心のある人形
※シュガーちゃんヤンデレっぽい
「シュガー様、紅茶が入りましたよ」 パリッとした清潔感溢れる執事服の男は優しい声でそう言った。その手のトレーには湯気のたつ甘い香りの紅茶が乗せられている。
ナマエという名前の召使いの男は、いつもシュガーべたべたに甘やかしていた。 にこにこと、この世の全ての甘さという甘さを集めたようなどろどろに優しい表情でシュガーに接し、シュガーが欲しいものは全て与え、全て作り、全てその優しい優しい表情で受け入れた。可愛らしい人形。お洒落な洋服。綺麗なアクセサリー。ブドウのお菓子。それらすべてをシュガーのためにいつも用意していた。 国で一番優しく甘い男だと、彼の周囲にいた人間は語る。
そんなナマエを、シュガーは気に入っていた。 それはそうだろう。自分を酷いくらいに甘やかして全ての我が儘を笑って許してくれる人間を、誰が嫌いになるだろうか。紅茶と一言ナマエに言えば、美味しい紅茶がすぐに出てくるし、お菓子と言えばすぐに作りたてのお菓子を作ってくる。お人形も、洋服も、宝石だって。ナマエはシュガーを大切にしていたし、シュガーも素っ気ない態度をとりつつもナマエを大切にしていた。
──今日でこの仕事を辞めることになりました。シュガー様、今まで本当にありがとうございました。
ナマエがそう言ってきたのは、いつのことだっただろうか。そのときのナマエの顔は、いつものシュガーを甘やかせるときのどろどろに優しい表情ではなく、少し恥ずかしそうで照れくさそうな始めて見る顔だった。 結婚することになったらしい。相手は三歳年下の貴族の娘。そうだ、ナマエはもうそんな年だった。むしろ少し遅いくらいだろうか。召使いという職業上、世話係のように城でシュガーに付きっきりだったために出会いが遅れたのだろう。しかしナマエと一番側にいたシュガーにとって、それは衝撃的な事だった。ナマエが結婚。 手の中にあったものを、いつの間にか落としてしまっていたような、そんな感覚だった。ずっとそばにいて自分のことを甘やかして甘やかして甘やかしていたというのに、離れるときは酷いくらいに呆気ない。 きっとナマエは明日にはシュガーに与えていた甘さや優しさや笑顔を、その貴族の娘に与えるのだろう。当たり前のことだがシュガーにとって恐ろしいほどにその事実は残酷だった。
一方的に見えた愛は、本当は自分のものだったのである。シュガーはたしかにナマエのことが好きだったし、ナマエはたしかにシュガーを溺愛していた。 しかし、ナマエのそれは「好きな人」に与える愛よりも「自分の子供」に与える愛に近かったのである。つまりは根本的に愛がシュガーと食い違っていた。そしてその意識は絶対に交わることはないのだ。
──実はナマエもシュガーを同じように愛していたが、シュガーの見た目上諦めざるを得なかったということを、シュガーが知る由はなかった。 それに、知る必要はもうない。
「ナマエ」
紅茶を飲み終えてシュガーがそう呼ぶと「はい、何でしょうかシュガー様」とナマエは甘く優しい声で言った。しかし、ナマエのその表情はその声に反して固く無表情で何の感情も読み取れない。 当たり前だった。ナマエは綺麗な青いガラスの瞳のアンティーク・ドールである。紅茶を持ってきた手も、顔も、全て無機物。無機物が、人形が笑うはずがない。 召使いのナマエのことを覚えている人は、もうシュガーしかいなかった。ナマエの家族も、友人も、そして貴族の娘だってナマエのことを忘れている。 そしてナマエもナマエで貴族の娘のことなんてすっかり忘れ、いつものように執事服姿で仕事をしていた。だからこそ、もう誰もこの事実を知る術はない。シュガーは元に戻す気なんて更々ないのだから。
「ナマエ、ずっとそばにいてよ」
「ええ、当たり前ですよ」
だって私は貴女のことが好きです。
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