駄目だと、なんとか気持ちを落ち着かせようとゆっくりと深呼吸をして現実を受け入れる。
理性を保つことで頭はなんとか少し落ち着きを取り戻してきた。視界も安定してきて、鮮明に見えるようになってくる。

「……あぁ……ここは、どこなんだ?」

「白ひげの船だ。もう、大丈夫だ」

「……白ひげ?」

人物は優しい声で語りかけてくるが、言っていることはよくわからない。
白ひげってなんなんだろう。人物名だろうか?
しろひげのふね。……白い、ひげ?白色のひげ?なんだそれ、わからない。
もう大丈夫だ、って、何が大丈夫なんだろうか。俺は何でそんな船にいるんだろうか。

いや、それよりも、それ以前にである。

「おまえらは、だれなんだ」

思ったことをそう簡潔にそのまま口に出すと、それまで心配そうな表情をしていた人達が酷く驚いたような表情で俺を見つめた。
俺が今さっき何を言ったのか理解できないというような、 そんな唖然とした困惑した表情で「ディー……?」と呟き、俺をただ真っ直ぐに見つめてくる。
俺には、なぜそんな表情をするのかがわからなかった。

「……ディー……冗談だろう、」

「冗談じゃない。ほんとうに、わからない」

いや、そもそも、それだけじゃない。
俺は、いったい誰なんだ?何故だか思い出せない。今までどうしてたのかも、どこに住んでいたのかも、まるで思い出せない。
どうして、俺はここのベッドで寝てるんだ。ディーって誰のことなんだ。なんで俺は怪我をしていて包帯だらけなんだ。なんで俺の足は動かないんだ。おかしいじゃないか。どうして、どうして、どうして──

そこまで言った瞬間、急に抱き締められた。

優しく、強く抱き締めるその人はやはり泣いていて、しかし嬉しそうだったさっきとは違って、とても悲しそうな、辛そうな様子だった。
俺の体に大きな傷でもあるのか、腹の辺りがじくりと少し痛んだが、そんなことはほとんど気にならず、その人をただ俺は見つめる。

「……ディー」

「……ぅ」

「エースは無事だ。もう何も心配ない……君の、おかげだ」

そう言われて、何故だか言葉の意味は理解できないのに涙が目から溢れて、ぼろぼろとこぼれた。
何故だかとても、嬉しいと感じた。心の底から、嬉しくて仕方がないのである。

「……そうか、なら、よかった」

わからないのに何故か、口を衝いて出た言葉だった。
よかった、本当によかった。でも、何がよかったのかわからない。

そんなことを考えているうちに、だんだんと眠くなってきて、俺の意識はずぶずぶと深い闇に沈んでいった。

 

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