笑顔の記憶と運命

変なやつだったが、嫌いではなかった。

昔の話だ。彼はどうしようもなくおかしなやつで、人の話は聞かないし常識をわきまえないし、それでいて思いついたことはすぐに行動に移して、人の静止なんて聞きもしないのだ。信念は絶対に曲げない。そのうえ、能天気で好奇心が強いし変な言葉ばかり話す。それはもう世間一般で言う典型的な変な人だった。

しかし、簡単で単調で純粋で純朴で、それでいて彼は誰よりも優しかった。
それに救われた人間は、いったい何人いただろうか。
皆が皆、彼を尊敬し、憧れ、慕っていた。たとえどんなに世間で非難され蔑まれても、彼のいい所は周りの皆がよく知っていた。
いつも真っ直ぐに前を向いて、勇敢で、優しく強く
つまりは彼は勿体ないくらいの、最高の船長だった。

「俺は断然!超イケイケでナウい感じの麦わら少年を押す!」

「麦わらのルフィね」

「そう!あいつは絶対にいい海賊になる!」




「──ロジャー……」

思わずそう呟くと、シャクヤクと楽しそうに話していた、カウンター席に腰かける黒髪の青年がこちらを振り向いた。青年の歳は十代後半ほど。容姿に特に目立った特徴はない、どこにでもいそうな青年。

しかし、どうしてかあいつの顔がちらつく。
青年のその真っ直ぐに前を向く瞳が、自分を見ている。いつも楽しそうに笑う、色褪せないあいつの笑顔を思い出した。そんなことが、あるはずがないのに。
もう時の流れに感化されてしまったと思っていたのに、いつまで引きずっているつもりなのか。

そう思って自分自身に呆れたが次の瞬間、目の前の青年は少し驚いた表情でこんな言葉を呟いた。

「……レイリー……?」

「……っ、」

思わず息をのんだ。
しっかりと聞こえた。名前を呼ぶ声。聞き間違えるはずがない。今のは幻聴なんかではない。
しかし、あるはずがないのに。 青年は明らかに違う。容姿も、年齢も、声も。だからこそ、あるはずがないのだ。あり得ない。ここにあいつがいるなんてことは絶対にない。

あいつは自分より先に、笑顔で行ってしまった。記憶の中の、綺麗で飾り気のない純粋な笑顔のまま。

しかし青年はよく似ていた。外見がではなく、その目が。心の中に残る彼と激似していた。
真っ直ぐな、曇りのない綺麗な瞳だ。それは誰でもなく、間違いなく彼のものだった。

「……ロ、ジャー……?」

あまりの衝撃に声が出ず、無理やりに喉の奥から声を絞り出してそう呟くと青年は今度はにっこりと笑ってこう言った。その笑顔も、やはり記憶の中と同じだった。
しかし、帰ってきた言葉は期待とは違ってどこか他人行儀でよそよそしい。

「……ああ!もしかしてシルバーズ・レイリー……だよな?俺はディー!イケイケでナウいチョベリグな海の男だ!」

ディー。彼はそう言った。
そうだ、彼はディー。ロジャーではなく、ディー。ロジャーであるはずがない。

「ディー、……ディーか」

「ああ、そうだ!」

いい名前だろ?なんて笑う青年は、やはりあいつと似ている。
どうしてか何も言えなくなって黙り混むと、ディーと名乗った青年はこんなことを呟いた。

「もうロジャーじゃないけど、一目会えてよかった!ありがとうレイリー!」

そう言いたいことだけ言って、放心する自分を置いて淡々とした足取りで店を出ていった青年。
──いや、今、なんと言った?

 

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