彼は間違いなく王様でした

本当は言いたかった。あのときの自分で、久しぶりも、ただいまも、感謝の言葉も。

「……ロジャー、なのか?」

「ロジャー……それは、どうだろうなぁ」

そう言ったディーは、困惑したような優しそうなよくわからない表情で、自分の手首を掴んで離さないレイリーを見つめた。
レイリーの焦ったような、切羽詰まった表情はどこか珍しい。自分の知っている姿とは違って、もう大分と歳をとってしまっているようだけれど。それでも彼は間違いなくレイリーだ。

いつも一緒にいてくれた。いつだって自分のことを気にかけてくれた。助けになってくれた。大切な相棒である。一番の相棒である。

言ってしまおうか。そう思ったが、やはり言うべきではないに決まっている。ロジャーなのか、という問いに答えられる言葉を、ディーは持ってはいなかった。
ディーはディーであり、正真正銘の海賊王ゴール・D・ロジャーではない。体が違うだけだとか、入れ物が違うだけだとか、そういう問題ではない。


「俺は、もうロジャーじゃないんだけどさ」

そう言うと、レイリーは何か言おうとして言葉が出なかったのか黙りこんだ。それはどこか傷ついたような、気まずいような表情。そんな表情は苦手だ。

「……でも、俺はお前のことよく知ってる。いつも助けてくれて、俺が無計画なのを気にかけて注意してくれる、一番の、」

ディーがそう言いかけた所で目の前のレイリーに手を引かれ、力一杯抱き締められた。骨が軋むくらいに強く。
レイリーの表情はディーからは見えない。
しかし、首もとに冷たい水滴がぽつりと落ちて、ディーは頭の中が白く溶け落ちるような感覚を覚えた。その感覚は何処か絵空事のようで、現実味がない。柄にもなく少し動揺してしまう。

「……泣いてんのか?
まったく泣き虫さんなんだから!もう、レイリーおじちゃんったら!しっかりしてよ!」

「キミはディー君だが……間違いなく私の知っているロジャー、だ……」

「……どうしてそう思うんだ?」

ディーがそう聞くと、レイリーは「わかるさ」と一言呟いた。

まさか、そんな言葉を言われるとは思っていなかったために、レイリーの言葉にディーは何を言えばいいのかわからなくなってしまった。
ロジャーじゃない、と拒絶すればいいのか、ロジャーだ、と嘘とも本当ともつかない言葉を言えばいいのか、まるでわからなくなった。

「ロジャーって、もう死んじまったよな。俺がロジャーでいいのか?」

「……そんな許可なんて、いらないと思うがね……」

らしくないな、ロジャー。
そう言われてはっとした。そうだ、たしかに許可なんていらない。
自分の信じる道を、真っ直ぐに進めばいいじゃないか 。どんなに否定されても拒絶されても、それが自分の決めた道なら自由に生きればいい。
たしかに、らしくなかった。何を悩むことがあるのか。自分の確かな記憶を疑うなんて、そんなこと。
そしてここに、確かに信じてくれるやつがいるのだから、何を不安がることがあるのか。


ディーは、どこか肩の荷が下りたような、安心した表情で「ありがとう、レイリー!」と幸せそうに笑った。そして続ける。

「……俺は、お前の永遠の心の恋人、キューティクル可愛いロジャーくんで合ってるか?」

「永遠の“船長”、だよ」

「いやー!それなんか照れるな!仕方がないから、俺の永遠の相棒レイリーくんに、ディーくんから神聖なただいまのちゅーをしてやろう!」

「まったく……」

少し呆れた表情でディーが頬にしてくるキスを受けるレイリーは、どこか懐かしいような、少し恥ずかしそうだがそれでいてどこか嬉しそうな、たくさんの感情が入り交じった表情をしていた。

ディーと呼ばれるロジャーも、とても幸せそうだった。

 

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