ハッピーエンドは認めません
俺には幼い頃、好きなやつがいた。 一歳年下の、青いスカートがよく似合う可愛らしい女の子だ。その子とは幼なじみで、いつも二人で一緒にいて、いつも二人で遊んだ。
そうやっていくうちに、いつの間にか俺はその子のことが好きになっていたのである。理由なんてわからない。好きになるのに理由なんていらない。ただずっと一緒にいて、もうその子のことしか見えなくなるくらい好きになっていた。
そして、当時八歳の俺はある日、勇気を振り絞ってその子に告白した。好きだ。それだけ言って、私も好き、という言葉が返ってきたとき、俺は酷く喜んだ。
それから俺達の関係は、幼なじみの親友ではなく恋人になって、それからは今まで以上に充実した日々になった。島中をデートして、一緒にいろいろな場所を駆け回る。そんな日々が、ずっと続くと思っていた。
しかしそんな日々は、簡単に壊された。 彼女が海賊に拐われたと聞いたのは、俺が十四歳になって直ぐのことだった。 その知らせを聞いて、俺は島中を探し回った。しかし、彼女は愚か海賊すらも見当たらない。 故郷の村は海賊に荒らされめちゃくちゃで、彼女以外にも多くの人がいなくなっていた。
彼女の父に、泣きながら彼女のことはもう忘れてくれと言われた。彼女の母に、泣きながら彼女を好きになってくれてありがとうと言われた。
そのときに、諦めてしまえば楽だったのだろう。仕方がないと割りきってしまえば、俺は今でも島で平和に暮らしていて、今の生活のように危険な目にあうこともなかったに違いない。 しかし、俺は彼女を諦めることができなかった。それくらい彼女を愛していた。 俺は両親には何も告げず、家に置き手紙を置いて島を出た。
それから七年の月日が過ぎ、そうして彼女の情報を探して放浪している所を、俺はキッドの海賊団と出会い仲間に誘われた。
最初は断ることも考えたのだが、別に悪い話ではないしむしろ行動範囲が広がるので、俺は条件を飲んで船に乗せてもらうことにしたのである。 自分の行きたい島に自由に行けないのは不便だが、そもそも彼女の行方に宛てがあるわけでもないのでかまわない。それにキッドもキラーも他の船員も、血の気が多いがわりといいやつらだった。船は居心地がいい。
しかしながら、である。
「船長、俺この島で船降りるわ。じゃ」
「……あァ?」
なに言ってんだこいつ、というようにキッドは俺を見た。 ああ、少し軽すぎたか。たしかによく考えると今のはまるで散歩にいくような感じだったな。縁を切るときはやっぱりもう少しかしこまらないとダメか。
双方とも何も喋らない、少しの沈黙の後。
「だから、俺はここで船降りるんだよ。おつかれさまでーす。今までありがとうございました!キッドと旅するの、なかなか楽しかったぜ!」
「……おい」
ちょっと待てナマエ。
親指を立てて笑顔でグーサインする俺に対してそう言ったキッドの顔は、俺と対照的に凶悪犯罪者も真っ青なほど恐ろしい鬼の形相だった。 ああ、でもキッド自身がそもそも凶悪犯罪者じゃないか。なーんだ。
「どうしたキッド。俺になにかあるのか?」
「あるに決まってんだろ。今のはどういうことだ」
キッドは俺を睨み付けたままそう言った。 キッドは案外馬鹿なのかもしれない。どういうこと、なんてさっき言ったじゃないか。
「だーかーらー!俺はこの島で船を降りるんだよ!キッドや他の皆とはここでお別れです!シーユーじゃなくてグッバイ!おーけー?」
「おーけーなわけあるか!」
キッドは俺が本気であるということを悟ったようで、急に余裕のない表情で大声で叫んだ。 その表情はキッドに似合わずどことなく必死で、俺のせいで約三億の賞金首がこんな表情になっていると思うとなんとなく笑える。
「……何が不満なんだよ。気に入らないことでもあるのか」
「んー、別に気に入らない訳じゃないけど……」
というよりむしろ、よくしてもらっている方だと思っている。 部屋は個室にあるし、少しの我が儘なら通るし、お金も宝も他のやつらよりも少し多く貰えている。むしろ感謝すべきであるくらいだ。 そもそもの原因は環境の問題ではない。
「実は、運命の人を見つけちゃったんだよ」
俺がにっこりと笑ってそう言うと、キッドは「……は……?」と呟き、唖然とした表情で俺を見つめた。
──そう、この島に「彼女」がいたのである。 偶然にも街で見た女性は、俺がずっと探し求めてきた彼女だった。間違えるはずがない。当時より歳を取って老けてはいるが、間違いなく彼女だった。 どうやら彼女は奴隷の身分に身を落としているらしいが、そんなものは関係がない。俺は海賊なのだから奪えばいいのだ。それに、最初に奪ったのはあっちの方なのだから、俺は取り返すだけだ。
言うことを言ったのでさっさと出ていってしまおうと、もはや放心状態のようなキッドに軽く手を振り部屋を出ていこうとしたとき。
「俺に、愛想が尽きたのか」
ただ真っ直ぐに俺を見て、静かにキッドがそう言った。 たしかに俺とキッドは”そういう”関係ではあるが、別に愛想が尽きたとかそういうわけではない。別にキッドのことが嫌いになったとかではなく、ただ。
俺は真面目な表情のキッドをちゃかすようににっこりと笑うと、はっきりとこう言うのだ。
「俺、海賊好きじゃないんだよね」
そもそも、彼女と俺の仲を引き裂いた海賊という人種を好きになれるはずがないのである。
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