君にとっての幸せ
──たしかに、このディーという青年に向かって「ロジャー」と、目の前にいるガープがそう言ったのだ。 それはとても嬉しそうに、まるで友人の名前を呼ぶように。
「エース!会いたかった!大好き!!」
だからこそ、ガープの拳を避け処刑台に降り立った瞬間。そう叫んで抱きついてきたディーを、エースは受け入れられないでいた。
何を言っていいのかわからず、ただ無言でディーを見つめる。 酷いくらいに混乱していた。心臓の音が煩い。怖いなんてあるはずがないのに、体が、震える。
いつの日か、ディーと名乗った青年は、この青年は誰なのだろう。 答えなんて出るはずがないというのに、呆然とそんなことを考えた。
初めて会ったときは、変な青年だと思った。 しかし、話しているとだんだん悪いやつではないと思い始めた。能天気でよく変なことを言うやつだが、話は面白いし、いいやつだった。
──そいつが、死んだはずの、ゴール・D・ロジャーだとでもいうのだろうか。周囲の人間がそう言うように、海賊王だとでもいうのか。
そんなことが、あるはずがないのに。 ディーはその言葉を否定も肯定もせずに、ただ笑っていた。 どうして否定しないんだ。どうして笑っているんだ。
記憶だって、恩だってない。 会いたいとも思わなかった。大嫌いだった。憎かった。 自分がその息子だということに嫌悪感を抱くほど、大嫌いだったのに。
それなのに、どうしてこの青年はとても嬉しそうに笑って、力強く優しく自分を抱き締めるのか。
「──お前は、本当にゴール・D・ロジャーか?」
そして、そんなエースが思っている言葉を代弁するように、横に立っているセンゴクがディーに向かって言った。 表情からはわかりにくいが、きっと内心取り乱しているのであろうセンゴクのその言葉に、ディーはにやりと、まるで悪巧みするように笑って答える。
「それを聞くなんて、頭のいいお前らしくないなァ」
「……っ!!」
瞬間、センゴクは悪魔の実の能力で大仏に変化し、巨大な拳をディー目掛けて振り下ろしてきた。
「あっぶねぇな!」
その攻撃を、ディーは呆然としているエースを抱えて簡単に避けると、大きくジャンプして処刑台から降り、また逆方向に走り始める。
向かう方向は、決まっていた。
エースだってきっと、そこに帰りたいに決まっている。 白ひげの船にいたエースは、とても楽しそうで幸せそうだったのだから。
少し妬けるけれど、それでい。
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