君のための戦争
真っ直ぐに前を見ると、処刑台の上で死を待つエースが見える。 エースは、父親が海賊王であるせいで処刑されることを、怒っているだろうか。憎んでいるだろうか。 父親を、恨んでいるだろうか。
──恨んでいるに、決まっているか。
「……レイリー!援護頼む!」
ディーはそんなことを言って剣を構えると、自分に武器を向けて走ってきた海兵を、簡単になぎはらった。 そして、淡々とした様子で、周りにいた海兵を次々になぎ倒していく。 それは赤子の手を捻るように、簡単に。
「ディーっ……!?」 周りにいた白ひげ海賊団の船員は、そんなディーをあり得ないというように驚いた表情で見た。普段の気の抜けたような性格のディーからは、こんなに大勢を相手に戦える姿なんて、想像も出来なかったからだ。
しかし、そんな船員の思いとは裏腹に、ディーは周りの海兵を一網打尽に地に這いつくばらせ、あのときのように──いつものように、よくわからないことを叫びながら、走ってエースのいる処刑台のほうに向かって進んで行く。
「お前らァ!道を開けろォォォォォ!!逃げる奴は皆海軍だ!逃げない奴はよく訓練された海軍だ!本当、戦争は地獄だぜ!!」
「な──なんだあいつは……!?」
「あ、あいつは、この前海軍本部にいた──」
海兵の誰かが、そんな声を上げた。 視線の先には、次々に海兵を凄いスピードでなぎはらっていく黒髪の青年と、冥王レイリーが見える。
青年の方は見たところ、簡単に相当な数の海兵を倒すほどの実力者のため、それなりに名が通っていて、情報だってあるはずだが──海兵の誰一人、この青年の名前を口にするものはいなかった。誰もこの青年のことを知らなかった。
──海軍の誰もが、この事態に混乱していた。 なぜなら海軍側は、脅威は白ひげ海賊団だと思っていたからだ。 たしかにその予想通り、白ひげは相当な規模の人数で攻め混んできたし、結果的に脅威であることには変わりはない。
しかし──まさか、冥王シルバーズ・レイリーまで加戦してくるなんて、誰が予想しただろうか。 レイリーのせいで、大半の海軍側の戦力がまるで機能していない。
更に極めつけには、情報も噂も聞いたことのない青年の存在である。 ここにいる海兵の大半は、この青年の顔を見たことがあった。青年は一回、海軍本部に訪れたことがある。 ……そのときもっと丁重に捕まえておくべきだっただとか、話を聞いておくべきだっただとか思っても、もう今は後の祭りだった。
ディーと呼ばれている青年は本当に、誰なのか。大将の攻撃だってものともしない、あいつは何者なのか。 冥王と簡単に会話を交わして、まるで信頼しあったパートナーのように背中を預けて戦うあいつは、一体。
いや、なんとなく、わかっている人間も中にはいるはずだ。あいつを見たことがあるなら、尚更。
あのふざけた口調に、レイリーと信頼しあう関係にあること、強さ、戦い方と、海軍本部で言っていた言葉。そして、今ここにあの青年がいる理由。
一定の人数の人間はなんとなく察しはついているが、そんなことがあるはずがないと目を背けた。 たまたまだ、 偶然だ、と知らないふりをした。だってそうだろう。死んだ人間が、生きているはずがないのだから。
その人物は、海軍にとっては醜悪の根元であり、市民にとっては憎む対象であり、海賊にとっては高見であり象徴──
「ロ、ジャー」
誰かが、そんな言葉を呟いた。
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