好きになること

「好き嫌い」というのは人それぞれだし、一人一人で感じることも、思うことも違うだろう。
しかし、他人にそれをとやかく言う権利は微塵もない。

ある誰かが「幸せだ」と思ったら、他の誰かが「貴方は不幸だ」と言っても、その人が幸せであることに変わりはないように、その人が嫌いだと思ったなら嫌いだし、好きだと言ったら好きなのだ。「好き嫌い」というのは他人が干渉できるものではない。

そう、そうなのだ。俺だってわかっている。
誰かに「好きになれ」だとか「嫌いになれ」だとか言われても、そんなことできるはずがない。むしろ言われたくらいで気持ちが変わったら、誰だって苦労しない。

それでも、それでもだ。
ついつい無理とわかっていても、藁をも掴むような感情で言いたくなってくるのである。

「……若、俺のこと、少しくらいは好きにはなれませんかね?」

「フッフッフ、無理だ」

ああそうだな知ってたよ、ちくしょう。

藁を掴もうとした手が水に沈んで行くのを感じながら、俺は泣きそうなのを精一杯押さえて唇を噛みしめ、目の前の若を見た。
くっそ、楽しそうに笑いやがって。そんなに俺が嫌いかよ。俺の何がそんなに気に入らないんだ。


「俺それ、大事にしてたんですけど」

俺がそう言って指差す若の足元には、綺麗な指輪……だったものであろう物体がパラパラに粉砕されている。
それはもはや原型は留めておらず、俺以外が見ればゴミと間違えて箒で埃と一緒に掃いてしまうレベルだった。真ん中についていた青い綺麗な宝石も粉々で、見るも無残な状態。
宝石だけでも無事なら、リングの部分だけ作り直してもらえばとか思ったが、その希望は儚く散ったらしい。酷すぎるだろ。

「へェ、そうか。で、それがどうしたんだ?」

どうしたんだ、じゃねぇよ!
酷くショックを受けている俺とは違い、人の大切にしていた指輪を本人の目の前で握りつぶして粉々にしたにしたというのに、若──いや、ドフラミンゴは楽しそうに笑っている。なんだこいつ、悪魔か。お前に人の血は流れてるのか。


というように若は、相当俺のことが嫌いらしい。
いや、嫌いというより、もはや大嫌いなのかもしれない。 というか俺のことを毛嫌いしているのは確実だ。

大切にしていた指輪が、急にどこかへいってしまって、落としたのかと思ったが探しても探しても見つからなかった。
もう紛失したか、誰かが捨ててしまったんだろうと思って一時は諦めたが──ちょっと待ってほしい。

指輪が紛失した日というのは、若に指輪のことを聞かれて答えた日じゃないか。
そのときの俺はそれはもう、嫌われている若から話しかけられたのが嬉しくて「恋人から貰ったものなんですよ」とホイホイ真実を告げてしまったのである。とんだ馬鹿だ。

凄く嫌な予感がして、指輪のことを若に訪ねてみると悪びれもせず案の定知っていた。しかし、傷ひとつない綺麗な状態で若が持っていたのである。
俺はゴミに捨てられたか、売られたか、他の人の手に渡ったと思っていたため少し安堵して若に「若それ俺のなんで返してくださいよ」と言った。

言ったら、その指輪を目の前で握りつぶされた。

もはや声も出なかった。
ぐしゃりという感じでリング状だったものが呆気なく歪み、割れて、地面に落ちる頃には指輪だったころの原型はまるでない。

「……若、そんなにその指輪が気に入らないなら、言ってくれれば、外したんですけど?」

「気に入らねェのは指輪じゃなくてお前だ」

ああ、そうかよ。というか知ってたよ。
でも、そんな本人の前で言わなくていいだろうが。どんだけ嫌いなんだよ。


 
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