やさしい海

「白ひげェェェェェェ!!」

そんなことを大声で叫んで走ってきていた青年は、白ひげの船の目の前までくると、ルフィも抱えて船に飛び乗るようにジャンプし、ルフィとエースを白ひげに放り投げた。

「なっ……!」
「エース!」

周囲の人間が驚いてそう言うのと同時に、白ひげは飛んできた二人を軽々と受け止めると、ディーの方を見た。その表情からは、何を思っているのかはわからない。

ルフィもエースも、二人とも白ひげに抱えられて無傷だったのだが、それとは対照的にディーの方は走ってきたときのスピードを殺しきれないまま、白ひげの船の甲板に顔からダイブしてしまった。そして、べしゃ、という音と共に「ぐぅぇ」というカエルが潰れるような声がして数秒間倒れ込むと、打ち付けて真っ赤になった顔を手で押さえながらゆるゆると顔を上げる。

その姿に、周囲の人間は気が抜けそうになった。
しかし、すぐにこの青年がロジャーと呼ばれていることを思い出し首を振る。

どうしてか目の前の青年があれだけのことをやっておいても、あの偉大な海賊王という風には思えない。
まあ仕方がないことだろう。あの頭からの着地シーンはどう頑張っても無様で、昔この世の全てを手に入れたと言われているゴール・D・ロジャーと結びつけるのは相当に難しかった。


しかし──昔、そんな姿をずっと見てきた人物には、悲しいほどによくわかる。
そうだ、この人はいつだってこんな感じだ。間違えるはずがない。ふざけた台詞だって、この無謀な戦い方だって、笑顔だって。

足が震えて動かない。信じられないし、あり得ない。
ガープの言葉を聞いたときはあり得ないと思った。こんな奇跡のようなことがあり得る筈がないと。死んだ人間が目の前に現れるなんて、そんな夢のようなことがあるはずがない。


「ロ……ロジャー、ロジャー船長ォォォ!!」

動揺で声が震えるながらもそう叫ぶと、ディーは驚いたように声のした方向を見た。
周りがざわつくのを余所に、その人物を見て少し目を見開くと、その人はとても嬉しそうににっこりと笑って言う。

「おお!お前バギーか!大きくなったなァ!久しぶり!」

そう言われて限界だった。
ぶわりと涙が出てきて、ぼたぼたと地面に落ちる。視界が歪むほどだった。

「おいお前!キャプテン・バギーに向かってなんて口の聞き方を、」と青年に怒鳴りかける周りの囚人に「止めろ!」と怒鳴ると、真っ直ぐにディーの顔を見た。
変わってしまっている。だがこの笑顔は見たことがあった。昔、自分達を支えて守ってくれたあの人の笑顔だ。

あり得ないと思っているのに、子供のように感情にまかせて泣いてしまう。涙が止まらない。
それは、そばで見てきた笑顔と同じだった。それは望んでいた、欲しかった言葉だった。
──もう、一生見れないと。もう一生聞けないと思っていたのに。

「キャプテン・バギーどうしたんですか!?」だとか「キャプテン・バギーが泣いてる!!」と動揺する周りの囚人を無視して、震える足を無理矢理に動かしディーの元までくると、我慢できずに泣きながらすがり付いてしまった。

「おいおい、超絶イケメンな海の男が帰ってきたからって泣くなって!」

「っ、船長……!おがえりなさい……ッ!!」

「……っ、」

ディーは予想外だというように驚いた表情で目を見開くと、嬉しそうに泣くバギーを見た。

まさか「おかえり」なんて言われるとは思ってもみなかったのである。しかし、その言葉に嬉しくなって少し目尻が熱くなった。

「うん、ただいまバギー」

ディーはそう言ってとても嬉しそうに微笑みウインクすると、バギーの頭を軽く撫でた。

 

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