しにたくはないけど

ルフィが持っていた鍵で手の束縛が取れた瞬間、ディーの手を振り払った。

それは「お前なんていなくても平気だ」という軽蔑の意味だったかもしれないし、「俺に関わるな」という嫌厭の意味だったかもしれない。ともかく、そんなことは今はどうでもよかった。

じゅわりと焼けるような熱さが、辺りを包む。

一瞬、何が起こったのかわからなかった。
脳が理解するのを拒み、現実を認識するのに数秒の時間が必要になった。

ただ目の前で小さく微笑む、その人。
とても優しい笑顔だというのに、置かれている状況はまるでそれに似合っていない。
どうして、そんな顔で自分を見るのか。

「……エース」

死ぬ覚悟は出来ていた。
ルフィが死ぬくらいなら、自分が死ぬと。それくらいの覚悟はしているつもりだった。





ルフィを庇った自分に向けられたマグマの拳は──気がついたときにはディーの腹を貫通していた。

まるで、絵空事のような出来事だった。一瞬時間が止まったかのような感覚を覚えるほどに。

しかし、それが現実だということを知らしめるように、辺りにはディーの体が焼け焦げる臭いがする。血の臭いもする。

耳鳴りが酷い。胸焼けがする。 何故だか吐き気がした。



「──ディー」

まるで起こったことが信じられないというような、真っ青な表情でレイリーが呟いた。柄にもなく取り乱しているらしく、視線はディーを一点に見つめている。

しかし、そんなレイリーにディーは余裕そうな表情で、にっこりと笑って言った。
その表情に、苦しみや痛みは感じられない。いつもの笑顔だった。

「レイリー、エースと麦わら少年を頼む」

「……っ」

思わず息を飲んだ。
レイリーにとって、酷いくらいに残酷な言葉だった。そんなことが、出来るはずがないのに。

腹に酷く大きな穴が開いて、出血が酷すぎる。血が腹から流れて、下に血溜まりを作っていた。きっと腹の方の内臓は機能していない。
どうして立っていられるのかすら、わからないほどの傷。

そんな傷で、彼は自分を置いて逃げろと言っているのだ。
立っていられること自体がおかしい。きっと、あと数分もすれば死んでしまう。

また、死んでしまうのに。


この人はまた、笑顔で酷い言葉を言うものだと。
その言葉で相手がどんな気持ちになるのか、知っているはずだというのに、そんな笑顔でこんな酷いことを。

「二度も、失えと、そう言うのか」

心は落ち着いているというのに、喉が震えて声が出なかった。喉の奥から絞り出された声は、とても弱々しく消え入りそうなほどに小さい。

一緒に逃げてほしい。死なないでくれ。もう、何処にも行って欲しくなかった。せっかく会えたのである。運命にも似た偶然で、再び会うことができた。

今なら、まだ間に合うかもしれない。今からすぐに白ひげの所の医者にでも見せれば、可能性は低くとも生きられるかもしれないではないか。
それなのに、その可能性を捨てて一度ならぬ二度までも失うなんて。

「これは失うんじゃなくて、守るんだ。俺の代わりに頼むレイリー」

「……」

優しい笑顔だというのに、その口から出てくる言葉はあまりにも残酷で酷い。

覚悟を決めた顔だった。

いや、ここに来た瞬間から、きっとディーはもう覚悟をしてきていたのだろう。
最初から、エースの為なら命を捨てる気でいたのだ。
自分が逃げればエースが危ない。だからこそ誰が何と言おうと逃げない。
きっと、レイリー怒って怒鳴っても、泣いて頼んでもディーは一緒に来てはくれないだろう。
それくらいにまでディーは、エースを。


「……っ、」

サカズキが動き出した瞬間、レイリーが二人を抱えて走り出した。

 

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