結末
※エースのキャラ崩壊
別に、拗ねている訳じゃない。 ただ、いてもたってもいられなくなって、居心地が悪くなって、その場から逃げ出した。 自分の部屋に入ると、床に座って踞る。泣きたい訳ではない。辛いわけでもない。ただ、一人になりたかった。 心がめちゃくちゃになったように、苦しくてどうしたらいいのかわからない。今の感情をなんて表現したらいいのかわからなかった。
そうやってただ呆然として考え事を漠然と考えたいると、急にガチャリと部屋の扉が空いた音がした。
「エース」
あいつが、名前を呼んだ。うつ向いて床に座っていたために顔は見えないが、ディーがすぐそこにいるらしい。 どの面下げて会いに来たんだと思ったが、そういえば言いたいことが山ほどあると言ったのは自分自身だった。
きっと、俺があそこでそんなことを言わなければ、今こいつはここにいなかっただろう。 呼んだのは俺で、あいつはそれに答えて会いに来ただけだった。
「名前を呼ぶな」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだ?」
「……」
突っぱねるように冷たく当たる俺に対して、扉の向こうからはいつものふざけたような声色ではなく、落ち着いた大人びた言葉が帰ってくる。 それがどうにも気にさわって、ぐっと拳を握りしめた。
「エース、会いたかった」
「俺は会いたくなかった」
会いたくなかった。会いたくなかった。こんなやつ、知らなくてよかった。 どうして記憶なんて思い出したのか。今さら父親面されたって迷惑なんだ。もう俺の父親じゃないくせに。血も繋がってないのに。
「エース、愛してる」
「俺は愛してない」
「俺は愛してる」
──断言されて、思わず何も言えなくなった。 嬉しいわけないのに、何故か目尻が熱くなる。 なんなんだよ。なんで泣きそうになってるんだ。本当は嬉しいのか?そんなこと、あるはずがないだろう。
「俺はもうお前の父親じゃないけど、どうしても言っておきたかった」
「……っ」
「愛してるよエース。ありがとう、大好きだ」
優しい声色で、あいつは安い言葉を言う。 ごめんだとか、大好きだとか、ありがとうだとか、愛してるだとか。誰でも言えるような言葉だ。言葉でなら何だって言えるのだ。 置いていったくせに。一人にしたくせに。
「愛してるなら、なんで一人にしたんだよ」
「……ごめんな」
「寂しかった、苦しかった、辛かった」
自分が何を言っているのかわからず、ぼろぼろと口から言葉が溢れてくる。 それに対してあいつは「そうだよな、ごめんなエース」と変わらない優しい声色で言う。
「今さら、会いに来られても困るんだよ」
何故かどうしようもなく虚しくなって、悲しくなって、目尻が熱い。 全部、いまさらだ。
「……」
「置いていって、勝手に死んだくせに。今さら父親なんて……意味わかんねぇ」
「エース、泣いてんのか?」
「別に泣いてねェよ!」
思わず感情にまかせて叫んでしまった。しかしその言葉とは裏腹に、溢れた涙がズボンに落ちて染み込んでいく。 自分が何をしているのか、わからなくなった。 こんな嘘は、癇癪を起こした子供じゃないのか。わがままを言って拗ねている子供じゃないのか。 会いたくなかった。会ったら酷い言葉で罵倒してやろうと思った。お前なんて嫌いだと。父親じゃないと。顔も見たくないと。それなのに、
「……エース、抱き締めてもいいか」
「……っ」 俺が嫌だと言う前に、ディーに前から優しく抱き締められて呼吸が止まりそうになる。
溢れた涙は、今度はディーの肩に落ちて服に染み込んでいく。 嫌なはずだというのに、どうしてか幸せだと感じてまた涙が出た。止まりそうにない。
「……っ寂しかったのに」
「うん」
「何で、もっと早くに来てくれなかったんだよ……」
「……ああ、遅れてごめんな」
ディーが壊れ物にでも触れるような、丁重な優しい手つきで髪をゆっくりと撫でた。
警戒も、何もしていない。完全に無防備だった。 俺が今ここでもし、ナイフでも持ってディーの首を切ってしまったら、ディーは抵抗せずに呆気なく死んでしまいそうだ。 自分が恨まれていることくらい知っているはずだというのに、何故そこまで無防備になれるのかわからなかった。信用しているとでもいうのだろうか。馬鹿馬鹿しい。それでも、どうしてか今それが少し嬉しく感じてしまう。
「……俺の親父は、白ひげだけだ、」
「うん、知ってる」
「お前じゃ、ねェ」
「わかってる」
「でも、」とエースが何かを言いにくそうな、言うことを躊躇っているような声色で言いかけて、ディーは不思議そうにエースの横顔を見た。
「助けてくれて、……ありがとう」
エースのその言葉に、ディーは絶句したように目を見開いて驚いた表情をした。 まるで起こったことが信じられない、といったような表情だったが、その後とても嬉しそうに、幸せそうに笑ってエースの耳元で小さく言った。
「どういたしまして」
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