再会のような

「ナマエ……っ!」

そんな俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきて、反射的に振り返った。
するとそこには、切羽詰まったような表情をした黒髪の男。歳は俺よりも少し若いくらい。

俺の名前を呼び、わざわざ話しかけてきたということはこの男はきっと俺の知り合いなのだろう。
しかし、生憎俺の方はこの男に見覚えはなかった。
はて、何処かで会ったことがあっただろうか。

忘れているのだったら思い出そうと、俺はこの男の顔に見覚えがないか少し考えてみたが、やはり覚えがない。まあ、俺は情に厚くない人間なので数年も会っていなかったらすぐ忘れてしまう。きっとこの男も数年前に少し知り合った程度の仲なのだろう。

「……誰だっけ?」

適当に合わせるのも面倒だったので、失礼だとかそんなことは一切考えず悪びれもせずに直球にそう聞くと、その男は酷く驚いたような顔をして黙り混んだ。どうやら動揺しているらしい。まさか俺が忘れているとは思っていなかったのだろう。何を根拠にそう思い上がっていたのだろうか。

「……本当に、忘れたのか」

そいつが喉から押し出したような、絞り出したような声でそう言って、俺はああやっぱり知り合いかなんてぼんやりとそんなことを考えた。

「うん、全然覚えてない」

そんな男とは対照的に、俺が簡単にそう言うとそいつは何故か酷く傷付いたような、泣きそうな表情をして黙った。
忘れられていたくらいで泣きそうになるなんて子供みたいなやつ。俺が覚えるほどでもない人間なのだから、お互いにたいした仲でもないだろうに。


でもその表情、何処かで見たことあるような、ないような。
見覚えがないというわけでもない。ただ、心当たりはあった。

「……んー、ロー?」

俺がそんな何処かで聞いた名前を呟くと、男はびくりと肩を震わせた後真っ直ぐに俺を見た。
「ああ、」と呟いて小さく頷く。その表情は先程とは打って変わって、少し嬉しそうな顔。ころころと表情の変わるやつだ。面白いからいいけど。

それにしてもなるほど、あのローか。
あのローといっても、実は顔と名前くらいしか覚えてなくて、後のことはあまり覚えていないのだけれど。
まあ、こいつ嬉しそうだしいいんじゃないの。どうでも。

「ロー、そろそろ帰ってきたら?ドフィも心配してたよ」

俺は嫌味を言うようににっこりと笑うと、ローは途端にあからさまに不機嫌な、まるで苦虫を噛み潰したような表情をした。
ああ、嫌いなんだよね。知ってる。
でもドフィの方はこいつのこと気に入ってるんだよねぇ確か。
本当、苛々するな。

「……今は、帰らねぇ」

「へー、そう。残念」

まあ、帰ってこなくていいけど。
だってあれじゃない?もしローが帰ってきて、ドフィがローに構いっぱなしになって俺に構ってくれなくなったら嫌だしね。そうなったら俺、何するかわからないしさ。

「……それじゃあ俺、これから用事あるから。ローくん、また会えたらそのときは何か奢ってよ。ばいばーい」

これ以上こいつと話したって何の進展も無いし、得することもないだろうと、そう勝手に言い放ち適当に手を振り、また歩き去ろうとした。
しかし、その振った手を力強く捕まれ、足を止める。

「……なぁに?」

咄嗟に手を掴んだのか、切羽詰まった表情のローが俺を見ていた。
掴む強さはなかなか強くて少し痛い。跡に残ったらどうしてくれるんだこいつ。
そもそも、俺に何か用事があるのだろうか?お前の話を聞くために割く時間はないんだけれど。
すると、ローが重々しく口を開いて言った。

「……ナマエ、一緒に、来てくれ」


「──は、何を言ってるのかな?もしかして頭にウジ虫でも湧いてきちゃったのかな?
それは大変!君はお医者様なんだから、脳味噌は大切にしなきゃねぇ」

けらけらと笑いながら、ローの手を半ば強引に振り払った。乾いた音が響く。

本当、素敵だ。腹が捩れるくらい笑いそうになった。でも、その感覚と同じくらいに苛々するのである。不思議。
一緒に来てくれなんて。お前となんて無理に決まってる。

俺はローの表情なんて見もしないで、淡々とした足取りでその場を後にした。だってどんな表情をしてるのかなんて、考えなくてもわかるし、ねぇ。


 

戻る


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -