限りのない愛を示す
それからの行動は早かった。
もともと走るのは速い方だったので、感情の赴くままに全力で今二人がいるであろう酒場に走る。 その途中、何人かのすれ違う人達にぶつかって少々怒鳴られたが、ここで立ち止まるわけにはいかないのだ。心の中で謝罪しつつ、俺は胸に忍ばせたナイフをきつく握りしめる。
「ここがあの女のハウスね」
ぽつりとそんな言葉を呟いた。 冗談が言えるくらいには、俺の心は晴れ渡っている。不思議と心臓の音はゆっくりで落ち着いていた。手も足も震えていない。
こんなにも清々しい気持ちでいられるのである。何を怖がることがあるのだろうか。
──勢いよく、酒場の扉を開けた。
それはもう、力任せに怒りをぶつけたために店内には大きな音が響く。 ばき、という何かの折れる音もした。
その轟音のせいか、店にいた人達は驚いた顔で俺を見ていた。それが面白くて少し笑ってしまう。なんだか今起きている全てのことが、滑稽に思えて仕方がなかった。
「みーつけた」
奥のテーブル席に二人の姿を見つけ、そう呟いた。 その俺の口元は無意識の内に緩んでいて、こんな時だというのに笑いを隠しきれないでいた。何故だか清々しく、とても楽しい。
そして、そんな俺とは対照的に、二人はただ呆然と目を見開いて見ていた。
その表情を見てどこから湧いてきたのかも知らない優越感に浸りながら、俺は酒場の店主が注意するよりも先に、客が悲鳴を上げるより先に、あいつが俺の名前を呟くより早く、懐からナイフを取り出し思いっきり地を蹴る。躊躇いなんてあるはずがない。
「──ひっ……ぁ」
一気に間合いを詰め、まずはどこの者かも知れない女を刺し殺した。 女は早すぎて反応すらできないのか、悲鳴にならない声をあげた所で呆気なく俺のナイフは女の胸に刺さる。
一回目で胸を軽く刺し、二回目で肉を抉り、三回目で骨まで達し、四回目でようやく胸を貫いて、五回刺したあたりで店内に甲高い客の悲鳴が響いた。
女の息はもうない。
しかし俺はまだ刺し続け、女の胴体が原型を留めなくなってもそれでも刺し続ける。 血が飛び散り臓物が散乱して、服が血まみれになったがまあ気にしない。
「あのさ」
俺はぴたりと手を止め、目を見開いて呆然と俺を見ているローに言った。 その声色は、やはり酷く穏やかで優しい。
しかし、手には血まみれのナイフ。足元には女の死体。服や顔には、血や何かよくわからない臓物のようなものが飛び散っている。どこからどう見ても酷い状態だ。
「……ナマエ」
ローがそんな俺の名前を呟いた。そこには怒りもなく、怯えもない。ただ俺を見ている。
そんなローに、俺はにっこりと笑って言った。
「ロー、誰よりも好きで、誰よりも愛してた。でも、お前はそうじゃなかったんだな」
そう言ったローの瞳に写る俺は、とても清々しい顔をしていた。 それはもう、朝すっきり目が覚めた時のような、よく晴れた日に花壇の花に水やりをしているような、例えるならば、そんな顔だ。
そうして俺は、女の血が滴るナイフを落とさないように力いっぱい握りしめ、ローに向けた。 手は、やはり震えていない。
そして思うまま、ローの心臓に、そのナイフを、
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